7s Sprinter   作:マシロタケ

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-WARNING-

What you do now can take significant risks.
Do you still want to continue?

--AGREE

..Roger that. Don't regret




Let's Rock




Crimson Spart

『このスパート、やりようによってはお前を喰うぞ?諸刃の剣として扱え。』

『7秒だ…それ以上はダメだ。お前のスタミナ、ひいては肺が負けるだろう…。』

 

…ごめんなさい、トレーナーさん。

 

私は悪いウマ娘です。私はダメなウマ娘です。

 

今まで貴方と大切に守ってきた約束。

 

『7秒だ。…7秒は守れ。お前自身を守るためだ。』

 

一つだけ…

 

 

 

破ります。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

『さぁ!最終コーナー抜けて残す直線!スペシャルウイーク快調に飛ばしていく!オークストリームそれに待ったをかけるのか!スパンアークまだ諦めていない!アーセンデルタ!やや消耗がみられるか?後続集団からライクバッファー追い上げに入る…!』

 

たった2000m。時間にしても約2分程度の非常に狭い世界。

だけどその狭小な世界で、無数の応酬が繰り広げられていた。

通ぶった観客が、それら全てを見抜いたかのように鼻を高くして語る様をよく目にするが、結局それも無数の中にある駆け引きのほんの一端に過ぎない。

 

その瞬間、わずか0.1秒にすら満たない駆け引きは、当事者同士にしかわからない。

 

そんな刹那の中に彼女たちは生きる。

そして戦う

そして

 

 

散って行く。

 

 

 

余談だが

 

 

花は散っていく瞬間が一番美しい。

 

 

桜の花などはその最たるものだ。

自らの生命を燃やし、散ってゆくその瞬間に私たちは浪漫を情を青春を感動を見出す。

 

そしてこの東京競技場で…また一つの花が散ってゆく。

哀れみを、悲しみを背負い、その幻想を追い求めてゆくように。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

-7.000-

 

息を十分に吸うことはできない。

 

地面を力いっぱい蹴り飛ばすこともままならない。

 

だけど…もう後には引けない。

 

これが終わったらどうなっているんだろう。

7秒先の未来が全く見えない。

 

倒れて、吐いて、気を失って…そんな程度じゃ済まないのかもしれない。

 

それでもいい。

 

…覚悟なんて、ずっと前からしている。

 

 

彼女の周りに…再び黒い闘気(ドレス)が姿を現す。

赤い彼女のシンボルと相反するそれは、喪服のようにも見えた。

 

 

 

-6.559-

 

 

『さぁスペシャルウイーク!一気に先頭を捉え…!っと!…これは!』

注目のラスト。実況や観客たちの注目からはすっかり消えたはずだったその存在が…再び灯った。

 

「…ッ!」

 

17人全員がその存在に一瞬の気を取られた。

 

消えたハズだ。終ったハズだ。

この娘のことはちゃんと研究したはずだ。一度にかけられるスパートは7秒…それさえ抑え込めば、彼女に勝機はないはずなんだ。

 

なら…この瘴気をどう説明する?

確かに一度は消えた…だけど再び灯った。

 

ということは…つまり

 

 

 

…来るッ!

 

 

 

彼女の除く全員に雷鳴が響く。

ビリビリと肌を焼くほどのその覇気。

 

 

7秒の悪夢が…彼女たちを飲み込み始めた。

 

『レッドマーシャル!!再び追い上げを見せます!…大外!!大外から!一気に先をめがけて…!』

 

 

 

…ウソだろ!

…来てる!見ろよ!マーシャルが!

…ありえねぇ

…大丈夫なのか!?だってあのスパートって!

…マーシャルちゃん!!それは無茶だ!!やめてくれ!!!

…でもあのスパート、一回目よりもヤベェぞ…これ、マジであるんじゃねぇか!?

 

 

 

「…やるんなら気ぃつけぇや、嬢ちゃん。」

「タマ…あの娘」

「言うてやるな。もうウチらには触れられん世界なんや…アンタにもあるやろ、そういう境地が。」

「…」

 

 

 

「…ふふ、これはどういうことなのかしら?ルドルフ?」

「彼の為に…不惜身命するつもりなのかい。マーシャル。」

「彼女の7秒、肺の弱さをカバーするための術なのよね?なら…相当ヤバいことしてるんじゃない?彼女。」

「だがもう…止める術はないよ。」

 

 

―――――――――――――――――

 

-5.981-

 

くる…しい…

 

 

うまく…息ができないよ…

 

 

体中が痛い…肺がもう…悲鳴どころか断末魔を挙げている。

吸う息、吐く息にガラガラ、ゴロゴロと肺を引っ掻く音がする。

 

無理をしているなんて生易しい言葉じゃもう、表現なんてできない。

 

アドレナリンが溢れに溢れて自分を酩酊させる程なのに…自分の体がもうこれ以上はいけないと警告を出している。

 

これ以上やれば命の保証はないと叫んでいる。

 

当然だ…昔も同じことをして、私はターフで溺れたんだ。

 

怖い…怖いよ、痛いよ!苦しいよ!!

