『さぁ、晴れ晴れとした青空がこの瞬間を見守ります。今年もこの時がやって参りました。天皇賞(秋)。たった2000mという短い世界で、幾千ものドラマが繰り広げられてきました。今日という日は一体どんなドラマが我々を待ち受けているのでしょう。各ウマ娘たち、ぞろぞろと地下バ道から姿を現します。』
そこから一人一人とウマ娘が出てくるたびに、歓声が上がる。
彼女らにかけられる期待が、秋の風が吹くこのレース場に、夏の熱気を蘇らせるようだ。
『さぁ三番人気アーセンデルタ、仕上がりは良いように見受けられます。若き天才四番人気オークストリームこの人気は不満か?』
『ですが、注目のウマ娘に代わりありません!』
『七番人気のニジイロマイン、観客に大手を振ります…』
そして中継のカメラは一人のウマ娘へ。
『…九番人気レッドマーシャル。スプリント界からの注目すべき刺客、毎日王冠杯では大健闘を果たし期待を寄せたいところではありますが…。』
実況が少し言葉を濁らせる。
『えー、このレース場にお越しのファンの皆様もご周知の事実、彼女の専属トレーナー、大城白秋氏は先日癌の為に他界しております。このレースに掛ける思いは並々ならないものがあると胸中を察し、健闘を祈りたい娘であります。』
その瞬間だけ、会場の歓声が少し静まった。
…大丈夫なのか?あの娘。
…なんかヤバそうな空気出てるよ。
…あんな様で走るつもりか?
…ひっでぇな。コンディションもクソもなさそうだ。見ろよ、廃人みてぇな顔してる。
…気の毒っちゃ気の毒だけど、ま、無理しないようにしてもらいたいもんだ。
…なんつーか、悉く不憫っていうか。哀れと言うべきか。あんなひでぇデマを流されたと思ったら、今度はトレーナーが死んで。…カミサマとやらは、あの娘になんか恨みでもあんのかな。
彼女への同情の声が投げかけられる。
「う…っ…ううっ…マーシャルちゃん…。」
「田原ぁ、お前が目ぇ伏せてどうすんだよ。見てやんなきゃ、信じてやんなきゃいけねぇんだろ?」
「ああ…わかってるよ。」
「マーシャル…。」
娘のその成れの果てのような姿を目の当たりにした両親は言葉を失った。
「…もう、僕はあの娘になんて言ってあげたらいいのかわからないよ。…ねぇ、お母さん。結果にかかわらず、このレースが終わったらあの娘をしばらく家で休ませてあげないか?」
「…私も同じこと考えてた。」
「立派だよ。あの娘は、このスターディングゲートに立っただけでも、十分に…立派だ。」
清水は思わず眼鏡を外して、涙を拭った。
「コンディションがない?九番人気?…ここん連中、何見てそういうとるんや。…あいつヤッバイ空気ビンビン出とるで、なんかやらかす気ちゃうんか?」
「…タマにはそう見えるのか?」
「なんやオグリン、あんたにゃそう見えへんいうんか?」
「いや…なんだろう。哀しい。ただひたすら…哀しい。…私がカサマツを離れることを決心したあの時の自分と…どこか似てる気もする。」
「故郷離れるのと、トレーナー亡くすんはちょっとちゃうんやないんか?…ていうても、自分の大事にしとったもん失くすんいうんは、それだけのコトっちゅうことか。」
「タマは勝つと思うか?あの娘。」
「…どうやろうな、そりゃあ勝ってほしい思うけど、こんまま本当に勝ってしもうたら、そんまま取り返しのつかんコトにもなりそうな気もするんよ。あのヤバイ空気の正体は…それかもしれへん。」
「…私も同じだ。」
「…すっごい
「ああ…。」
ルドルフはマーシャルをはっきり見ようとしなかった。
「らしくないのね、生徒会長。」
「…マルゼン。私は正しかったんだろうか。」
「らしくないその2」
「私は無理にでも彼女を止めるべきだったんだろうか。」
「あのスターティングゲートに立ったのは、あの娘の意思じゃなくって?」
「…私も同じ境地に立たされた時、迷わずゲートに立つ選択をするだろう。…だがその後。これを走り抜いた彼女に何が待っているんだろう。…明るい未来が、どうしても見えない。」
「らしくないその3。…少しお節介を焼きすぎなんじゃない?その後がどうなるか、それを自分の目で確かめることも、担当である彼女の責務だと思うわ。」
「それが最悪の結末であってもかい?」
「ええ、そうよ。世の中がすべてハッピーエンドなら、誰だって苦労しない。大事なのは真実を知ること。有耶無耶にしてしまうことのほうが、残酷よ。」
「…」
「そんなに心配なら、祈りましょう。神様ホトケ様…シラオキ様とかね。」
―――――――――――――――――
ヒーローはいっつも遅れてやってくる。
皆の夢と期待を背負って。
今日の抜けるような秋晴れ。遮る雲が一切ないその日差しは、彼女の為に用意されたピンスポットライトだ。
ようやく…姿を現す。
『さぁ出てきました!!一番人気スペシャルウイーク!!!』
その姿に、会場中が沸く。
心待ちにしていた皆のヒーローがようやく現れた。
だが、スぺの表情は差し込む日光の明るさに負けていた。
(…マーシャルちゃん。)
今のスペシャルウイークが光なら、今のレッドマーシャルは影だ。
皆の
「…ねぇ、トレーナー。ボクたちって、どっちを応援すればいいのかな。」
とテイオーがはっきりしない表情で沖野に問う。
「確かにスぺちゃんはスピカのチームだけど、マーシャルだってボクたちの仲間なんだよ!」
「そうだよな…スペ先輩にはもちろん勝ってほしいけど、マーシャル先輩だって…今の気持ち考えると、そう思っちまうよな。」
「…どっちも、なんて半端なことはできませんものね。」
「…」
その時、沖野は言った。
「スペだ。俺たちはスペを応援する。」
そう言い切った。
「…」
全員が沈黙をする。
「マーシャルの担当は…俺じゃない。大城さんなんだ。半端な応援なんかしてみろ。ぶっ飛ばされちまうよ。」
そして沖野の視線はスぺに向けられる。
「よぉし!んじゃ決まったこった!お前ら!スぺに波動砲送るぞ!」
「ちょっと!それでいいんですの!?ゴールドシップさん!」
「そうだよ!」
マックイーンにテイオーが続く。
「…お前らさ。あのチビのこと信用してねぇのか?応援しねぇと、あいつはスペの相手にならねぇと思ってんのか?」
「え…っと?」
「アタシはあのチビのこと信用してんだ。あいつのクソバカげた根性…誰もマネできねぇくらいの。…だからスペを応援する。チームスピカはスぺだ。」
ゴールドシップの覚悟に時間差を置いて、ようやく全員が頷いた。
マーシャルを信用する…だからこそ応援はしない。それがスピカの答えだった。
「スペ!」
沖野はスペシャルウイークを呼び寄せる。
「はい!トレーナーさん!」
「いいか…今はお前自身に集中しろ。…マーシャルのことも、気持ちはわかる。だからこそ。あいつの為を思うのなら、お前は全力であいつに挑め。」
「…わかりました。」
スぺもまた、覚悟を決めてゲートへ向かっていく。
そして…運命の扉は開かれた。
「大城先生…あのお菓子は、美味しかったよ。」
「自分めっちゃもらっとったもんなぁ、前に
オグリキャップは懐から一つの菓子を取り出す。
「…なんや、また食うんか?」
「いや…これは彼に捧げる分だ。」
「自分にも、そういう概念あるんやなぁ。」