7s Sprinter   作:マシロタケ

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あなたの為に

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スパートから一気に通常走行へとカラダを切り替える。

その繋ぎも滅茶苦茶だ。彼女の体に無茶を重ねた7秒スパートの代償が重く圧し掛かる。

 

彼女と大城が2000m用にスパートを調整した理由、それはスプリントと同じ要領でスパートをかけてしまえば、スタミナに乏しいマーシャルに絶対的に不利に働くから。

ただでさえ2000m用のスパートを以てしても、その距離を全うするのはギリギリ紙一重。

 

そんな計算された中のスパートを無視し、120%状態の7秒をかければどうなるか。

結果など見るまでもない。1着どころか、2000m走り切れるかすらも危ぶまれる。

 

確かに彼女は後続集団から、スペシャルウイークの位置する中団やや前方向へまで、ニトロジェットを積んだ暴走車の勢いで順位を上げた。

ただそれは、彼女の不安定な心が犯した自暴自棄(ヤケクソ)に等しい行為だった。

 

彼女の炎が消えてゆく。自分自身すらも焼き尽くす程の闇に染まった炎が…死んでゆく。

 

『レッドマーシャル、ここでペースダウン!やはりここでの勝負は厳しかったか!』

 

彼女の背中に、大きな集団が押し寄せる。

最早あの覇気を、7秒を失った彼女に恐れる理由などない。

 

『さぁ!第三コーナー!三分三厘!ここで各ウマ娘たちに動きがみられる!』

『注目の勝負どころ!』

 

実況の言葉に惹かれるように、ウマ娘たちが低い姿勢を取り、足の動きを明らかに変える。

 

『さぁレクティホーセン!その飛距離を伸ばしていく!先頭集団!オークストリーム先頭をとって逃げの姿勢に入るか?…そして、きたぁ!スペシャルウイーク!!圧倒的なパワーで着実に順位を!…』

 

…ここは勝負の場なんだ。

自分以外はみんな敵なんだ。

どんな理由があっても、譲っちゃいけない。

私にだって勝ちたい、いや、勝たなきゃいけない理由があるから。

 

スぺの視界に、マーシャルの背中がはっきりと映し出される。

その差はぐんぐんと寄せられ、最早1バ身もない。

このまま彼女を抜き去ることなど、造作もない。

 

しかしスぺの心に、ふらっと黒い影がかかる。

 

…彼女の昔話を聞いたことがある。

かつてどんなに努力しても勝てなかったマーシャルは、いじめに等しい扱いを受けていたんだそう。

やっと勝てるようになったら、今度はネット社会で心をズタズタに引き裂かれる程の誹謗中傷を受けて、それもやっと乗り越えたと思ったら…トレーナーが死んだ。

 

残酷だ…余りにも残酷だ。

そんな途方もない、想像を絶する程の痛みを抱えてマーシャルはここにいる。…きっと勝ちたいだろう。

勝って…天国にいるトレーナーにその勝利を捧げたいのだろう。

今までの呪いともいえる出来事をこの勝利で払拭したいだろう。

 

自分もこのレースに出ていなければ、きっと彼女を応援していただろう。

話を聞いてるだけでも、涙が滲んでしまう程の苦痛を携えた彼女の背中を押してあげたい。

頑張ってと心から叫びたい。

 

…でも。敵なんだ。

 

 

私は自分の手で

 

 

この娘を殺さなければならない。

 

 

勝負とは…非情なんだ。

 

 

(…ごめんね。マーシャルちゃん…。)

 

 

一筋の涙と共に…スペシャルウイークはレッドマーシャルを抜いた。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

続かない息。

 

折れそうな心。

 

濁って眩む視界。

 

自分を抜き去り、先へ先へと行ってしまうライバルたち。

 

苦しい…苦しいよ。

 

また少しづつ視界がかすんでいく。

 

スぺちゃんの背中が、もうあんなに遠く。

 

こんな状況がなぜか妙に懐かしく感じる。

 

そうだ。初等部生たちにすら勝てなかったあの日々たちだ。

 

すっかり遠い過去の話になってたんだと思ってた。

 

でも…どうなんだろう。

 

あの時とよく似た状況に私は居る。

 

…どうやって、あんな日々を、こんな思いを抜け出したんだっけ。

 

だってあれから私は沢山トレーニングを積んだ。

いっぱい失敗しながらも、私は一つづつだけど勝てるようになれたんだ。

 

1800mでも、ちゃんと勝てた。

 

じゃあ…2000mは無理だった?

 

そんなバカな。

 

あの日にちゃんと、本番でも通用するほどの自己ベストを叩き出せたんだ。

 

じゃあ何が違うの。

 

あの日と

 

あの日々と

 

何が違うんだ。

 

基礎体力は落ちてない。

 

筋力だってついてる。

 

7秒スパートだってちゃんと使える筈なのに。

 

…ああ。

 

やっぱりそうなのか。

 

いないんだ。

 

あの人が。

 

『レッドマーシャル…順位を落としていきます…最早これまでか。』

 

はは…。

 

私…強くなったのかなぁ。

 

本当に?

 

本当に強くなったの?私は。

 

じゃあ今のこれは何?

 

…強くなんてなれてない。

 

所詮私は…

 

あの人がいないと何にもできないんだ。

 

ごめんなさいトレーナーさん…。やっぱり私は…ダメなウマ娘でした。

 

 

…。

 

 

『気が済んだか?』

 

 

…!

 

ふと脳内に彼の声がフラシュバックする。

あの日…あの場所で彼と初めて会った、あの日の声だ。

 

『俺はお前の、そのスタートダッシュで見せた瞬発力。それは絶対的な武器になると睨んでる。』

 

そうだ…それが始まりだったんだ。

私が悪夢から抜け出すための。

 

『ああ。この命を賭して、お前を育て上げよう。』

 

随分と大げさなことをいう人だと思った。

でもそれは…貴方が覚悟を決めた言葉だったんだ。

 

『俺に謝ったってしょうがねぇだろ?…一番苦しいのは…お前だろ?』

勝手なことばっかり言って

 

本当に苦しかったのは…貴方だったんじゃないんですか?

 

こんな私の為に…身悶える程の苦しみを抱えながら、私にそんな表情を一切見せることなく…耐えてきたんでしょう?

 

『お前にはここで立ち止まってほしくはない。俺は…お前の行く末を見たいんだ。』

どうして…私だったんですか?

 

素質のある魅力的な娘なら、私以外にもいっぱいいた。

でもなんで…私だったんですか?

 

『お前が俺の生きる希望になってくれると、信じたからだ。』

…私は本当になれたんですか?

貴方の生きる希望に。

 

『俺がやったんじゃない。そのチカラは…お前自身が自分で勝ち取ったものだ。』

やっぱり違いますよ。

この力は…貴方がいてくれたから、手に入ったんです。

貴方がいなければ…私は。

 

この世界にすら踏み入れられなかったんだ。

 

……………。

 

トレーナーさん…。

 

やっぱり私…勝ちたいよ。

 

自分のため…もそうですけど。

 

…貴方のために。

 

貴方が苦しみ抜いて私に掛けてくれたその時間が、思い出が。

 

決して無駄じゃなかったことを証明するために。

 

『本当にいいんだな?…後悔のない選択をしろ。』

 

…後悔なんてありませんよ。

 

貴方の生きた証を

 

この場で証明できるのなら。

 

 

 

 

 

私は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうなったって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かまわない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-7.000-

 

 

 

 

 

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