7s Sprinter   作:マシロタケ

66 / 96
また明日

「…大丈夫ですか?」

「ああ…大丈夫だ。って言っても、信用しねぇだろ。」

何とか体を起こして、観客席のベンチに座る大城に、マーシャルは大きく肩で息をしながら問いかけた。

 

「トレーナーさん…。」

「ヨケーな心配すんな。大丈夫だ。ちゃんと約束したんだからさ。」

「…。」

「今は一旦忘れろ。お前が本当に心配すんのは…明日だろ?」

「はい…。」

 

それでもマーシャルは不安な顔を隠せない。

せっかく自己ベストを叩き出せたというのに、またバッドコンディションに陥られては元も子もない。

 

「お前がクヨクヨしたってしょうがねぇだろ?今は勝つことだけを考えろ。お前がそんなんだと…俺が安心できねぇよ。」

その言葉に、マーシャルはようやく顔を上げる。

 

「…わかりました!」

キリっとした表情でそう答える。

その姿に大城は頷いた。

 

「さて、今日はここまでだ。景気づけに晩飯でも食いいくか?」

「はい!」

食事の話になり、ようやくマーシャルの顔にも綻びが。

 

「何が食いてぇ?なんでもいーぞ。景気づけだからな。スシだろうと、ステーキだろうと、満漢全席だろうとフルコースだろうと。」

「そうですね…。」

いままで彼とした食事。それはどれもこれも一流のレストランだとかで高級な食事に舌鼓をさせてもらった。しかし、彼女には一つの疑問が。

 

彼は美味しいものをたくさん知っている。

そんな彼が、本当に美味しいと思うものは何だろうと。そんなことを考えた。

 

「…トレーナーさんが、本当においしいって思うものを、食べてみたいです。」

「俺が一番ウマイと思うもの…?」

そのマーシャルの答えを、大城は予測していなかったよう。顎を抱えてふんと天を眺める。

 

「はん…なんだろーな。嫌いなモンは結構あんだけどよ。」

そのときふと思い出したような顔を、マーシャルに向ける。

「ああ…あそこかな…。」

 

―――――――――――――――

 

二人はトレセンから歩いて駅の近く、薄暗いガード下付近に構える古びた古民家のような木造の食堂に足を運んだ。

 

「ここが…トレーナーさんの?」

「ああ…カネのねぇ学生だった頃よく来たもんだ。キンメダイの煮つけがスゲェ旨いんだよ。…ちょっと期待ハズレだったか?」

「いいえ!トレーナーさんのオススメ、期待してます!」

 

そうしてガラガラと戸を開ける。

そこから、ジャッジャと炒め物の油がハネる音、昆布とカツオだしの食欲中枢を刺激する香り、年を召した者たちの談笑に盃のぶつかる音。

 

「よぉ、ミネさん。まだ潰れてねぇみたいで安心したよ。」

と、大城は厨房に立つ割烹着姿の、ふくよかな高齢女性に声をかけた。

 

「あら!ハクちゃんやんね!」

ミネの言葉に、周りの客が一斉に彼のほうを向く。

 

「はえー!白秋!あんたえんらいひさびさごて!」

「嫁はんににげられたちほんとね?」

「イツの話してんだよ。テキトーに座るぜ?」

 

そういって二人はカウンター席へ。

 

「ほんっに久々ねぇ、ハクちゃん。…いいオトナになって。あたしがあと30年若かったらホレてるわよ。」

「俺はあと30年若くてもアンタにゃホレねぇな。」

「ま!ナマイキなのは変わらんとやけ!」

 

ミネの視線は隣にちょこんと座るマーシャルへ。

 

「あんら~えらい可愛かウマ娘ちゃん連れてきてから~。」

「こいつバカみてぇに食うからな。今のうちに米の追加炊いといたほうがいいぜ。」

 

マーシャルは少し恥ずかしそうにペコリと頭を下げる。

 

「まかせんしゃい!この道40年のプロだよあたしゃ!」

そういって厨房の奥へ消えて行った。

 

―――――――――――――――

 

