俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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十六話の次話をすっ飛ばしてた事が判明。
というわけで抜かしてしまった話を真・十七話として挿入投稿しました。
失礼いたしました。


二十話

「それで、阿良々木くんはどうしたいの?」

 

 と。

 それが僕の話を聴き終えた羽川の第一声だった。

 清掃場に割り当てられた教室の内で、両手にちり取りと箒を持ったまま、彼女はその大きな黒い瞳で僕をジッと見つめている。

 いや、どうしたいのかと言われても。

 そりゃあもちろん、

 

「もし由比ヶ浜が僕と比企谷の件について絶対的な確信を持っていようと、それはそれでなんとか誤魔化しきるしかないと思ってる。由比ヶ浜は怪異については何も知らないわけだし。それに昨日も言ったことだけれど、あるかもしれない危険に無関係の彼女を巻き込むわけにもいかないだろ?」

 

「うん、そうだよね。つまりはそういうことだよ」

 

「……?」

 

 雨が降ったら傘をさせばいい、みたいな。

 当たり前のことを当たり前のままに言うような口調だった。

 そういうことってーーいや、それこそどういうことだよ、と。

 若干の訝しみを込めて問い返した僕に、羽川は続けて答える。

 

「阿良々木くんはさ、他人に優しすぎるんだよ。優しすぎるから、だからつまりは誰も傷つけたくないから、色々と悩んじゃうんでしょ?」

 

「……別に、そんなことは」

 

 ない、と言いかけて僕は思い出す。

 そういえば過去にーーもっと詳細に言えば、約一月ほど前に、僕は尊敬すべき後輩から苦言とも言うべき言葉を頂戴したのだった。

 

 

『助けるべき相手を、間違えないでくれ』

 

 

 蛇切縄。

 蛇にまつわる蛇の怪異、蛇の呪い。

 そしてーー千石撫子と神原駿河。

 蘇る記憶の中で、忘却したい記憶の中で、過去の情景が頭をよぎる。

 とはいえ、今回と前回とを比べるにはいささか緊急度の度合いが違い過ぎるような気がしないでもないけれど。

 だけど、確かに、羽川の言うことは的を射ているのかもしれない。

 誰も傷つかずに済む冴えた方法を。

 誰も後悔しない完璧な手段を。

 僕が考えていなかったかと言えば、しかし、それは嘘になるだろう。

 

「阿良々木くんはもう自分のするべきことを解ってはいるんだよね。だけど、それだと由比ヶ浜さんを傷つけてしまうかもってことも理解してるから、今こうして思い詰めているんでしょう?思い、悩んでいるんでしょう?それとも、それは全部私の杞憂だったかな?」

 

「それは……」

 

 開きかけた口を閉ざして、僕はーー

 

「……いや、違わない。そうかもな。多分、全部お前の言う通りだよ、羽川。だけど、その言葉に一つだけ訂正を入れるとすれば、それは別に、僕が優しいからなんて事は絶対にない。ただ単に僕が、僕自身が後悔したくないから悩んでしまうだけなんだよ。自分の小ささを、無力さを、認識しなくてもいいように」

 

 僕は言う。

 他人の為にではなく、あくまでも自分の為にと。

 それもまた偽らざる本心だった。

 

「自分の為に……か。全くもう、相変わらず素直じゃないなぁ」

 

 呆れ顏の羽川。

 仕方がないやつだと言わんばかりの眼差しだ。

 

「ともかく。つまり私が阿良々木くんに言いたいのは、これ以上無理をしないでって事なの。ただでさえ慣れないことで神経を使ってるんだから。そのリソースを他の人に割く余裕なんて、今の阿良々木くんには無いでしょう?」

 

「……まあ、そりゃあ」

 

 あるか無いかで言えば、確かに無い。というか絶対的に不足している。自分に割り当てる分でさえ心許ないぐらいである。

 

「だったら、やることは一つだけでしょ?さっき阿良々木くんが言ったこと……騙す、なんて嫌な言い方はしたくないけれど、それでも今は由比ヶ浜さんに真実を伝えるべきじゃない。たとえそれが最善の手じゃなかったとしてもだよ」

 

「…………」

 

 いつにもまして真剣な面差しの羽川を前に僕は何も言葉が見つからない。

 その言葉の端々からは確かに僕を気遣ってくれているのだという心情が伝わってはくるものの、けれどそれ以上に、羽川は僕に『覚悟を決めろ』と言っているようにも思えた。

 小さなことに右往左往する薄っぺらい僕を、さながら叱咤するかのように。

 彼女は、まっすぐと僕を見据えている。

 

「……最善の手じゃなかったとしても、か。ほんと、いつもいつでもお前は僕が口にしにくいことをズバズバと言ってくれるよな。やっぱり、自分にも他人にも厳しいやつだよ、羽川翼は」

 

「何言ってるのよ。私が厳しくするのは阿良々木くんだけだよ。阿良々木くんだけが、特別なの」

 

