正直、飛ばしてしまってもあまり支障はないので途中で目が潰れそうになったら遠慮なく読み飛ばしてください。
「……そっか。由比ヶ浜さんに……」
それから数十分後。
つまり由比ヶ浜が脱兎の如き俊敏さで部屋を脱し、そうして俺と阿良々木が間抜け顔を突き合わせながら途方に暮れに暮れていた後のことである。
妹同盟の輪から離れ、再び合流を果たした羽川の前で、俺達は事の経緯をつまびらかに報告していた。
ちなみに小町と阿良々木月火は少し前に家を飛び出している。なんでも小町が地元周辺の案内を申し出たとかで二人仲良く観光を楽しんでいるらしいが……いや、まあ、それは別にいいんだけども。
でもね、小町ちゃん。確か君、お兄ちゃんの事を気にして由比ヶ浜を連れてきたりとかしたんじゃなかったの?
それでお兄ちゃんに一言も無く外出とかはやっぱりちょっと傷つく。いや、正確には今の俺は小町の兄ではないんですが。
月火?ああ、うん、アイツはどうでもいい。というか頼むから早く帰ってくんないかな……もう違う意味で、物理的に傷付けられそうで怖いんだけど……。
「うぅん、だとしたら困ったことになっちゃったね。ありのままの事実だから釈明のしようもないし、かといって深い部分まで話して彼女まで今回の件に巻きこむわけにもいかないし。多分、一番手っ取り早いのは今の状況をすぐにでも解消していつも通りの比企谷くんの姿を由比ヶ浜さんに見せることなんだろうけど……」
そう言って、羽川は視線を俺の影に落とす。これまでの羽川や阿良々木の態度から察するに、たぶん、解決の糸口は俺の影ーーというよりかは、阿良々木暦の身体から生まれ出でた影となんらかの関連性があるらしい。
LED電球の灯りに照らされた何の変哲もない漆黒を中心にして、俺達四人はそれぞれ思索を走らせる。そんな中でいの一番に発言を繰り出したのは、我らがロリィ日本代表、八九寺真宵その人だった。
「まあまあ、皆さん。時には思い悩むことも必要ですが、しかし、ここは一度頭を切り替えていきましょう。過ぎたことにこれ以上労力を費やしても時間の無駄にしかなりません。まずは私達が出来ること、するべきことから始めるのが最も大切なことなのではないでしょうか?」
その幼い容姿からは考えられないほど冷静に放たれた意見に、散漫とした場が瞬く間の内に収束された。
たった一度の発言で空気を変えてしまうなんて、さすが八九寺!俺たちに出来ないことを平然とやってのける!そこにシビれる憧れ……って、おい。ちょっと待て。
「なにをしれっと会話に入ってんですか、お前。というかどこから現れた?」
「ふふふっ、どうやら突然の私の登場に驚かれているようですね、比企谷さん。しかし、その問いかけは愚問ともいえるでしょう。何故なら私は神出鬼没の美少女、いつどこでどのような場面にでも颯爽と登場するのが私なのですから。そう……それはさながら、テラフォーマーのように!」
いや、それって要するにゴキブリってことじゃねえか。
解って言っているのか。人気作品というフィルターを通して満足げに発せられた残念な発言に俺は可哀想な子をみるような視線しか向けられない。
そんな可哀想な女子小学生、八九寺真宵はトコトコと俺と阿良々木の間へと割り込むなり、その視線を左に立つ阿良々木へと向け、藪から棒に一言。
「ところで比企々木さん」
「ここにきてようやくの前振りであることに若干の喜びを感じ得ないでもないが、しかしだな、八九寺。現在の僕の外見と内面を足して二で割っただけのような安直な噛み方で僕の名前を呼ばないでもらおうか。違う、僕の名前は阿良々木だ」
「失礼。噛みました」
「違う、わざとだ……」
「かみまみた」
「わざとじゃなかった!?」
「かみまみ……ふぅ」
「そこまで言って喋るのを諦めるのか!?お前は僕の妹かよ!!」
イキイキと阿良々木は糾弾し、八九寺は収まりがいいのか謎にウンウンと頷いている。……何だろう。正直、本人達以外からしてみれば超どうでもいいやり取りでしかないが、しかし、そんな無駄にも過ぎる内輪芸に知らず俺自身も組み込まれていたのかと思うと、なんだか妙なやるせなさが湧いてくる。
