俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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十四話

 社会の喧騒から切り離された静かな空間に幼女と二人きり……何故だろう。こうやって状況を言葉にしてみるだけで犯罪臭が刑事事件レベルにまで迸る。おかげで、俺は周囲の視線を気にしながら黙々とドーナツを齧る羽目になってしまった。もしも幼女誘拐犯とでも勘違いされてしまったらマジで笑えない事態へとなりかねない。それでも僕はやってない、というか本当にやってないまである。

 

 そういえば、あの映画の主人公って冤罪で捕まったんだよな……と、作品の内容をうろ覚えに思い出しつつ、俺はカピカピに乾いた口の中を淹れたてのコーヒーで潤した。そして、目前の幼女に視線を向ける。

 幼女は俺には目もくれず、ひたすらにトレー上のドーナツを貪っていた。

 

「がつがつ。むしゃむしゃ。パクパク。」

 

「…………」

 

 いや、いくらなんでも食べるのに熱心過ぎるでしょ……。

 俺の姿が見えてないどころか、むしろドーナツ以外には何も見えていないと言わんばかりの食べっぷりである。

 先ほどの威圧的な態度も今ではもはや見る影もなく、そこに居るのはただの食い意地の張った金髪幼女だった。

 

「むしゃパクがつ」

 

「……おい、お前」

 

「んあ?」

 

 幸福感に満ちていた表情から一転、幼女は俺の問いかけに気分を害されたようにジロリと上目遣いにこちらを睨んできた。『邪魔すんな殺すぞ』とでも言いたげな眼差しだ。ドーナツへの愛情が深すぎる。どうやら、この幼女の中では『ドーナツ>>>>越えられない壁>>>>俺』という図式が成り立っているようだった。

 というかドーナツにすら負ける俺って一体……。

 

「……なんじゃ、小僧。儂の至福の時を邪魔するとは随分な無作法者じゃの。八つ裂きにされたいのか」

 

 わりとマジな殺意。俺としては死因:ドーナツだけは是が非でも避けたい。

 とりあえずは好感度を上げることから始めた方が良さそうだな。

 

「……俺のオールドファッションもやろうか?」

 

「おおっ、お前案外良いやつじゃの。褒めてつかわそう」

 

 ドーナツ一つで褒めてつかわされてしまった。

 好感度上がるの容易すぎるだろ。チョロインにもほどがある。

 そうして、俺のトレー内にあったオールドファッションが一瞬にして幼女の胃の中に収まったところで、幼女は親指と人差し指をペロリと舐めてから、ようやくまともに俺の方へと顔を上げた。

 

「うむ。美味かった。実に美味かった。不満があるとすればそれはちと数が少ないことぐらいじゃが、まあ儂の口から三つでいいと言った手前、ここは仕方ない。あとはマフィン二つだけで我慢してやろう」

 

「ぜんぜん我慢出来てねえ……」

 

 そもそも今さっき俺の分まで食ったばかりでしょ?尊大を通り越してマリーアントワネットの境地にまで達してるんじゃないのか、この幼女。

 ドーナツが無ければマフィンを食べればいいじゃない、とか今にも言い出しそうな金髪ロリ娘を前に、俺は吐き出しそうになった溜め息をこらえてコーヒーをもう一口。

 間をおいて、本筋へと話を戻した。

 

「で、いい加減食い終えたなら俺の質問に答えてもらいたいんだが」

 

「マフィン」

 

「…………」

 

 どうやら、さっきのはマジで言っていたらしい。

 仕方なく二種類のマフィンを追加購入し、献上する。幼女は生肉を前にしたドーベルマンのように勢いよく獲物にがぶりついた。

 

「むぐむぐ……して、儂に聞きたいことというのは……もぐもぐ……なにかの?」

 

「それは」

 

 マフィンを貪りながらの言葉に、俺ははたとして閉口する。

 確かに聞きたいことはそれほど山ほどある。

 この幼女の正体、俺が憑かれてるとかいう怪異とやらの正体、この幼女と阿良々木との関係ーー解らないことは山積みで、ハッキリ言ってしまえば知らないことの方が多いぐらいだ。

 思考を働かせる。

 そんな解らないづくしの中で、しかし今もっとも俺が知りたいことと言えば、それは……

 

