俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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十一話

 妹二人が結託した。

 まあそれはいい。だが、その妹同盟の中に羽川と由比ヶ浜までもが併合されたのはもはや意味がわからなかった。

 

「……うわぁ、ヒッキーってば中学の時からそんなんだったんだー。なんか納得といえば納得だけど……でも、流石にちょっとそれは引くかも」

 

「ですねぇ。まあ、だからこそのお兄ちゃんとも言えるんですけど、でも流石に妹としては兄のそういうシーンを目の当たりにするのはやっぱりドン引きですよ。あの頃の小町がお兄ちゃんの事でどれだけの気苦労を重ねていたか……はぁ、いま思い出しても憂鬱です」

 

「うんうん、小町ちゃんも色々と大変だったんだね。その気持ちすっごくよく解るよ。実を言うとウチのお兄ちゃんもそういう所があったりしてさー」

 

「へえ、その話はちょっと気になるかもなぁ。阿良々木くんの中学時代の話って、私一度も聞いた事がないから」

 

「あ、そうなんですか。だったら存分にその時の事を話し聞かせちゃったりしちゃいましょう!えーっと、確かアレは私が十歳だったときのことなんですけど……」

 

 和気あいあいと、または姦しく、女子達は俺と阿良々木の過去話に花を咲かせている。ある時はこんなことを、ある時はそんなことを、中には俺ですら忘れていた俺のマル秘エピソードも朗々と語られ、もはや本人のあずかり知らぬところでHatiman/エピソードZeroがもれなく絶賛公開ロードショーされていた。

 もちろん抱き合わせでKoyomi/エピソードZeroも公開中である。

 どちらにせよ見たくもないし、聞きたくもない。むしろ早いところ上映期間が過ぎてくれとさえ思うが、残念ながら今作はエピソードZeroからIIIまでの四部作となっているらしい。新エヴァにも対抗しうる程の巨大プロジェクトである。マジで頓挫すればいいのに。頓挫してくれないかな。というか頓挫してくださいお願いします。

 

「わーお、それってホントの話なの、つっきー?」

 

「うんうん、マジにマジ、大マジだよ、こまっちゃん」

 

 しかしプロデューサー陣のヤル気は迸るばかりだ。

 ……なんか短時間の内にずいぶんと仲良くなりましたね、お二人共。もうニックネームで呼び合う仲かよ。なんなのお前らのその社交性、もしかして社交界進出とか狙っちゃってるわけ?

 シャルウィダンス?

 ノーサンキュー!

 

「比企谷」

 

「あん?」

 

 と、横からの声に目を向ければ神妙な顔つきをした阿良々木がいつの間にか俺のパーソナルスペース内へと浸入していた。

 ……いや、超近くて鬱陶しいんですけど。

 

「なんだよ。言っとくが傷の舐め合いならしないぞ。野郎同士で慰めあうぐらいなら俺は一人でマキロンを患部に塗る派だ」

 

「違う。というか、どちらかといえば僕だって一人マキロン派だ。じゃなくて、羽川が月火ちゃーー妹達の意識を逸らしている今のうちにここを離れよう。今ならバレずにこの場を抜け出せるだろう?」

 

「……おお」

 

 言われて気付く。確かに女共はバカみたいに顔を付き合わせて話に夢中になっていた。どうやら、あまりの精神的ダメージにそこまで頭の回転が回らなかったようだ。

 というかお前、妹の事ちゃん付けで呼んでんのな。

 ぷぷっ、痛いやつだな。シスコンかよ。

 

「……ん?どうかしたの、こまっちゃん?」

 

「ううん、いや、なんかいま誰かに何かを言わなきゃっていう使命感に襲われた気がしたようなしてないような……」

 

「なにそれ?」

 

 首をかしげる小町に笑う阿良々木月火。

 その二人の後ろでソッと立ち上がった俺と阿良々木は天敵の目から逃れる野ネズミのようにこそこそと、リビングから階段下の廊下へと逃れた。

 

 本当ならばこの家から出た方が都合はいいのだが、しかし諸々の障害事情原因によりそれはあえなく断念。俺たちは再び二階にある俺の部屋へと足を踏み入れる。

 後ろ手で慎重に扉を閉めると、阿良々木の口から安堵のため息がもれた。

 

「……どうやらバレなかったみたいだな」

 

「そうらしいな。で、これからどうするんだ?」

 