やっぱり内輪ネタとかはこの世から滅べばいいのに……なんて願望を心の中の神龍に願いながら、俺は続く二人の会話を遠巻きに眺めた。
「それはともかくとしてですね、阿良々木さん。私は一つだけ思う事があるんです。果たして、このクロスオーバー作品は一体全体何話まで続く気なのでしょうか?ぶっちゃけると11話にして未だこの入れ替わり現象の片鱗さえわからず、ただ蛇足的にキャラクター同士の掛け合いをつらつら書き連ねているだけのこのお話に私はもちろんのこと、読者さんだって既に飽き飽きてしまっていると思うわけです。様々な個性溢れる作品が乱立するこの第二次戦国時代を生き残るにはやはり、ここらで一つ大きなフラグというか伏線というか、そういった読者を楽しませるような要素をひねり出す策が必要なのではないでしょうかね?」
「……お前が一体誰から目線でなにを言っているのかを僕はあえてここで深く追求をすることはしないが、まあ確かに冗長にも過ぎる文章というものはえてして倦みにつながるものだというからな。例えば本筋には全く関係ない言葉遊びで無駄にページ数を使ってしまうのはそれこそ冗長的とも言えるし、はたまた七ページ半に亘って目覚まし時計の考察についてを書き連ねられでもしたら僕は勢いあまってその本を投げ捨ててしまうかもしれない。そう考えると、うん、創作物というものには確かに変革というか、別冊コロコロコミックにて連載されていた電撃ピカチュウでいうところの『なんで後半からカスミの胸は小さくなっていったのか?』という大きな謎めいた伏線のような刺激が必要であるのかもしれないな」
神妙に頷く阿良々木に、それは謎でも伏線でもなく単に大人の事情でカスミは貧乳になったんだよということをまことしやかに伝えたい。
電撃ピカチュウ……面白かったよなぁ。
俺が小学生の時にはあの作品にずいぶんとお世話になったものだ……(意味深)
「でもさ、必ずしも冗長的な文章がダメということはないんじゃないかな?物語の間に挟まれた閑話を楽しむ人だってきっと居るだろうし、阿良々木くんだって目覚まし時計の考察ならともかく、下着についての解説を四ページに亘って書き連ねられたらそれはそれで面白いと思うんじゃない?」
と、完璧無比にも過ぎる……というかどこか威圧感さえ感じる笑みを浮かべて羽川は阿良々木にニコリと微笑んだ。
対して、ニコリと微笑まれた側の阿良々木はというと、何故か『しまった!』とでもいうような表情で顔を引きつらせ、そして沈黙。
それから『ギギギ』と軋んだ音でも聞こえてくるんじゃないかと思うほどに鈍い動作でその顔面を八九寺から羽川へと向けた阿良々木は、聞くからに空々しい声音をその喉から絞り出した。
「そ、そんなことはないぞ、羽川。僕は下着マニアでもなければ、下着フェチでもないんだ。そんな清廉潔白なこの僕が、たかが数ミリ厚の修飾加工された布地なんかに興味を持つわけがないじゃないか。全く。面白い冗談を言うようになったんだな、羽川も。は、はっはっはっはっはっ」
「……『眼鏡の委員長特集』には興味を持つのに?」
「うぐっ!?……はは、ははは……それはそうと八九寺、話を戻そうか。お前の意見をまだ聞いていなかったけど、じゃあ例えばどういった風の要素があればお前は面白いと思うんだい?」
無理矢理な話題転換。八九寺はゴミを見るような目付きで阿良々木にジト目を向けている。……が、やがて八九寺は仕方ないとばかりに溜め息を吐くと、
「……ふぅ。まあ、そうですね。堅実な所で言えば強敵の出現といったところでしょうか。悟空にフリーザ、ウルトラマンにゼットンといった図式からわかるように、古今東西で少年達にワクワク感を与えるのはやはり主人公と強敵との対立であると言えるでしょう。それはもはや黄金のテンプレートと断言してもいいです。歴代のジャンプ編集者は常日頃からこう言って作者達に助言を与えたものですよ。『困った時は強敵を出せ』とね」
「いや、だからお前は誰目線から話をしているんだ?いつからお前はそんな風に上からジャンプ編集者を語れるような立ち位置になったというんだ」
