『…隠し通して、それが彼女の為だと、これ以上言うのなら、貴方は…トレーナーとして失格だ。』
『
『…何も知らないまま、急に別れを告げられるのが、一番サイアクだ。』
『…一人のトレーナーとして..知らない別れを待たせるなんて…あまりにも残酷だ。』
練習場の柵に、背中を預けた大城は天を仰ぎながら、ブローオフするかのような溜息を吐く。
「皆して言いたい放題いってくれらぁ…」
だが、それを伝えなければならないことも、また彼に課せられた使命の一つだった。
「トレーナーさん、お待たせしました。」
そこにマーシャルがやってくる。
ちょっと浮かない表情は先日のことを引きずっているのか。
「おう…。なんだ?まだしょぼくれてんのかよお前。」
「い…いえ!大丈夫です!」
大城の一言に彼女の身は引き締まる。
そしてエンジンがかかったかのように、目が光る。
今の彼女は、スプリンターを制した王者ではなく、中距離の世界に挑むチャレンジャー。
今までのように、困難な壁があれば立ち向かう。
何度くじけたっていい。それでこそなのだから。
その気丈な気持ちでマーシャルは自分を奮い立たせた。
「…。」
そんなマーシャルの顔を見た大城は、少し沈潜した。
彼女は何度も何度も分厚い壁に当たっては、それを何とか乗り越えようと立ち向かっている。
それに比べて自分はどうなんだろうか。
彼女に真実を告げなければならない。そのことから、ただただずっと逃げ続けている。
もしこのまま言えず終いで、その時を迎えてしまったらどうするのだろうか。
自分は…もう誰にも顔向けできない。
本当のクソ野郎だ。
今日だ。…今日。決めろ。
大城は自分に誓った。
「…?どうしたんですか?トレーナさん。」
大城の妙な沈黙に疑問を抱いたマーシャルはそっと尋ねた。
「マーシャル…俺…な」
「はい?」
目をぱちくりさせてきょとんとするマーシャルに、大城は目を合わせずに口を開こうとした。
だが、ふと視界に彼女の表情が入った途端に、うまく次の言葉が出てこなくなる。
「あ…いや。」
「トレーナーさん…今日ちょっとヘンですよ。」
なぜだろう。今まで女を誑かす時でさえも、嫌いな上司や権威ある者たちへ牙を向けた時でさえ、こんなに言葉を詰まらせることなんてなかった。
だた一言…もうじき俺は死ぬ。とその一言がどうしても言えない。
そのあとのことが、どうしても想像できない。
大城はふぅとため息をまたつく。
「なぁマーシャル…。」
「はい?今日のトレーニングはどうしますか?」
「そうだな…今日は…」
「今日は遊びに行こうぜ。」
「…へぇ?」
――――――――――――――
「いいんですか?私、まだまだなのに…遊んじゃって。」
「いーんだよ。ガス抜きってもんだ。たまにはこうして遊ぶこともトレーニングの一環さ。」
「本当ですかぁ?」
大城を怪訝な目で見るマーシャル。
彼の突発的な発言に、せっかく着替えた練習着から、ちょっと粧した今どきな少女らしい服装へ着替える。
そして街へ。
考えてみれば今日は日曜日だ。
どこもかしこも賑わっている。
「さ、なんでもいいぞ。たまにはワガママになってみろよ。」
フンと笑いながら大城は言った。
「言いましたね!…じゃあ…あれ!」
とマーシャルが指したのは…。
二人はモダンなウッドデッキテラスに設置された、ローズウッドのテーブル席へ通される。
そして彼らの前に出されたものは…メイプルソースとホイップと鮮やかな色どりあるフルーツの載った大きなパンケーキ。
「…いきなりコレかよ。」
その甘ったるそうなパンケーキに、甘いものが苦手な大城は少しどんより顔。
「トレーナーさんがいいって言ったんですよ!さあ!いただきましょうよ!」
そういってマーシャルは手を合わせる。