「……どうすればいいんだろうな」

 

 そう言って阿良々木は控えめに笑う。そして気まずそうに頬を掻きながら、

 

「いや、冗談だよ。けど少なくとも妹達が側に居る状況でさっきの続きをするわけにもいかないし、それにあの場に居続けていらぬ追求を受けるのは比企谷だって嫌だろう?」

 

「……まあな」

 

 由比ヶ浜はともかく、小町はアレで勘もすば抜けてるからな。

 万が一にもバレる可能性を考慮すると確かに抜け出してきたのは正解だろう。

 

「でも、それにしたって比企谷もずいぶんと水臭いんだな。友達なんて居ないって言っておきながら、あんなに可愛い友達が居たんじゃないか。確か由比ヶ浜、だったっけ?」

 

「友達じゃねえっての。何度も言ったが、由比ヶ浜はただの同級生だ。さっきも言っただろうが。俺には友達なんて居ない」

 

「……友達は居ない、か」

 

 阿良々木の瞳が懐かしいものを見るような眼差しに変わる。その瞳は何故か、どこか苛立たしく俺の心を波立たせた。まるでお前の気持ちなど解っているとでも言うようなその目に、俺は知らずのうちに言葉を返していた。

 

「なんだよ。まさか友達が居ないから可哀想だとか言うつもりか?だったらそれはお門違いだな。むしろ俺は一人が好きだし、なんなら一人だからこそーー」

 

「ーー気が楽だし、自分が自由であると実感出来る。友達に気をつかわなくていいし、友達の自慢話を鬱陶しがる必要もない。瑣末なことに自分の心を、地盤を揺り動かされる心配をしなくても済む。だから一人でいい。だから、一人がいい。……だろ?」

 

 俺の口調を真似るように言葉を被せながら。阿良々木は思わず言葉を失ってしまった俺を見て、笑う。

 笑いながら、いわゆる阿良々木月火が言っていたようなドヤ顔にキメ顔を決めて一言。

 

「友達を作ると人間強度が下がる」

 

「……は?」

 

「数ヶ月前まで僕が抱いていた、いわゆる僕の格言だよ。友達が出来るとそれだけで弱みになる。友達が悲しくなると僕も悲しくなるし、友達が傷付くと僕も傷付く。だからといって友達が楽しそうにしていればそれはそれで羨ましいし、友達が嬉しそうだとやっぱり妬ましい。なによりも、そんな風に友達の一挙一動に一喜一憂する僕のことを僕は情けなく感じる。弱くなったと、人間強度が下がってしまったと感じる。だから僕はこの格言を胸に、粛々とこれまでの人生を生きてきたんだ」

 

 それも羽川と出会う前までの話なんだけどなーーと。もう一度、今度は苦笑混じりに阿良々木は笑った。

 

 それは自嘲の笑みなのかもしれない。はたまた単なる思い出し笑いなのかもしれない。

 どちらにせよ、俺がその阿良々木の独白になんらかのアクションを起こすことは無かった。

 正直言えば「だから、こいつは何をいきなり言い出してんの?」とか思った程度だ。

 

 友達を作ると人間強度が下がるとか。

 

 友達が出来るとそれだけで弱みになるとか。

 

 あえて言おう。そんなこと俺が知るかよ。

 

 友達が居たこともない俺からしてみればその悲しみも痛みも羨望も妬みも、全てが全て知らない経験であり知りたくもない経験でしかない。

 だから、それをまるで『自分もお前と一緒だったんだよ』みたいに言われても俺にはなんのリアクションも出来ない。精々が、その俺をわかったようなフリをした同情の眼差しに嫌悪感を抱くことしか出来ない。

 

 友達が出来ないのと、友達を作らないのとでは似て非なるもので。

 少なくとも俺はーー昔の、まだ理想や青春を追い求めていた惰弱だった頃の俺は、少なくともその前者に位置する人間だったから。

 だから、俺はーー

 

「比企谷。だけど、だからこそ僕はそうして羽川と出会ったことで分かったんだ。今までの自分が間違いだったって。友達が出来るから弱みになるんじゃない。僕自身が薄くて、弱かったから、その弱さを友達のせいにしていただけなんだって。そう気付いたんだ。そう気付かされたんだ。だから、というわけでもないんだけどな、比企谷。正直に言えば、僕なんかがそんな偉そうな事を言える立場ではないとはわかりきっているんだけれど、それでも、きっと、お前は変わるべきなんだと僕は思う。僕が羽川によって間違いを気付かされたように。羽川という友達が出来たおかげで変われたように。だから、きっと、お前も」

