租庸調の庸   作:山田甲八

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七 世論操作

 数日後の午後二時頃、エミータは国会記者会館の食堂で遅いランチを楽しんでいた。正確には人を待ちながらカツカレーをつついていたのであるが、待ち人はなかなか現れず、現れたのはカツカレーが全部片付き、水を啜ってしばらくまどろんでいるときだった。

「悪い悪い。待たせちゃったかな」

 待ち人は詫びる割にはそれほど急いできた様子もなく、ブランド物のスーツを着こなし、息も切らしていない。エミータは政治部長が運転手付きの社用車でやって来たことを確信した。

「すっかり待ちくたびれたのは事実ですから、待ったことは否定しませんけど、でも仕方ないですよ。全国紙の政治部長で、国会開会中ともなれば忙しいのあたり前ですもんね」とエミータ。

「怒ってないといいんだけど」と政治部長。

「別に怒ってはいませんよ」

 そう言ったエミータの気持ちに偽りはない。怒りとは愛情の裏返しの感情だ。エミータは政治部長に格別の感情を抱いているわけではない。よく言われるように、愛情の反対は憎悪ではなく、無関心だ。そしてエミータにとって、政治部長個人は何ら関心の対象ではない。関心があるのは「政治部長」というその肩書だけで、役に立たなくなれば瞬く間に「かつて一緒に仕事をしたことがある人」に過ぎなくなる。

「それならいいんだけど」

 そう言って政治部長はエミータの対面ではなく、隣の席に座った。この方がエミータとの距離をより縮めることができるという計算だ。

 政治部長は特に料理を注文するでもなかったが、政治部長はここ国会記者会館の経験が長かったので、給仕には知れた顔だ。二人が並んで会話する姿に何ら違和感はなかった。

「スミマセン。まるで怒っていないと言ったら嘘になります。今日、約束の時間に遅れてきたこと、それは別に怒ってはいません。昨日の夜、急にメールして、一方的に今日の約束を入れた私にも責任があるんですから。でも、こないだ提供したネタを有効活用いただけなかったのには少しムッとしてます」

 エミータは冷たく事務的に言い、政治部長は困った顔をした。

「それは、……俺も頑張ったよ。せっかくやっこちゃんが提供してくれた情報だからね。でもこないだも言ったけど、裏を取らないといけない。それで、裏を取っているうちにあの左翼のババアに質問されちゃったんだよ」

 エミータが政治部長に封筒を渡した十日後には衆議院予算委員会で左翼政党の女性議員が質問に立ち、少子高齢化社会担当大臣は内閣官房で極秘に行われている検討について言及していた。

「せめてあの日の朝に、政治面の隅っこにでものっけておけば…」とエミータ。

「でも、結果的には大スクープだったとも言えるぞ。あの質問で関心の高まった翌朝の朝刊に一面でドカンとのっけたんだから。俺もあの質問が出たときは、ちょうど会社で国会中継見てたんだけど、さすがにビビったよ。抜かれたってね。しかしすぐに気を取り直してあのババアをウェブサイトの新着ニュースのトップに持って行った。朝刊が出るまでそのままにしておいて一面でドカンってわけだ」

「結果的に大臣の発言で裏付けをとったってことですかね?」

「そういうことになるかな。…それで、今日はその続編でもあるのかい?」

「別に続編ってわけでもなくて、ただ、今日は平日の休みで、またそれは保育園に内緒で子ども預けて街をプラプラしようと思っただけです」

「そっか、せっかくランチミーティングのチャンスだったのにな」

「残念ですね。せっかく部長に豪華ランチをご馳走してもらえると思っていたのに」

 エミータはあまり残念ではなさそうに、事務的に言った。

「やっこちゃん、この後は?」

「当然、保育園のお迎えです」

 それを聞いて政治部長は肩をすくめた。

「君とはもっとゆっくり話をしたいのに残念だよ。なかなかタイミングが合わないなあ」と政治部長。

「じゃあ、部長ももっと私に協力してくださいよ」とエミータ。

「協力?」

「ええ、協力です。私は今、仕事と子育てのダブルパンチ状態です。仕事は介護職、子育ては保育園がネックになってます。それを解消してもらわないと」

「だから人手を増やそうっていう計画なんじゃないのか?まあ、『国民徴庸法』だっけ?それに反対するつもりはないよ。人手が足りないのは事実だし、移民の受け入れは哲学の問題だけど俺は反対だ。俺が反対するくらいだから国民の多くの賛同を得ることも難しいだろう。経済は右肩下がり。国債の発行残高は天文学的数字だ。国民徴庸は別に少子高齢化社会担当大臣の政策秘書でなくても思いつくだろう?」

