俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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十六話

 

 期末試験も終わり、そして長期休暇をすぐあとに控えた、恐らく学生が最も堕落するだろう時期。それは夏休みを迎える数日ほど前のことだった。

 例によって放課後を無為な部活動によって時間浪費しつつ、先日買ったばかりの少年漫画をパラパラとめくっていた最中に、その問答は行われた。

 

「……高校見学の準備、ですか?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 涼やかな声に凛とした答えが返る。

 そこには奉仕部部長という一文の得にもならない肩書きを持つ雪ノ下雪乃と、奉仕部顧問という数百円ほどのお手当しかつかない肩書きを持つ平塚先生が向かい合って視線を交わしていた。

 その横、雪ノ下の隣では由比ヶ浜がほけーっとした顔で二人を眺めており、そして俺は漫画の中の主人公とライバルとの激闘の行く末を案じている。

 主人公の究極必殺技『爆砕拳(バーストナックル)』に『幻霧壁(イリュージョンフィールド)』を展開するライバル。

 果たして、その結末はいかに……!!という緊迫した場面に少しばかり厨二心をくすぐられながらまた一ページをめくったところで、溜め息まじりな平塚先生の言葉が後に続いた。

 

「まあ、有り体に言えば雑用だよ。机を出したり、その上に冊子を用意したり。後は掃除がメインになるだろうな。その作業が私からの君たち奉仕部への依頼だ」

 

「……なるほど。用件は大まかには把握出来ました。けれど、承服はいたしかねますね。そもそも、その依頼はこの部活の活動趣旨にはまるでそぐわないようにも思えるんですが」

 

 冷静なまでの雪ノ下の言い分に、平塚先生は虫歯をこらえるように顔をしかめる。ついでに言えばライバルも歯を噛み締めて主人公の必殺技をこらえていた。

 

「だろうな。私も上にはそう言ったよ。だが、どうも教頭も校長もこの奉仕部をボランティア部かなにかと勘違いしているようでね。それでなしくずし的に協力を取り付けられてしまったというわけだ」

 

「つまり、この依頼は平塚先生ご自身からの依頼ではなく、扱いとしては学校側からの協力要請という形になるわけでしょうか?」

 

「……そうだな。いや、すまない。本来ならば生徒会と教師陣だけで人手は足りていたはずなんだが……その、色々とあってな。外部からの助けも必要となってしまったんだ」

 

 色々とあって。

 その言葉を言う時だけ、平塚先生の声音がどこかうらめしそうなものに変わっていた。

 生徒側の誰かに突然の家族旅行が入ったか、もしくは同僚の誰かが新婚ハネムーンにでも行ってしまったのか。

 なんだろう、そう考えると独り身の平塚先生がすごく可哀想に思えてくる。今だけは新婚とかハネムーンとか結婚とか、そういう言葉は控えておいた方がいいかもしれない。下手をすれば言葉にした瞬間に爆砕拳(バーストナックル)が飛んでくるまである。

 それはそうとライバルの第三の目が開眼して主人公の必殺技を相殺したよ!

 なにこれ超厨二病!

 

「だが、念のために言うが今回の件はなにも強制というわけじゃない。もしも外せぬ予定があるのであれば、無論、不参加という形を取ってもらっても構わないぞ?」

 

「いえ、私は特には。けれど由比ヶ浜さんはどうかしら?確か夏休みの間に旅行に行くという話は聞いていたけれど」

 

「ほへ?……あ、ううんっ、大丈夫!旅行は全然先のことだし、それにその日だったら他にはなんにも予定入ってないよ!」

 

「そう、よかった。ではそういうわけですので……」

 

「おい、ちょっと待て」

 

 平然となされたスルーに思わず顔を上げてしまっていた。

 そういうわけってどういうわけだよ。というかなんでこの部長様は由比ヶ浜には予定を聞いて、俺には聞く素振りすら見せようとしないの?もしかして恥ずかしがり屋なの?

