7s Sprinter   作:マシロタケ

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私のこと、まだ覚えてますか…?





Time Extension
赤いウマ娘


「これ、全部食べていいんですか!?」

 

彼女の前にズラリと並ぶ、フルコースに満漢全席。寿司やラーメン、チキンにカレー。フレンチにイタリアン。傍目から見れば、纏まりのない様々な料理たちが、国境の壁を越え、湯気を立てながら、煌びやかに瞳を輝かせる彼女の食欲を誘った。

 

「ああ、食え食え、食っちまえよ。」

彼女の向かい側に座り、片肘をつく男が、彼女の欲に拍車を掛けるように言った。

 

「いただきます!」

一つの挨拶と時を同じくして、彼女の前に鎮座していた料理たちは瞬く間に消えてゆく。彼女のその小柄な身体のどこにこの料理たちは消えてゆくのだろう。だが、男にとってその光景は、既に見慣れたものであったらしい。

 

男は一切料理に手を付けずに、彼女の喜々とする表情を肴に、一つ酒を煽っていた。

 

ふと、そのことが気になった彼女は、男に問いかける。

 

トレーナーさん(・・・・・・・)、食べないんですか?」

 

「ん?…ああ。俺はいいさ」

 

ふと、男の顔を見た彼女、不思議なことに、何故かそこで視線が固まった。

 

「…トレーナーさん。なんか、久しぶりに会いました…っけ?」

彼女の歯切れ悪い言葉に、男はふっと噴き出して。

「何言ってんだお前。…ずっとお前のそばに居るだろ?」

「あ…そ、そうですよね…」

それでも、彼女の区切りが少し悪い。

「ナンだ。食わねぇなら俺が食っちまうぞ?」

「あ!た、食べます!」

 

彼女はまた忙しなく皿を持ち上げる。数多の料理が彼女の胃に落ちてゆく最中に、男は一つ問いかけた。

 

「なぁ…お前、今度の夜暇か?」

「え…?」

「なぁ…」

 

 

 

 

 

――ちょっと俺と遊ばねぇか?

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

「…えっ?」

 

彼女が瞼を開けた先に、先ほどまでの料理は無かった。男の姿も。

その代わりにあったのは、彼女の両脇を寝言で固める友人達の姿だった。

 

「…もうたべられないよぉ…」

「おらぁ…このギアさまがぁ…お通りだぁ…」

 

左手にはモモミルク、掛布団を占領し、頭だけをひょこりと覗かせ、モモつむり状態。

右手にはトップギア、左足をマーシャルの上に置いて、王様気分らしい。

 

 

「モモちゃん…ギアちゃん…。そっか、夕べ怖い映画みちゃって…三人で一緒に寝てたんだっけ」

 

マーシャルは、傍らに眠る自分のスマホを握って電源を入れる。

 

 

今日の日付、それはあの天皇賞から半年以上の歳月が流れていた。必然、()の命日も、時に比例して既に過去の出来事であることに違いはなかった。あの日から、彼のことを忘れた日はない。だがきっと自分は、彼に支えられなくとも生きてゆくことができると、確かに誓った。

 

しかし、時折こうして夢に見てしまう。彼との楽しかった日々を。

どれだけ己を律して、気丈に生きようとも、心の底ではやはり求めてしまっているのだろう。彼の優しい面影を…。

 

それにしても――

 

「トレーナーさん…最後なんて言ったのかなぁ」

夢とは、自分の記憶に相見える一種の願望という説がある。そうであれば、きっと彼の言った言葉も、彼女の願望の一つであるのだろう。

 

 

でも、それが何かがどうしても気になった。

 

 

だが、夢の記憶を保持できる時間とはあまりにも儚い。一種の諦めを表すかのように、マーシャルは溜息をついて、日付の下の時刻に視線を落とす。

 

 

7:15

 

 

「あれ…え…」

 

端的に言えば、いつも寮を出る時間…おおよそ15分前。

 

 

「ちょ!ちょっと二人とも起きてよ!!遅刻しちゃうよ!」

マーシャルは必死に二人を揺さぶる、けども、どうも二人は夢から覚めたくないらしい。うまうまうみゃうにゃと寝言を垂らしては、枕に深く頭を預ける。

 

「起きてってばぁ!!」

 

初夏の兆しが微かに見える早朝に、全力シャウトを刻むマーシャルサウンドがフルテンで鳴り響いた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

ねぇ、知ってる?あのユーレイの話。

 

 

ああ、もしかして『赤いウマ娘』のこと?

 

 

え、ナニソレ?