「どーだ?うめぇか?」

「はい!おいひいれふ!!」

 

大城は口いっぱいにキンメダイの煮つけとご飯を頬張るマーシャルにそう言う。

彼女は満面の笑みで返す。

 

「あんたあんまり食わんとね。」

ミネは大城に対してそういった。彼が注文したのはキンメダイの煮つけ単品だけだった。

 

「…最近食が細くてな。」

「あんたもオジサンになったもんねぇ。若か頃はあげんツンツンやったくせしてから。」

「トレーナーさんツンツンだったんですか?」

マーシャルが聞く。

 

「聞かんね!イガグリみたいなヘンなアタマしてから!宇宙人みたいに染めて、ヤクザでもあげんか恰好せんよ!」

とミネは厨房奥のポスターを指す。

 

そこにはとあるロックバンドの古いポスター。

三人の奇抜な男たちに、バンド名であろう『SEX MUGNUMS』の文字が刻まれていた。

 

そのセンターに立ちこちらに中指を突き立てる、色濃い男は…見覚えある面影が。

 

「え…あれ…トレーナーさんですか…?」

そのあまりにも奇抜すぎて、もはや滑稽さすらも覚える見た目に、マーシャルは苦笑いした。

 

「…なんでまだあんだよ。…捨てとけよ。」

「永久保存版だから。」

 

大城はバツが悪そうにそっぽを向く。

 

「そういえばトレーナーさん。バンドマンだって言ってましたね。」

クスっと笑ってマーシャルはそういう。

 

「…ま、所詮ピストルズは超えられなかったのさ。」

そういって、また大城はキンメダイの煮つけを食した。

 

――――――――――――

 

『キミの愛バが‼』

 

マーシャルはその小さな食堂にポツンと設置されたカラオケのマイクを手に取って、歌って踊った。

その小さな会場での小さなウイニングライブ。

酒が回ったオジサンたちは、若いウマ娘のダンスにご満悦な様子。

コールや合いの手がこれでもかと飛ぶ、

 

大城はその片隅で、そっとマーシャルのウイニングライブを見続けた。

「白秋、お前良いウマ娘拾ったなぁ…。」

ベロンベロンなオヤジが大城に絡む。

 

「まぁな。」

「お前の娘だとかいうオチじゃねぇよなぁ?」

「それはねーな。」

 

そうして視線をまたマーシャルへ。

 

…そういえば、彼女の踊りを生でみるのは初めてかもしれない。

もっと見ておくべきだったかな。と大城はため息をつく。

 

「…にしても、あの娘なーんかどっかでみたことあんだよなぁ?」

「そうか?」

「ああ…あ、あれだ!あの…前にG1 獲ったレッドなんとかとかいう娘…よく似てらぁ。」

「…よく言われるみたいだぜ。」

 

――――――――――――――

 

「ご馳走様でした!」

「じゃあな。」

「はいはい!また来んね!そん娘連れてきて!」

 

そういって二人は食堂を後にする。

日は暮れたが、まだ門限を気にする時間じゃなさそうだ。

 

月が顔をのぞかせる。

ぼちぼち秋も近いのだろうか。

 

「ご馳走様でした。トレーナーさん。」

「ああ…。足りたか?」

「はい…わぁ。」

 

マーシャルはとあるものを見つける。

それは、空に浮かぶ星の海原。

 

「ほぉ…今日はよく見える。」

「あの星…すっごく綺麗…。」

「アルタイルだな…忌まわしい名前だ。」

「え?どうしてですか?」

「さぁて…どーしてだろうな。」

と大城は笑った。その名前によくない記憶でもあるのだろうか。

 

「その近くのデネブとベガを結べば、夏の大三角ってヤツだな。」

「詳しいんですね。」

「初めて買ってもらった望遠鏡でよく星見てたんだよ。」

「望遠鏡ですか。」

「ああ…兄貴が買ってくれたんだ。少ねぇバイト代でさ。ありゃ嬉しかったなぁ…。」

そういって恍惚と空を見上げる。その先には、遠い過去が見えているのだろうか。

 