「人手はそれでいいとしても場所はどうします。在宅介護は私の勤務先でもビジネスとしてやってますけど、限界がありますよ。いずれは誰もが施設に入りたいと思うんじゃないですか。もちろん建前では施設なんか入りたくないって言うんでしょうけど」

「なるほど、箱モノか。確かにやっこちゃんの言うとおりだけど、国民徴庸の前提はカネがないってことだろ?だったら箱モノを建てるカネなんかありっこないじゃないか」

「じゃあ、どうします?お金はないけど箱モノは必要。部長だったらどうしますか?」

「君だったらどうするんだ?」

「例えば、いらなくなった建物とか実はいっぱいありますよね?」

「…なるほど、空いている建物を使うって訳か。確かに空き家は深刻な社会問題になってはいるな」

「それと学校とかも余ってきてますよね。少子化の影響で。私立学校なんか経営的にもピンチなんじゃないですか?一方で老人介護施設や保育園は数が足りない」

「転用しようってわけか」

「保育園はある程度、人口密集地にないと意味がないですけど、老人介護施設は思いっきり過疎地でも大丈夫ですよね?そして地方には経営危機に瀕した私立大学がいっぱいある」

「地方再生にもつながるってわけか。そういう研究をしている学者もいるだろうな。まあ、テーマとしては社会部や家庭面が扱う問題なんだろうけど」

「総合面で扱ってくださいよ。もう一度言いますけど、私の問題なんです。私個人の。介護と保育って政治、社会、家庭、すべてを貫くテーマとして扱うべきだと思いますけど。それでなくても国民徴庸法案にまで言及したのは……」

「うちのスクープってわけか。それでその続きをやるべきだってことだな」

「やるべきだし、やってほしいです。国民の関心も高いと思いますけど」

「分かった。取り敢えず、廃校となった校舎を老人介護施設に転用すべきことを研究している学者を探してインタビューしてみよう。広い日本、一人くらい研究している学者はいるだろう」

「なんなら私も参加しますよ。フリーのノンフィクションライターとしてね」

 エミータはそう言うと不意に腕時計を見て時間を気にするそぶりを見せた。

 

 それから一週間が経過した後の平日の午後、大佐とフェイスは内閣情報調査室経済部主幹に呼ばれ、主幹の部屋のソファに並んで座らされていた。主幹の部屋といっても、同じ経済部のワンフロアを大佐とフェイスのエリアのようにキャビネをパーティション代わりに仕切っているだけなので、部屋というよりは主幹エリアと言った方が正しいのかもしれない。ただ、ドアはないものの、専用の応接セットが置かれていて個室らしい雰囲気を醸し出している。

 主幹は二人をしばらく待たせ、机の上のノートパソコンを閉じると、ソファの二人の対面に座った。

「早速ですが、お二人は今、租庸調の庸について色々と勉強されているようですね」と主幹。大佐とフェイスはお互いに顔を見合わせた。

「私は税の専門家ではありませんので、専門家である楠田君の勉強に付き合うというか、付き合うというのも上から目線ですね。…お手伝いをさせていただいているという方が正確かと存じます」と大佐。

 五十を超えた大佐からすれば四十前半の主幹はまだ若造に違いないが、主幹はいかんせん財務省キャリアで出世のスピードがまるで違う。階級というものをとても大事にし、自らも階級を持っている大佐は自然と忠実な部下のように振る舞った。

