たった一人の軍勢   作:人間補欠合格

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カリギュラ2やってたので再投稿です。


一話

 崩壊した街。壊れたCHARMを片手にヒュージを睨みつける。

 仲間は既に息絶えた。ただ一人生き残った私も、攻撃手段を失い腹部の出血による死を待つのみだ。

 

 

「……ッ!…ぁ……」

 

 

 この惨状を生み出した元凶にありったけの憎しみを叫ぼうとしたが、やられたのは喉か肺か。動かした口から音が漏れることは無く、微かに出た空気の抜けるような声は雨音にかき消された。

 

 痛くて、苦しくて、悔しくて涙が滲む。

 雨に打たれ次第に温度を失っていく身体が、せめて一撃をと叫んでいる。仲間の仇を、敬愛する上級生たちの仇をと脳が命令を送る。

 

 だが、心が燃え尽きていなくても肉体は既に限界を迎えていた。もう指先を動かす力も残っていない。段々と意識が薄れていき、瞼が重くなっていく。

 

 そんな私を嗤うように、ヒュージはその触手をゆっくりとこちらに伸ばしてくる。

 

──お前さえいなければ!!

 

 無駄と理解しながら、それでもありったけの呪詛を声の出ない喉で叫ぶ。

 

 奴らに呪いを、報いを、裁きを──!!

 

 

 

 

「──サナトス」

 

 

 

 鈴のような、美しい声が響く。

 

 そして次の瞬間、私の息の根を止めようと触手を伸ばしていた憎き人類の敵は、バラバラに砕け散っていた。

 それはまるで天上の者が下した裁きのようで、声なき声が届いたのかと錯覚するような光景だった。

 

 

「もう、大丈夫です」

 

 

 声の主が近づいてくる。

 

 もはや方向感覚も薄れ、頭を動かすこともままならない中で必死に感謝を伝えようと、せめてその顔を見ようとした。

 だけどもうダメらしい。辛うじて繋いでいた意識は敵がいなくなった安心感からか急激に遠くなっていく。支えにしていたCHARMが折れるのを合図に、私は倒れた。

 

 

「…大丈夫ですから、今はゆっくり休んで下さい」

 

 

 無機質なコンクリートに倒れこむ前に、白く柔らかい腕が私を受け止めた。

 

 掠れた視界の中で、最期に私は、天使を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──以上が、今回の戦闘における戦死者のリストになります」

 

「そう、か」

 

 

 報告を聞き終えると、深く息を吐く。

 想定よりも被害が抑えられてはいたが…俺は素直に喜ぶことができなかった

 

 

「…これが最善だと思ってやっていても、どうしてももっと上手く出来たんじゃないかと思ってしまうな」

 

 

 椅子にもたれかかり、戦場で命を落とした年端もいかぬ少女たちを夢想する。

 

 人類の敵に対抗する唯一の手段であると分かっていながらも、俺はそれらを必要な犠牲だと割り切ることが出来なかった。当然であろう。如何に超常の力を扱うことが出来るとて、それらを行使しているのは10代の少女たちなのだ。

 

 未来ある子供たちを戦場に送り出し見守ることしか出来ないことが悔しくて、俺はまた息を吐いた。

 

 

「…理事長、もうこの地は限界です。ヒュージの襲撃も日々勢いを増すばかり…幸い予想よりも戦力が残っています。これ以降は撤退戦に移行した方がよろしいかと」

 

 

 報告書を読み上げていた少女が告げる。彼女の言う通り、既にこの地は荒らされ尽くした後だった。

 住民も残り少なく、リリィの人数も50を切った。満足にCHARMをメンテナンスする設備も残っておらず、この地に先が無いのは火を見るより明らかだ。

 

 

「そう、だな…これ以上彼女の力を借りる訳にもいかんしな……」

 

 

 生まれた地を捨てる悔しさに唇を噛みながら、此度の作戦における最大の功労者を思い浮かる。

 長い蜂蜜色の髪に、左腕の赤い篭手、そして純白の第一世代型CHARMが印象に残るリリィ。『教会』から派遣された切り札であり、齢15にして幾つもの戦場で剣を振るい生き残ってきた実力者。

 

 此度の作戦は、彼女の活躍で予想以上に被害を抑えられた。

 

 

「彼女との契約は今日までだったな。最後に礼をしなければ…彼女は今何処だ?此方から出向こうと思うのだが」

 

 

 こちらから協力を要請し、大いに貢献してもらった。別れの場に相手から出向いてもらうのは不義理と言うものだろう。そう思い、俺は彼女の居場所を尋ねた。

 

 

「わかりました。では私はCHARMの損壊状況の再確認をしておきます。彼女は…現在共同墓地にいるようですね」

 

「墓地か…今回は戦死者も多かったからな」

 

「はい。教会の出身ということで葬送の知識があり、自主的に手伝いをしてくれているようです」

 

「そうか…有難いことだ」

 

 

 ヒュージとの抗争が続くこの世界で、他者を尊び弔うことが出来る者はそう多くない。

 もちろん、誰もが心を無くしてしまった訳ではない。ただ、他者を思いやるにはこの世界はあまりにも余裕が無いのだ。

 比較的安全な、もしくは経済的余裕がある地域であれば少しは違ってくるかもしれないが、俺たちの生まれ育ったこの地はもう限界だ。度重なる襲撃でガーデンは整備が間に合っていないし、住民もリリィも生まれた地や母校に固執する者たち以外は殆ど出て行った。

