駐車場にて、マーシャルはあたりをきょろきょろ見渡しながら大城を探す。
駐車場にはトレーナーや教官たちの車がぞろぞろと並ぶ。
あの目立つ赤いスーパーカーは確か…。
そこに特徴的な低いサウンドをとどろかせる一台の白い車が彼女の前に現れた。
それは…車に詳しくない人でも一目でわかるようなフォルム…。
ポルシェだった。
「よぉ、待たせたな!早く乗れ!」
「トレーナーさん!!」
フロントウインドウからは、大城が現れた。
――――――――――
「ポルシェっていやぁ。ガキの頃よく憧れたもんだった。RR特有の鋭い加速に空冷ボクサー特有のエグゾースト、シャープでピーキーだが、レーシングの名に恥じない操舵性に、NAだろうと文句なしのバリキ...ってきいてんのか?」
車の話を延々と続ける大城を他所に、マーシャルは参考書を読んでいた。
「聞いてませんよ。...まったく、今度の数学のテストも近いのに、勝手なんですから。」
「まぁ、そう怒るな、折角のドライブデートだ。ちったぁ嬉しそうにしろよ。」
そんな大城の冗談にも幾分慣れてきている自分がいると自覚するマーシャルだった。
「で、どこに行くんですか?」
「ああ、歌舞伎町の…ホテル街。」
その瞬間、マーシャルの息が止まる。
「え…は…?」
じょ、ジョーク?でも、こんな昼間に学校抜け出してまで..まさか本気なわけ…でも、もしからたら、本当に連れ込まれる…!?
「の近くの雑居ビルにあるヨガ教室だ。」
大城は嫌らしく笑う。
ホテル街で言葉を切ったのは絶対わざとだ。
「なんだ?何か期待したか?」
「いいえ!」
前言撤回、この人の冗談には、まだまだ慣れない。
「な、なんでヨガ?」
「そこにな、センニンって呼ばれてるヨガ師いるんだ。そいつは呼吸の神様と呼ばれている。」
「呼吸の神様?」
「そ、お前は肺が弱い、だから、その呼吸法から見直す必要がある、そう思ってな」
先ほどまでとは一変、そこには真剣な表情の大城がいた。
――――――
歌舞伎町。そこには幾人もの怪しい人たちが行き交っていた。
スーツにサングラスをかけた黒服。
勝負服と見紛うほどの煌びやかな服を纏ったおじさん。
路上で当然のように眠っているホームレス。
コンビニを我が物顔で占領するチーマー。
そんなマーシャルにとって未知の世界を、大城は臆することもなく進んでいく。
というか、大城のこの赤いジャケットが、この街にいる怪しい人たちの印象に溶け込んでいた。
ずっとここにいる人、そんな印象すらも受ける。
「ね…トレーナーさん…。」
「おお、ここだ、ひっさしぶり変わってねぇな。」
そこはこの街のさらに裏路地の雑居ビルと呼べるかも怪しい建物だった。
薄暗い鉄骨階段を上り、一室へとたどり着く。
大城はチャイムを連続で3回鳴らした。
そうすると…ドアはゆっくり開かれた。
「…ヨクキタ、ハイレ」
「よぉ、センニン。まだ生きてたか。」
まるでビワハヤヒデ先輩のように流々と生やされた白いひげに、それとは対をなすほどに黒い肌。頭は抜け落ちたのかスキンヘッドなのか、時折見せる歯はほとんど抜け落ちているよう。
「ひっ!!」
その怪しさ満点の見た目にマーシャルはおじけづく。
「おう、こいつだよ」
「フン…ウマムスメ…カ」
招かれた部屋の中はお世辞にも綺麗とは言えない。
時折目を覆いたくなるあのGが部屋の中を駆け回っていた。
そして部屋の奥へと通される、そこだけはほかの部屋とは違い、一面畳張りだった。
「…スワレ。」
センニンのいう通りに座る、だが一つ気になることがある。ここにはマーシャル以外の生徒もいるようだが、どうも様子がおかしい。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!宇宙!!うちゅうう!!!!!」
「ありがとうございます!!ありがとうございます!!!!!すべては、オオイチガウエン様のためにあらず!!!」
こんな様子だ。
「と、トレーナー…さん…?」
「大丈夫だ…多分な?」
そんなこんなでセンニンの修業が始まる。
「マズハ…シセイヲノバセ。ソウ、ソシテユックリ、メヲトジテ…。」
センニンの不思議な揺らぎを持った声に、マーシャルはふわふわとした気分になる。
「ココハ…ウチュウ。オマエモ…ウチュウ。スベテハ…ウチュウニ…キゾクスル。オマエモ…ソノコドモ…ワガニクタイトサンソヲ…ユウゴウサセル…。」
「は、はい…。」
「スエ…スゥット。ハケ…スベテ…ナニモノコサズ…。」
マーシャルは一回一回の呼吸に意識を集中させる。
「チガウ…ソウジャナイ。スッタクウキ、ハククウキ、ベツモノ。オマエハウチュウ…ソノサンソ、オマエノウチュウニトカシコム…。スミズミマデ…。」
「え…?」
「つまり、吸った空気を全身に巡らせるイメージをしろってことだ。」
そう大城が助言を出す。
「ハク!!シャベルナ!!」
「わりぃわりぃ」
「モウイッカイ」
いわれの通り、マーシャルは全身を使って息を吸う、そして取り込んだ酸素を体全体へといきわたらせるイメージをする。そして、吐くときは、全身から絞り出すように古い酸素を捨てるように、すべてを吐き出す。
そうすると、体がすうっと軽くなるような感覚に包まれる。
「!!!」
その感覚に驚いたマーシャルはふと目を開けた。
なぜか今までよりも深く息が吸えているような気がする。
「…ウム、スジガイイ。ワタシノオシエ、スミズミマデ。」
「いいや、要点だけ頼むよセンニン」
「ナニ!コノテイド、ワガヨガシンワノイッタンニスギン!ホンスジハココカラ!!」
「別にヨガ習いに来たわけじゃねぇのよ俺ら」
「ムゥ、シカタアルマイ」
そういうとセンニンは不織布タイプのマスクをマーシャルに差し出す。
「コレヲツケテ…オナジコトヲ…。」
「なるほどね、呼吸しにくい状態でやるわけだ。」
マーシャルも理解したようで、マスクを着けて再び「呼吸」を始める。
(さっきよりも息がしにくい。でも、私は宇宙…弱い肺に代わって隅々まで…酸素を…)
「なぁセンニン」
「ナンダ」
「あのマスク新品か?」
「シンピンデハナイガ…ワタシガイッシュウカンツカッタダケ、シンピンドウゼンダ」
その言葉を聞いたマーシャルはマスクを床にたたきつけた。
―――――――――――
「やぁ!なかなか為になったな!なぁマーシャル!」
ヨガが終わっても、マーシャルは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「…。」
「そう拗ねるなよ、今回学んだことはデカかったはずだ。その呼吸、常に意識してやってみろ。」
「蹄鉄の次は...呼吸ですか?」
マーシャルは足を上げて蹄鉄をのぞき込む。
「どれもこれも、きっとお前を成長させるさ。ま、だまされたと思って。」
「…。」
それでもマーシャルは不満げな顔をする。
「…はぁ、分かったよ、機嫌直せって、…何が食いたい?」
「…中華。」
高級中華料理店にて
「二人で八万だと!?ボッタクリかこの店?」
「い、いえ!正規のお値段です…お連れ様の空の丼の数見ていただけるとお分かりかと…。」
(…満腹)