「楠田君はなぜ租庸調の庸の研究をしようと?」と主幹。

「はあ、特に理由はないのですが、ここは時間が結構ある上、情報もたくさんありますので、自分にとって役に立つと思うことをまとめてみているだけですが。まあ、実際問題として、僕は今、現実に子育てをしているわけでありまして、保育園をもっと入りやすくしたい願望もあるわけですから、こういう政策が実現したらいいなという思いはあります」

 本当は大佐の指示と言いたかったが、大佐が先にああ言ってしまった以上、それを無下に否定することは不自然なため、楠田は適当に言葉をつないだ。

「そうですか。それで、先日、少子高齢化社会担当大臣が予算委員会で質問されて、内閣官房でも勉強していると答弁したのは知っていますね?」と主幹。

「ええ。それはライブ映像を見ていましたので。自分以外にも勉強している人がいるんだなあと思ってビックリしたのでよく覚えています」

 大臣の答弁は承知の上だったが、フェイスはその時初めて知ったように白々しく言った。

「ところがそれから調べたのですが、内閣官房でこのことを勉強しているのはどうやら君だけのようなんです。でも大臣に聞いたところによると、答弁のゲラは大臣の政策担当秘書が書いたというんです。まあ、実際に、内閣官房でこのことを勉強している人はいたわけで嘘ではないからいいんですけど、どうして大臣の政策秘書は楠田さんのことを知っていたんでしょうね?」

 主幹は刑事の取り調べというよりは、純粋に知らないことを知りたいという小学生のような口調で聞いた。フェイスは一瞬、言葉に詰まったが、すぐに大佐が助け舟を出した。

「思い出しました。そういうことだったんですね。実は担当大臣の政策秘書である新田晋太郎君とはちょっとした顔見知りでして、ちょっと前に、記者会館の食堂だったかな?顔を合わせた時にそんな話をしたんです。私の隣に座っている国税の出向者が今更ながら租庸調の庸の勉強をしているって。まあ、私も職業軍人ですから徴兵制には興味ありましたからね。それで、今、不意に思い出したんですけど、確かに予算委員会の前の日に、…いや、当日の朝だったかな?新田君から電話があったんですよ。この前のあの話は本当かって」

「そうすると、…どういうことになります?」と主幹。

「こういうことでしょう。新田君は質問の事前通告を受けた大臣から何とかしろと言われていた。質問者は例の大臣とはハブとマングースの左翼のセンセイ。宿敵だけど議員会館では隣同士。もろ手を挙げて賛意を示すことはできないが、無下に全否定すると後がうるさい。だからここは内閣官房で勉強中くらいにしておいてお茶を濁したい。そこで私の話を思い出した。電話をしたら確かに勉強していると。それで、内閣官房で勉強していることに違いはないわけですから、これ幸いと大臣に答弁させたのでしょう」

 しばらく主幹が黙ったので、大佐の方から「それで?」と聞いた。

「実は内閣情報官から直接指示がありまして、今度の主幹会議に持って行くことになったのです。準備できますか?」と主幹。

 主幹は財務省のキャリアではあるが、威張ったところがなく、腰が低い。ここで本来なら大佐が間髪入れずに「できます!」と叫ぶ場面だが、大佐は冷静というか、目の前の上司よりもはるかに老獪だった。大佐は黙ったまま隣に座っているフェイスを見た。

「あっ、はい。大丈夫だと思います」とフェイス。

 既に法文はおろかコンメンタールまで完成しているので「準備できますか?」と聞かれれば答えはイエスだ。それでもフェイスは少しもったいぶって答えた。

「そうですか。では、急な話で恐縮なのですが、明日の主幹会議で早速、話を出したいのでまとめてもらえますか?それで、どうしようかな?…急な話で、楠田さんも時間が必要でしょうから明日の一時にレクチャーしてください」と主幹。

「はい」とフェイス。

「ただ、今、楠田君の考えているプランは少し難があるようなのですよ」と大佐。

「何でしょう?」と主幹。

「ぶっちゃげ、箱モノですよ。人を集めるのはいいですけど、老人介護施設も保育園も所詮は箱モノですよね?入れ物がないことには何ともならない。まさか青空学級ってわけにもいかないでしょうし」と大佐。