 

 

「残った者たちと無茶を通してこの地を守ってきたが…やはり生まれた土地を失うというのは苦しいものだな」

 

「はい…ですが、これ以上はもうありません。ここが限界…いや、既に限界だったのです」

 

 

 彼女と一緒に窓の外を見る。

 

 荒廃した土地。裂けたアスファルトと瓦礫の山。最もマシな状態を保っているガーデンでさえ手入れが行き届かず蔦が校舎を覆っている状態。共同墓地は当初の面積では足りなくなり三度の拡張工事を施した。

 

 

「…きっと私は天国にはいけないだろうな」

 

 

 多くを犠牲にして守ってきたこの地を捨てる。その選択はこの地を守り、命を散らした英霊たちへの冒涜にも感じられた。

 

 では彼女たちを殺したのは誰だ?それはもちろんヒュージだ。では彼女たちを戦場に送り出したのは?作戦を立て、それを遂行させたのは?

 そんな考えが、ずっと頭の中を巡っていた。

 彼女たちを殺したのはヒュージだが、彼女たちを死なせたのは俺だ。死者の想いなどもはや知ることはできないが、恨まれても、呪われても仕方ないと思っている。

 

 

「例え地獄に行ったとしてもお供しますよ」

 

 

 

 俺の心中を知ってか知らずか、彼女ははっきりと言い切った。

 

 俺は目の前の少女の口説き文句にも似た発言に一瞬目を丸くしたが、すぐに動揺は喜びへと変わった。

 故郷を捨てる撤退戦。全員の賛同には時間がかかるだろうし、批判を浴びることだって覚悟している。

 

 …だが、たった一人でも自分を理解し、傍にいてくれる者がいることがわかったのだ。こんなに嬉しいことはない。

 

 

「…さて、それじゃあ此度の作戦の功労者に挨拶をしに行こうか」

 

 

 俺の目には、もう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共同墓地。リリィ、一般人問わず多くの者の魂が眠る場所。真新しい十字架たちが雨に打たれる中、目的の少女は傘を差してそこに立っていた。

 

 

「あの子は生きています…あなたが、守り切ったんですよ」

 

 

 話し声が聞こえる。

 雨音に遮られ多くは聞き取れなかったが、彼女は今確実に誰かと話している。携帯で通話でもしているのだろうか。長くなりそうなら少し時間を置いてまた来ようか。

 俺がそう考えていると、先に彼女がこちらに気付き話しかけてきた。

 

 

「こんにちは、理事長さん」

 

 

 二人しかいない共同墓地に鈴を転がすような美しい声が響いた。蜂蜜色の長髪と左腕に付けた赫い篭手が特徴的な少女の声が。

 彼女こそ、『教会』の切り札にして今回の防衛線における最大の功労者、シーラ・ヴァールハイトだ。

 

 

「ああ、こんにちはヴァールハイトさん…埋葬を手伝ってくれたんだってね、ありがとう」

 

 

 軽く挨拶を交わして、俺は彼女の腕に花束が抱かれていることに気付いた。

 よく見ると、彼女が見て回ったであろう十字架たちにはそれぞれ一輪ずつ花が供えられている。

 

 

「…花を、供えてくれているのかい?」

 

「はい…今回の戦場では、救えなかった者も多くいましたので」

 

 

 伏し目がちに語る彼女の声。それは悲痛さを含んでいながらも、どこか平坦であった。

 まるで人の死に慣れてしまったような、それでいてなんとか感じる心を止めないよう努めているような。

 

 俺の顔が苦虫を嚙み潰したかのように歪む。

 若者を犠牲にしなければ守れない今の世界を、齢十五の少女にここまでの諦観を植え付けてしまった現状を、そして彼女たちよりも長く生きていながら何もできない自分を、許せないと思った。

 

 

「すまない。私がもっと上手く作戦を立てられていれば…いや、もっと早くにこの地を捨てる選択が出来ていれば彼女たちは…」

 

「…謝らないでください。彼女たちは皆、己の意志で戦い、そして死にました…あなたが彼女たちの死を背負う必要はありません」

 

 

そういうと、彼女はまだ名の刻まれていないもののある十字架たちに目を向ける。

 

 

「カヤ、アキ、ミヨ、グランツ、ダフネ…短い付き合いでしたが、皆勇敢なリリィでした。生まれた地と人を愛し、本気で戦うことの出来る者たちでした」

 

「…覚えていてくれたんだね、彼女たちの名前を」

 

「はい。戦いの中で亡くなった者たちは全て記憶しています」

 

 

 そう言い切る彼女に、俺は驚きを見せた。

 前述の通り、シーラ・ヴァールハイトは『教会』の切り札であり幾つもの陥落指定地域を戦い抜いてきた猛者だ。

 更に言えば彼女の渡り歩いてきた陥落指定地域たちはその中でも激戦区と称されるに相応しい場所ばかりであり、戦闘の度にリリィ、マディック、一般人問わず大勢の死者が出ていた。当然そんな場所で戦ってきたのであれば今までに出会い、散っていった者たちを全て覚えておくなど到底無理な話であり、人づてに今の会話を聞かされたのであれば、彼女の発言は誇張だと思われるだろう。

 

