「失礼します…。」
「よぉ、ここんとこ連日だなお前。」
そういって大城はマーシャルをトレーナー室へと招いた。
マーシャルはあの日以来、ほんの少しの時間を見つけては大城のトレーナー室へ足繁く通った。
たった一分一秒でも、彼のそばに居たかった。
「…ごめんなさい。」
「ははっ、謝ることじゃねぇだろ。…ほらよ。」
そういって大城はマーシャルへ菓子を投げた。
「ありがとう…ございます。」
しかし、大好きな菓子を前にしても、彼女の耳が立ち上がることはなかった。
「…なぁ、頼むから辛気臭ぇのだけは勘弁してくれよ。せめてお前と居るときくらいさ…楽しくいたいんだよ。」
「…ごめんなさい。」
だめだこりゃ。と大城は頭をかく。
まぁ、無理もないといえばそうだろう。
ただ、こんなコンディションが続けば当然彼女の走りにも影響を及ぼすことは必至だった。
何か気分転換でも…。と大城は頭の中で模索する。
そういえば…。と大城は引き出しを探る。
「マーシャル、ちょっと遊ぼうぜ?」
「はい?」
大城が取り出したのは、普通のトランプだった。
―――――――――――――
「ポーカーのやり方知ってるか?」
「なんとなくなら。」
「ほら、早見表だ。上になればなるほど強いワケだ。単純だろ?カードの交換は2回ルールだ。」
そういって大城とマーシャルは応対用のソファーに向き合って座る。
シュッシュッと大城が慣れた手つきで器用にトランプを切っていく。
そして自身とマーシャル交互に一枚一枚、カードを配っていく。
計五枚がそろったところで、大城は自分の手札を覗く。
「さて…三本勝負でいこう。何賭ける?」
「か…賭ける?」
「トーゼンだろ。トランプゲームには、博打が付き物なのヨ。」
「そんな、お金持ってませんよ!」
「金じゃなくていーよ」
大城は笑いながらそういう。
「でも…賭けるって言ったって。」
そうしどろもどろなマーシャルに大城はいう。
「そうか…なら。俺が勝ったらお前…俺にキスしろ。」
「え…き…キス!?」
マーシャルは大きく目を見開いた。
「そーだ。ここんとこに愛情込めてな。」
と大城は自分の頬を指す。
「そ…そんなぁ…。」
とマーシャルは顔を赤らめながらそう言った。
「ま、勝てばいいのよ。」
「わ、私が勝ったらどうするんですか?」
「そうだな…俺がキスしてやるよ。」
「え…えぇ…。」
どちらに転んでもキスじゃないか。
「はっはっは!冗談だよ。お前が勝てば…まぁ何でも言うこと聞いてやるよ。それでどうだ?」
「なんでも…?」
「ああ、アイス10コだろーと、新しい服だろうと、欲しいんならベンツでも買ってやるし…そうだな。なんなら『うまぴょい伝説』踊ってやってもいーぜ?」
「と、トレーナーさんが…うまぴょい伝説…?」
「こう見えてケッコー上手いんだぜ?俺。」
大城の踊るうまぴょい伝説…それを想像したマーシャルは、思わずぷっと噴き出した。
「ほ…ほんとに、踊れるんですか?」
マーシャルは肩をカタカタ震わせて言った。
「ああ、最近やらなくなったが、昔トレーナーとかの歓送迎会の余興の定番でな。沖野を道連れにしてさ。」
「それは…見てみたいですよ!」
その時マーシャルの耳がようやくピンと立った。
「よぉし、ファーストゲームだ!行こうぜ!」
そうして
―――――――――――――
…手札はワンペア。だけどキング。
これは勝負すべき?
