俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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十話

 

(どうしてこうなった?)

 

 殺伐としたリビング。テーブルを中心にして錯綜するお互いを伺い見るような視線の中で。俺はそんな疑念と一人向きなおざるをえない状況へと追い込まれていた。

 

(……どうして、こうなった?)

 

 そんな自問に、しかし答えは出せないまま、俺は視線を前へと向ける。対面には小町と由比ヶ浜が座っていた。

 小町は借りてきた猫のようにどこか大人しく、静々と机上にある自分のマグカップに視線を留めている。その横で由比ヶ浜は所在なさげにテーブルの端から端へと視線をオロオロさせながら、盛りに盛った自身の団子頭をポンポンと弄っていた。

 そんな二人は時折ちらちらと俺の真横……つまりは阿良々木(俺ボディ)へと視線を向けている。

 それはどこか疑惑めいたものを内包した眼差しだった。

 

(……比企谷)

 

(……わかってる。でもとりあえず今は黙ってろ)

 

 阿良々木もまた、気まずさと不安を顔色に滲ませながら所在なさげにしている。だが、今のコイツは真相はともかく、その認識は阿良々木暦ではなく比企ヶ谷八幡なのだ。キョドっている所とか、まさしく俺そのものといってもいいのだが、下手に言葉を発してより深く違和感を刻んでも面白くない。

 それに、正直言って小町と由比ヶ浜が相手ならばボロさえ出さなければ多少は策も講じられるだろう。

 ならばこそ、この場でまず第一に警戒すべきなのは……

 

(……あいつだ)

 

 巡らせた視線をある一点で止める。そこには当然のように我が家に上がり込んできた一人の少女の姿があった。

 阿良々木(妹)ーー浴衣を身にまとった狂気の暴君。

 恐らくこの場において最も場違いな人物であり、最もこの場に居る理由が不確かなアンタッチャブルな存在。正直言って、こいつが居るせいで今の状況が更にややこしくなっていると言っても過言ではない。

 というかホントに何でこいつがここに居るんだよもう八幡マジで超混乱ですぅ。

 未だかつてない三つ巴にストレスがヤバい。

 それこそ八九寺がいつの間にか居なくなったことすら忘れて、俺はキリキリと痛む胃を険しく眉根を寄せて堪えていた。

 と、

 

「……えーっ、皆さん。ちょっとだけいいですか?」

 

 沈黙で停滞していた空気を打ち破る凛とした声。

 見れば、羽川が場を取り仕切るように堂々とした態度で俺達五人にそれぞれ視線を巡らせていた。

 

「突然のことに恐らく皆さん驚かれていることでしょう。思い思いに思う所もあるかもしれません。ですが今は個人の事情は一旦脇に置いて、先に、それぞれ自己紹介をするのはどうでしょうか?話し合うにしても、素性の解らぬ相手を前に打ち解けるのは難しい事でしょうし。それにはまず簡単に相手の事を知ることから始めた方がいいかな、と……どうかな?」

 

 自然体にも過ぎる仕切りに幾らか感心していたら突然に言葉が向けられた。ちょっと、いや、かなり驚いた。

 往々にしてこういった場ではいつも居ないものとして認識される俺である。おかげで「へぇう?」とか自分でも引くぐらいのワケのわからん音域の声が飛び出してしまった。

 おまけにその失態をすぐさま取り繕うように「ぅうん、そ、そうだなー」とか全然ゴマかせてないゴマかしを続けたせいで更に痛々しさが倍増し、おかげで周囲から向けられる視線がよりいっそう冷めきったものとなる。

 もうやめて!とっくに八幡のライフはゼロなのよ!

 

「……ま、まあ、いいんじゃないの?」

 

 もうどうでも。

 そんな心中の呟きはともかくとして、どうやら俺以外の面々も羽川の意見におおむね賛同のようだった。

 羽川は居住まいを正す。そして言葉を続けた。

 

「それじゃあ、僭越ながらまずは私から。私は、羽川翼といいます。私立直江津高校在学の高校生で、そちらに居る阿良々木くんとは同じ学校の同級生です。比企谷くんとはSNSの『宮沢賢治の会』というコミュニティを通じての知り合いで、今日はその会に関連した活動ということで同好の士でもある阿良々木くんと一緒にこちらのお宅に伺わせていただきました。他の方々とはこれが初対面となりますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「あ、いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 見本のような綺麗なお辞儀に由比ヶ浜と小町も慌ててお辞儀を返す。が、その脇で俺は一人、羽川翼という女の賢さに人知れず舌を巻いていた。