  だが、俺は彼女の語った言葉を決して誇張だとは思わなかった。思えなかった。

 十字架を見る目が、纏う雰囲気が、語る声の色が、それが真実だと脳に刻み込んでくる。

 

 この子は覚えている。いままで出会った者たちを、いままで喪ってきた者たちを。ただ一人も余すことなく。

 

 人の死に触れすぎてしまった者は、狂うまでは行かなくともどこか擦り切れてしまう者が多い。俺だって、最初と比べると随分な諦観を植え付けられたものだ。

 だが目の前の少女はどうだろうか。多くの死に触れ、力があっても救えないものを知り。それでも他者を思いやる気持ちを無くさず、悲しみを感じる心を止めていない。

 

 上手く言えないが…俺から見てシーラ・ヴァールハイトは異様なほどに正常だった。

 

 データと自分の記憶が正しければ、彼女はまだ15歳のはずだ。

 所謂思春期にあたる年齢であり、感受性の高い時期でもある。また自我の形成を行う段階であり、故に不安定な時期でもある。

 

 彼女を見る。

 肉体は歳相応と言えるだろう。むしろ少し細いくらいか。

 一方で精神は成熟しきっていると言って差し支えない。歳不相応な、高潔で強靭な心を持っている。

 

 一体何が彼女の支えとなっているのか。その心の守り人の器を保ち続けているのは誰か。

 俺は公開されている情報以上に彼女のことを知らない。少し考えたが、何も思いつくことはなかった。

 

 

「あの、どうかされましたか?」

 

 

 思考を巡らせていたところ、鈴を転がすような声に意識を戻される。見ると、彼女は心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。

 

 

「ああすまない…少し考え事をしていてね」

 

「大丈夫ですか?私でよければ相談に乗りますが…」

 

 

 心臓が一瞬跳ねた。

 

 相談など出来る訳がないだろう…何せ考えていたのは相談に乗ると言ってくれたキミ本人のことなのだから。

 

 

「いや、大丈夫だ。それより、今日は契約満了の報告と、個人的な感謝を伝えに来たんだ。要請に応じてくれてありがとう。本当に、感謝している」

 

 

 俺は半ば誤魔化すように、本来の目的を果たすことにした。

 

 そもそも、彼女と俺は契約上の関係だ。それも、今回だけの。今日が契約満了の日であり、明日には再び別々の道を歩むことになる。

 彼女を知ろうとしてどうする?仮に知れたとして何をする?何が出来る?

 

 俺は、彼女について与えられた情報以上のことを知ろうとするのを止めた。

 

 

「いえ、私に出来たことは多くありません。全ては、皆さんの努力の成果です」

 

「…いや、君がいなければ私たちはもっと多くの犠牲を出していただろう。本当に、感謝している」

 

 

「いえ」と言いかけて、このまま同じような会話を続けるのも憚られると思ったのか、彼女は言葉を切り言い直す。

 

 

「…頂いた感謝を無下にするのも失礼ですね。身に余るお言葉、謹んで頂戴いたします」

 

 

 彼女は禅問答に至る前に流れを断ち切ると、「それで」と言葉を続ける。

 

 

「この後は、どうするのですか?…差し出がましいようですが、これ以上の防衛線は少々厳しいかと」

 

「ああ、我々はこの地を捨て、以降は付近の非陥落指定地区への撤退戦を展開することになった…今回の戦闘で、潮時はとっくに過ぎていたのだと実感させられたよ」

 

「そうですか…では、彼女たちの墓はどうしましょうか…」

 

 

 撤退戦を選んだことに彼女は安堵した様子だった。そして次に気にし始めたのは、短い間だが共に戦った仲間たちの墓だ。

 撤退戦に持っていけるのは最低限の物資だけ…悔しいが、墓標や遺体まで持っていくことは出来ない。

 

 

「…大丈夫だ。撤退戦の後に余裕が出来たら、ヒュージの目を盗んで墓参りに行くようにする。奴らは点の支配が出来ても面の支配は苦手だからな…故郷を奪われても、ここで生きた人々の証まで奪わせはしないさ」

 

 

 俺は確かな覚悟を込めて言い切った。

 ヒュージは常人には太刀打ちできない存在であるが、その実支配能力はそこまで高くない。

 というのも、先ほど言った通りヒュージは点々とした支配であれば可能だが面での支配は苦手なのだ。実際、陥落指定地区でも補給が届く地域は人が住んだままの場所もある。

 当然いつヒュージに出くわすかわからないという危険は付きまとうものの、決して不可能なことではない。

 

 

「…君はどうするんだ?そのまま『教会』に帰るのかい?」

 

 

 ふと、この少女の今後の動向が気になった俺は質問を投げかけた。

 特に意味は無い。ただ本当に気になっただけで、知ったところで何か行動を起こすつもりもない。

 

 

「いえ、『教会』には帰りません…彼らの指令で、百合ヶ丘女学院に入学することになったので」

 

「百合ヶ丘…鎌倉府のガーデンか」

 

 

 百合ヶ丘女学院。

 

 鎌倉府の大正年間に設立されたお嬢様学校を母体にしたリリィ教育の世界的な名門ガーデン。

 各国が優秀なリリィの育成と市民の防衛に躍起になる中、CHARMを用いた対ヒュージ戦闘を基本に、軍事的な教育と訓練を非常にハイレベルな形で施し目覚ましい成果を挙げている。世界中から多くの精鋭が集まるほか、優秀なリリィの引き抜きにもとても積極的なガーデンである。