「……本当に、お前の力があれば俺は元の身体に戻れるのか?」

 

「ふんっ。なんじゃ、そんなことか」

 

 幼女は投げかけた俺の問いかけを鼻で笑う。

 そして食いかけのマフィンを口の中に放り込むと、相変わらずの爺口調でもぐもぐと言葉を発した。

 

「うぬの身体が戻るのかという問いに対する答えならば応じゃ。しかし、儂の力で戻せるのかという問いには儂は否と答えよう」

 

「……?」

 

 尊大にワケの解らないことを言ってきた。

 その、つまりだ。

 

「結局のところ、お前の力ではどうしようもないってことか?」

 

「たわけが!」

 

「痛ッ!?」

 

 右足の甲を突き抜ける痛みに思わずシャウト!!

 見れば、幼女のかかとが深々と俺のスニーカーに突き刺さっていた。

 

「儂を見くびるなよ、この小童が。儂に出来ないことがあるとすれば、それは精々が太陽を粉々に粉砕することぐらいじゃ。それに比べれば、うぬの身体を元に戻すことなぞ赤子の手をヒネるよりも簡単なことじゃわい」

 

「てんめえ……っ、じゃあ、さっきの言葉はどういうことだよ」

 

「どうもこうもないわ。言ったじゃろうが。うぬには怪異が憑いておると。その怪異が影響してーーつまりは怪異によって発生した現象を無かったものとすることは儂には出来ん。儂はただ、その元凶となる怪異を喰らうだけじゃからな」

 

「……喰らう?」

 

「ああ、このようにな」

 

 言って、幼女は最後に残っていた俺のエンゼルフレンチを自らの口の中に放り込んだ。

 それから二回、三回と咀嚼し、胃の中に飲み下す。

 

「うぬに幸福感を抱かせたエンゼルフレンチを、儂はこうやって食すことが出来る。だが、だからといってうぬの中に芽吹いた幸福感を喰らうことは出来ん。今の状況をわかりやすく説明するとすれば、つまりそういうことじゃ」

 

「……!!」

 

 そうか、つまり……どういうことだよ。

 ただ単に俺のドーナツがかすめ取られたことぐらいしか理解出来ない。というか説明するだけだったら別に俺のドーナツを食べる必要はなかったのでは。

 

「はあ、まだ解らんのか?やれやれ、これだから頭の回転が鈍いやつは嫌じゃ。罰としてもう三つドーナツを買ってくることを命じる」

 

「いや、大丈夫だ。解った。ただ単純にお前がドーナツを食べたいだけだという事がよく解った」

 

 口の端からヨダレを垂らす幼女を前に俺は完全に白けた気分でドッカリと背もたれに身体を預けた。

 ダメだ、この幼女ぜんぜん役に立たない気がする。

 そもそも本当にこいつに現状をなんとかするような力があるのかよ。今のところ、偉そうな口調でドーナツを大喰らっている幼女にしか見えねえんだけど。

 

「む。なんじゃい、その『こいつマジでいい身体してるぜ、グヘヘ』みたいな腐った目は。うぬ、もしやロリコンか」

 

「誰がロリコンだコラ」

 

 風評被害もいいところである。

 というか誰もそんな目で見てねえよ。第一、腐ってるのはデフォルトだ。

 

「もういい。食うとか食わないとかはいまいちよく解らんけど、とにかく俺の身体を元に戻すことは出来るんだろ。だったら、さっさと戻してくれ」

 

「いや、残念じゃがそれは無理な相談じゃの。少なくとも今はな」

 

「…………」

 

「かっかっか。そんなに熱い眼差しで見つめられても困るのぉ」

 

 愉快そうに幼女は笑う。対して、俺は全然愉快な気分ではなかった。

 苛立ちを抑えることなく立ち上がる。そして、席を離れようと後ろを振り向いたところで、

 

「ーー孤毒蜘蛛」

 

 幼女の声に俺は動きを止める。

 もう一度、振り返ると幼女はその口元をニンマリと弧をえがいた形に歪めていた。

 

「まあ座れ、小僧。今からうぬにタメになる話をしてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「孤毒蜘蛛ーーそれがうぬに憑いておる怪異じゃ」

