「っしゃーい!らっしゃーい!!ゴルシっちゃんの特製焼きそばァ!!三つお買い上げの方にはもう一個オマケでプレゼント!!」
晴れ晴れとした中山競技場にメガホンもなしに響き渡る、商売根性のみなぎる声。
「い…いらっしゃいませぇ~」
「オイ!チビ助!声が小せぇぞ!もっとハラから声出せよ!」
「そんなぁ…今日はスペちゃんの応援にきたんじゃ…。」
「…っまえなぁ!焼きそばを制すものは、有馬記念を制すんだよ!んなこと原付の講習で習っただろ!?」
「そんなこと言ったってぇ…。」
とそこにお客からお呼びがかかる。
「マーシャルちゃん!こっちにも焼きそばもらえる?」
「あ、はい!すぐ伺います!」
やはり生真面目な彼女、渋々とは言っても仕事に入ると全力を出してしまうタイプ。
「ありがとう!じゃあ二つ分の代金ね。」
「ちょうどですね!ありがとうございま…。」
その瞬間、マーシャルはその男性客の顔をまじまじと。
「ん?どうかしたの?」
「あの、確か…田原さんですよね?」
男性客は思わずぎくり。
「え!?…俺のこと知ってるの!?」
「だって…ずっと私のレース見に来てくれてたじゃないですか。名前まで名乗って、私のファンだって言ってくれて…。」
「あ…あ…」
顔をヤカンのように火照らせた青年は言葉を急に詰まらせる。
「これからも、私頑張っていきますから、応援お願いします!」
マーシャルは青年の手をぎゅっと握って笑顔を見せた。
「おーい!チビ助!サボってんじゃねぇ!次のエリアに行くぞ!!」
「あ、はーい!…ごめんなさい!じゃあまた!」
そういってマーシャルはゴールドシップの待つ場所へと戻っていった。
青年はその駆けていく背中を恍惚と見入っていた。
「マーシャルちゃんが…俺のこと…。」
「よかったなぁお前、今年の最後に運使い果たせて。…焼きそばいらねぇんならもらうぞ。」
「たっ…食べるよ!」
―――――――――――――――――
『さぁ今年を締めくくる大一番、有馬記念。やはり人気は熱いスペシャルウイーク!漲る闘志を見せてくれます!』
スピカたちはゲートに一番近い観客席につく。
「スペちゃん!頑張って!!」
マーシャルが両手でメガホンをつくり、スぺへ健闘の祈りを手向ける。
スぺもそれに応えるように、大手を振る。
「よぉし!いっちょやるかお前ら!」
そういうとゴールドシップが妙な構えに入る。
「よぉし…スペェ…勝てェ…勝てぇ…」
「え…な、なにしてるんですか?」
ゴルシだけでない…スピカのメンツたちは一人残らず奇妙な念をスペに送り続ける。
「あはは!マーシャルは初めてなんだっけ?これやると勝率が1.6倍になる(ゴルシ調べ)んだって!だから…かてぇ…。」
とテイオーが念を唱えながらいう。
「ほ…ほんとですか?」
「ほら!チビ助!お前もやるんだよ!」
「は、はい!…スぺちゃん…かてぇ…。」
とマーシャルはどんどんスピカ色へと染められていく。
そんな様子を沖野は呆れながらも、安堵の眼差しで見ていた。
『さぁ注目の勝負所…やはり仕掛けてきたスペシャルウイーク!速い速い!!他の追随を許さぬ走り!最早独走ムード!この英雄を止められる者は…いなかったぁ!!スペシャルウイーク堂々の一着!』
『素晴らしい走りでした!彼女のスパート、磨きがかかってますね!ウワサによると…『彼女』の影響があるんだとか…』
「いいいやったぁああああ!!!上出来だスぺ!!」
ゴルシの咆哮を皮切りに、会場から大しけのような歓声が一気に上がる。
スピカたちはそんなエースの勝利を抱き合って喜んだ。
――――――――――――――――――――