 

 そんなエリート揃いのガーデンに目の前の少女が入学することに、驚きはなかった。何せ彼女は実力者だ。きっと、新しい環境でも問題なく過ごすことが出来るだろう。

 

 

「…君ならきっと上手くやれる。なんて、言うまでもないかな?」

 

 

 心の底からの称賛を以て、激励の言葉を投げかける。

 彼女は謙遜しつつもどこか嬉しそうな様子でその言葉を受け取ってくれた。

 

 今日彼女とはじめてまともに会話をして、思った。卓越した戦闘技術を持っていても、成熟しきった精神を持っていても、やはり目の前にいるのはただの子供なのだと。本来大人が導くべき、守るべき対象なのだと。

 だが、出会ったばかりの自分に出来ることは多くない。出来るのは幸運を祈ることくらいだ。

 

 

「それで、入学式はいつなんだい?」

 

「明日ですね」

 

 

 俺は彼女の献花を手伝い、夜になる前に帰らせることを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …はい、皆さまどうも初めまして。私、シーラ・ヴァールハイトと申します。

 えー本日から上の指令で百合ヶ丘女学院に入学することとなっていたのですが…はっきり言ってしまうと遅刻しました。

 

 …あの、理由、ちゃんと理由があるんです。聞いてください。

 昨日は献花に時間をかけすぎてしまいまして…その、終電を逃してしまい…その日はそこのガーデンにお世話になることにしたんです。

 その後ですね、早朝に手紙だけ残してガーデンを出たんですよ。そして駅に向かったんです。

 ところがですね…やはり陥落指定地域だからか、ダイヤに異常が出ているとアナウンスがありまして…結局いつ来るかわからない電車を待ちきれずに自分の足で鎌倉まで行くことにしたんです。

 まあリリィの身体能力でジャンプを繰り返していればそこそこの時間に着くだろうと、間に合うだろうと思ったんです…

 

 …で、誤算というかなんといいますか…道中何回かヒュージを目撃しまして…どうしても放っておけなくて目に映ったものを全て倒して来た訳ですよ。

 まあ殆どがスモール級でいても精々ミドル級くらいだったので特に苦戦もしなかったんですけど…いや、あの、倒すのに夢中になって方角がわからなくなってしまいまして…

 

 その後なんとか方角を再び割り出して移動をしていたのですが…まあ陥落指定地域からの移動なのでヒュージくらい探せば割と見かける訳ですよ。

 で…馬鹿正直に全部相手してたら遅れました…途中でマギの残量が心もとなくなってきてジャンプを封印したのもタイムに響いたかもしれません。

 

 今は入学式会場の講堂、その扉の前で一人立ち尽くしています。

 

 

「…やはり、もう終わってしまったのでしょうか」

 

 

 もう日が傾いており、だいぶいい時間です。流石にもう入学式も終わっているでしょう。

 

 そもそも早朝に出たところで距離がりました。

 あちらのガーデンを出たときは間に合うかもしれないなんて考えがありましたが、それは常にトップスピードで最短を駆けた場合の話であり走者が人間である限り到底無理な話でした。

 もしかしたら昨日終電を逃した時点で詰んでいたのかもしれません。

 

 

 

『…道中のヒュージ無視してれば間に合ったんじゃない?』

 

「ええまあ…確かにヒュージを無視してマギを全て移動のために充てていれば可能性はありましたが…私自身見て見ぬフリが出来るほど肝が据わってる訳ではなくてですね…」

 

 

 …虚空からの声に私は答えました。傍から見れば独り言のうるさい人みたいに見えるかもしれませんが、別に今は誰もいないので構いません。

 因みに誰かに見られていたら反論をしようとした末に何も言えず撃沈する自信があります。というか昔何回かやらかしました。

 

 

『……』

 

「あ、呆れて黙り込むのやめてくださいよ!!私だって好きで初日から遅刻した訳では──」

 

「あれ?私たち以外にも人がいる?」

 

 

 半ばコントのような会話…をしているように見える独り言を喋っている私の耳に、第三者の声が響きました。

 反射的に身体を声がした方へ捻り、声の主を見ます。

 

 声の主は明るいピンク色の髪が特徴的な少女であり、私のの記憶が正しければ彼女との面識はありません。

 

 でも、彼女に連れ添う形で歩いている二人のことは知っていました。

 

 一人は赤茶色のウェーブがかった髪が特徴的な少女。フランスに本拠を置くCHARMメーカー『グランギニョル』の総帥を父に持つ生粋のお嬢様、「楓・J・ヌーベル」さん。

 直接会ったことはありませんでしたが、彼女の父親が有名人であるため私は一方的に彼女のことも知っていました。今は何故かピンクの子の左腕に抱き着いてこちらを見ていますが。

 

 そしてもう一人は──

 

 

「…夢結様?」

 

「シーラ、ヴァールハイト…?」

 

 

 …もう一人は、青みがかった黒の長髪と凛とした佇まいが印象的な少女。百合ヶ丘女学院を代表する実力を持つリリィの一人である「白井夢結」様でした。

 実力者として百合ヶ丘以外でも名を聞くことのあるリリィですが…私は二年前、彼女と直接会ったことがありました。

 なんなら短時間の間ですが共闘したことだってあります…が、今の彼女と私の関係は決して良好ではなく、むしろ互いに気まずいものでした。

 

