7s Sprinter   作:マシロタケ

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最終章:光の先へ
白い秋


冬の香りがツンと鼻をつつき、吐く息がまるで煙草の煙のように白く彩られる。

ようやくこのトレセン学園にも冬の知らせが届き始めているようだ。

 

この時期ともなれば、薄着自慢の娘たちだろうとようやく観念して冬用の長袖制服を着用する。

寒がりな娘はそれに上着を重ねる。

 

朝方の挨拶をする娘たちは鼻を赤くしながら、寒くなったと口々に語り、年の瀬が近いことを嘆く。

今日は一段と寒い。

 

今年初めて霜が降りたのだそう。周りの木々に生る葉や主人を待つ車たちには白い化粧が施される。

まだ暦上では秋に分類される筈なのに。

 

その白い秋に若人たちは一年の終わりを感じ取る。

 

今年も数えきれない程に色々なことがあった。

希望の一年になった娘もいれば、散々な厄年だった娘もいただろう。

 

しかし年が明ければ全てはゼロに帰す。

その新しい世界をどう生きていくかは、その娘たち次第なのだ。

 

―――――――――――――――――

 

「おーっす、マーシャル。」

「あ、おはようギアちゃん…って、またギアちゃんったらそんな薄着で。今日かなりの冷え込みなんだよ?」

「いちおー長袖だろ?ま、11月までならヘーキだよ。それに霜が降りれば暖かくなるともいうし…ってモモは?」

「しっかり着こまなきゃってまだ部屋で入念に準備してるみたい。」

「ははっ。またトレセン名物寒がりモモミルクの着込みダルマが見られるのか!」

 

と上機嫌にギアは笑い、マーシャルと共に寮を出て通学路に着く。

 

「もう、二人とも両極端なんだから。」

とマーシャルはふぅと息をつく。

 

「そういうお前だって、マフラーの一つだけだろ?」

「私はちゃんとインナー着てるもの。」

そのマーシャルの首元には、白いマフラーが巻かれていた。

 

「…そのマフラーってさ。センセにあげたものだったんだっけ。」

少し声のトーンを落としてギアが言う。

 

「うん…本当は火葬の時に一緒に天国へ持っていってもらう筈だったんだけど、何かの手違いで燃やされなかったらしくて。それで私にって。」

「自分のプレゼントが形見…かぁ。」

「ちょっとタバコの臭いがついちゃってるけど。」

 

そういってマーシャルはマフラーを巻きなおす。

 

「…なぁ。お前これからどうするんだ。まだ、新しいチームも決めてないんだろ?」

「うん…色々声は掛かってるんだけど。」

マーシャルは自分の足元を見る。重りの蹄鉄を履いていた頃と比べると、随分足が軽くなったとふと思う。

 

「なんならさ、俺んトコのチームとかどうだ?トレーナーとリーダーには話通しとくし、モモだっている。そりゃあ、リギルとかスピカにくらべちゃそんなハデなチームじゃねぇけど…。でもさ、お前ならみんなきっと歓迎してくれるよ。」

「うん…ありがとう。ギアちゃん。…でもね。私、もうちょっとだけ休みたいな…。」

「…そっか。そうだよな。…俺も無理は言わねぇよ。」

「ごめんね。」

 

マーシャルはギアから視線をずらした。

 

そこに

「二人とも…待ってぇ~」

とブクブクに着太りした影が二人の背後にのっそのっそと。

 

制服のスカートの下に赤いジャージを履き、制服の襟からは極暖のインナーが顔を覗かせ、その上から大きめのとっくりセーターを。さらにその上からベンチコートを羽織り、マフラーを二重に巻いて厚手の手袋に厚手のメンコ。肌の露出を極限まで抑えたモモミルクの姿があった。マフラーのせいで顔の半分が隠れている。

 

「…ひゃあ。こりゃ今年は一段と。」

その姿にギアは目をまん丸にする。

「す…すごいね。モモちゃん。」

マーシャルも目をパチクリと。

 

「ああ!寒いッ!もぉ、早くカイロ温まってくれないかなぁ。」

とモモは身を窄めた。

 

「もぉ、二人ともそんな薄着だと風邪ひいちゃうよ!」

そして厚着らしい厚着を施していない二人に、実家の母のように言う。

 

「お前はやりすぎだって…お前まるで、ミシュ〇ンマンみたいになってんぜ?」

ギアのその突っ込みに、マーシャルは思わずプッと噴き出す。

 

「もぉ!二人ともなんなのよぉ~!」

とモモは地団駄を踏んだ。

 

 

 

秋の天皇賞から数週間後、マーシャルは病院を退院し、トレセン学園に復帰していた。

 

両親からは一度実家へ戻ることも提案されたが、彼女はそれを受け入れず学園で過ごしていた。

今の彼女は、あの壊れた日々に比べると、随分と顔色も穏やかになり時折あの笑顔も見せられるようになっていた。

 

…だが、以前と決定的に違うことが一つだけ。

 

彼女はあの日以来、レース場に姿を見せなくなった。

あんなに大好きだったターフにも、練習場にも。

 

特に大きな故障や後遺症が残ったというわけではないならしい。

そのことに関しては医師も驚嘆していた。

あれだけの時間、長いこと酸素供給が絶たれていたというのなら、脳や末梢神経に重大なダメージが入っても何ら不思議ではない。

 

彼女の両親も、その今後については覚悟を決めていた。

 

だが彼女に大きな障害は残らなかった。それは単なる幸運という言葉で括っていいものではない。

そのことを医師は、何か彼女に大きな加護があったのだろうと感嘆していた。

 

つまり、走ろうと思えば彼女は走れる状態ではあった。

…だが頑なに、彼女は走ろうとしなかった。

 

 

 

 

 

 




トレセン正門にて。
「はい皆さんおはようございます!」
「お早うございます、たづなさん。」
「はい!トップギアさんにマーシャルさんおはようございます!…と、そちらの方は?」
「…モモミルクでーす。」
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