「ああ、それならもうアイデアはあるようです」

 主幹はそう言うと後ろを振り返り、腕を伸ばして机の上に乗っかっている新聞を取った。

「何日か前の新聞なのですが、北海道のとある大学の教授が、老人介護施設を増やすために学校の空き教室や廃校となった学校そのものを利用したらどうかというようなことを言っているんです」

 主幹はそう言いながらエミータがかつて勤務した大新聞を開き、該当の記事を指さした。記事は家庭欄に載っていた。

「へー、こんな記事あったんですか。家庭面までは読まないからなあ」

 大佐は白々しく言った。

「それで、今週の主幹会議は取り敢えず、速報ということにして、来週の主幹会議までにお二人にはこの先生に具体的な話を聴いてきていただけますか?厚生労働省の方の話も聴かなければなりませんが、これは担当の参事官にお願いしますので」

「担当というと厚労省出身の?」と大佐

「ええ。でもチームリーダーは楠田さんにやってもらいますので、楠田さんのペースでまとめていただいて結構です」と主幹。

「財務省の方はいいですか?租庸調の庸というと税金の話ですよね?」と再び大佐。

「もちろん、財務省からの情報収集、財務省への情報提供は必要ですが、それは私の方でやりますから大丈夫です。私も大蔵の出身ですから。今は大蔵という言い方はしないんでしょうけど。でも不思議なんですよね。この話、もう事務次官も聞き及んでいるって言うんですよ。まあ、大臣の政策秘書が聞き及ぶくらいですし、噂の流れるスピードは速いですからそんなものかもしれないんですけど」

「財務省の方は何か言ってるんですか?」と再び大佐。

「まあ、いい話だと受け止めてはいるようです。それはあたり前です。私もそう思いますよ。財務省にとって財政健全化は至上命令ですからね」

 先日の「歴代会」の際に、大佐とフェイスはこの話を国税庁長官、官房長、主計官の三人にしているが、主幹はそのことには気が付いていないようだった。

 

 週が明け、大佐とフェイス、そしてコングとエミータの四人は日本のはずれの北海道の、はずれの網走の、さらにはずれにある、本拠地は東京にあるはずの大学の北海道キャンパスを訪れていた。とある大学教授から話を聴くためである。

 出張は当初、大佐とフェイスの二人で予定されていた。そこへ担当大臣の秘書も勉強のために参加した方がいいだろうということを主幹が提案し、コングの参加が実現した。もっとも主幹の提案は大佐の口車に乗せられただけだったが。

 大佐の力量はそれに留まらなかった。マスコミの取材要請を受けているので一人、同行させたいということまで申し出て、エミータの同行まで実現させたのだ。チームリーダーであるフェイスが提出した出張計画書には、エミータは全国紙の政治部記者であると記載され、全国紙記者時代の名刺が添付された。

 大佐はさらなる力量を発揮した。大佐は介護を、シングルマザーのエミータは育児を抱えているので泊りがけの出張は無理だし、網走の外れとなれば東京からの日帰り出張は不可能だ。ところが大佐は陸上自衛隊の輸送用ヘリを一台チャーターし、日帰り出張を実現してみせたのだ。

 十一月も半ばになった頃、ヘリは市ヶ谷の防衛省から三沢での一回の途中給油を経て、あっという間に目指す大学の広大なキャンパスの一角に着陸した。

 着陸地点には主役の大学教授がワンボックスを一台準備して待ち構えていた。十一月ともなるとオホーツクは既に冬だ。四人は一応、上に羽織るものを準備してはきたが、ヘリコプターを降りると途端に身震いした。

 大佐と同い年くらいの教授の運転で四人は広大なキャンパスを研究棟まで移動した。理系のこの大学にとって社会福祉が専門の教授は傍流なわけで大きな研究室や助手があてがわれているわけではなく、また専門の社会福祉でも教授の唱える説は、学会において傍流の傍流に過ぎない。だからこそこの教授は研究職を求めるためにオホーツクの果てまで来なければならなかったわけだが、教授はそのことを卑下することもなく、凛としていた。