 

「…久しぶりね、ヴァールハイトさん」

 

「は、はい…夢結様も…その、息災なようで……」

 

「ええ…あなたも大きな怪我もないみたいで…良かったわ」

 

「ど、どうも…」

 

「……」

 

「……」

 

 

 別に因縁の相手というわけでも、親の仇という訳でもありません。でも、本当にただただ気まずいのです。

 会話を続けようにも、何を話せばいいのか。2年前の話…は絶対にダメですね…でもそこ以外大きな接点も無いのも事実ですし…

 

 

「…ねぇ楓さん。あの人のこと知ってる?」

 

「…生憎と知りませんわ。だけど、夢結様の知人であることは確かなようですわね」

 

 

 重くはないけれどどことなく苦しい沈黙が流れ、ピンク髪の子と楓さんは二人は何やら小声で話し合っています。大方夢結様と面識のあるらしい私が誰なのか気になっているのでしょう。私は一般的にはそんなに有名な人ではありませんから。

 

 

「…ごめんなさい。今日は先に帰るわ」

 

 

 先に沈黙を破ったのは、夢結様でした。即座に踵を返し、そのままどこかへと行ってしまいます。

 

 

「あっ…」

 

「えっ、夢結様!?」

 

「ちょっとお待ちになってくださいまs…もう見えなくなりましたわ!?」

 

 

 その場に残され咄嗟に夢結様を呼び止めようとした二人とは対照的に、私は彼女を追うことも、声をかけることもできませんでした。

 思わず口から漏れ出た小さな声も、二人の声にかき消されてしまいます。

 

 

「「「……」」」

 

 

 夢結様が去り、その場に残ったのは再びの沈黙。唖然とする1年生らしき二人と、失念していた再会に思考が置いてけぼりを喰らった私だけでした。

 

 

「…とりあえず、中に入りませんか?楓さん…えっと、ヴァールハイトさん?」

 

 

 沈黙を破ったのは人懐っこそうなピンク髪の子でした。四つ葉のクローバーの形をしたかわいらしい髪飾りが特徴的です。

 

 

「自己紹介がまだでした!私、一柳梨璃っていいます!」

 

 

 そう元気よく名乗った彼女、一柳梨璃さんは、腕に抱き着かれているせいで若干やりにくそうにしながらも私にお辞儀をしてくれました。会って数分も経ってないけど多分かなりいい人です。

 

 そして、一柳さんに続いて楓さんも名乗ってくれます。彼女の腕に抱き着いたままで。

 

 

「はじめまして、楓・J・ヌーベルですわ」

 

 

 そう言い終えて、楓さんは一柳さんを抱きしめる力を少し強くしました。何故かはわかりませんが、私にはそれが獲物を横取りされないよう威嚇する獣のように感じられました。

 …と、そんなこと考えてる場合じゃないですね。相手が名乗ったのなら自分も名乗るのがルールです。

 

 

「自己紹介、痛み入ります。シーラ・ヴァールハイトといいます」 

 

 

 一柳さんがしてくれたように、私もなるべく綺麗にお辞儀をしました。お嬢様学校らしくスカートの端を摘まみ上げるやつでもいいかなと思ったのですが、スカートが短いので諦めました。これ摘まみ上げたりしたら普通に見えますね。

 朝急いでいたのとどこのガーデンも制服のスカートの長さはこれくらいだったのであまり気にしていませんでしたが、実際自分が着る立場になるとかなり短いですねこれ…冬場は寒そうです。

 

 

「あ、あの! ヴァールハイトさんは夢結様とどんな関係なんですか!?」

 

 

 私がスカートの長さを気にしていると、一柳さんが何やら興奮した様子で尋ねてきました。

 

 

「どんな…と言われましても……」

 

 

 私はそれに答えようとして、迷いました。果たして2年前のことを軽々しく口にしていいのかと。

 恐らく夢結様が今なお最も悔いているであろうあの日の出来事を、たった一度共闘しただけの私が誰かに教えていいのか。

 

 …いえ、ダメですね。私は夢結様の人となりはある程度知っているつもりですが、夢結様の親友でもなんでもありません。

 ただ私は2年前に出会い、そして"聞かされた"だけなのです。私は一方的に夢結様のことをたくさん知っていますが、夢結様は私のことを多くは知らないはずです。

 

 

「…詳しいことは言えませんが、一度だけ同じ戦場で戦いました。私の口からは、これ以上のことは言えません」

 

 

 他人の過去を無暗に言いふらすべきでもありませんし、何より私だけが知っているのはフェアじゃありません。でも、嘘を吐くのは二人に不誠実。

 だから、伝えるのはあくまで最低限。上辺のことだけ開示して後はご想像にお任せします、というよくある誤魔化し方。

 

 …秘匿主義の『教会』らしいやり方だと自嘲したくもなりますが、今はこれが正しいと信じることにします。

 いずれは話せるときが来るのかもしれませんが、少なくとも今はその時ではないと思いますから。

 

 

「へぇ…つまり、お二人は他人に言えないような関係ということですわね?」

 

「…? まぁそういうことになりますかね」

 

 

 楓さんが私の言葉を言い直して聞いてきました。何故かちょっとニヤついて。

 不思議に思いつつも別に間違ったことは言っていないので肯定しましたが、そうすると楓さんは「あの堅物そうな夢結様が…へぇ…」などと言いながらどこか楽しそうな表情を浮かべています。

