俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

15 / 30
十五話

「ーーいや、やめとく」

 

 どう考えてもやはり答えは否だった。

 幼女は目を細め、悪意をまるで隠そうともしない態度で鼻を鳴らす。

 

「ふん、やはり臆したか。つまらんのう」

 

「つまるつまらないの話じゃねえんだっての。第一、どう考えても分の悪過ぎる賭けであることは明白だろうが。そんな危険な綱渡りでこの先の長い人生を棒に振ってたまるかよ」

 

「かかっ、なにを言う。人の生なぞ所詮は細く儚い蝋燭の灯火のようなものではないか。瞬きをする間に終わってしまうような短きものじゃ。だからこそ、人はその短き時を少しでも長く輝かせようと醜くもがき、躍起になるんじゃろう?」

 

「生憎と俺は生まれながらの日陰者なんでな。馬鹿やって目立つぐらいなら、細々と裏方に徹して事を進めるほうが性には合ってるんだよ」

 

「……ほぅ。日陰者、のう」

 

 それはどこか愉快げな笑みだった。

 ガジリと、紙コップの中の氷をひと囓り。そして幼女はぴょいと椅子から飛び降りると、さっさと俺の真横を通り過ぎる。

 

「興が冷めた。腹も膨れた。ちゅーわけで、ほれ、小僧。帰るぞ」

 

「帰るって……っ、ちょ、待て!」

 

 しかし、静止の声も虚しく幼女は身勝手極まる足どりで店の外へと出ていった。

 慌てて続く俺。月明かりがささやかに照らす夜道の先へと声を向ける。

 

「お前、まさか俺ん家に泊まる気じゃ……!?」

 

 と。

 見知らぬ幼女を自宅へと連れ帰ってきた男子高校生の図、という確実に社会的にギリギリアウトな光景を思い浮かべながら言葉を向けた先には、だが、なにもない薄闇がただようだけだった。あのあざやかな金髪はどこにもなく、その場には俺一人だけがぽつんと取り残される形となる。

 そうして予期せぬ幼女の消失に呆然としていると、不意に頭の中を声が響いた。

 

『ーーイトを辿れ。頭の回転が鈍い愚かで残念なうぬに、儂からの最後の助言じゃ。後はうぬらだけで何とかせい。じゃあの』

 

 声が止む。

 しばしの間をピクリとも動けずに固まる俺。やがて、ある程度の心の整理がつくようになってから、俺は天を仰いだ。

 

「……もう材木座を笑えねえな、これは」

 

 こうして、非日常系ファンタジーな世界へと俺は片足を突っ込んだのだと。

 今この時になって、ようやくのことその事実を実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事終わりのサラリーマンのごときクタクタな足取りで玄関をくぐると、阿良々木(妹)が何故か某拳王様のような仁王立ちで俺を待ち構えていた。

 ギラリと鋭く光る双眸。今にも剛掌波を打ち出さんばかりに腰だめに構えられた右手が、寸分の狂いもなく俺の顔面へと突き出された。

 

「妹ちょーっぷ!」

 

「うをっ!?」

 

 真っ直ぐに伸びた二指が両目玉に迫る。その突然の襲撃を俺はギリギリ間一髪のところで身体を捻って回避した。

 一瞬の攻防。

 のち、

 

「ちっ」

 

 あからさまにも過ぎる舌打ちだった。

 チョップとは名ばかりの凶悪なサミング攻撃を行った直後だというのに、そのキチガイはまるで悪びれもせずに全然可愛くない上目遣いで俺を見上げている。むしろ、ガン付けされているといった方がいいかもしれない。九十年代のスケ番かよ、お前は。

 

「あは、お帰りなさいお兄ちゃん。随分と帰ってくるのが遅かったんだね。そのせいで月火ちゃんは未だ歯も磨けないままにずっと待ちぼうけだったよ。このままだともしかしたら虫歯になっちゃうかもしれないし、あわよくば近所でも絶賛されている月火ちゃんの綺麗な歯並びまでもがダメになっちゃうかもしれないね。ねえ、もしそうなったらお兄ちゃんはどう責任取ってくれるの?どう責任取って死んでくれるの?ねえ、お兄ちゃん、ねえ」

 

「…………」

 

 デビルレディ、再臨。

 ツンデレハッピーENDかと思ったらヤンデレバッドENDでしたみたいな心境に陥りながら俺は壁際へと後ずさる。

 目が怖い。それと依然として真っ直ぐ伸びたその指がすごい恐怖。あと、あわよくばの使い方間違ってるから。お前の存在ぐらい間違ってるから。だから今すぐこの場から消え去れ邪気退散!