「それじゃあ、スぺの完封とマーシャルの入部を祝して!」
『カンパーイ!!!』
とジュースの入った
彼女らの前にはイセエビや高級な肉を主軸とした、僥倖ともとれる食材たちが並ぶ。
(はぁあ…これでまた今月も赤字かぁ…)
とそれらの食材に落胆する沖野だったが、彼女らの明るい笑みを見れば
(ま…いっか。)
と気持ちを切り替える。
「はい、スぺちゃん。お肉の一番美味しいとこ、スぺちゃんにあげる!」
「私のも、どうぞ。」
とマーシャルとスズカがスぺの取り皿に肉を。
「ええ!?い…いいの!?」
「もちろん!今日のスペちゃん、すっごく頑張ってたもん!とってもカッコよかった!」
「そうね、私もまだまだ負けてられないって気持ちになっちゃったな。」
「ひゅ…ひゅじゅかひゃん…まーひゃうひゃん…。」
とスぺは口いっぱいに肉を頬張りながら、歓喜の涙を流す。
「あの…スズカさん、またよかったら私と並走トレーニングしてもらえませんか?」
そっとマーシャルはスズカに訊く。
「ええ、もちろん。私もあなたからいっぱい技術を盗まないと。」
「えへへ…私もいっぱいスズカさんのスキルを!」
といったとこで。
「えー二人だけずるい!ボクもボクも!」
とテイオーが話を聞きつけて。
「オレもいっすか!」
「なら…私だって!」
「皆さんがそうおっしゃるのであれば、私もご一緒させていただきましょうかしら?」
「おーし!今度こそゴルシ様の本領ってもんを見せてやる!」
とぞろぞろと参加者が増える。
「それじゃあまた、チーム内の一斉レースじゃねぇか…」
はははと笑いながら沖野はあきれる。
「よし!次は3200で勝負な!」
「3600でもよろしいのでは?」
「はぁ!?勝手に決めないでよ!次は1600でしょ?」
「2000でいいじゃんかよ!」
「ボク2400がいいよ!ダービーと一緒じゃん!」
と勝手にワイワイと湧き上がるスピカのプロパーたち。
そんな光景はマーシャルが入部して、今までの短期間に幾度となく見た。
そんな光景に慣れ始めている自分がいる。
その光景を見ていると、ふとあの日々のことが頭の脳裏を駆け巡る。
ベテルギウスに居た、あの日々を。
今…彼女たちはどうしているのだろう。そんなふわっとした思いが彼女の中に留まった。
―――――――――――――――――――
一通り宴会を終えた後、マーシャルは部室でせっせとゴミの仕分けをしていた。
プラスチック系はこっち、ペットボトルはあっち、燃えるゴミは、燃えないゴミは。
慣れた手つきで迷いなく仕訳けていく。
「あ!いいっすよ!センパイ!そんなの俺らがやりますから!」
とウオッカがマーシャルに駆け寄る。
「ううん、いいんです!今ここじゃ、私が一番下っ端だから!」
「でも…」
「ダメだぜチビ助、こういう困難はみんなで分け合うもんだ。それがスピカの掟だ!よおしお前ら全員でかかれ!」
ゴルシの号令とともに、スピカは全員で後片付けに。
「もう!アンタもうちょっと丁寧にできないの!?」
「うるせぇんだよ!これでも十分だろ!」
「あの…ゴールドシップさん、そのお魚の形した醤油入れも捨てるんですのよね?」
「嫌だい嫌だい!ジョリーナーとミッチーはアタシのもんだ!!家に連れて帰るんだぁ!!」
「スペちゃん…まだ食べるの…?」
「だって!残しちゃったらもったいないじゃないですか!」
…人手は増えたはずなのに、仕事はなぜか遅くなる。
それがスピカの七不思議のひとつらしい。
そうしてようやく纏まったごみを、マーシャルは持ってゴミ置き場へ。
「ふぅ…。これでっと。」
その背後に、誰かの影か。