 ……いや、確実にそれは無いけどな。

 

「あら?居たのね、比企谷くん。存在価値が薄すぎてまるで目に入っていなかったわ」

 

「密かに俺の価値を大暴落させるのとかやめてくんない?つーか、これでも希少価値は高い方なんだぞ。クラスで友達居ない奴とか俺一人ぐらいだし、なんなら今までの人生でも友達出来たことがないまである。もはや、ぼっち度合いでいえば千人に一人の逸材とさえ言ってもいい」

 

「……いつものことだけれど、何故そういう時だけ妙に自慢気なのかしら」

 

 異臭を放つ雑巾でも見るように眉根を寄せながら、雪ノ下はドン引きしていた。

 その冷ややかな視線が『なんなのこいつもう死ねばいいのに』と如実に物語っている。

 

「どうせ、貴方にとっては休日も平日も同じようなものでしょ。将来設計すらマトモに立てれない人に、外せぬ予定なんてものが存在するとは到底思えないのだけど」

 

「失礼な。俺にだってちゃんと予定はあるぞ。例えばだな……」

 

 …………。

 

 ……例えば。

 

「……借りていたゲームを全クリしなきゃ、とか?」

 

「あら、聞き間違いかしら?友人が皆無な貴方に遊戯道具を借りる相手なんて一人たりとも居ないはずでしょう?」

 

 ニッコリ笑顔な雪ノ下さん。

 俺は返す言葉もなく、無言で再び手元の漫画に視線を落とした。

 

「ふむ。では、決まりだな。奉仕部参加の旨は私から直接生徒会の方へ報告しておく。詳細は追って知らせよう」

 

 その言葉を最後に、平塚先生は白衣を翻して退室した。

 高校見学の準備とか……休みの日にわざわざ他人のために登校なんてどうかしてる。気分は休日出勤を強いられたサラリーマンのようだった。

 はぁ、どうにかして休めないものかね……。

 溜め息を一つ。そして、俺は主人公とライバルが笑顔で握手している見開きを最後に、ソッと本を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上、回想終了。

 それら思い出したことを羽川達に話し終えたところで、俺は言葉を切った。その話を今まで黙って聞いていた阿良々木だったが、俺が口を閉じたのを見計らうように、次いで口を開く。

 

「部活動か……。そういえば何かしらの部活に入っているということは聞いていたけど、まさか奉仕部なんて部活に入ってるなんてな。少し、意外というか。素直に驚いたよ」

 

「性に合ってないってのは自分が一番わかってる。そもそも、強制的に入部させられたようなもんだからな。入部させた当人曰く、問題のある生徒は一箇所に置いて監視しておきたいんだと」

 

 そのわりにはロクに顔も出してないんだけどな、あの先生。

 ぼやきは心の中だけに留め、俺は苦笑を浮かべる阿良々木から、今度は羽川へと視線を移す。

 羽川はうーんと唸りながら、瞳を閉ざしていた。

 

「そっか。……ううん、困っちゃったねえ。由比ヶ浜さんの件もあるし、出来れば阿良々木くん一人で彼女と会うのは避けておきたいものだけれど」

 

「別に、律儀に参加することもないだろ。今回は場合が場合だし、メールなりなんなりで欠席の旨を伝えとけばいいんじゃねえか?」

 

「ううん、ずる休みはダメだよ。それにこういった事は比企谷くん自身の信用にも関わるからね。ちゃんとしなきゃ」

 

「……信用、ねえ」

 

 そんなもんは元から無いような気もするけどな。せいぜいが後から小言を言われるか、悪くても平塚先生の拳をくらう程度だろう……と。楽観的な意見を述べてはみたものの、しかし羽川は意固地にも首を縦には振らなかった。

 度を越した真面目っぷりだ。しかも、それが本気で俺のことを思っての判断らしいということが余計にタチの悪さを際立たせていた。

 つーわけで。

 もはや羽川的には部活動参加は決定事項であるらしく、だからこそ話題は自然と参加不参加の有無から、参加時のその他諸々の問題についてへとシフトしていた。

 まず第一に目に付いた問題はといえば、それはもちろんーー

 

「阿良々木くんが他の人の前でボロを出さないか、の一つに尽きるわよね」

 

「……やっぱり、そこなんだよな」

 

 歯にゴムでも挟まったかのような表情で阿良々木はガクリとうなだれる。

 今日半日を共に過ごしてみて解ったことだが、多分、阿良々木は元来不器用な奴なのだろう。嘘が下手、ともすれば誤魔化すという行為そのものに抵抗を感じるタイプなのかもしれない。少なくとも、この様では雪ノ下を欺くなんて到底無理、夢のまた夢だろう。あるかもしれない由比ヶ浜の追及にもあっさりと折れてしまいそうな程に、それは頼りなさすぎる役者だった。

