7s Sprinter   作:マシロタケ

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トレーニング開始!

「…はぁ、はぁ。もう少し…。」

まだ日の強い午後、マーシャルは一人でターフを駆けていた。

ほかのチームが練習しているところに混ざりこんで、ひっそりとランニングを続ける。

 

(やっぱり、ほかのチームの人たちも…早いなぁ。)

ただのランニングのはずなのに一人、また一人と追い抜かされていく。

そうしてやっとゴールラインの前に戻ってくる。

 

ほかの娘たちがかかる時間よりも遥かにオーバーしてることくらい、ストップウォッチを使わずともわかる。

 

ターフに四つん這いになって、全身で空気を吸う。

たった2周ランニングだけでこのザマだ。

 

いくら走り込みをしても、スタミナが増える様子がまるでない。

(本当に…私…勝てるのかな。)

そういえば、大城の様子が見えない。

 

今日16時にターフにてという話だったのに、時刻はすでに16:50。

遅刻も遅刻、大遅刻だ。

(…勝手な人。)

自身のスタミナの無さも不安だが、そんな自身を背負ってくれるトレーナーにも、いささかな不安を感じる。

 

「よオ!なに一人で勝手にバテてんだ?」

相変わらずな陽気な声を出す人物を見る。

「…大城先生…遅いですよ。」

「先生じゃねぇ、今日から俺はトレーナーだ。」

遅刻の理由も言わずにそう喋る大城に、マーシャルは半ば呆れ気味だった。

 

「んで、なんで走り込みなんてしてんだ?」

「だって、先生…来ないじゃないですか…。」

大きな呼吸のリズムに、言葉が踊らされる。

「ばーかヤロー。今までと同じことやって勝てるようになりゃ世話ねーよ」

と言いながら大城はスポーツドリンクをマーシャルに差し出す。それを受け取ったマーシャルはそれを一気に体に流し込む。

 

「今日からお前は瞬発力を重点的に鍛えていく。」

「瞬発…力。」

「言っただろ?お前の出だしの瞬発力、それをお前の武器に、取り柄に変えていく。」

「それで…勝てるんですか…?」

「まぁ、2000とかは無理だろうだがな。ま、せいぜい1200に勝てる体を作っていくワケだ。」

「じゃあ…私は…。」

「そうだ、お前は今日から…スプリンターだ。」

その瞬間、マーシャルの目の色が変わった。

 

「…不満か?オフクロとは違う土俵で走るのは。」

「いいえ。それが私にできる戦いなら…どんなことでも。」

「いいネェ。じゃ、まずこれ、俺からのプレゼントだ。」

と大城は小包を両手で抱えて差し出す。

 

「えっと、開けていいんですか…?」

「さっさと開けろよ」

誰かにプレゼントをもらうだなんていつぶりなんだろう。でもその小包、やけに重い。

 

箱を開けると、そこからは猛々しく銀色に輝く蹄鉄が出てきた。

「蹄…鉄…ですか?」

「なにか気になることは?」

「めちゃくちゃ…重いです。」

「だろ?特注品だ。市場に出回ってるヤツで一番重いタイプの1.6倍はある。」

「これをつけて…トレーニングを?」

「ばーか。トレーニングだけじゃねぇ。」

「え?」

「今日からそれ履いて生活すんだよ」

「ええ!?」

 

こんなに重い蹄鉄を、普段から!?

「ま、毎日ですか!?」

「おうよ、学校があってる時も、飯食ってる時も、便所行くときも。寝るときと風呂入るとき以外全部だ。おっと、ちゃんと室内用蹄鉄付きシューズ(底部シリコンカバー仕様)も用意してある。寮の中でも忘れんなよ。」

 

実際に装着し、履いてみると、まるで足が上がらない。

「ふ…ぐうう!!」

「はっはっは!いいなぁ!面白いぜお前!」

必死に歩を進めようとするマーシャルを、大城は他人事のように手をたたいて笑う。

 

「わらわ…ないでください…!」

「ま、慣れるまでの辛抱さ。じゃあ、トレーニング行くぞ!瞬発力を鍛えるなら筋力・無酸素運動だ!」

「筋力…じゃあ、ジムですか?」

「はぁ?んなバカエリートと同じようなことして間に合うかよ。」

「じゃあ、何をするんですか?」

「バイトだ。」

「バイ…と…?」

 

――――――――――――

 

「オラァ!!新入り!!遅せぇぞ!!!」

「す…すみま…せん!」

私は、きっとお母さんのような立派なウマ娘になるためにトレセンの門を叩いた。

何度も心を折っては、立ちなおすを繰り返して、そしてようやく心が疲れ始めたときに、一つの希望を見出した。その希望のためならどんなトレーニングだって惜しまない。そう誓ったはずなのに…なんで私は…引っ越しのバイトをしてるんだろう?

 

「さっさと運べ!!時間ねぇぞ!!」

「は、はい!!」

「嬢ちゃん!その冷蔵庫一人で持ってきてくれ!!ウマ娘ならできんだろ!?」

「え…ええ!?」

「ゲンさん!!この大型家具、エレベーター乗りませんよ!」

「クッソ!しゃあねぇ!階段で行くぞ!おい、嬢ちゃん!ぼさっとすんな!!」

「ひ…ひえぇ…」

 

いままでこんな辛いトレーニングあったんだろうか。

体の隅々まで酷使するそれは、まさに地獄の特訓。

 

「オイ...ハクぅ。お前が人員しかもウマ娘連れてくるっていうんだから、こっちも人員見積り甘く見てたんだけどよぉ、ありゃなんだ?ウチの若いやつのほうがまだ使えるぞ?」

「まぁ、トレーニングの一環さ。ギプス付きだからよ、大目に見てやってくれよ。」

 

そこに若手の声が飛んでくる。

「ゲンさん!またマーシャルちゃんがノびちまいました!!」

「…はぁ、あれで本当にウマ娘か?いくら何でも体力がなさすぎるだろ。」

「まぁ、期待してろよ。サイン手に入れるなら今が安いぞ?」

そういって大城は酸素吸入器をもってマーシャルの下へ向かった。

 

 

 

 

 




シュー
「おら、がんばれよ。お前の蹄鉄代、安くねぇんだからな?」
(…勝手な人)
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