 

 なんでしょうか…何か大きな勘違いをされているような気がします。いやでもここで下手に否定して更に追及されても説明のしようがありませんし……

 …まあ元よりご想像にお任せするつもりだったので別にどう勘違いされようが関係ありませんね。都合が悪ければ後で訂正すればいいだけです。

 

 

「ところで、講堂に入らなくていいんですか? …入ったところで既に終わっていると思いますが」

 

 

 これ以上の追及は無いだろうと思いつつも私は早めに流れを断ち切ろうと一柳さんに問いかけました。

 尤も、遅刻を超えた大遅刻であるためとっくに入学式は終わっていると思いますが。

 そういえばお二人はどうしてこんなに遅れたのでしょうか。夢結様といたところを考えると三人で何かしていたと考えるのが妥当ですが…後で聞いてみましょうか。

 

 

「あはは…確かにこんな時間じゃもう終わってますよね…でも、折角だから雰囲気だけでも味わっていきませんか?」

 

「私は梨璃さんに賛成ですわ。ここまで来て何もしないで帰るのも損ですもの」

 

 

 なるほど。そういうものですか。

 確かに参加できなかったならできなかったなりに雰囲気を想像して楽しむ、というのもよさそうですね。

 早朝からの移動で正直疲れているところはありますが…折角お誘い頂いたので受けましょう。百合ヶ丘の知人が上級生しかいない上に数もそう多くないので、ここで同級生との繋がりが得られるのは有難いです。

 

 

「…そうですね。折角来たのですから、このまま部屋に行くのも勿体ないですね。お誘い、謹んでお受けします」

 

 

 私が誘いを受けると、一柳さんは大袈裟に喜んでくれました。楓さんも笑顔の一柳さんを見て微笑んでいます。相変わらず腕に抱き着いたまま。

 この距離感の近さを見るに、お二人はきっと相当に親しい関係なのだろうと感じました。今時リリィ同士の恋愛なんて珍しいものでもないので特に言及はしませんが。

 人の恋路を邪魔する人は馬に蹴られて地獄に堕ちると言います。部外者の私が口を出すようなことは何もないでしょう。尤も、馬に蹴られたくらいでリリィが死ぬかは怪しいところですが。

 

 

「それじゃあ、私が開けますね!」

 

 

 私が関係ないことに思考を割いていると、一柳さんが元気に宣言しました。

 どうやら彼女、人のいない講堂に入り込むことに若干の興奮を感じているようです。百合ヶ丘は結構大きなガーデンですから、彼女にとっては目に映るもの全てが新鮮なのかもしれません。

 私は一柳さんのことを可愛らしい人だな、と思いながら一歩引いた位置でそれを見ています。

 

 しかしまあ、人のいない入学式会場で何をしましょうか。見るだけならすぐに終わってしまいますし。

 想像で入学式をなぞらえて色々やってみましょうか。実は入学式というものを経験したことがないため結構偏見があったりします。前行ったガーデンで読ませてもらった小説では優秀な成績で入学した1年生が壇上で学園の改革を宣言したりしてましたが、ああいうのって実際あるんでしょうか?

 

 と、考えていたら扉が開け放たれました。にしても夕日に照らされた講堂は綺麗ですね。中に誰もいないことに若干の寂しさはありますがこれはこれで──

 

 

「…あれ?」

 

 

 ──と思っていたのですが、中は閑散としているどころか人で溢れかえっていました。

 とっくに入学式を終えて空になっていると思っていたので、思わず目を丸くしてしまいます。

 遅れて一柳さんが大きな声を上げたことも影響してか中にいる人たち全員がこちらを見ています。私は一柳さんと楓さんに先行してもらっているので恐らくまだ講堂内からは見えていませんが、お二人は思いっきり目立っています。

 

 講堂に足を踏み込んだ一柳さんに小柄で人当たりのよさそうな黄茶色の髪の少女が話しかけました。

 彼女の話を聞く限り、どうやら理事長代行がお二人のためにわざわざ入学式の時間をズラしてくれたみたいです。普通に遅刻した私と違ってお二人の遅刻は情状酌量の余地があったようです。なんとなく講堂に入り辛くなりました。

 しかも何やらお二人とも入学初日でヒュージを倒したらしいです。一柳さんに関してはCHARMとの契約もそこで済ませたんだとか。まるで英雄の凱旋みたいな雰囲気です。

 

 …え、この空気の中入っていくんですか? 私。

 話題の一年生が注目を集める中ただの遅刻者が突然出てきても悪目立ちするだけでしょうこれ。

 いや、しかし幸運にも間に合った訳ですから参加すべきだとは思います。幸いお二人に注目が集まっているのでこっそりどこかから侵入…いやむしろそっちの方が悪目立ちする可能性がありますね…どうすれば……

 

 

「あれ?ヴァールハイトさんは入らないんですか?」

 

「えっ」

 

 

 …などと考えていたら一柳さんに呼ばれて思わず声を出してしまいました。皆さんの注目がお二人から未だ扉の外にいる私に向けられるのを感じます。

 この一瞬で退路を塞がれてしまいました。最早逃げることも隠れることも出来ません。

 

 ああ…気が重い……

 今の私の気持ちは、例えるのなら手を縄で縛られ自ら断頭台へと歩を進める罪人です。

 

