7s Sprinter   作:マシロタケ

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二人だけのロックコンサート

「よぉ…フジ、俺だけど。」

『やぁ、先生。そうだ。君の担当のマーシャルのことなんだけど。まだ寮に戻ってないみたいでね。』

「俺もそのコトで電話したんだ…今晩、あいつウチに泊めるわ。」

『君の家に?…ふぅん。…あまり、苛めすぎちゃいけないよ?』

「はっ!安心しろ。…ウブの扱いにゃ、慣れてんのさ。」

 

――――――――――――――

 

「お…お邪魔…します。」

…来てしまった。

私は悪いウマ娘だ。いくら自分の担当トレーナーといえど…男の人の家について来てしまうだなんて。

い…いや、トレーナーさんが悪いんだ!こんな遅くまで私を連れまわして…どっちかというと連れまわしたのは私のほうか。

 

それに…このまま寮に戻ってフジキセキ先輩に叱られるのと、俺の家に来て今晩おとなしくしておくのはどっちがいいなんて迫ってくるんだ。

このまま寮に戻れば…閉め出されて今晩は野宿かもな。なんていうんだもの!

 

…どうしよう。今日の出来事はきっと傍目から見ればデートと同じようなものだ。

それで…最後に相手の男の人の家に来るってことは…ドラマとかちょっと大人な小説だと…そういうこと(・・・・・・)になるのがお決まりなんだ。

 

ああ…いまさら心臓が高鳴りを覚える。

 

こういうことなんて何もわからないし、知らないし。

やさしくして…なんて言わなきゃダメ?

 

っていうかありえない!

だって…トレーナーさんは私のお父さんより年上で…オジサンで。

でも…。

 

「おい。」

「ひっ!!」

 

背後から声をかけられたマーシャルはビクっと体を震わせる。

 

「玄関でぼーっとされてちゃ邪魔だろうがよ」

と笑いながら大城はマーシャルの背中を小突く。

 

「ご…ごめんなさい。」

そうして靴を揃えて彼のマンションの一室へ。

 

トレセンからおおよそ15kmほど離れた、大きなマンションの一室が彼の家だった。

トレーナー寮に入ることを嫌がったことと、結婚したことをきっかけにここに移り住んだんだそう。

 

元々3人家族で暮らしていた部屋だけあって、単身の彼が住むにはあまりにも広すぎるのではないか。というのが第一印象だった。

 

意外にも部屋は片付いている。

こんなガサツな男なのだから、自身のトレーナー室の机の上のように、モノが乱雑に置かれているものだとばかり思っていただけに。

 

リビングには、大型のモニターや、かなり上質なステレオスピーカー。

その付近に組まれたラックには、現役で使っているのだろうレコードプレーヤーに、ラックの底面がたわんでしまうほどに積まれた海外ロックバンドのCD。これでたったの一部だという。

 

壁一面には、彼の趣味であろう腕時計や高級車、ロックバンドのポスターがずらりと飾られていいる。

その隅には大きな額縁が。

そこに入っているのは絵画ではなく、一枚のTシャツ。伝説のロックバンドがたった一度だけリリースしたというバンドTシャツ。世界にたった数枚しか出回っていない超貴重なものらしい。

 

隣の小部屋には、彼のベッド…見なかったことにしておこう。

 

もう一つの部屋には、エレキギターがずらりと壁にかけてコレクションしてある。

一本30万円前後するものばかりで、一番奥の見た目がボロボロなギターはその辺の車が買えてしまうほどの価値があるものらしい。

 

ギターなんてどれも同じじゃないですか?と私が言うと、彼は木材の違いやボディの渇きによる鳴りの具合、ピックアップ?とかいうギターのマイクの種類や質とかによってモノが全く違うと力説してくる。

元バンドマンだと言ってただけあって、音楽に対する熱の入りようはすごかった。

 

最後に、リビングから一番遠いところにある部屋。

そこは彼の仕事の部屋だった。

 

ここだけは、あのトレーナー室のような乱雑さが目立っていた。

そこには山のような仕事の書類や仕事をする上での啓発本、辞書に参考書、教官としての学習指導要領書やトレーナーとしてのアスリート啓発本やトレーニング科学書や論文など。