 宮沢賢治の会。

 それはまあもちろんのように架空の団体であり要するに嘘でしかないのだが、しかし、まさかここで架空のSNSコミュニティを持ち出して現状に整合性をもたせるとは思いも及ばなかった。

 しかもその嘘を息を吐くかのごとく自然に言葉の中に織り交ぜるとは……言うなれば策士孔明ならぬ策士羽川である。

 すごいぞ策士羽川ずるいぞ策士羽川。

 とはいえ、その嘘のおかげで下手な言い訳を考えずに済んだことは僥倖だ。とりあえず俺もその流れに乗っからせてもらうことにしよう。

 

「では特に質問が無いようであれば次の人に移りたいんですが……」

 

「じゃあ、次は俺の」

 

「はい」

 

 番だなーーと。続けようとした言葉は割り込むように放たれた一つの声によって呆気なくかき消される。見れば、羽川の横で阿良々木(妹)が身を乗り出すようにピーンと右手を天高く伸ばしていた。

 

「羽川さん。一つ、質問があるんですけどいいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 頷く羽川。

 阿良々木(妹)は小さく一礼すると間髪入れずに一言。

 

「お兄ちゃん、なんでこんな所に居るの?」

 

「いや、俺じゃなく羽川に質問しろよ」

 

 なんの悪びれもなく俺に穂先を向けてきた。しかもその台詞は完璧に自分の事を棚に上げての発言である。

 もはや図々しいにも程があるだろ。もしかして面の皮がフェイズシフト装甲とかで出来ちゃってるんじゃないの、こいつ。

 

「……ていうか、なんでもなにもないだろ。さっき羽川が言ってた通りだ。聞いてなかったのかよ」

 

「失礼な。ちゃんと聞いてたもん。でもそれにしたっておかしいよ。だってお兄ちゃん宮沢賢治とか全然読んだことないじゃん。日本文学とこの僕は水と油ほどに相容れないものなんだよって、前にドヤ顔にキメ顔で言ってたじゃん。ねえ、そうでしょ?」

 

「…………」

 

「……阿良々木くん」

 

 沈黙というか沈没している真隣さんに羽川のジト目が炸裂。

 そうか。ドヤ顔にキメ顔で言ったのか。それは何というか……痛いな。うん、超痛い。

 

「ち、違う!確かに僕ーーいや、阿良々木暦がその昔にそういった発言をした事は残念ながら事実ではあるが、しかしだ、だからといって今の阿良々木暦と昔の阿良々木暦をまるで同列のように語ってもらうのはぜひともやめてもらおうか!今の阿良々木暦は昔のソレとはまるで違う!つまり昔の阿良々木暦をアルファとするならば今の阿良々木暦はオメガであり、要するに別物、言うならば別人と評してもいいぐらいの個体差を有しているといっても過言ではないわけで。ていうか羽川の前で適当なこと言ってんじゃねえよいい加減にしろやこのちっちゃいの!!」

 

「はあ?」

 

 猛る阿良々木に阿良々木(妹)は『誰こいつ童貞?』みたいな訝しげな視線を向ける。

 だがまあそれも当然のことで。というかね、阿良々木くん。誤解を解こうと松岡修造ばりに熱くなるのは別に構わないんだけど、でもいい加減にしろやはむしろ君の方だと僕は思うの。

 それを証拠に、小町と由比ヶ浜は実に分かりやすく唖然と目を見開いていた。

 まあ、なんだ……一応心中はお察しする。

 もしも逆に小町が見知らぬ相手であるだろう阿良々木に憤怒の形相で食いかかっていたら多分きっと俺だって同じ顔をしていただろうからな。むしろ思考が一周してもしかして小町ちゃん今日はアレが重い日なのかな?とか勘繰っちゃうぐらいだ。伊達に気配り屋さんとは呼ばれていない。自称なので本当に呼ばれていないという点はまあ、うん、ともかくとして。

 俺は、すかさず羽川を見た。意味する所は一つである。

 

『もう頼むから早いところこの状況をなんとかしてくれ』

 

 羽川は、蝶の羽ばたきのような吐息を零していた。

 そうして俺のアイコンタクトに苦笑を返してから瞬時に口元を引き締め、それから園児同士の小競り合いを諌めようとするベテラン保母さんのようにやんわりと、アッサリと二人の間に割り込んだ。

 その瞳はまず阿良々木(妹)へ向けられる。

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて。月火ちゃんも、阿良々木くんに聞きたいことはそれこそたくさんあるのかもしれないけれど、まず最初は自己紹介からって話だったでしょ?大丈夫、その件だったら今度ちゃんと阿良々木くんの口から直接説明させるから、だから今は、ね?少しだけ待っていてもらえないかな?」