そっと前を見る。
大城は自分の手札にご満悦な様子。
「どうした?自分のカードに不満か?」
「い、いえ!」
マーシャルは動揺を悟られないようにする。
「じゃあ勝負だな…おっと、そういや3本勝負ってことは、レイズの機能がないワケだな…。よぉし、ルール追加だ。レイズに乗ったらキスの回数増やしてもらうぞ。」
「ええ!?」
「さぁ、どうする?俺は賭けるぜ?」
大城は自信満々にいう。
「お、おります!おりますぅ!!」
そういってマーシャルは手札を仰向けにさらした。
「…っく!あっっはっはっは!!」
大城が急に笑い出す。
「ありがとよ!マーシャル!」
そういって大城は自分の手札を晒す。それは何の役の成立もない。
「こ…これって。」
「ブタだな。儲けた。」
「そ、そんなぁ!」
マーシャルは大城のポーカーフェイスにまんまと騙された。
―――――――――――――――
そんなこんなで、マーシャルはもう一度大城に騙されることになるが、それでも強い役で一度取返し、状況は1対2。
もうそろそろ、昼休みが終わってしまう。ぼちぼち勝負か。
「トレーナーさん!勝負ですよ!」
マーシャルは強気に出る。
自分の状態がすぐに顔に出てしまう彼女には、ポーカーフェイスは無縁だ。
だからまっすぐ行く。これだけの強気。手札も相当なのだろう。
「オーケー。これで終わりかな。」
大城はフンと鼻を鳴らす。
「いいえ、ここは私のモノです!」
と言って手札を晒す。
クイーン三枚に7が二枚。フルハウス。
なかなかの手札だ。彼女が強気に出るのも頷ける。
「ほぉ…。」
だが大城は余裕を見せる。
「だが、残念だったな。俺は勝利の女神とダチなのよ。」
そういって手札を晒す。
それは8・9・10・J・Q
しかもすべてダイヤ。
ストレートフラッシュ。
「そ…そんなぁ!!」
マーシャルは口元を抑える…が。すぐにその手札の違和感に気づく。
「はっはっは!さぁて、キスの準備は…。」
「トレーナーさん。…これ。」
マーシャルは大城の手札を取り出す。
9の手札。それをスライドさせると。
あら不思議と5のクローバーが顔をのぞかせた。
「ああ…オマケ付きだ。よかったな。」
「よくありません!イカサマですよ!」
まるで見つけてくださいと言わんばかりのお粗末なイカサマに、マーシャルの耳はピンピンと動いた。
そしてポーカー早見表の注意書きに指をさす。
「イカサマは、どんな理由があっても負けです!」
「おいおい…マジかよ。」
と大城はソファに背を大きく預けた。
だが、その表情はどこか安堵したもののようだ。
ちゃんとイカサマに気づいてくれた。とでも言いたげなように。
「じゃあ、私の勝ちですね!」
「しょーがねーな。ほら、なんでも言ってみろ。」
その時、カタンと何かが落ちる。
二人の視線はそこに。
「あーあ、またかよ。」
「なんですか?」
「カレンダーさ。ピンが弱ってんだよ。」
そういって大城はカレンダーをかけなおす。
そしてそれに目をやると。天皇賞の日が迫ってきていることが分かった。
そしてそれに出るための優先出場権を賭けたレース。毎日王冠はもう2週間ないほど。
「だいぶ近いな。次の毎日王冠。距離は1800。十分お前にも勝ち目がある。いけるだろ?」
「はい。」
そういって大城はマーカーを取り出すと、その日にちに色濃く〇を描いた。
「こいつをツブして、天皇賞だ。マーシャル。絶対に獲りに行くぞ?」
「はい…あの、トレーナーさん。さっきのゲームのお願いなんですけど。」
「ああ、決まったか?いいぜ、なんでもこい。」
「…生きてください。」
澄んだ瞳でマーシャルはそういった。
「私が天皇賞を獲って…私が、ちゃんと立派になれるその日まで…生きてください。それが…私のお願いです。」
「…ヨクがねーな。お前って。…ああ。わかった。約束しよう。」
その時、キンコンと昼休みが終わるチャイムが鳴り響く。
「あ!いけない!次の授業!」
「いーじゃねーか。サボっちまえよ。もう少し遊ぼうぜ。」
「だめです!じゃ、また放課後!」
そういってマーシャルは飛び出していった。
彼女が居なくなった後のトレーナー室で、大城はポツンと一人。
またカードを切り出す。
(約束…か。)
そういえば、今まで何度も約束を守れなかったことはあった、
それは待ち合わせの時間などの些細な約束から、人生を変えてしまうほどの大きな約束事まで。
せめて最期くらい…この約束は守りたい。
何に変えても。
そう胸に誓って大城は誰もいない対面に、カードを配った。
(…そういや、南坂とか北原も道連れにしたことあったっけな)