周りを見渡す限り、若い女性客やカップルばかり。
大城ほどの年齢の客は今のところ見当たらない。
こんな若いウマ娘とパンケーキ屋にいるなど、傍目から見れば娘のワガママに付き合ってる父親か、所謂パパ活の一部始終といったところだろうか。
そんなミスマッチな雰囲気の中に身を置いた大城はパンケーキになかなか手を付けない。
対照的にマーシャルは笑顔でそれを頬張る。
「…トレーナーさん?食べないんですか?」
「ああ…こういうのはちょっとな…。」
「だめです!ちゃんと食べてください!」
「お前一人でも食いきれるだろこんくらい?」
「そういうことじゃないんです!」
そうするとマーシャルは、一口サイズに切ったパンケーキをフォークにさして大城へ。
「はい。あーんしてください。」
「勘弁しろよ。俺大概いいオヤジなんだぞ。」
「今日の私はワガママなんですよ!さ!トレーナーさん!」
大城は自分の言ったことに少し後悔しながらも、観念して口を開く。
マーシャルはそれを口へ押し込む。
「…んぐっ!」
「どうですか?」
「…ほぉ、案外悪くない。」
「でしょ!さ!もっと食べてくださいよ!」
大城は内心驚く。
今まで敬遠していたものが、意外とそうでもないことに。
一度ラインを踏んでしまえば、それ以降は…。
この癌の告白でさえも、そうなってくれるものだろうか。
と心の片隅でぼやいた大城は再びパンケーキを口へ運んだ。
――――――――――――――
「案外ハラに溜まるんだなこれ。」
「そうですか?私まだまだいけますけど?」
「お前と一緒にすんなよ。」
とケラケラ笑いながら二人は、街を歩く。
「おい、これいいじゃねぇか。行ってみようぜ?」
と大城はあるものを見つける。…それは。
「お…お化け屋敷ですか?」
「ナンだ…ビビってんのか?」
「い…いえ!行きますよ!怖くないんですから!こんなの!」
と、息巻くマーシャルだが。
「ひぃやぁあああああ!!!!」
と、ちょっと脅かされたマーシャルはすぐに大城の背中へ。
「と、トレーナーさん!!や、やっつけてくださいよあんなの!!」
「やっつけるもどーもねぇだろお前。」
チープなお化け人形にビビりあがるマーシャルを満足そうに眺めた大城は、そのまま彼女を置いて歩く。
「ま…まってくださいよぉ!」
暗がりに彼の背中が消えていく。
「…?」
マーシャルはその一瞬の光景に、妙な不安を覚えた。
まるで…。
とその時にまたドンッ!とお化け人形が脅かしに来る。
「ぎゃああああああ!!」
―――――――――――――――
「情けねーな。G1ウマ娘あろうもんが。」
「だってぇ…。」
マーシャルは大城の袖を離さなかった。
「んじゃ、気分直しにゲーセンでもいくか?」
「…あ!この間のレースゲーム!私もやってみたいです!」
二人は大きなゲームセンターへ。
そこには大型のプライズゲームや、アーケード機、リズムゲームなど盛りだくさん。
「あーん…故障中ですって。」
マーシャルはその目当てのゲームの前で耳をペタンと倒す。
「はん…ツイてねーなー。…お、代わりにゾンビホラーガンシューティングとかあるぞ?」
「もうヤです!…あ!トレーナーさん!あれ!」
とマーシャルが指をさす。
その先にあったのはプリントシール機…いわゆるプリクラ。
「…お前なぁ。」
大城はパンケーキに続いて呆れた声を出す。
彼女には自分があと30年くらい若く見えているのだろうか。
「撮りましょ!ね!」
そういって彼の袖を引っ張る。
「平成初期に流行ったのは知ってたが…まだあるんだなぁ。」
大城はされるがまま、カーテンの中へ。
「メンキョ取るときの証明写真思い出すな。」
その殺風景なカーテンの内側で大城はぽつんとつぶやく。