 

あんな不真面目そうな彼でも…裏ではかなり勤勉なのだろうか。と見渡していると…その隅っこにはとても仕事で使うものではないだろう、裸の女性の写真が全面に押し出された成人向けの雑誌が。

ぷいっとそれに対してそっぽを向く。

 

その時、その部屋の壁に飾られた写真たちに出会う。

そこにはかつて彼が担当したウマ娘たちの姿が。大きな賞や成果を果たした時の記念に撮られたものたちなのだろう。

 

「…いた。」

マーシャルは見つける…19××/〇/△ 天皇賞(秋) 一着 レッドクラウン。

そこに…ジンを始めとしたかつての仲間たちと…若き日のトレーナーが写っている。

 

「トレーナーさん…若いなぁ…。」

そうつぶやいたとき、その隣にそれはあった。

 

20××/〇/□ スプリンターズステークス 一着 レッドマーシャル。

 

「あ…。」

つい最近の自分と…トレーナー。

上手く決めたポーズなんかじゃない。優勝が決まった瞬間、彼が自分を抱きしめた、あの瞬間の写真だった。

 

本当は、ちゃんと撮影用に残した写真もあるはずなのに、そこに飾られている写真はそれだった。

 

――――――――――――――――

 

「気はすんだか?」

大城はベランダにて、一服決め込んでいた。

 

「はい…。」

そういってマーシャルが戸に手をかけようとした際、大城は言う。

「出てこなくいい。煙吸うぞ。」

そういって急いで煙草の火を消すと、そのまま部屋にあがってくる。

 

そうしてドカッとリビング中央のソファにかけた。

 

マーシャルは、どこかぎこちなく大城の隣に座る。

「…何キンチョーしてんだお前?」

「な…何って…。だってこれって…いわゆるその…。」

直接的な表現なんて自分にはできない。

 

「…連れ込みだっていいてぇのか?」

そんなマーシャルに大城は臆せずいう。

マーシャルはシュンと顔を俯けてしまう。

 

大城はマーシャルの肩に手を回すと、グイっと自分のほうに引き寄せる。

「…ちょっ!」

「安心しろ…俺、自分の担当にだけは手ぇ出したことないのがジマンなのよ。」

「…どんな自慢ですかそれ。」

「それに、お前に何かあったら…クラウンに殺されちまうだろ?」

と大城は笑った。

 

「そう…ですよね。」

マーシャルも、その大城のいつもの調子に幾分の緊張が抜ける。

 

その時、リビングの隅っこのサイドボードの上にひっそりと佇む一つの写真入れに目が留まる。

そこには…大城と、知らない女性と幼い少女の三人が睦まじく肩を並べた写真だった。

 

マーシャルはそれをぼうっと眺める。

 

「可愛いだろ?俺の娘。」

「トレーナーさんの?」

「ああ…もう高校高学年か、大学生くらいなのかな…。」

「ずっと会ってないんですか?」

「ああ…最後に見たのは…ちょうど今のお前くらい…かな。」

「…どうして、奥さんと別れちゃったんですか?」

 

マーシャルはそう聞いた。ちょっと失礼なことを聞いてしまったと内心思ってしまう。

 

「ま、イロイロあんのよ。…お前が知るにはまだ早いな。」

「そうですか…。」

「それよりな…マーシャル。俺…」

大城は声色を変える。しいて言えば濁った藍色のよう淀んだ色だろうか。

「はい?」

 

大城は歯を食いしばる。

 

「お前に言わなきゃいけないことがあるんだ。」

「言わなきゃ…いけないこと?」

「ああ…。俺な…実はもうす…。」

 

…まただ。また、言葉が詰まる。

怯えている。自分が。その一寸先の未来に。

 

「実は…なんですか?」

マーシャルは大城の顔を覗き込む。

「いや…」

 

いや…じゃないだろう。

また逃げるのか?と大城は自分へ問いかける。

 

ラインをなかなか超えられない。

そんな自分がもどかしい。

 

「トレーナーさん…どうしちゃったんですか?」

さすがに大城の様子に違和感を覚えたマーシャルは再び尋ねる。

 