 

 

しらないの?あのね、最近このトレセン学園の練習場にさ…出る(・・)ってウワサなんだ。

 

 

で…でるって?

 

 

それが『赤いウマ娘』夜中にだけ現れて…

 

 

た…食べられちゃうとか…?

 

 

まさか!…だけど、日が暮れた後に一人で走り込みしてると…ソイツが背後から勝負を仕掛けてくるんだって。バカ速いらしいよ。

 

 

ここの生徒?

 

 

いいや。どうも違うっぽい。ソイツを見たって娘の証言だと、今まで見たことないウマ娘だって。

 

 

あとこういう噂もあるよね。そいつ…

 

 

 

 

―――短距離走者(スプリンター)ばっかり狙ってくるって話。

 

 

 

 

 

 

「そこ!」

 

教室の隅、固まって余計な話題に花を咲かせる生徒たちに、クラス担当の三鷹は鋭く人差し指を突き出す。まだHRの出席点呼の段階だというのに、その瞳は猛禽のように吊り上がり、一瞬の隙をも逃さないという気概すらも感じとれる。

 

「今はお喋りの時間ですか?」

「い…いえ…」

 

鷹の異名を持つ彼女の前には、腕力で勝るウマ娘でさえたじろがざるを得ない。彼女らの反省に一度頷いた三鷹は、続けて名前を呼ぶ。

 

 

「マーシャルさん。レッドマーシャルさん」

 

 

「――はいっ!」

 

それは教室の扉が開くと音と同時だった。三鷹の耳に飛び込んでくる彼女の声。ぜいぜいと息を切らし、汗を滲ませる顔から察するに、よほど無理をして飛ばしてきたのだろうと容易に察せる。

 

 

「…マーシャルさん」

 

じろりと睨む三鷹の瞳。そこに映されるマーシャルの焦燥。

 

「だ…だめですかやっぱり…?」

「あなたまであの人(・・・)と同じになられては困りますよ。…早く席に着きなさい」

 

三鷹は彼女から視線を外して、次の生徒の名を呼ぶ。

 

「ラッキーじゃん!マーシャル」

「ほんとに遅刻かと思っちゃった…」

「珍しいねーアンタが」

 

こそこそと席に着くマーシャルに、周りの生徒たちが彼女を歓迎の辞を投げかける。お喋りに生きる彼女たちにとって先ほどの三鷹の指摘は既に過去のものらしい。

 

そんな彼女らの生きがいをを味方するように、三鷹のスマホが鳴る。全員静かに待機すること!と言葉を残して三鷹は廊下にそそくさと出ていくが、それを律儀に守るほど生徒たちも大人ではない。

 

「それでさ!さっきの話の続き!」

「さっきの話…?」

 

会話に乗り遅れたマーシャルは、瞳を丸くして彼女らに問いかける。一体なんのことだろうか。きっとまたスイーツの話だとか、好きなトレーナーは誰かとか、そういう話に色を付けていたのだろう。だが今回の話題は、どうやらそれらとは少し違うらしい。

 

「そういえばマーシャルってスプリンターじゃん。あんたなら会えるんじゃない?」

「え…どういうこと?」

 

マーシャルはトークテーマの察せない問いかけに、思わず眉をハの字に折ってクラスメイトたちに問い返す。

 

「あんたも知らない?『赤いウマ娘』の話―――」

 

 

 

「――静かにするようにと、言っていたでしょう!」

 

 

彼女らの不意を突くように、三鷹は教室に舞い戻る。彼女の剣幕に生徒たちは口元を押さえて、息をひそめた。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

「赤いウマ娘…か」

 

それは赤の異名を持つ彼女にとって、何処か他人事のような気がしない事案だった。それもスプリンターばかりを相手取るという話では、関心を持たざるを得ない。

 

だけど相手は幽霊だという話もある。…正直な話、そのような類の話であるのなら、付け狙われることは御免被りたいというのも、また彼女の本音だった。

 

時は何時しか、授業が終わった昼下がり。マーシャルは荷物を持って、自身が所属するチーム、"ベテルギウス"の部室へと向かう。道中、彼女の背後からふっと初夏の風が吹き抜けてゆく。それは彼女の髪を制服をゆらゆらと(いたずら)に揺らし、そのまま遮る雲なき晴天へと行方を眩ませた。

 

突風でさえも、身を割くほどの寒さを引き連れなくなった事に僅かな喜びを感じる。季節の移り変わりを肌で感じたような瞬間だった。そんな安堵を覚えた彼女はふと周りを見渡す。

 

そして気づく。その場所があの(・・)洞が構える、トレセンの中庭だということに。

 