 あわよくば本当に消え去ってくれないかな、とか考えながら俺は咄嗟に右腕を突き出す。

 阿良々木(妹)は突き出されたソレに視線を移すなり、一転してきらりんと目を輝かせた。

 

「うわぁ、ミスタードーナッツだ!」

 

「……セールやってたから帰りがけに買ってきた。食うか?」

 

「食う食う!なーんだ、遅れたのってそのせいだったんだね。まったくもう、お兄ちゃんも早くその事を言ってくれれば私だって目を潰して失明させようとか思わなかったのにー」

 

 ルンルン気分で悍ましいことを口にするキチガイ。

 こいつ、本気で潰しにかかってたのか……。あと女の子が食う食うとか言うんじゃありません。まあ故意に人を失明させようとした奴のことを女の子と定義すべきかどうかは微妙なところだけどな。むしろ俺なら悪魔超人と呼ぶ所だ。

 半ば無理やりにドーナツの箱をひったくられながら、俺は靴を脱ぎ捨て家に上がる。そして、さっさとリビングへと向かおうとしていた阿良々木(妹)の背中に言葉をかけた。

 

「羽川とあら……比企谷兄、はどこ行った?」

 

「うん?たぶん、羽川さん達なら二階に居るんじゃないかな?」

 

「そうか」

 

 買ってきたコーヒーの粉やら歯ブラシやらをついでに阿良々木(妹)に預け、俺は階段を上がる。

 すぐ間近の扉、小町の手によって書かれた『お兄ちゃんの部屋』という張り紙がなされたその扉を開くと、そこには阿良々木(妹)が言った通り、阿良々木と羽川の二人の姿があった。

 

「あ、お帰りなさい」

 

「比企谷か。なんか下でドタバタしてたようだけど、なにかあったのか?」

 

「……いや、別になんも」

 

 お前の妹の奇襲に遭っていた、という事はここではあえて伏せておく。その前に、この二人には話しておかなければならないことがあった。

 

「さっき……家に帰ってくる前のことなんだけどな。自分のことを吸血鬼とか抜かした金髪の幼女と話してきた」

 

「……!?」

 

 瞬間、阿良々木の表情が驚愕へと変わる。その横に座る羽川の真剣な眼差しが、先を促すようにジッと俺に向けられた。

 俺はあったことをそのまま口にする。

 

 孤毒蜘蛛。

 

 人の闇を喰らう怪異。

 

 イトを辿れ。

 

 おおまかに、要所要所を思い出しながら、そうして語り終えた頃には二人共に難しそうな顔でその視線を床に落としていた。

 ぽつりと、羽川がつぶやきのようなものを口から漏らす。

 

「イト……つまり、蜘蛛の糸という意味かな?うーん、ヒントとしては十分ではあるけれど、でも、孤毒蜘蛛の実態を知らない現状で解ることはまだなにもないかな」

 

「だな。そもそも、俺からしてみればそれが本当に助言なのかどうかも怪しい所だけど」

 

 忍ーーやはりそれが金髪幼女の名前であるらしい。しかし、一度話してみた限りでは単にドーナツ目当てで適当なことを言っていたような気さえする。

 この入れ替わり現象のこともよくわからんとか言ってたし。信用に足る奴であるかと言われれば非常に微妙な所だ。

 

「……いや、そこは問題ない。あいつはーー忍は余程のことがない限りは嘘をつかない。だから、あいつが言ってたことは、多分、全部本当のことだよ」

 

 けれど阿良々木は言う。

 先ほどまで萎びていたのが嘘のように瞳に光を灯して、阿良々木は再び口を開いた。

 

「だからこそ、僕達が今考えるべきなのは言葉の真偽じゃなくて、その言葉が意味するところだろう。かくいう僕もイトを辿れという言葉にはなにも心当たることが無いけれど、それが忍の言葉であるならばーー僕は、全力で忍を信じるだけだ」

 

「…………」

 