 ああ…予想通りというかなんというか…みんな「誰?」みたいな視線を浴びせてきます。

 当然と言えば当然なんですけどね…百合ヶ丘での知り合いなんて両の手で数えれるくらいしかいないですし。

 というかあんまり知れ渡ってても困るんですけどね。ただでさえ『教会』なんて良いイメージ持たれてないので。

 

 まあ余程リリィに詳しい人物でもなければ私のことなんて知る人はいないでしょう。

 

 

「ヴァールハイト…ってもしかしてあのシーラ・ヴァールハイトさんですか!?」

 

 

 …どうやら都合よくリリィに詳しいリリィがいたみたいです。いえ、むしろ都合が悪いかもしれません。 

 驚いたような声を上げたのは、先ほど一柳さんと話していた黄茶色の髪の子でした。

 

 

「知ってるの?二水ちゃん」

 

「知ってるも何もその手の界隈では超有名人ですよ!」

 

 

 黄茶色の髪の子…二水さん、と言うのでしょうか。彼女の口から私が止める間もなく私の経歴が語られはじめました。

 

 10歳。レアスキルに覚醒。以降は『教会』で訓練を重ねる。

 11歳。初の実戦。以降は様々な陥落指定地域で経験を重ねる。この頃から各所のガーデンで「単独でヒュージを狩り続けるリリィ」として噂が流れはじめる。

 12歳。『教会』からの派遣という形をとって様々な作戦に参加するように。噂程度だった存在は確固としたものとなり怪しい組織の力でもなんでも借りたい、形振り構っていられない限界ガーデンから重宝されるようになる。

 13歳。甲州撤退戦に参加。多くの犠牲が出た中で無事生還。ただこのときの介入は独断であったとされる。

 

 それ以降は『教会』が秘匿性を高めたせいで詳細な情報は流れなくなったが、変わらず戦地に赴き続けたと噂される…など。

 

 聞いてて途中でちょっと怖くなりました。彼女の語る情報は全て、多少誇張された表現もありましたが事実だったのです。

 まだ秘匿が緩かった時期の情報と言えど別に隠していなかった訳でも、逆に情報を発信していた訳でもありません。むしろ全部風に乗ってやってきた噂程度の情報でしょう。

 

 それでも、彼女の手にした情報は全て正しかった。噂なんて尾ひれがついたりデマであったりするものが大半だと思うのですが、彼女はそれらの中から正しい情報だけを抜き出していたのです。末恐ろしい… 

 

 

「…そしてその経歴もさることながら、戦場で大勢のヒュージを相手に一人でも一歩も引かずに戦うその姿から"たった一人の軍勢"という二つ名まで持っているすごいリリィなんですよ!」

 

「うぐっ」

 

 

 事細かに語られる自分の経歴を前に慄いていると予想外の方向から殴られました。心を。

 二つ名とか通り名ってやっぱり呼ばれると…こう、羞恥心というかなんかで胸を掻きむしりたくなりますね……

 他の人が呼ばれているのは別に気にしませんが、自分のこととなると話は別です。それが過分な評価であるなら尚更。

 

 というかなんか講堂内が少し騒がしくなってきました。さっきとは別のベクトルで視線が痛いです。

 

 

「も、もうその辺にしませんか…?えっと…」

 

「あっ!失礼しました!私、二川二水っていいます!」

 

「あっはい二川さん…その、そろそろ式も始まる頃だと思うので私たちも席に着いた方がいいのではないかと…」

 

「えっ?ほんとだ!もうちょっとで始まっちゃいます!」

 

 

 二川さんが慌てて席に戻っていくのを見て、他の新入生たちも各々自分のいるべき場所に戻っていきます。

 私も式が始まる前に座らねば、と席を探しはじめました。

 

 

「…あなた、意外にすごい人でしたのね」

 

「あはは…お褒めに預かり光栄です……」

 

 

 …大勢の前での二つ名公開などという半ば暴力にも近しい所業を受けた私は、楓さんの言葉に笑って返すことしかできませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜です。部屋に入るなり私は荷ほどきも忘れてベッドに突っ伏していました。

 理由はまあ…単純に疲れたからです。

 

 早朝からの移動と入学式の後の諸々で疲れがピークに達していました。あと講堂での二つ名公開という罰ゲーム染みたことを悪気無くされたことも少し影響しているかもしれません。

 同期であるはずの1年たちからは様々な感情の籠った視線を向けられ、上級生たちからも度々声をかけられて…入学初日にして肉体的にも精神的にもかなり疲弊させられました。これも全部ヒュージのせいです。

 

 

『…本当にそれだけか?』

 

「…ええ、そうですね。悪いことばかりでなかったのも確かです」

 

 

 虚空が私に話しかけてきて、私もそれに応えます。どういう訳か特別寮の一人部屋を用意してもらえたのでこういうことも気兼ねなくできます。

 

 思い出しているのは百合ヶ丘に着いてからの今日の出来事。大変なことは沢山ありましたが、おかげでこの百合ヶ丘に生きるリリィたちのこともなんとなくですが知ることが出来ました。

 百合ヶ丘のリリィたちは、基本的に皆善人です。

 

 母校を愛し、隣人を愛し、自分のためでなく誰かのために戦うことの出来る、優しい人たち。

 もちろん、環境が充実しているため個々の精神的余裕が保たれているというのはあるでしょう。しかし、それを差し引いても彼女たちから感じられた信念は尊ぶべきものであると思いました。