「…」

 

一体あの日からどれくらいの月日が経ったのだろう。かつて、勝利に恵まれずここで咽び泣くことしかできなかったあの日。そして彼が手を差し伸べたあの瞬間。すべては過去の出来事。だけど、あの日この場所で、彼女の全ては確かに変わった。

 

もう泣くことなどない。たまに失敗はするけれど、折れたりなどはしない。だって彼女は知っているのだもの。

 

 

――大切な合言葉を

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

「「「「お疲れ様です!マーシャル先輩!」」」」

 

「はい、お疲れ様です!」

 

彼女を迎え入れる、若い群衆の轟き。どこかあどけなさすらも残す彼女たちの瞳は、明るく熱いものだ。マーシャルはこくりと頷いて彼女らに挨拶を返すと、練習着に着替えて後輩たちの指導に移る。

 

「アイツも立派に先輩やってるモンなんだなぁ…」

そんな彼女の背中を、ベテルギウスのチームリーダであるフロイドスピリットは柵に手を置いて、どこか力の抜けたような呟きを。

 

「マーシャルちゃん。すっごく立派になった。きっと努力と信念は報われる、あの娘を見てると本当にそう思わされるわ…」

スピリットの傍らで、グッドレコードも優しい瞳と表情を作る。

 

今現在のベテルギウス。かつては最小規模のチームにまで落ち込み、廃部の危機にすら晒されていた。当然、あんな事件(・・・・・)が起こったチームだ。周りの生徒達にも避けられ、悪印象とレッテルだけがこのチームに残った。無論、生徒は離れて行く一方…。

 

そのチームの境地を救ったのがマーシャルだった。例の事件の被害者であるにも関わらず、このチームへと舞い戻り、そのネームドと戦績を以て再びこのチームに光を齎した。当然、今の新入部員たちもマーシャルに憧れを抱いて門を叩いた者が多数であると、説明は不要だろう。

 

「なーんで…そこまで出来るんだろうな…普通、嫌だろ。自分を陥れようとしたチームだぞ。…潰れちまったほうが有難いって思うだろ普通。」

「スピちゃん。その話はもうしないって、約束だったんじゃないの?」

「嘆く隙すらもくれねぇのかよ…あーあ。この俺様ともあろうモンが、惨めになっちまう」

 

そういって彼女に背を向ける。最早彼女には頭が上がらないという他がない。これほどまでに献身的な彼女を、かつての自分は切り外そうとした。それがどれほどまでに愚かなことだったのだろう。今更気づいても覆水は返らない。

 

「先輩!」

向けたはずの背から、彼女の声が響く。こんな無様な状態であろうと、まだ先輩と呼んでくれる彼女に、気後れがチクチクと心に針を刺す。

「ああ、準備終わったか?」

「はい…それと」

「…来たか」

 

 

フロイドスピリットは凭れていた柵から身を起こす。今日の練習メニューは何時もと少しだけ違う。全員が身構えて、彼女ら(・・・)を待つ。

 

 

「はっ…お出ましか―――チームスピカ」

 

 

 

今日の練習メニューは、狂気のチームとの合同練習。

 

 

要は地獄のメニューと言うわけだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

練習開始からものの一時間と経たなかった。貸切られたターフには、悉くスピカに敗れ散っていったベテルギウスのチームメンバーたちが大の字になって横たわる姿。

 

「おうおう!ここにゴルシちゃんを楽しませてくれるチーズタッカルビの申し子は居ねぇのかよ!ゴルシちゃん持て余し過ぎてぇ、マリトッツォの形見になっちまいそうだ!」

「ゴールドシップさん。礼節を欠く発言は慎んでくださいまし…ですが、もう少し強い刺激というのも吝かではありませんことね」

 

チームベテルギウスの絨毯に、ゴールドシップとメジロマックイーンの二人はそう漏らす。当然あのスピカが相手だ。彼女らに太刀打ちできるメンバーなど限られている。

 

チームリーダーのフロイドスピリットか、サブリーダーのグッドレコードか…。

 

 

「んじゃあよ。次はオマエ(・・・)とだろ?チビ助」

「そうですわね。あの時の模擬レース、あれで終わりだなんて仰りませんことよね?」

 

 

二人の視線上に居る、現在最有力とまで称されるチームエース。

 

 

 

―――レッドマーシャル

 

 

 

「わ…私ですかぁ!?」

 

 

ただその自覚はあまりないらしい。

 

 

「マーシャルぅ!次の練習で僕と走ってくれるって約束したじゃんか!」

 

彼女の背後をトウカイテイオーが埋め

 

