7s Sprinter   作:マシロタケ

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ヒーロー

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やれるだけのことはやった。

あと…600m、逃げろ。逃げ切れ!

 

『レッドマーシャル!トップに躍り出た!さぁここからが勝負所!』

『スペシャルウイーク!先頭のレッドマーシャルを捉えたか!その差がジリジリと迫っていく!』

 

スパートに割ける時間と体力は失った。

あとはもう今の慣性を、スピードを殺さずに前へ進み続けるしかない。

 

あと550m

 

その距離は遠い…遠すぎる。

 

短距離ならもう終わってる距離なのに。中距離はそれをよしとしない。

 

でも、諦めたら終わりだ。それを覚悟のうえで自分はここに来たんだ。

あきらめる…な…

 

…!

 

彼女の背後に忍び寄る、撫子色に燃える情熱。

それは皆の期待を、夢を背負い、見るものすべてに希望を与え続ける存在。

 

彼女の前では、あのマーシャルでさえ悪役(ヴィラン)と見られるのかもしれない。

英雄(ヒーロー)はいつも裏切らない。

 

『スペシャルウイーク!レッドマーシャルに勝負を掛けた!!』

横に彼女が並ぶ。その圧倒的な存在感、その姿を直接見らずとも、彼女がそこにいるとはっきりとわかる。

 

これが…日本の総大将。

これが…本物。

 

『レッドマーシャル逃げ切れない!!スペシャルウイーク、レッドマーシャルをかわした!!』

 

なんて美しくて、力強い背中なんだろう。

もはや体力を失いつつあるマーシャルは、その背中を恍惚と見入ることしかできなかった。

 

私は100%で走った。

でも、あなたには届かなかった。

 

マーシャルを包んだ赤いオーラは、支燃性の燃料を失ったように消沈していく。

 

スペシャルウイークだけではない。

一人、もう一人とオーバーテイクを許してしまい、そしてやっとゴールを果たした。

 

『スペシャルウイーク!!見事に期待に応えてくれました!!』

見事に勝利を飾ったスペシャルウイークは、皆の希望にふさわしい笑顔で観客たちに大手を振った。

 

『…レッドマーシャル、4着という結果となりました。』

『やはり適性の差というものは隠せないのでしょうか。しかし今後の彼女、どうなっていくかは期待です。』

 

両膝をついて何度も何度も呼吸を繰り返す。

レースが終わってやっと気が付いた。自分の肺が悲鳴を上げていたことに。

 

最早苦しいを超えて、肺が痛む。

これが中距離の世界…これが適性の違い…これが

 

 

現実

 

 

「…大丈夫?マーシャルちゃん。」

そういって立ち上がれないマーシャルに、スペシャルウイークはそっと肩を貸した。

 

「あ…ありがとうスぺちゃん。…やっぱりスぺちゃん、すごいね…。」

「えへへ、ありがとう!でも、マーシャルちゃんだって凄かったよ!前見たときよりも、あのスパート凄く…その…ゾクっとしちゃった!」

彼女の表情はレースの時の勝負師の顔から、いつもの柔らかい優しいものに変わった。

 

…対する自分は、どんな顔をしているのだろう。

 

中距離の世界…2000m…秋の天皇賞…その壁は、自分が思い描くよりも遥かに分厚く、高く、重い壁だった。

 

―――――――――――

 

「あーあ、やっぱ…甘くはねぇか。」

そういって大城は柵から手を外し、ゴールラインに背を向ける。

 

「…あいつんとこ行ってくるわ。」

と、ルドルフに背中でそういった。

 

「…あとは、貴方次第だよ。」

「ああ…また、叱ってくれよ。」

 

大城は人込みに消えていった。

 

――――――――――――

 

「ウイニングライブはお預けになったか。」

ぽつぽつと歩いてくるマーシャルに、大城はいつもの崩した態度でそういった。

 

「トレーナー…さん。」

「どうだった?日本の総大将との手合わせは。」

「…スペちゃんは、ヒーローでした。私なんて、相手にならないくらいの。」

 

どんどん彼女の顔がしぼんでいく。

 

「私…勝てなかった。」

「…いきなりで勝とうなんざ、ゼータクもいいとこだぜ。負けを貪れ。このレースをお前のガソリンにしろ。」

 

大城はマーシャルの頭を抱えて、そっと引き寄せる。

 

「俺のヒーローはお前だ。ちょっとやられたくれぇで弱音はいちまうヒーローなんて、俺は見たくねぇよ。」

「とれーなーさ…うっ…うええええ!!!」

マーシャルは大城の懐で涙を流した。

 

「ったく、スグ泣くなお前は…。まだ始まったばっかりだ。本気で泣くにはまだ早ぇぞ。」

そういいながらマーシャルの頭を優しく撫でた。

 

―――――――――――――

 

「なぁ先生、もっと効きの強い痛み止めってないもんですかね?」

マーシャルを寮まで送り届けた後、大城は中央病院へと訪れていた。

日中の発作の件も含めて、担当医との相談だった。

 

「大城さん…今貴方に処方しているものも、かなり強いものです。これ以上のものは…。」

「そうですか…だったらモルヒネとか…。」

「…。」

 

医師は渋い顔をする。

 

「大城さん…こう懸命に今を生きられていらっしゃる貴方に、こう申し上げるのも心苦しいのですが…もう、いいではありませんか。」

「…病院の先生が、随分なコトをいうもんですね。こういう時ってのはもっと前向いて生きろとか、そういうこというもんじゃないんですか?」

大城はクスッと笑いながらそう言った。

 

「…今の貴方の体、癌の巣窟なんですよ。…今こうして貴方と話しができること自体が不思議なくらいなんです。…既に亡くなっていてもおかしくない体なんです。貴方は想像を絶する程の、よほどな痛みに耐えながら仕事をなされている筈だ。…何が貴方を、そうさせるんですか?」

「…俺は、知ってしまったんです。この世には、たとえ周りの現実に打ちのめされそうになっても、それでも前に進もうとするヤツがいるってことを。」

 

大城は患者用の回転椅子をクルクル回しながら、続ける。

 

「何度涙を流そうが、嘲笑われ軽視されようが、ゲロ吐いてでも、それでも前を向くやつがいるんですヨ。そいつがそんなに自分の生み出す痛みに耐えながら生きてるってのに、俺がここで立ち止まるワケにはいかないんですよ。」

「…左様ですか。」

 

医者はカルテにメモを記入する。

 

「わかりました。そこまでのご覚悟があるのなら…ただし、その日(・・・)はいつ来るかわかりませんよ。一ヵ月後かもしれませんし、明日かもしれない。」

「…ええ、わかってますよ。それでもいい。」

「…薬を処方します。適量は絶対に守ってください。…下手をしたら貴方の心臓をも止めかねないほどの痛み止めです。」

「…感謝します。先生。」

 

 

 

 

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