でも…止められない

 

-5.874-

 

だって…私は一人で行かなきゃいけないんだから!

 

あの人がいなくったって!!大丈夫だって見せなきゃいけないから!

 

『…やっぱりさ。心配になるんだよ。お前が泣いてると…。』

 

私はもう泣かない!あなたと交わしたもう一つの約束は…絶対に守るんだ…ッ!

 

トレーナーさん!貴方がいなくったって、私は一人で走れるんだ!

 

 

-陦後°縺ェ繧、縺ァ-

 

 

もうあなたに泣きついたりなんてしない!

 

もうあなたに甘えたりなんてしない!

 

私はもう一度あなたに逢えた時に、立派になったって言ってもらえるように…なるんだ…!

 

だから…だから心配しないで…。

 

私は絶対に勝ちます…私はあなたの担当だから。

 

 

-莨壹>縺溘>繝ィ-

 

 

――――――――――――――――――

 

-4.295-

 

彼女と走った者は皆口を揃えて言う。

 

彼女がスパートに入った瞬間、蜃気楼のように姿が一瞬消えると。

 

残像さえも置き去りにして、その場から消えてしまうと。

 

「!」

 

だが今日の彼女はそれだけではない。

 

そのまま本当に、存在が消えてしまう気がした。

 

『レッドマーシャル!!先頭集団を大外から!!大外から!!有り得ぬ二度目のスパート!!燃えている!!彼女の炎が!業火の如く!!』

実況すらもツバを飛ばすかの勢いで唸り始める。

 

その光景とその轟に火をつけられた観客たちも…一斉に。

 

 

『レッドマーシャル!スペシャルウイークに接近!!毎日王冠杯の配役入れ替えの展開!!あの時を踏襲できるのか!?』

 

背後に伸びる赤く黒い影。

それは優しい少女の、優しすぎるが故に壊れた亡骸。

 

(マーシャル…ちゃん…)

感じる…。

 

泣いてる。泣き叫んでる。

 

その影が。幻影が。

 

どこにももう拠り所のないその孤独な影が、暴れている。

 

…どうしたらいいんだろう。

私は…私は。

 

スペシャルウイークはほんの一瞬、自分の世界へと埋まった。

 

おかあちゃん…私…どうしてあげたらいいんだろう。

大事な友達が…このままじゃ…壊れていっちゃう。

 

そうして、あろうことかスペシャルウイークはレース中に一瞬だが、顔を下げた。

 

そんな時だった。

 

彼女を温かく…優しい何かが包み込んだ。

それはとても懐かしく…柔らかい…母の香りがした。

 

今の母ではない…彼女を生んだ、本当の母。

 

『スペシャルウイーク…いい名前でしょ?この娘はとっても特別。きっとこの娘は日本一のウマ娘になって、きっと皆の希望になってくれる娘。私はそう信じてる。』

 

…。

 

遠く幼い記憶の中に残る、わずかな母の声。

 

皆の希望に…。

 

そうだ…私は日本一のウマ娘になるんだ。

ただ勝てば日本一になれる訳じゃない。

 

勝って、皆の希望に、皆を救える存在こそが…日本一のウマ娘なんだ。

 

ターフに秋の風が舞い込む。

 

それを支燃性の燃料に、撫子色の闘争心がふわっと広がった。

まるでそれは、マーシャルの覇気を打ち消すかのように清く、優しい。そんなオーラだった。

 

(マーシャルちゃん…私にだって譲れない理由があるの。私はマーシャルちゃんに勝つ。…勝って、あなたを救う!)

 

スペシャルウイークはもう一段、強く地面をけり上げる。

 

そして最後の直線…最早100mすらも残さない敷居の上で、二つの狂気舞うオーラが激しくぶつかりあった。

 

『これはもう…わからない!勝利の女神は…どちらに!?』

 

―――――――――――――――――――

 

彼女らの勇姿は、全国で配信された。

 

例えどこにいても彼らは皆彼女らの激闘を見届けることができる。

 

ある者は、病院の院長室で。

 

「…岳院長、回診の時間が。」

「すまない、予定を遅らせてくれ。」

「ですが」

「頼む!俺は見届けなきゃいけないんだ!…アイツの…アイツに代わって俺がッ…!」

 

あるものは引っ越し現場の作業を中断して

 

「いけえええ!!マーシャル!!!俺のイチバン弟子だろ!?」

「ゲンさん!一番弟子はオレっすよ!?」

「ウルセェ!」

 

あるものは、ヨガ教室に置かれた古びたブラウン管を頼りに。

「マーシャル…オマエコソウチュウダ…。オオイチガイエンガ…オマエノセナカヲオシテイル。」

「うおおおお!!!マーシャル!!マーシャル!!!」

 

あるものは人の寄り付かない、裏路地で。

"Tingnan mo, Ashley. Iyon ang anak na pinalaki ni Hakushu."