 研究室に着くと、ソファはなかったが、丸椅子が円形に並べられていた。教授は四人とそれぞれ名刺交換し、エミータは全国紙政治部記者の昔の名刺を差し出した。

「いやいや、私自身ビックリです。今まで、私の研究など誰も、見向きもしてくれないと思っていたのに、急にスポットライトを浴びてしまって。何だか面はゆいです」

 一同が車座に座ると、まず教授が口を開いた。

「我々も某新聞社さんが記事にして下さらなかったら先生の存在に気がついてはいないでしょう。それで本当にたまたまなのですが、ここにいる楠田専門官が先生と同じようなことを考えておりまして、法案も作成しています。既にメールで送っているので、コンメンタールも含めお読みいただいているかと存じますが、専門家の目からアドバイスをいただきたいのです。その、この楠田専門官は税制の専門家ではあるのですが、社会福祉は苦手ですので」と大佐。

「既に資料は拝見させていただいておりますが、とてもよくできていると思います。さすがは内閣ですね。私の長年の研究など、内閣の組織力に比べればとても小さいものだということを思い知らされました。元々私は井の中の蛙ですけど。それでとてもよくできているのですが気付いた点を率直に申し述べさせていただきます」

 教授はそう言って一度四人を見回し、続けた。

「国民に五百四十日間の労務提供を義務付けるというところが気になりました。率直に申し上げますと、法案にケチをつけるようで申し訳ないのですが、五百四十日間は多すぎると思います。もちろん最終的にはそのくらいの時間を義務付けないと回らないとは思いますが、ここはまず、取り敢えず制度を導入することを第一に考えるべきです」と教授。

「どのくらいがいいでしょうか?」と大佐。

「それは私にも分かりません。しかし、いきなり五百四十日間というのはあまりにも唐突過ぎる気はします」と教授。

「どうしたらいいでしょう?」と大佐。

「国民がどう考えているのか知りたいですね。私も研究でアンケート調査なるものをやったこともあるのですが、いかんせんお金がないので精度の高い調査はできなかった。国やあるいは大きな新聞社さんなら定期的に世論調査をやっていらっしゃるでしょうから、精度の高い調査ができますよね?それで国民の真意をはかれないでしょうか?」

 教授はニコニコしながらそう言って新聞記者の肩書を持つエミータを見た。

「そうですね。それは検討してみます。というより社に持ち帰って必ず調査するよう上に伝えます」とエミータ。

「内閣でも早速、調査するよう関係部局に伝えましょう」と大佐。

「その際、注意していただきたいことがあるのですが」と教授。

「なんでしょう?」と大佐。

「この国民徴庸論は私のライフワークです。そして、これからの、いや、もう既に到来している少子高齢化社会を乗り切るための切り札であると確信しています」と教授。

「それは理解しているつもりです」と大佐。

「ですから、失敗はしたくない。必ずや実現できるようにしていただきたい。これは別に私の個人的な動機で言っているのではないのです。もちろん、こんな片田舎で誰からも注目されていない研究をしている一研究者としてはスポットライト浴びてみたいというのは本心かもしれません。でも、私の思いはそんなちっちゃなことではない」

 教授は大佐、フェイス、コング、エミータと一人一人視線を合わせながら熱く語った。

「もっともなご意見です。それでどうしろと?」と再び大佐。

「世論調査をするにしても工夫をしてほしいのです。もし徴兵令のようなことが現実に行われると誰しも嫌に決まっています。だから、今の介護の現場の悲惨な状況を理解しているか?といったところから質問をはじめて、そして、国民徴庸制度の賛否を問うていただきたいのです」

「なるほど、どの辺がポイントになりますでしょうか?」

「ポイントは。介護で苦しんでいる人達が国民徴庸制度の導入を渇望しているという現実があるということです。先ほども申し上げましたが、あなたは徴庸制に賛成ですか?と問われた場合、自分も徴用される可能性があるとしたら誰しも反対するはずです。もちろん、世の中にはボランティア精神の旺盛な人もいますから、数パーセントの賛成は得られるかもしれませんが、所詮は少数意見です。大切なことは介護に苦しんでいる人がいて、その人を救うために徴庸制の導入が避けて通れない、必要悪だけど仕方ないという国民の認識です。そういう認識が共有できれば国民は不承不承でも同意せざるを得ないでしょう。つまり国民の支持は少数かもしれないけれど、介護に苦しんでいる人の大多数は支持しているという結果を出す調査であるべきだということです」