マーシャルはふと振り向く。
「あ…マーシャル先輩。」
「…ローズさん?」
バッタリ会ってしまった二人に、わずかな沈黙が訪れる。
「先輩…これってどのゴミで分ければいいんですっけ。」
「うん、ええっとね…あ、これはダメ。これは燃えないからこっちで…」
ローズが持ってきた分別が十分になされていないゴミの分別を、マーシャルは手伝った。
「ありがとうございました、先輩。」
「うん…ねぇ、ローズさん。今ってチーム…どうしてるの?」
「…。私とドライブ以外はみんなレースに出ています。レコード先輩も、別のレースでちゃんと引退試合できました。」
「そっか…ねぇ、ちょっとだけお話しない?」
「え?」
――――――――――――――――――――
マーシャルとローズは中庭のちょっとしたベンチに並んで掛けた。
「先輩…天皇賞のあと、大変だったみたいですね。」
かつてのローズの小生意気な影は、今はすっかり消えていた。
「うん…心配かけちゃって、ごめんね。」
「先輩って、ほんと強いんですね。あんなことがあっても、未だに前を向いて走り続けられるなんて。」
「それは…私を支えてくれる人がいてくれたから。ローズさんにだっているじゃない。宮崎さんが。」
ローズは沈黙する。
「トレーナーには、合わせる顔もないですよ。」
「それでも、今のローズさんに寄り添ってくれてるんでしょ?」
「…先輩もトレーナーも、優しすぎますよ。私はもっとボロクソに言われたって…おかしくないことをしたのに。」
「もう、その話はおしまい。今はあなたにできることをやっていくべきだと、私は思うな。」
ひゅうっと冷たい風が二人を包む。
しかし、二人はあまり寒さを感じていなかった。
「いっつも目が覚める度に思うんです。今までの私がやったことは夢だったんじゃないかって。でも、現実。一生消えない傷を、自分自身でつけてしまった。…正直、もう死んでしまいたいと何度も思いました。でも、トレーナーはそれを許さなかった。」
ローズはしきりに鼻をすする。それは寒さだけが原因でもないようだ。
「ダメ。…死んじゃうのは絶対にダメ。あなたを大事に思っている人が絶対にいるから。」
「いませんよ…そんな人。」
「ううん…絶対にいる。例えば私とか。」
「…からかってるんですか?」
マーシャルはそっとローズを抱きしめた。
「そう思う?」
「…やっぱり先輩って、ちょっとバカですよ。」
「私もそう思う。でも、それでいいじゃない。」
ローズはマーシャルの胸に顔を埋めた。
「私もね、自暴自棄になっちゃったことはあるんだ。大事なものを全部捨てようとして、死んでもいいって思いかけてしまった。でもね、やっぱりそれじゃあダメだって気づかされたの。自分っていう存在は…自分だけのものじゃない。周りの自分を大事に思っていてくれる人のためにも、私たちには生きる価値がある。だから、死んじゃダメ。生きてさえいれば、希望はきっと見えるよ。」
「…先輩。カッコいいこと…言いますね。」
「カッコいいことは正義だから。」
―――――――――――――――――――――
ローズが去った後も、マーシャルはそのベンチに残った。
そして冬の空を恍惚を眺める。
夏の大三角から、冬の大三角へと形が変わる。
冬の大三角は…たしかシリウスとプロキオンそして…ベテルギウス。
それにリゲル・アルデバラン・カペラ・ポルックスを合わせると冬のダイヤモンドになる。
アルデバランの近くにボヤっと光る集団が、プレアデス星団。
その中に輝く一つの星が…アルキオネ。
と眺めていると。
「あー!!ここにいた!マーシャルってば探したんだよ!」