(見てごらん、アシュリー。あれが白秋が育てたウマ娘さ。)

"..Taiji. Nasaan si Hakushu?"

(タイジ…ハクシューは何処?)

”Pumunta ako upang manalangin sa diyos ng langit.Pumunta siya upang ipagdasal ang kaligayahan mo at ng anak na iyon"

(…彼は天国の神様にお祈りしに行ったのさ。君と、あの娘の幸せを願いにね)

 

あるものは…フランスの地で。

"Tu m'as dérangé.Au moins me fascine Diable Rouge"

(…私の手を煩わせてくれたんだ。ならばせめて魅せておくれよ…赤い悪魔)

 

あるものたちは、街外れのガレージで。

「…アホトレーナー。お前が見届けてやんねぇでどうすんだよ。見ろよ…こんなにもがきながら走ってんだぞ。…ほら、父ちゃん目ぇ伏せんなよ。」

「う゛ッ!う゛うぅ!だってよぉ…白秋…こんなのって、ねぇだろうがよぉ!」

そこに、小さなウマ娘たちが。

 

「おとーさん?どうしたの?またおかーさんに叱られたの?」

「…フィズ、ライムぅ…」

そうして二人の娘をギュッと抱きしめる。

「俺は!父ちゃんはお前たちを残して死んだりしねぇからな!」

 

「…ねぇフィズ。おとーさんがヘンになっちゃった。」

「元からだろ。」

 

 

そしてあるものは…本場で。

 

「マーシャル…ああ!マーシャル!!」

「お願い大城さん!…娘を!…娘を護って!」

 

―――――――――――――――――

 

-2.021-

 

もう…息を吸えなくなった。

吐くこともできなくなった。

 

呼吸器官が完全に狂った。

 

-1.985-

意識が朦朧とし始める。

目の前の視界がはっきりしない。

 

壊れていく

 

 

自分自身が…壊れてゆく。

 

 

それでも足は止めなかった。

それでも腕を振ることはやめなかった。

それでも前を向き続けた。

 

最早体力などとうの昔に尽き果てている彼女を動かしていたのは、気力と根性と

 

思い出だった。

 

彼と過ごした何気のない時間たち。

もう二度と戻ってくることのない時間を。

 

燃やして、自らの燃料にした。

 

大事なものをすべて捨てた。

だけど…その甲斐はどうもあったらしい。

 

『レッドマーシャル!!!スペシャルウイークをわずかに!わずかにリード!!』

 

天皇賞。

 

始まりは憧れだった。

 

でもそれは星を手でつかむようなものだった。

 

何度も挫折した。

 

何度も泣いた。

 

それでも、私は夢に向かった。

 

正直もう無理だと何度も思った。

 

でも、夢はあきらめなきゃ叶うって教えてくれた人がいたんだ。

 

その人は酷い嘘つきだったけど、その言葉は本当だった。

 

そんな勝手で嘘つきで約束やぶりなその人のためにも

 

 

私は。

 

 

勝つんだ。

 

 

 

 

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

 

 

 

 

 

『レッドマーシャル!!先頭を抑えた!!レッドマーシャル!!レッドマーシャル!!!今!先頭を維持したまま!亡きトレーナーの想いを胸に今!!!』

 

 

そこにいた17人のライバル、実況と解説、観客たち。

全ての者たちが実感した。

 

奇跡が…存在すると。

 

 

-0.000-

 

 

――――――――――――――――――

 

マーシャルは確かに先頭をとったままゴールラインを迎えた。

 

だが、彼女を迎え入れたのは大きな歓声などではなかった。

 

静寂。

 

なんの音もない世界だった。

 

確かにこの場所は東京競技場だ。

 

だけど、彼女の周りにには何もなかった。

ライバルたちも。実況も。はちきれるほどの観客たちも。

 

何もいなかった。

 

彼女の周りからすべてが消えた。

 

…でも、彼女はそれを不思議に思わなかった。

 

なぜだろう。むしろずっと前からこの場所を知っている気がする。それこそ、生まれる前から。

 

体がすごく軽い。さっきまで苦しかったのがウソのようだ。

だけど、少し動かしにくい気もする。

 

そんな彼女だけの世界を、彼女は走った。

 

そうして、4ハロンくらい進んだころだろうか。

 

彼女の一キロ先に…とある人物の姿が現れた。

 

 

それは…ずっと探し続けていた。追い求めていた存在。

 

それを見た彼女は安堵に包まれた。

 

 

…ああ。よかった。そこにいたんですね。トレーナーさん。探したんですよ。

 

そういって彼女はその影に向かって走り出す。

 

…トレーナーさん!私ね!頑張ったんですよ!ちゃんと…あなたがいなくても勝てたんですよ!

 

…だから、だからね…たくさん褒めて!たくさん抱きしめて!たくさん頭をなでて!

 

だから…だから…

 

 

まってて…

 

 

 

私も今

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっちに行きますから。

 

 

 

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