 教授がそう言うと大佐は「なるほど、消費税の税率引き上げみたいですね」と言ってフェイスを見た。フェイスは軽くうなずいた。

「では、調査としてはどんなものが考えられるかな?」

 大佐はそう言ってエミータを見た。

「先ほど先生がおっしゃられたように、介護に苦しんでいる人をあぶりだして、介護に苦しんでいる人はほとんどの人が国民徴庸法には賛成するでしょうから、その調査結果を少し大げさに報道するということになりましょうか」とエミータ。

「何だか世論操作みたいですね」とコング。

「世論操作ではないよ。世論操作は世論を政府の独断に導くものだ。これはありのままの現実を、もっと言うとなかなか人目につかない現実をあぶりだすだけだ」

 大佐が母親の姿を脳裏に浮かべながらそう言って教授を見ると、教授は力強くうなづいた。

 

 教授への取材は一時間ほどで終了し、四人は再び輸送用ヘリに乗って市ヶ谷を目指した。途中、給油のために立ち寄った三沢基地で四人は今後の方針について話し合った。

「何だか知らんが、ここまでトントン拍子できたなあ」と大佐。

「何か、あっという間に実現しそうですね。国民徴庸法」とエミータ。

「いや、うまい話には必ず裏がある。これまでうまくいっているように見えるのはこの話に前向きの人達としか接触していないからだよ。どこかで反対する人が必ず出てくる。まだまだ先は長いよ」と大佐。

「でも、来年の六月頃の経済財政諮問会議の答申に盛り込むという目標はかなり前倒ししていいんじゃないんですか?来年度の税制改正大綱に盛り込むくらいに繰り上げても」とコング。

「なるほど、税制改正大綱か。来月だな。できる見込みでもあるのかな?」

 大佐はコングに視線を合わせて言った。

「私がですか?私には無理ですよ。でも大佐なら何かアイデアを出せるんじゃないんですか?網走日帰りを実現させたくらいなんですから」とコング。

「そうだなあ、十二月は税制改正大綱の季節だけど、まともにやったんでは今からでは間に合わないなあ。まあ、それは土台無理かもしれないけど、やれることをやろう」と大佐。

「やれることってどんなことです?」とフェイス。

「与党や政府の税制調査会で検討中だと報道するくらいはできるんじゃないかな。たとえそれが嘘でも。税制調査会で国民徴庸法のことを、議論することはできなくても話題にすることくらいはできるだろ?」と大佐。

「議論すると話題にするは違うんですか?」とフェイス。

「議論はそのことについて話し合わなければならない。しかし『話題にする』は誰かが一言でもそのことについて発言しさえすればいい。後は報道だ。報道されれば国民に両社の区別はつかないよ」と大佐。

「うちの大臣はもちろんメンバーじゃありませんし、税制調査会での発言は無理ですね」とコング。

「もちろんおたくの大臣が税制調査会で発言してくれれば一番いいのだけど、そこは肝じゃない。肝は国民徴庸制の導入が政府内で検討されているということが広く人口に膾炙することだ。広く人口に膾炙すれば、導入を強く望んでいる人達の声が強くなって法案成立が現実味を帯びてくる。この国は所詮、民主国家。声の大きい方が勝つ。だから税制調査会の作業部会で話題に上る程度でもいいんだよ。後はそれが大きく報道されればいいし、そっちの方が重要だ。いくら大臣の正式な発言であっても大きく報道されなければ意味はないし、作業部会で話題に上る程度でも大きく報道されれば国民に与えるインパクトは大きいからね」と大佐。

「やっぱり世論操作じゃないですか」とコング。

「まあそれは解釈の問題だ。もっと言ってしまえば、さっきの世論調査の話に戻るけど、世論調査は、所詮は世論操作さ。調査する側のバイアスが絶対に入らない、無垢の客観性など世論調査にはないんだ」

 大佐は笑ってそう言うと基地の隊員が入れてくれたスチール製のマグカップに入ったコーヒーをごくりと飲んだ。

 

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