とテイオーが甲高い声を張り、プンスカと擬音を立てながらマーシャルのもとへ。
「お、ここにいたのかチビ助、もう帰るぞ?」
「あ、ごめんなさい。」
「何してたの?」
テイオーの疑問にマーシャルは空を指す。
「星を見てたんです。今日はよく見えるなって。」
「星ぃ?うわぁほんとだぁ…。」
テイオーの視線も空へ。そこにがやがやと残りのメンツもやってくる。
「うーん、ゴルゴル星は今は夏みてぇだな。…あっ、父ちゃんにゴルゴルの実送ってやらねぇと、そろそろ持病のリンボダンスが起きちまう頃だな…。」
「何を一人でぶつくさと言ってますの?」
「スッゲェなぁ…こんな夜空の中バイクかっ飛ばしたら最高だろうなぁ。」
「まーたバイクの話、星なんてどうでもいいんじゃないの?」
「うるせぇなぁ!お前にはまだロマンなんてわかんねぇだろ!」
「なんですって!」
「ねぇ、マーシャル!スピカの星って今見えるの?」
「スピカは春の星ですから、今はちょっと見にくいかも…。」
「マーシャルちゃん、星詳しいんだね。」
「うん!ちょっと最近勉強してるんだ!」
皆の視線が空高く。
その時…マーシャルにちょっとした悪戯心が。
「皆さん…あの星、知ってますか?あのななつ星。」
「えーどれ?」
「北斗七星…かな?」
スズカが答える。
「はい!じゃあ…その脇に光る星も…見えます?」
「わかんない!」
「どれー?」
「あ、もしかしてあれ?」
「私見つけましたよ!ほら、あそこの赤い星!」
「あーあれ!」
全員がマーシャルの指す星に気づく。
「それで?それがどうかしたの?」
テイオーが聞く。
「あの星、なんて星かご存じですか?」
「知らない。…なんていうの?」
「あれはですね…。」
「死兆星です。」
「しちょうせい?」
「なんか聞いたことある。」
「えーっとなんだっけ。」
「なんだ知らねえのかお前ら、死兆星っていったらアレだろ…見えたら死んじまうっていう…。」
「「「「「「「えっ!?」」」」」」」
「わ…わわわわわわあわ。ど…どうしよう…ボク見えちゃってるよ。」
「み…見えてねぇ!俺は何もみてねぇ!」
「ち…違う星よ!きっと私が見たのは違う星…」
「さ…さすがに、め…迷信ですわよね?ま…マーシャルさん?」
「えんがちょ!!!えんがちょ!お前らもやれ!」
「意味あるのそれ!?」
「知るか!」
「お…おかあちゃーん!!」
(…どの星かしら?)
スピカたちの慌てぶりに、マーシャルはクスっと笑ってしまう。
「…それ、アルコルって星だろ?」
そこに沖野がやってくる。
「沖野さんはご存じなんですね。」
「ああ…俺も、大城さんに昔騙されたことがあったからな。」
「…騙された?ってことは。」
「ま、アルコルってのはちゃんと実在する星だ。死兆星って語られるのは昔視力テストにその星が使われたことがあったからで、老いると見えなくなる星なんだ。だから見えなくなった時が死の近づきっていう…ただの昔話さ。ちゃんと見えるのが普通さ。」
落着きを取り戻した全員の視線が…そーっとマーシャルへ。
「え…えっと…皆さん?」
「「「「「「マーシャル(先輩)(さん)(ちゃん)!!!」」」」」
全員でマーシャルを取り囲む。
「こんにゃろおぉ!脅かしやがって!!」
「ひゃあ!!ごめんなさい!!」
そうして、マーシャルをがっちりホールドしてわき腹をこちょこちょと…。
「ひゃああ!!だめぇええ!!許してぇええ!!」
その夜空にマーシャルの悲痛な笑い声(叫び声)が轟いた。
(…あ、あれか。)
「スズカ!ボーっとしてねぇでお前も手伝え!」