「マーシャルちゃん!今日こそは絶対勝つからね!」

 

その横にスペシャルウイークが付き

 

「センパイ!俺のスプリント!見ててくださいよ!今ならセンパイにだって負ける気しねぇんスよ!」

「負けっぱなしじゃ気が悪いですから…私の見せ場も貰いますよ!」

 

その脇をウオッカとダイワスカーレットが固め。

 

「今日は先頭の景色…貰っていくわよ」

 

最後の仕上げにと、サイレンススズカが顔を出した。

 

 

「あの…えっと…」

 

 

文字通り雁字搦めの状態。

 

 

どうも、彼女らはマーシャルに勝つまで逃してくれる気はないらしい。

 

 

―――そういうのなら、仕方がない。

 

 

 

「…わかりました」

 

 

そういうと、マーシャルは練習着に羽織っていたジャケットを脱いで、スタートラインに立ち、彼女らへ向けて一言を弄ぶ。

 

 

「誰でもいいですよ…走りましょう…!」

 

 

彼女に宿る鋭い表情、それがチームスピカの魂に確かに火をつけた――。

 

 

 

 

「随分変わったな。あいつ」

「ええ…今やこのチームを立派に率いてくれるエースです。最早今のチームに彼女は不可欠な存在だ」

あの人(・・・)も満足してんじゃねぇのか」

「どうでしょう…結構欲深い方ですからね。もっとだと唸ってるかもしれない」

「はは…あり得そうな話だ」

 

夫々の担当ウマ娘たちの奮闘を見守る男二人。黄色いシャツと側頭部の剃り込みが目立つチームスピカのトレーナー沖野に、無意味な装飾品を一切嫌い、何時もネクタイを律義に締めるチームベテルギウスのトレーナー宮崎。

 

宮崎は、軒並みスピカに敗れる新人たちの細かい情報を、何か一つでも気づくことがあれば即座にメモを取り、後でフィードバックできるようにと構えていた。

 

「ケッコー来たんだなお前んトコ」

「新人の話ですか?ええ、数には恵まれました。これで、また憂いなく活動が続けられる。これも…マーシャルさんのお陰です。そういえば沖野君のところの新人さんは?」

「ああ…ケッコー見学にきてくれちゃい居たんだが…ウチのヤツ(・・)がとんでもねぇ勧誘しちまってサ…最終的には二人(・・)よ」

「でも、その二人は…」

「どんでもねぇバケモンになるぜ…こりゃ、先輩たちもうかうかできねぇ展開になっちまうのかもな」

 

沖野は口元を大きく歪ませて、燻ぶった。あの逸材二人が今後どのように化けて行くのか、想像しただけでも身震いが容易だった。だが、彼の表情はすぐに引き戻される。何か別の関心ごとが彼を引いたのだ。

 

足元から微かに伝わった違和感。足をその場から外すと、そこには一本の潰れた煙草。

 

「これ…宮崎お前のか?」

「いえ、ターフに煙草は持ち込みません…というか原則園内は禁煙ですからね」

「じゃあこれは…」

 

もう一度その煙草を見据え、そして彼は何かに気が付く。それは普段煙草を口にしない沖野であっても気付く違和感。

 

「火がつけられてない煙草…?」

「新品のままですか。それも少し妙ですね。一体誰の…?」

「…そういや、あの人(・・・)もそういうことやってたよな…火ぃ着けなきゃセーフだっつって、火ぃつけないで煙草咥えて…」

「そういうこともありましたね…ですが、沖野君」

「わぁってるよ。あの人はもう居ねぇんだ。何時までも情けなく縋るようなマネはしねぇさ…」

 

沖野は近くの回収箱に、煙草の亡骸を投げ捨てる。だが、一体誰が持ち込んだ煙草なのだろうか。その疑問だけが、彼の中に残った。

 

 

――――――――――――――

 

「「「「お疲れ様でしたー…」」」」

 

練習終了後に轟く挨拶、練習が始まるときのフレッシュさに比べ幾何かのトーンダウンは否定できない。

 

チームベテルギウスの若手たちは、顔が疲弊にやつれ、少々猫背でふらふらとしていた。あのモンスターチームが相手の合同練習会だったのだ。無理もない。

 

対してスピカのチームのメンツは、所謂『いい汗をかいた』程度の涼しい表情だけを残し、今日の練習を振り返っていた。中にはまだまだ走り足りないと再びターフに出る約一名(サイレンススズカ)の姿もあった。

 

「そういえば、お借りしたタオル類は何処にお返ししたらいいのでしょう」

メジロマックイーンが使用済みのタオルを片手に呟き、辺りを見渡す。

 