 

「……むぅ。わかりました」

 

 諭すような羽川の声音に阿良々木(妹)は驚くぐらい素直に身を引いた。

 続けて羽川は反対方向に転身。先の阿良々木(妹)に対しての時よりも幾らか険の込もったその瞳は真っ直ぐと阿良々木暦を見据えていた。

 

「『比企谷』くんも。『初対面』の女の子にちっちゃいのっては言い過ぎでしょ?今のは阿良々木くんのことを庇っての事だったのかもしれないけれど、それとこれとは話が別です。だから、ヒドイこと言ってごめんなさいって、ちゃんと月火ちゃんに謝らなきゃね?」

 

「いや、だけど……」

 

「だけど?」

 

「……いえ、ごめんなさい」

 

「謝る相手が違うでしょ。私にじゃなくて、月火ちゃんに謝らなきゃ」

 

「…………はい。ヒドイこと言ってごめんなさいでした」

 

「うん。よく出来ました」

 

 そうして。

 強制的に自分自身の謝罪シーンを真横から見せつけられるという全然俺は悪くないのに後味だけがすこぶる悪い光景を最後に、泥沼と化しそうだった状況はあっという間の内に解消された。

 げに恐ろしきは羽川のカリスマ性とでもいうのだろうか。

 戦慄さえ覚える巨大すぎる人望に思わず『ジーク・羽川!』とか口走りそうになる。もしかしたらIQ200とかあるんじゃないの?それでcvはもれなく銀河万丈さんになるんですね、わかります。

 いや、だから何の話だ。

 

「うん?私の顔になにか付いてるかな?」

 

「……いや、べつに」

 

 なんにせよ。

 相当なことがない限り、羽川翼と対立することだけは是が非でも避けるべきだと。そんなザコ敵根性丸出しで心に強く、深く誓った俺だったのでした。まる。

 ……あれ?作文?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー阿良々木月火です。中学二年の十四歳。一応、そちらでデロデロと目を腐らしてるお兄ちゃん野郎の妹です。趣味は正義の遂行、兼業で正義の味方なんかもやっちゃってるのでお悩みお困りな事があるようであれば、この栂の木二中のファイヤーシスターズ参謀担当の月火ちゃんにぜひぜひご相談ください。はいっ、自己紹介終了!で、お兄ちゃんさっきの続きだけどーー」

 

「ーー比企谷小町、中学三年生です。趣味は……貯金?あっ、いえいえ、今のはちょっと無しで。えと、趣味は料理と裁縫です♪それと先ほどお騒がせした、そちらの目の……全然腐ってない、ちょっと朝から様子がおかしくて今現在進行形ですごく近寄りがたいお兄ちゃんの、妹です……多分」

 

「ーーへ?あっ、つ、次あたし!?……あ、あの、えっと、由比ヶ浜結衣、です。趣味は……えーっと、えーっと……料理?あっ、今は高校二年生で……その、ヒッキーとは同じ学校の同級生で、今日は、えっと、小町ちゃんからヒッキーのことで相談を受けて、それでちょっとだけ心配になって来ちゃったというかなんというか……」

 

「阿良々木暦。……以上」

 

「比企谷、八幡だ。……あー、以上」

 

「はい、皆さんありがとうございました」

 

 呆気ない程につつがない進行を経て、その不毛ともいうべき自己紹介タイムは羽川の締めの一言によってようやくのことその幕を降ろした。

 そして……またしても沈黙がリビング中を覆う。

 というか結局の所ここからをどうするんだよ。むしろ、なまじ素性を明かしてしまったという事もあって、余計に話を切り出しにくくなってないか、この状況。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 三点リーダ地獄の再来。またしても繰り広げられる視線の応酬に、羽川は困ったように笑うだけだった。その視線は俺と阿良々木の二人に向けられている。

 ……いや、そこでこちらを見られても対応に困るんだけど……まあ仕方がない。

 視線の矛先を羽川の真横へとずらす。

 そして重い口を、俺は渋々と開いた。

 

「おい、妹」

 

「むっ。なによ、兄」

 

「お前に一つ言いたいことがある」

 

「私にはお兄ちゃんに言われたいことなんてなに一つもないですぅ」

 

 そう言って阿良々木(妹)は当て付けのようにそっぽを向いた。

 一々切り返し方が腹立つが、けれど今はそんな粗末なことに気を取られるわけにもいかない。俺はマリアナ海溝のように懐深い自制心を持って、その生意気な妹(偽)に切れ味するどくその言葉を放った。

 

「お前、今すぐ家に帰れ」

 

「はあ!?」

 