 

 

「…先日赴いたガーデンの方々は無事撤退戦を展開できているでしょうか」

 

 

 想起するのは、先日手を貸した陥落指定地域のガーデン、そこに生きる人々。

 次の襲撃が来る前に別の非陥落指定地域への撤退戦を展開するという話でしたが…彼は上手く皆を説得できたでしょうか。

 

 …生まれた土地や母校への執着が強い者は、時に命さえも投げ出してそれらを守ろうとします。実際、この目で見てきました。

 彼は自分の我儘にリリィたちを付き合わせてしまったと思っているようでしたが、それは違います。彼女たちは皆、本気で故郷を守りたいと思って戦い、死んでいったのです。

 そこに多少は他人の遺志も存在するでしょうが、その根幹にある意志は間違いなく本人のものでした。故に、リリィも含めた住民たち全員を説得するのは困難を極めるでしょう。

 

 次に考えるのは、今日話しかけてきてくれた百合ヶ丘の先輩リリィたち。

 大体の人が好奇心から声をかけただけ、という感じであったので会話自体は極々短いものでしたが、それでも彼女たちからは並々ならぬ百合ヶ丘への愛着が感じられました。

 

 …もし、この百合ヶ丘が陥落指定地域となったとき、撤退戦の命令が出されたとき、彼女たちは素直にそれに従うでしょうか。

 何かがきっかけで学院を捨てざるを得ない状況になったときに、学院を守るために命を賭して戦う、なんて選択をしてしまう人が出てきてしまわないでしょうか。

 

 

「…そのような状況にならないことを、祈るばかりですね」

 

 

 不明瞭な未来に想いを馳せる。生憎と私は"ファンタズム"も"虹の軌跡"も持っていないため先のことは何もわかりませんが、それでも考えずにはいられません。上からの指示といえど、ここが私の新たな居場所であることに変わりはないのですから。

 右手を見ると、私の指は不安からかシーツを強く握りしめていました。気持ちが落ち着かないときの癖です。もういつから癖になっているのかも思い出せませんが。

 

 

『どうなろうと、ヒュージであるなら戦うだけだ。何を迷う必要がある』

 

「…それ、もしかして慰めてるつもりですか? なんというか…相変わらず口下手ですね」

 

 

 虚空から聞こえる声に思わず問い返してしまいました。だってそれが慰めの言葉だとしたら、あまりにも言葉選びが下手すぎるでしょう。

 …まあ口ではなんだかんだ言ってる私ですが、それでもその声を聞いて少しばかり気持ちが安らいだのも事実です。 

 

 

『……』

 

「ふふっ…拗ねないでくださいよ、謝りますから」

 

 

 虚空との会話は、確実に私のメンタルを良い方向へと運んでくれています。さっきまでの不安も霧散し、鏡を見ればその顔には微笑みさえ浮かんでいるかもしれません。

 

 

「もう大丈夫です。おやすみなさい…姉さん」

 

 

 私の手には、もうシーツは握られていませんでした。

 

 

 

 

 

 




『本作の主人公』

   名前:シーラ・ヴァールハイト

   所属:百合ヶ丘女学院/『教会』

   年齢:15歳(百合ヶ丘女学院1年生)

  誕生日:8/12

  血液型:A型

身長・体重:157cm/40kg

レアスキル:カオスレギオン


 世界で唯一『カオスレギオン』のレアスキルを持つリリィとして登録されている少女。蜂蜜色の長髪と左腕に着けた赤い篭手が目立つ。
 物心ついたときには既に『教会』に所属しており、ある事件の後から自分の時間の殆どをヒュージとの戦闘に浪費してきた実戦経験豊富な実力者。何故か上司に今年から百合ヶ丘に入学するようにと指示された。

 秘匿主義の『教会』で育った故に隠し事も多いが、戦闘において頼りになること、人の生死に対して誠実であることなどから彼女を知る人物たちからの評価は高い。
 ただ所属する組織の関係上初対面で良い印象を持たれることは少ない。大抵の場合不信感に満ちた目で見られる。

 「たった一人の軍勢」「魔兵を従える者」「葬送騎士」などの通り名が一部地域でまかり通っているが、本人は過分な評価だと感じておりあまり好ましく思っていない。 



『教会』

 規模不明、目的不明、所在不明と謎の多い組織。世間では半ば都市伝説のような扱いをされているが確かに存在している。
 組織自体が極度の秘匿主義であり情報を殆ど開示しない。G.E.H.E.N.A.と同じくらい警戒されている組織。

 噂によると秘匿主義は一冊の書物を隠すためのものらしいが… 


『たった一人の軍勢』

 シーラ・ヴァールハイトの通り名。その一つ。
 陥落指定地域などで戦闘を重ねていた結果自然とそう呼ばれるようになっていた。通り名の由来はレアスキルに起因するらしい。

 本人は"自分には"相応しくないと思っている。


『シーラの部屋』
 
 特別寮の一角。『教会』所属というレッテルのせいで一般生徒と同じ扱いをするのに無理があったため特別寮。理事長代行が最大限頑張った結果一人部屋を確保するに至った。
 一人部屋の理由は所属の関係で隠し事が多いであろうシーラのストレスを軽減するため らしい。普通監視付きで誰か送られてきそうなものだが相手がリリィである限り理事長代行はこういうことする。


『一話』

 色々思うところがあったから書き直した。
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