「マーシャル…俺な…その…ちょっと怯えてることがあってな…。」

「怯えてる?…トレーナーさんが?」

「ああ…。」

「…お話なら、聞きます。」

 

そういって二人に沈黙が訪れる。

大城は次の一声が出なかった。

 

「…大丈夫ですよ。トレーナーさん。…私がそばに、いますから。」

そういって観覧車に乗った時のように、マーシャルは大城の手を握った。

 

「トレーナーさん…ロック…ですよね?」

その一言に大城はハッとする。

 

「困ったとき。迷ったときはいつもロックに行けって。…ロックですよ。トレーナーさん。」

マーシャルは弱る大城に笑顔でそういった。

 

「ロック…」

そうだ。…ロックに行けといったのは俺だ。

その自分が…教えられてどうする。

 

 

ロック。

 

 

いつも

 

 

俺を助けたのは

 

 

ロックだ。

 

 

大城は急に立ち上がる。

そして、ギターが貯蔵された部屋に駆け込んだ。

 

「トレーナーさん?」

大城はリビングに戻ってきた。

大きなギターアンプと、エレキギターを持って。

 

『Marshall』のゴールドパネルが刻まれたそのアンプに電源と、シールドケーブルを刺す。

そしてヘッドに『Fender STRATCASTAR』と刻まれたサンバーストカラーのギターにストラップをつけて肩にかける。

 

アンプチャンネルをLEADへ。

 

そしてギターを弾きならす。

ギャイーンッ!!とエッジの聞いたディストーションサウンドがその部屋にこだました。

 

「と…トレーナーさん!?なにして…。」

「よぉ!マーシャル!!踊ろうぜ!!」

そうして彼はマーシャルの知らない曲を弾きだす。

 

決して複雑ではない、イントロフレーズはブリティッシュロックの香りを醸しだす。

 

そして単調なスリーコードをこれでもかという勢いをつけて、かき鳴らした。

「トレーナーさん!ご近所迷惑ですよぉ!!」

「知ったことか!!ほら、お前も踊れ!!」

「知りませんよその曲!」

「フンイキでいい…いいから…踊ろうぜ…。」

 

"I don’t know what it is that makes me feel alive

I don’t know how to wake the things that sleep inside

I only wanna see the light that shines behind your eyes"

 

ロックと仲間さえあれば、すべてが充実していたあの日々が彼の脳裏によみがえっていく。

 

俺は幸せだった。

 

かなり悲惨な目にもあってきた。

それでも…よかった。

 

最後に…人生をあきらめかけた時に…お前に出会えた。

 

マーシャル…お前には本当に感謝している。

俺の人生、終わってなんかなかった。

 

生きているとがこれほどまでに楽しいだなんて…この年で思えるなんて。

 

もっと俺は見たい、お前の行く果てを。

 

"Because we need each other

We believe in one another

And I know we’re going to uncover

What’s sleepin’ in our soul

Because we need each other

We believe in one another

I know we’re going to uncover

What’s sleepin’ in our soul"

 

俺は臆病だった。

他人からはいつも傍若無人だとか、自分勝手だとか、天邪鬼だとか怖いもの知らずだとか言われてきたけど。

 

いつも自分から見えない何かに怯えながらずっと生きていた。

 

俺はお前が思い描くほど強い大人なんかじゃない。

 

本当はお前よりもずっと小心者で…寂しがり屋なんだ。

 

ずっと自分を強く、大きく見せようと躍起になってただけなんだ。

 

でもお前は…そんな俺とは違う。

 

お前は本当に強い。…立派なんだよ。俺なんかよりもずっと。

 

誇っていい。…お前は日本…いや、世界一のウマ娘だって。

 

なぁ…マーシャル…俺がいなくなっても…

 

 

 

 

強く

 

 

 

強く

 

 

 

 

生きてくれ

 

 

 

 

ただ…それだけでいい。

 

 

 

 

 

 

"we believe…"

 

 

 

 

 

 

 

二人だけのロックコンサートは果て無き夜に、突き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 




Acquiesce-oasis
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