7s Sprinter   作:マシロタケ

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彼は何処?

『レッドマーシャル見事な勝利でした!スプリント界からの刺客、天皇賞でどんな走りを見せてくれるのでしょう、期待が掛かります!』

『そうですね!注目すべき娘がまた一人増えました…』

 

流れ出る汗が留まることを知らない。

一体、切れきった息はいつ正常に戻るのだろう。

足はもうパンパンだ。

視界がまだ少し定まらない。

 

…でも。

それらと引き換えに私は手に入れたんだ。

 

天皇賞への挑戦権を。

 

(…や、やった。…これで。)

ふらふらとしながらも、彼女は体をなんとか引き起こす。

まだ、柵にしがみつかないと体を安定させることすら難しい。1800というのはそれだけの負荷を彼女に与える。

 

胸を激しく上下に動かしながらも、彼女は柵についた手とは逆の手で、自身を労ってくれるファンたちに手を振った。

 

そして、彼がいるはずのゴールライン前のギャラリーに視線を向ける。

 

(トレーナーさん!私!勝ちまし…)

 

でも、そこに彼は居なかった。

 

(…え?)

あたりをぐるぐる見回す。

あ!と思ってもそれは似たようなジャケットを羽織った別の人。

 

彼女は何度も何度もギャラリーの中で彼を探す。

 

(…どうして?)

それでも彼はいなかった。

 

確かに遅刻をすることは何度もあった彼だが、担当のレースをすっぽかすなど、今の今まで、たったの一度すらもなかった。それなのに。

 

 

他のウマ娘たちがぞろぞろと引き上げていく中でも、マーシャルはその場から動けずにいた。

それはきっと、呼吸が整なわないという理由だけではないのだろう。

 

――――――――――――――

 

『それでは、毎日王冠杯を見事に制しましたレッドマーシャルさんにお話を伺いたいと思います!マーシャルさんお疲れさまでした!今日のレースの感想をまず頂けますか?』

「…あ、えっと。」

 

インタビューバックボードの前で、マーシャルはファンたちに見守られながらインタビューを受けていた。

だが、マーシャルはそのインタビューに全く集中できなかった。

 

普通インタビューというのはその傍らに担当トレーナーがいるハズなのだが、そこに彼女の担当トレーナーは居なかった。

 

『あ…はい…ありがとうございました。』

マーシャルのなんとも歯切れの悪い受け答えに、記者は少し戸惑った様子を見せながらも引き下がった。

 

マーシャルはそれでも気にしていられなかった。一つのインタビューが終わる度に、周りを見渡した。

そんなハズはない。きっといるんだ。またどこかでサボって煙草でも吸ってるんじゃないか。と必死に自分に言い聞かせながら。

 

だが次第にそれは不安から焦りに変わっていく。

 

『えっと…マーシャルさん。本日、マーシャルさんの担当トレーナーは不在なのですか?』

そう小太り気味の男性記者が尋ねる。

それは、だれしもが気にしていたが聞けずにいたことだった。

 

「えっと…その…私にもわからなくて。」

マーシャルのその表情は、とても今レースを制した者とは思えない顔つきだった。

『わからない?…連絡もつかないと?』

「…はい。」

 

 

…なんだ?

担当放ってサボりか?

あー、なんか大城トレーナーならありえそうだもんなそういうの。

きっと自分の担当が勝つからってタカくくって、どっかで遊んでんじゃねぇの?

 

そのどこからともなく聞こえてくる声に、マーシャルの耳がピンと動いた。

 

「トレーナーさんはそんな人じゃありません!…たしかに、ちょっといい加減なところはあるけど…でも!そんなことをするような人じゃ、絶対にないですから!」

そう必死に訴えた。

 

―――――――――――――

 

「お疲れさん、スカーレット。お前もなかなかいい走り出来てたぜ。」

「…うん。」

そう肩を落とすスカーレットに、ウオッカは優しく声をかけた。

 

「ったく、マジであのチビやりやがってんなぁ。」

「毎日王冠杯にて、勝利を納めるということは…すなわち秋の天皇賞への優先出場権を得るということ…。つまり、スペシャルウイークさんとの再戦ということになりますわね。」

「…マーシャルちゃん。」

「ふふ…またライバルが増えちゃったわね、スぺちゃん。」

 

とスピカ陣営は、遠くからマーシャルのインタビューを眺めながら話した。

 

「んで、結局トレーナー、最後まで来なかったね。」

テイオーが頭の後ろで手を組む、

「あんにゃろ…ゼッテーしばく。」

とゴールドシップは怒りをあらわにする。

 

「こっちもそうだけど、マーシャルさんのほうもよね。」

スズカはその瞳で、焦燥と狼狽が消えないマーシャルを見た。

 

「ほんとにどうしちゃったんだろうね。」

テイオーが言った時だった。

 

「…スマン。お前ら。」

噂をすればなんとやら。

いつものように棒付きの飴を口からひっさげた、そり込み入りの男が、彼女らの前へ。

「…トレーナーさん!」

 

スペシャルウイークのその言葉に全員がはっと振り向く。

「トレーナー!テメェ!!」

そういって彼に掴みかかろうとするゴールドシップに、沖野は目も合わせずに言った。

「マーシャルはどこだ?」

「はぁ?お前それよりも!」

「いいから!マーシャルはどこなんだ!!」

 

その沖野の強い剣幕に、スピカたちは一瞬言葉をなくす。

沖野のその目は、今までに見たこともないような張り詰めた真剣な眼差しだった。

 

「マーシャルちゃんなら…あそこに。」

普段とは違う沖野の様子にスペシャルウイークは少しおどおどしながらも、そっとインタビューを受けているマーシャルを指した。

 

「…わかった。」

沖野はそういうと、そのまま彼女に向って歩き出す。

スズカはその時にハッと気が付いた。沖野のいつもの黄色いシャツにわずかな血痕が付着していることに。

 

「トレーナーさん…?」

スズカのその声は、沖野に届かなかった。

 

―――――――――――――――

 

「えっと…その…それで。」

ウイニングインタビューにしてはあまりにも弱弱しすぎるそのマーシャルの受け答えに、記者たちは難儀していた。

欲しい言葉が引き出せない。こんなのじゃいい記事にできないじゃないかと不満を顔にする者も居た。

 

そんないたたまれない彼女の様子を見かねた沖野は、覚悟を決めて壇上に向かった。

「すみません、通してください!…ちょっと、どいて!」

 

そこに集う記者たちを押しのけながら、沖野はマーシャルの下へ向かった。

「な…なんなんですか貴方は!」

そう記者が苦情を漏らすが、沖野は気にも留めなかった。

 

そしてマーシャルも、沖野の存在に気付いた。

「…沖野さん!」

マーシャルに少しだけ生気が戻った気がした。そうだ、彼なら大城の居場所を知っているハズなのだ。

 

そして、沖野は壇上へ立ち上がってマーシャルと向かいあった。

 

「沖野さん!私のトレーナーさんは今ど…」「マーシャル。」

 

マーシャルの食い入るような前のめりな言葉を沖野は遮った。

そして一呼吸置く。

 

「沖野さん?」

沖野はその時ふっと思った。

 

 

(ああ…大城さん。やっと俺にもわかりました。…こんな気持ちなんですね。辛い現実を、誰かに突きつける瞬間ってのは。)

 

彼は一度目を閉じて、そして覚悟を決めて開いた。

 

「マーシャル…よく…聞いてくれ。」

「…はい?」

「大城さんが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亡くなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

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