「あっちでマネージャーっぽい娘が回収してたみたいだよ」

 

とテイオーがとある方向向かって指を出した。あら、そうですの。とマックイーンはそのタオルを持ってベテルギウスのマネージャーへと歩み寄っていく…が。

 

マックイーンは途端に足を止めた。だって。そのマネージャーというのが。

 

 

かつてマーシャルを陥れた張本人、ローズロードとドライブだというのだもの。

 

 

蠢く。心の蟲が。自身でも愚かだと、醜いと理解できる心の黒点が姿を現す。

 

 

もう、終わった話だとは理解している。だが。彼女はどうしても許せなかった。勝負師たちに対する冒涜行為それをやってのけた――この二人が。どうしても。

 

 

「…マックイーン?」

 

 

急に彼女に取り巻く空気の色が変わったことを察したテイオーが、彼女に声をかけるが、どうも届いていないらしい。

 

 

マックイーンは険しい表情を携え、一歩…一歩と彼女らの元へ。

 

 

「…?」

 

そこでタオルや備品回収をしていた二人。自分たちに向けられた只ならぬ殺気に気が付く。

 

「ねぇ…何?」

「いや…わかんないけど…」

 

ローズとドライブは、歩み寄ってくるマックイーンに身を強張らせることしか出来ない。どうも、穏やかな話をしに来ているわけでもなさそうだ…。

 

 

「あなた方!」

 

 

「――マックイーンさん!」

 

 

マックイーンが二人に食い掛かろうとした刹那。後輩二人を守るように間に割って入ったウマ娘。

 

 

「…マーシャルさん」

 

マーシャルはニコリと笑って、マックイーンの手にしていたタオルを回収すると、今日はもう遅いので帰りませんか?と問いかけた。

 

「マーシャルさん…あなたの決めたことですから、深くは言及いたしませんが、本当に宜しかったのですか?あの二人は…」

「終わった話ですから。それに二人は、ちゃんとやり直すって私と約束してくれましたから…ね?」

 

マーシャルの笑みに、マックイーンはそれ以上何も問えなかった。

 

「まーまーいーじゃんいーじゃん。マックイーンもプリプリしすぎだって」

「ホントそうだよな。焼けた餅みてぇになってんぞ」

 

とすかさずマックイーンの膨れた頬を、ゴールドシップとテイオーが突いた。

 

「お二人とも…いい加減になさい!」

 

と弄ばれるマックイーンの姿が、マーシャルにとってはまだスピカに属していた頃の思い出と重なり、郷愁の念が心に宿るようだった。

 

「どっちにしても早く帰んないとねー。日が暮れちゃうと出る(・・)らしいからねぇ…」

 

そう言いながら、テイオーは手の甲をたらんと垂らし、それをゆらゆらと揺らすジェスチャーを見せる。

 

「出るって…何がですか?」

 

そうきょとんとした表情で問いかけたのはスペシャルウイークだった。

 

「スぺちゃんしらないの!例のアレだよ!『赤いウマ娘』」

「お…お化けですか…?」

「さぁ、お化けかどうかはわかんないけどね!」

「テイオーさんたちも知ってるんですね」

 

マーシャルがそう問いかけた。どうやら、この学園全体で噂になっていることらしい。ベテルギウスのチームの中でも部員たちが何かと噂を立てていた。

 

「もっちロン!だってさ!興味ない?お化けと競争とか…僕なら絶対勝っちゃうもんニ!」

 

テイオーは後ろ手を組んで上機嫌に宣る。無敵のテイオー様に恐るる敵はいないらしい。

 

「お化けが相手か…オレは御免だな…」

「あら、お化け怖いの?」

「ちっちがわい!」

隙を見せるウオッカにスカーレットは空かさずわき腹を刺す発言を。二人のいがみ合いは、以前から変わらぬようだった。

 

 

「しかし…どんな方なんでしょう?赤いウマ娘さんって。」

スペシャルウイークが口元に指を添えて天を仰ぐ。

 

「なんか色々噂はあるんだよねー。古い洋楽をいつも歌ってるとか。赤いジャケットが勝負服だとか。煙草吸ってたりするんだとか」

 

 

…?

 

 

 

 

 

古い洋楽…?

 

 

 

 

 

赤いジャケット…?

 

 

 

 

 

煙草…?

 

 

 

 

 

まさか…。

 

 

 

 

「まさか…ね…?」

 

 

 

 

 

 

 




「おい!誰かスズカを止めろ!あいつ帰ってこねぇぞ!」
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