 そして切れ味するどい視線が返ってくる。

 眼力がやばい。視線だけで人を殺せるんじゃないかってぐらいの威圧感が俺を強襲した。

 

「なにそれ意味わかんない!なんで私がお兄ちゃんにそんなこと言われなくちゃいけないのよ!」

 

「べつに意味わかんなくはねえだろ。お前は妹で、俺は兄。つまり、この状況において暫定的なお前の保護者は俺だろ。だから、これは保護者としての言葉だ。筋は通ってるだろ」

 

「通ってないよ!ぜんぜんっ、まったくっ、これっぽっちも通ってない!もうホントやっぱり意味わかんないプラチナむかつく!」

 

 いや、意味わかんないのはお前のその頭悪そうな造語の方なんだけどな。

 なんだよプラチナむかつくって。無駄に言葉の響きが良いのが更に腹立つわ。

 

「あのな。じゃあ、むしろ聞くけどお前がここに残る理由はなんだよ。というか、俺としては何でお前がここに居るのかの方が意味わかんねえんだけど」

 

「そ、それは……」

 

 若干の苛立ちが混じった俺の問いかけに阿良々木(妹)は言い淀む。

 モゴモゴと、ムガムガと。声を発せずに口を動かしながら、やがて紡がれた言葉は、

 

「……だって、お兄ちゃんが心配だったんだもん」

 

 ……それはまるで予想していなかった言葉だった。

 独白は続く。

 

「だって、だって今日のお兄ちゃんなんか様子が変だったじゃない。目もなんか死んじゃってて、口調もなんか違ってて、それにいきなりワケのわからないことも言い出すし、しかも挙句の果てには私達のことなんて放って家を飛び出してそのあとは電話にも出ないで行方知れずだったんだから。それで方々を探し回って、だけど見つからなくて部屋で火憐ちゃんからの報告の電話を待ってたらいつの間にか帰ってきてるし。それで文句の一つも言おうとしたら、またさっさと出かけちゃって。それで後を追ったらいきなりこんな県外まで来ちゃってるし……もうっ、さっきの今までホントのホントのホントに行動の全部の全部が意味わかんなかったんだから!てっきりヤバい世界とかクスリとかに手を出してたんじゃないかって想像もしてたぐらいなんだからね!このバカアホチビバカ!パパとママになんて説明すればいいんだろうって不安になってた私の純情な妹心を今すぐ返せこの妹不幸者がァ!」

 

 しおらしいから一転して怒鳴りちらすヒステリック女を前にして、俺はかける言葉が何も見つからない。

 おい、お前の妹どうすりゃいいんだよ。盛り上がりすぎてなんか今にも爆発しそうだぞ……と。

 SOSを求めて阿良々木を見るも、阿良々木は「月火ちゃん……」とか呟きながら、ただただ苦虫を噛み潰したような顔をしていただけだった。

 空気は更に重くなる。

 が、そんな状況の中で、いち早くに彼女へと手を差し伸べたのはまたしても羽川翼ーーではなく、これはまた、不思議な組み合わせとしか言えない。

 今まで沈黙を保っていた小町がうんうんと頷きながら、いつの間にか阿良々木(妹)の側に寄り添っていた。

 

「うん、わかる。その気持ちスゴくわかるよ、月火さん。不出来な兄を持つ小町としても、その月火さんの漠然としない不安……身内の将来における不安がとてもよく伝わってくるのですよ。何を隠そうウチの兄も一歩間違えるだけで確実に社会不適合者の烙印を押されるような人間で、だからこそいつもいつも小町はその一歩を間違わせないように身を粉にして頑張っているという訳です。でも、その努力はさほど兄には伝わらなくて、だから兄を見守る妹としては色々とヤキモキとする時もあるんだよねえ。ああ、もう、ダメな兄を持つ身としては月火さんの抱えるその葛藤とかが自分のことのように思えてきちゃうよ。これがあの有名な以心……以心天津?なのかもね、うんうん」

 

「……比企谷さん」

 

 最後に馬鹿をさらけ出しながらも、しかし言葉の奥深いところで妹的なにかが共鳴したのかもしれない。わめき散らしていた阿良々木(妹)は突然に大人しくなり、そして感極まったような表情で小町と見つめ合っていた。

 ……まあ、理由はどうあれ仲良くなれるってことはいいことだよね!例えそれがお兄ちゃんに対する不平不満がキッカケだったとしてもさ!

 

「……比企谷。この居た堪れない空気を僕はどうやって乗り切ればいいんだ?」

 

「……俺が知るかよ」

 

 そうして不出来な兄二人はただただ沈黙する。

 ここに妹同盟の結成が成立したのだった。

 

 

 

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