「あれ、なんですか?ジグザグの星。」

「カシオペアだよ。聞いたことくらいあんだろ?」

「へぇ!じゃ!あれは?」

「ペルセウスだな。」

 

二人は身を寄せ合いながら、夜空のスクリーンに映る、終わりのない映画を見続けた。

 

「あ!あれ知ってます!北斗七星ですよね!」

「ああ…北斗神拳!ってな」

と大城は笑う。

 

「…?その隣にある星、なんですか?」

北斗七星の脇にぽつんと輝くそれをマーシャルは指す。

 

「?そんなんあるか?」

大城は目でそれを追うが、依然何も見当たらない。

 

「ありますよ!ほら!あれ!」

だが、大城の目には何も映らない。

 

「ああ…わかった。死兆星だな。」

「え…ええ!?それって…見えると死んじゃうっていう…ほんとにあるんですか!?」

「…マーシャル残念だったな…。俺より先に逝っちまうなんて。」

「そ…そんなぁ!!」

 

と茶番を演じたところで大城は笑った。

 

「ジョーダンだよ。そりゃ、アルコルっていう星だ。目がよくねぇと見えないのよ。」

「じょ…冗談。」

ふぅとマーシャルは安堵の息をつく。

 

「アルコルってのはな、逆なんだよ。」

「逆?」

「そ、見えなくなった時が、死期の近づきだっていうんだよ。死兆星ってのも、あながち嘘でもない。」

「トレーナーさん…。」

 

その時

 

「うっ!!!」

大城が急に懐を押さえてよろけた。

「え!?トレーナーさん!?」

マーシャルは血相を変えて彼に駆け寄る。…また…発作が!

 

「どうしよう!!トレーナーさん!お薬は?救急車呼びますか!?」

そう慌てふためくマーシャルに…。

 

「…なーんてな。」

と大城はケロっとした姿に戻る。

 

それを見たマーシャルは…。

 

「…バカ!!」

といって大城に抱き着いた。

彼の懐で、スンスンと音を立てる。

 

ちょっとからかいすぎたと、大城はマーシャルの頭をなでて、スマンといった。

 

「…でもよ。マーシャル。それが本当になる日がそのうち来ちまうんだよ。」

「そんなこと…いわないでください…。」

そういって大城の懐で涙を流し続けた。

「…なぁ、マーシャル。俺と一つ約束しないか?」

「はい…?」

 

大城は、マーシャルと目を合わせた。

 

 

 

 

「俺が死んでも…泣くな。」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

その言葉の意味が理解できなかった。

「どう…して?」

「どうしてって…。お前ってさ、ほら、スグ泣いちまうだろ。…やっぱりさ。心配になるんだよ。お前が泣いてると…。もう、駆けつけてやれねぇんだよ。…俺が死んでも、俺のこと、キレイサッパリ忘れて、前向いて生きて行けよ。」

「そんなこと…できませんよ…。」

「できなくても、やってくれ。俺の、最後の願いだ。」

 

歯をぐっと嚙み締めたマーシャルは、涙で充血させた目を大城に向ける。

 

「トレーナーさんも…私との約束…守ってくださいね。」

「…ああ。もちろんだ。」

 

――――――――――――――

 

「明日、マジ気合入れていくぞ!」

「はい!」

「そのためにも、十分今日は休め。明日に備えろ。」

「わかりました!トレーナーさんも、チコクしちゃダメですよ!」

「トーゼンだろ。よし最後に景気よく行くか」

「はい!」

 

 

二人はロックサインを天に掲げる。

 

 

「「Let's Rock!!」」

 

その声が夜の空に木霊する。

 

そして、顔を見合わせた二人の表情はすこし穏やかになった。

 

 

「じゃあ、トレーナーさん。また明日。」

 

「ああ…また明日…な。」

 

 

そうしてマーシャルは大城に背を向けて、寮へと戻っていく。

大城はマーシャルの背中を見送って、トレセンへと戻るべく歩を進めた。

 

 

また明日。確かに二人は明日の再会を誓い、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その誓いが果たされることはなかった

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。