 

「やる前から言うのも何だけれど、正直、上手くやれる自信はさっぱり無いな。なんなら比企谷の妹を相手にするだけでも一杯一杯なくらいだ。そんな状況で、僕の知らない比企谷の知り合いだらけの校舎にまで赴くことになってしまったら、それこそ僕のキャパシティオーバーだよ」

 

「いや、その点に関してだけは大丈夫だ。そもそもが俺を知ってる奴なんて同じクラスの中でも一人、二人いる程度だろうからな。学年単位で言えば顔見知りどころか、顔さえ覚えられていない自信もあるぞ」

 

「出来ればそんな悲しすぎる自信は抱かないでおいて欲しい所だけどね……」

 

 羽川からの本気な憐れみの視線がちょっとだけ痛い。

 べ、べつに、寂しいなんて思っていないんだからねっ!

 

「でも、じゃあ他のクラスの人はいいとしても、同じ部活の由比ヶ浜さんともう一人……雪ノ下さん、だっけ。彼女はどうなの。今の阿良々木くんでなんとかやり過ごせるとは思う?」

 

「無理だな」

 

 即答だった。ちょっと食い気味になってしまった程だ。

 由比ヶ浜はともかくとして、雪ノ下には誤魔化しは一切通じない。

 嘘も、虚偽も、まやかしも。

 雪ノ下雪乃という完璧超人の前では全てが無意味であると断言出来る。

 あいつはそういう奴なのだ。

 

「まあ、つっても流石の雪ノ下も俺の中身が別人と入れ替わってるなんて発想には絶対至らないだろう。性格は多分にアレなやつだが、意外と頭が固いタイプではあるし、基本的に常識外にあるものは全て死ねとか思ってるタイプでもあるしな」

 

「その論理でいうと僕は真っ先に抹殺対象に入ってしまうんだが……その、雪ノ下ってそんなに怖いやつなのか?」

 

「怖い。例えるなら、相手が泣いて謝るまで言葉責めを続ける妥協を知らない羽川みたいなやつだ」

 

「怖え!超怖え!」

 

「ちょっと、ふたりとも……?」

 

 羽川、いや、羽川さんの素敵なまでに不穏な笑顔に俺と阿良々木は揃って口を閉ざす。

 怖え!超怖え!

 雪ノ下よりも冷ややかな笑顔とか初めてみたんですけど!!

 

「……ん、んん。ともかくだ。雪ノ下の前では下手に取り繕うより、ジッと黙っていた方がまだ良い選択だと俺は思う。あまりに無言過ぎて怪しまれても、最悪寝不足だとか体調が悪いだとか言っとけば一応のスケープゴートにはなるだろうし。後は阿良々木が口を滑らせて雪ノ下に不審感を与えさせなければ何とかなるんじゃないか?」

 

 そもそも、あいつの視界の中では俺はポリバケツとかと同列の扱いだからな。相当に目立つような行動さえしない限り、まあ、大丈夫だろ。

 最後にそのような旨を伝える。だが、それでも阿良々木の表情から緊張の色が消え去ることは無かった。

 そんな阿良々木の横で一人、羽川はなにかを考えるように床を凝視しながら前髪をイジイジと指で摘んでいる。

 やがて、その指の動きが止まった頃になって、羽川は『うん』と小さな呟きを唇から漏らした。

 羽川の瞳に強い決心の光が宿る。

 

「決めた」

 

「……?決めたって、羽川、なにを決めたんだ?」

 

 きょとんとした表情で羽川を見る阿良々木。俺もその唐突な言葉に気を留め、羽川へと視線を移した。

 そして、俺達の視線を一身に受けた、羽川のその口から飛び出した言葉はーー

 

「あのね、阿良々木くん。私も、阿良々木くんと一緒に比企谷くんの学校に行くよ」

 

「……は?」

 

 唐突で、やはり突然なものだった。

 意図が分からずポカンと口を半開きにする俺達に、羽川はニコリと口元に笑みを浮かべ、そして自信に溢れた口振りで、言った。

 

「大丈夫。任せて。私に、考えがあるの」

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