「あれ?阿良々木さん知らなかったんですか?実は私、昔はジャンプ編集部に籍を置いていたんですよ。なにを隠そうあの『友情・努力・勝利』という三大原則を考えたのも私です」
「なんだと!まさかお前がかの有名な初代編集長、長野規だったのか!」
「いいえ、私は彼の孫です。そう、つまりは『八九寺真宵は実はあの伝説の編集長、長野規の孫だった』という事実がのちにこの作品を大いに変革させる重大な伏線になるというわけですよ!」
「もはや意味がわからねえ……。もう一生伏せとけよその事実」
くだらな過ぎて思わずそんな本心が口を突いて出てしまった。
つか、伏線違うからね。それ、ただの嘘だからね。
「さて、ともあれこれで伏線の方はバッチリです。あとは強敵さんのスカウトですが……そうですね。身内からの裏切りという鬼気迫る演出を採用するためにも私はあのツンデレさん、阿良々木さんのガールフレンドでもある彼女を強敵のポジションに据えたいのですが、その彼女の彼氏役でもある阿良々木さんからするとこのキャスティングはいかがなものなんでしょうかね?」
「彼氏役じゃなく、真に純粋な意味で僕は戦場ヶ原の彼氏だ!というか……いや、でも、それだけは本当に勘弁してくれ。ただでさえ戦場ヶ原にはこの状況について何一つの連絡も入れてないんだ。それでもし僕がこの事を故意に黙っていたのだという事実を今のあいつに知られでもしたら、多分、僕は不申告罪とかで瞬く間のうちにホッチキスで穴だらけにされるかもしれない。そんな惨事だけはなんとしてでも回避させてくれ」
「はぁ、やれやれ。こんな時だというのに惚気ですか?全く、本当にアツアツなんですねお二人は、ひゅーひゅー」
「待て!?いまの言葉のどこに僕が惚気たような描写があったというんだ!?」
「それはもうもちろん『ホッチキスで穴だらけにされてしまうZE』の部分に決まってるじゃないですか」
「違う!!その言葉から感じるのは間違いなく惚気じゃなくて怖気だ!!というか、今どきのスプラッタムービーでさえそんな戦慄するようなシーンは早々無いぞ!?」
その言葉につられて少しだけ想像してしまう。……ああ、普通にグロ過ぎて冗談抜きに笑えねえな。
「とにかくだ。そもそも僕は戦場ヶ原をこの件に巻きこむつもりはない。羽川のおかげで少しずつ良くなっていってるだろうあいつに、今は余計な心配をかけたくはないんだ」
「……阿良々木くん」
明確に言い放たれた意思。ここにきて、俺は初めて阿良々木の毅然とした言葉を聞いたような気がした。
そうして、俺達から向けられた視線に阿良々木は今さらながら気付いたように照れ気味に頭を掻くと、ゴホンとわざとらしい咳を吐き、顔を上げる、
「……なんだかまたずいぶんと話が脱線してしまったみたいだな。今度こそはちゃんと流れを本筋に戻そう。たしか……まずは出来ることから始めようって話をしていたんだったよな」
「そうだね。出来ることからって言うと……うぅん、そうだなぁ」
「あっ」
下唇に人差し指を乗せながら小首を傾げる羽川の前方で、突然、八九寺が思い出したように声を上げた。
「そういえばまだ聞いていなかったんですが、阿良々木さん、結局のところ対話はもうお済みになったんですか?その……例の方との」
再び集まる視線に阿良々木は神妙な顔つきになり、そして八九寺のその問いに答えた。
「……いや、それはまだだ。途中で邪魔がーーというか由比ヶ浜と比企谷の妹と遭遇しちゃってさ。それで、まあ、関係の無い人達が居る中で事を進めるわけにもいかず、今の今までずるずると先延ばしにしてた。けど……そうだな。今なら、いや、今がその時なのかもしれないな」
決心したように頷くと、阿良々木は落ち着いた所作でその両膝を床に付けた。前の時と同じ、しかし、今回は邪魔が入らない中を、阿良々木はゆっくりと額を床に付ける。何を考え、何を思いながらその姿勢を取っているのかは俺にはわからない。だが、それでも、その背中からはある種の真剣さのようなものがハッキリと感じられた。
沈黙。
静寂。
のち。
そして、阿良々木の声が室内中に響き渡る。
「ーー忍。僕に……僕に力を貸してくれ!!」