「トレーナーさん!ここで背景選べますよ!…この天国背景とかどうですか?」
「…エンギでもねぇ。…お。こりゃサーキット場か?」
「レースクイーン風な写真が撮れるみたいですね!トレーナーさん好きですもんね。これにしましょうか!」
『では、好きなポーズをとってね!』
と音声案内がいう。
「どうしますか?」
「そりゃあ…いつものアレだろうが。」
「はい!」
そういって二人はロックサインをレンズに向かって掲げた。
「できましたよ!」
そこに出てきたプリントシール。
「ははは…これ俺かよぉ」
大城はそこに映る美化された自分を見て笑った。
『〇月◎日 トレーナーさんと♡』
と記載された文言に大城はニヤッと笑う。
「ハートマークたぁ、お前もとうとう色気づきやがったな?」
「い…いや!違いますよ!これはその…この写真撮るときの文化っていうか!」
無意識につけたそのマークの指摘にマーシャルはしどろもどろ。
「はっはっは!まぁ、有難く頂いとくさ。」
―――――――――――――――
そんなこんなをしながら、日が傾いてきた頃。
駅ビルのレストランで食事を済ませた二人は、最後そこの景色を眺めようと屋上へ。
そこに。
「あ!トレーナーさん!観覧車ありますよ!あっちのほうがもっと綺麗に景色見えますよ!乗りましょうよ!」
と指をさす。
…だが。
「あ…ありゃあいいんじゃねぇか?」
大城はそっぽを向く。
その表情はどうも乗り気じゃないといった様子。
「え?どうしてですか?」
「どうしてって…ガキじゃあるめぇしよぉ。」
「今更なんですか!…ほーら!行きましょうよ!」
大城は彼女に引っ張られて観覧車へ。
「…うわぁ、綺麗。前のレストランのとこもよかったですけど、ここもいいですよね!」
「…そうだな。」
「?…どうしたんですか?」
顔をガラスにへばりつけて外を眺めるマーシャルとは対照的に、大城は腕を組んだまま下をずっと向いていた。
「…大丈夫ですか?気分とか…悪くなっちゃいました?」
マーシャルは立ち上がって大城のところへ行こうとする。
その時大城が慌てて彼女を静止する。
「ま!待て!立つな!!…ってか、揺らすな。」
その大城の妙な挙動にマーシャルはピンとくる。
「もしかしてトレーナーさん…観覧車怖いんですか?」
「…。」
大城は沈黙した。
「いや怖いとか…何つーか。苦手なんだよな。…ケツがふわふわ浮くみてぇで、安定感ないっていうか。」
大城は下をむいたままそういった。
意外な彼の一面に驚きつつもマーシャルは、そっと観覧車を揺らさないように大城の隣へ座る。
「意外ですね…トレーナーさんにも怖いものがあるなんて。」
「…ウルセェ。」
マーシャルは大城の手をそっと取った。
「…大丈夫ですよ。…私がそばにいますから!」
そういって大城に笑顔を向ける。
「…ああ、頼もしいよ。」
それからは、観覧車が下死点にくるまで、二人は身を寄せ合った。
――――――――――――
「わぁ!もう真っ暗!」
時刻は…もういくら急いでも門限に間に合わなさそう。
「どうしよう…寮長さんに叱られちゃう…。」
マーシャルは不安を顔に出す。
「ああ…もうそんな時間だったのか。」
大城は腕時計を確認する。
…結局言えず終い。
これだけ一緒の時間を作れば、どこかできっといえるだろうとタカをくくっていたが、そう甘くはなかった。
今日決める。そう誓ったはずなのに。また先延ばしにするのか。
そうなれば…あまりにも不甲斐ない。時間もないというのに。
(いいや…決めたコトなんだ。今日…だ。)
「トレーナーさん!早く戻らないと!」
そう焦るマーシャルに大城は言った。
「なぁマーシャル。」
「…はい?」
「お前…今晩俺ん家にこねぇか?」
「…え?」