 

「ーー俺はお前とは違う」

 

 短く言い放った言葉。

 無感情に拒絶の意だけを示した簡潔な意思表示で、阿良々木はようやく黙ってくれた。

 しかし、それでもなお言葉を探すように焦燥混じりに細められたその目に、俺は続けて意思を示す。

 

「間違いだとか間違いじゃないだとか。変わるべきだとか変わらないべきだとか。そんなのは結局、言葉遊びみたいなもんだろうが。お前にとっての間違いが俺にとっての間違いということにはならない。お前にとっての正解が俺にとっての正解とは限らない。要するにだな阿良々木。……お前の価値観を俺に押し付けるな」

 

「……比企谷」

 

 口を閉ざす阿良々木の視線から逃れるように俺は正面のベッドに仰向けで寝転んだ。

 話は終わりだ、と。あからさまに見せたアピールに阿良々木はしばし沈黙してから、やがて小さく俯き、

 

「……そうだな。確かにお前の言う通りかもな。その……出すぎた事を言って悪かったよ」

 

「……別に、気にしてねえよ。心底からどうでもいいことだ。つか、そんなことよりも今は現状をどうにかする方法だけを考えるべきだろ。俺たちのーー阿良々木暦と比企谷八幡の入れ替わりを解消することももちろんだし、とりあえず今は下の由比ヶ浜やお前の妹をどうにかして帰らせる方法も考えなくちゃならん。というか由比ヶ浜はともかく、お前の妹をどうするんだって話しだよ。なんか知らんが小町と無駄に意気投合しちゃってるし、まさかだとは思うがこのまま泊まるとかって言い出しでもしたらマジでややこしいこと……に……?」

 

「……比企谷?」

 

 どうした?と俺を見る阿良々木を越した向こう側、その背後、わずかに隙間の出来たその部屋の扉を俺は見る。

 目を細め、耳を澄ませる。物音がした。続いて後ろを振り返る阿良々木の目の前でその扉はまるで意思を持ったかのように一人でに開かれていき……そして、その先に居た人物を俺達の視界の内へと映し出した。

 

「由比、ヶ浜……!?」

 

「…………ぁ」

 

 レモンイエローな裾の短いTシャツにホットパンツという夏真っ盛りな服装に身を包みこんだ由比ヶ浜が、放心したようにそこに立ち尽くしていた。

 その瞳は阿良々木に向いている。そしてベッドの上に座る俺へと移され、大きく揺れる。

 由比ヶ浜は真っ直ぐと、俺の目を見ていた。

 

「ぁ……そ、その、ノックも無しに急にごめんねっ!あた、あたしっ、サブレにエサあげるの忘れててさ!だから家に帰らなくちゃで、それで、ヒッキー達にもその事を伝えようと思って探してて、だから、別に話を盗み聞きしようと思ってたわけでもなくて、その……あ、あははっ、なんかあたしちゃんと日本語喋れてないね」

 

 由比ヶ浜は驚きと戸惑いがない交ぜになったような、それでいて必死にそれを隠すようにくしゃりと歪めた出来損ないの笑顔を浮かべる。

 俺はそんな由比ヶ浜を前に何も言うことが出来ない。

 突然の事態にただただ固まるだけで、そうしている内にも由比ヶ浜は歪めた笑みのまま、無理に取り繕ったような表情のまま、ぎこちなく、たどたどしく、

 

「そ、それじゃあ、あたし、というわけだから、か、帰るね?……さよなら!」

 

 そして由比ヶ浜は一目散にその場から去っていった。バタンと閉じる玄関扉の音で、俺はハッと意識を浮上させる。

 気付けば阿良々木が引きつったような顔をこちらに向けていた。

 

「比企谷……まさか、もしかしてだけど……」

 

「…………」

 

 俺は言葉を返せない。しかし、それでも、それが純然たる事実である事には変わりなかった。

 

 ーー由比ヶ浜に、正体がバレた。

 

 ただでさえ面倒くさい状況の中を、また一つ。厄介な頭痛の種が追加された事に俺は深々と溜め息を吐くことしか出来なかった。

 

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