 ーー馬鹿正直にも過ぎる、と。

 言うのは簡単だったが、俺はあえて口を閉ざした。

 阿良々木と、忍とかいうあの幼女との間になにがあったかはやはり俺には解らない。

 だが、その一方的といってもいい阿良々木の、幼女に対する信頼に、俺は少なからず羨望のような感情を抱いていたようにも思える。

 他人を信じるということは自分を信じること以上に難しいことだ。

 だから、自分さえ信じることが出来ない俺にとってそれは眩しく映るものだった。

 眩しくて。

 眩しいからこそ目を背けたくなる。

 闇が光を嫌うように。影が光を恐れるように。

 俺は、阿良々木のその意志に応えることもなく、ただ無言で口をつぐみ続けるだけだった。

 

「……うん、そうだね。私も忍ちゃんの言葉を信じるよ。ねっ、比企谷くん」

 

「ん。ああ、そうだな」

 

 機械的に言葉を返し、浅く息を吐く。

 なにはともあれ他に出来ることがあるわけでもないんだ。

 イトを辿れ。

 いまいち意味は解らんが、今はその言葉を頼りに動くしかないだろう。

 

「とりあえず、私は持ってきた本にもう一度目を通そうかな。一応、怪異に関するだろう本を三、四冊ほど図書館から借りてきてたから。もしかしたら、その中に孤毒蜘蛛に関する記述が書いてあったかもしれないしね」

 

「じゃあ、俺はネットで調べてみる。伝承とか、都市伝説とか、そういったものを中心に探せばいいんだよな?」

 

「うん、お願いするね。あっ、ついでに蜘蛛に関するものにも目を通しておいてもらえるかな?」

 

「わかった」

 

「……えっと、じゃあ僕は」

 

 それぞれが各々に行動を開始する。

 俺に憑いている怪異とやらの名称も解った。イトを辿れという曖昧ではあるものの、一応の行動指針も定まった。ならば後はいかに早く多く情報を収集するかだけである。

 幸いにも人手はあるんだ。

 後は弧毒蜘蛛についての記述を探すだけの簡単なお仕事……そう思っていた時期が僕にもありました。

 その扉をノックする音を聞くまでは。

 

「お兄ちゃーん。コーヒー淹れたけど飲むー?……って、あ、ごめん。もしかして勉強中だった?」

 

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 

 扉の先から現れたのは小町だった。

 分厚い本を開き、羽川と顔を突き合わす阿良々木はどこかやりずらそうに小町に困ったような笑みを向ける。

 そんな阿良々木を、やはりどこか気味悪げに見ながら(それはそれで俺が傷つくんだけど)小町は幾らかトーンを落とした声音で、

 

「……まあ、そうじゃないなら別にいいんだけどさ。でも夏休みだからってあんまり夜更かしとかするのもダメだよ?それに確か明日は朝から部活のミーティングがあるんでしょ。だったら、今日は早い所寝た方がいいんじゃないの?」

 

「ああ、わかったよ。わざわざありが……ミーティング?」

 

 唐突に阿良々木の視線がこちらへ向いた。その視線を受け、俺は咄嗟に思考を巡らせる。

 部活?……部活!?

 

「うん?もしかして、違ってた?私は結衣さんから明日と明後日に部活動があるって、そう聞いてたんだけど」

 

 小首を傾げる小町。きょとんとした表情の羽川。小町にぎこちない笑みを向けながら、依然としてチラチラと横目で俺にフォローを要請する阿良々木。

 そんな三者三様の態度を前に、俺は頭を抱えたい気分のまま人知れず歯噛みする。

 忘れていたこと。

 今の今まで、さっぱりと記憶から消し去っていたことがたった一つだけあったことを、俺は今このときになって思い出した。思い出してしまったのだ。この先に面倒事が待ち受けていたことを。

 そうとも知らずに小町はのんきに言う。

 気を取り直したように、さっぱりとした口調で、

 

「いやぁ、それにしても夏休みまで部活とは、青春してますなぁ、お兄ちゃん。まあ小町はお兄ちゃんがなにをしに行くのかは知らないけど、とりあえずは結衣さんと『雪乃さん』に迷惑かけないようにしてよね」

 

 さんさんと。

 明るい百パーセント小町スマイルを前にしながら、しかし、俺の脳裏に浮かぶのは氷点下零度の冷たい微笑だった。

 雪ノ下、雪乃。

 それは今、俺が最も関わりたくない、関わり合いになってはいけない氷のような女の名前だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。