 

 再び幼女とテーブル越しに向かい合った形で。幼女は、年不相応な重々しい声音で語り始めた。

 

「弧毒蜘蛛は人の心に宿る怪異でな。そうして糸を張り巡らせながら、自らの餌ーーうぬらで言うところの負なる感情、『毒』を糧とし、存在しておる。存在し、そして寄生する。人の心の奥深くに」

 

「……心に、寄生?」

 

「そうじゃ。早い話が寄生虫じゃな。しかし本来はある程度の『毒』を喰らったのちに勝手に消滅するものなんじゃが、極稀に、そのまま消えず宿主の内に巣を張ることがある。そして、大概にしてそういう場合は、宿主の心に深い闇がある時に限るのじゃ。根深く、深い、深淵の闇がな」

 

「…………」

 

 俺は真一文字に口を閉じ、押し黙る。

 思い当たる節がないでもない。深淵というには器もスケールも小さ過ぎる、人によってはほんの瑣末な事でしかないようなものではあるけれど、しかし、確かにそれは俺にとっては今も時折に心を蝕む毒であり、闇であった。

 遥か昔に蓋をした記憶の箱から洩れ出てくるうすら暗い感情。

 それを再び固く閉ざし、俺は引き結んだ口元をゆっくりと解いた。

 

「……解った。その弧毒蜘蛛だかが、俺に憑いている怪異だということは、まあ、理解は出来た。けど、それでもまだ解らないことがある。その蜘蛛が毒を喰らい、俺の中に巣を張ったとして、だからって何で俺と阿良々木が入れ替わったんだ?」

 

 俺の中に蜘蛛が寄生しているのだとーー改めて言葉にしてると嫌悪感がやばいなーーこの幼女は言ったが、しかしそれはあくまでも俺個人だけの話である。阿良々木はなにも関係がない。そんな関係のない阿良々木が俺と一体、どうして、どのようになぜ入れ替わったのか……その謎だけが絶対的に解けなかった。

 幼女を見る。

 幼女はカカッと短く笑い、そして一つ間を空けてから、端的に答えを示した。

 

「わからん」

 

「……は?え、なに?」

 

「だぁかぁらぁ、わからんと言っとるじゃろ!儂が知っておる弧毒蜘蛛は細々と餌を喰らうだけの矮小な怪異でしかない。だから、なぜうぬとあやつが入れ替わったのかは儂も知らん。……少なくとも、あのアロハの小僧は弧毒蜘蛛にそんな珍妙な力があるなどとは一言も言っておらんかったしの」

 

 ふんっ、と。何故か偉そうに鼻を鳴らして、幼女は手もつけていなかったオレンジジュースをズズズーと一息に飲み干した。

 俺は……完璧なまでの脱力状態である。

 後半の方はボソボソとしていたせいで聞き取れなかったが、だがしかし、声高々に発せられたそのわかりません発言だけはしっかりと聞き取れることが出来た。ゆえの、脱力。

 ……無いわ。マジで無いわ。

 その開き直りは由比ヶ浜に負けず劣らずの残念っぷりだった。とはいえ、原因は解らずとも元凶の正体は解ったわけだ。

 つまり、後はその蜘蛛とやらを除霊するなり追い払うなりすればいいだけだという事が解ったのは確実に大きな収穫であっただろう。

 

「いんや、それはどうかの」

 

 とも思ったのだが。

 そんな期待を崩したのはどこか投げやり気味な幼女の声だった。

 

「さっきも言ったが、うぬらの入れ替わりはあくまでも怪異が引き起こした現象じゃ。要するにうぬらを元に戻すことが出来るのもその怪異のみということになる。そのことを鑑みずにただ怪異だけを祓っても結果は歴然じゃろう。まあ、万が一ということもあるにはあるのかもしれんがな」

 

 その可能性に賭ける賭けないかはうぬら次第じゃの、かかっ。

 そう嘲るように笑い、幼女はどこか試すような視線で俺を見る。いや、試すようなではなく、事実試されているのだろう。

 俺がどのような答えを出すのかを。幼女はジッとその大きな双眸を俺に向けたまま、沈黙するだけだった。

 俺は、考える。

 考えて、思考して、慮って。

 

 そしてーー

 

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