「特別?なんで僕だけ?」

 

 言う僕に羽川は少しの間を空けて、それからわざとらしく「えへん」と咳払いを口に出し、どこかおどけた風な口調で、

 

「それはね……私が学級委員長で、阿良々木くんが副委員長だからです」

 

「なんだよそれ」

 

 自然と笑いがこぼれる。

 スッと。重くなっていた肩の荷が、少しだけ、軽くなったような気がした。

 

「……わかったよ、羽川。それとありがとう。おかげで決心がついたよ。僕はもう迷わない。たとえそれが間違ったやり方だとしても、僕は僕に誓って、由比ヶ浜や雪ノ下達の前では比企谷八幡であることを突き通すよ。僕の意思を、貫き通すよ」

 

「うんうん、良い意気込みだね」

 

「阿良々木暦の名は捨てた!!今日という日をもって、僕は生まれ変わったんだ!!」

 

「わぉ、気合充分!」

 

「後で身体を返せと言われても絶対に返さないぞ!!今日から僕が比企谷八幡だ!!!」

 

「いや、そこはちゃんと返してあげようよ!?」

 

 それじゃあ本末転倒じゃない、と。

 ジト目に向けられた冷ややかな視線が、だが今はどこか心地良くさえ感じる。

 羽川翼。

 異形の羽を、持つ少女。

 頭脳明晰で、委員長の中の委員長で、何でもは知らず知ってることだけを知っている、そんな彼女の存在がーーやはり、とても心強かった。

 それはもう、思わずにやけてしまうくらい。

 心強く、心頼もしい。

 

「もし僕がのび太くんだったとしたら、きっとお前はドラえもんなんだろうなぁ」

 

「……なんかいきなり、それもすごく微妙な表現で例えられてしまったけれど、一応、その言葉は褒め言葉として受け取ってもいいんだよね?」

 

「ああ、もちろんだとも。これ以上ないくらいの褒め言葉だよ。僕の中では『おおっ、心の友よ!』に次ぐ賞賛の言葉だ」

 

「ううん。やっぱり素直に喜べないなぁ」

 

 微妙な表情でぼやく羽川。

 もしかして、ドラえもんは好きではないのだろうか。

 しまった。女の子という点で考えるならば、プリキュアで例えた方が良かったのかもしれないな。

 

「でも、正直言うと新しいシリーズのプリキュアはあまり見てないんだよね、僕。初代から入った身としてはなんというか、新しいものに流されていくというのは一抹の抵抗感が……」

 

「また急に何を言いだしてるのよ……。ほら、そんなことぼやいてるヒマがあるなら手を動かして。無駄話はもう終わり。掃除、早いところ済ませないと」

 

 言って、羽川は手早く箒を動かしていく。同様に、僕も手にした箒で床を撫でた。

 慣れない他人の振りに、慣れない奉仕活動。それに加えて、由比ヶ浜の件もある。

 だけどーーうん、もう大丈夫だ。気負うのも、悩むのも後回しにして、今はとにかく、僕が出来ることをやっていこう。

 僕のことを考えて親身になってくれた羽川を前に、僕は人知れず、そんな抱負めいた決意を胸に抱きーーそうして清掃作業を開始した。

 

 

 

 

 ーーズキズキと。またはジクジクと。あるいはズッキュンズッキュン☆と。

 そんな風に前頭部を苛む疼痛で俺は不意に目を覚ました。

 どことなく薄ぼんやりした意識で瞼を開くと、そこには代わり映えしない我が家のリビングな風景が広がっている。

 あれ?でも確か俺、自分の部屋に居たはずだよな?……なんて疑問を覚えながらもとりあえず立ち上がろうとした所で『ガタンッ』「イ"ッ!?」バランスを崩し、転倒。床に顔面をモロに強打し、そして俺は刻の涙を見た。

 

「っ〜〜!!」

 

 痛え。超痛え。

 この痛みを度合いとして例えるならばそれは戸塚が俺を置いてお婿さんに行ってしまう程の痛みであり、というかなにその激痛もういっそ死んで楽になりたいレベル。

 いや、でももしかすると一旦距離が出来てからのちに禁断の愛が育まれるという昼ドラ的な展開がワンチャン残っているのかもしれないが、しかしそんな妄想を半ば本気で考えてしまっている自分がそろそろマジで渡ってはいけない橋を渡ってしまいそうだったので、やがて俺は考えることをやめた。

 代わりに現状把握に努めるべく意識を周囲に向ける。

 そうして幾許かの沈黙の果てに、俺は遅まきながらその異常に気が付くことが出来た。

 

「……嘘だろ?」

 

 地面に這いつくばる芋虫のような状態のまま見下ろした視線の先には、椅子ごと縄状のもので縛りつけられた自分の身体があった。

 椅子の外側、後ろ手に回された両手首にもなにやら金属製の手錠のようなものが嵌められており、試しに力を込めてみるものの、しかし当然のようにその行為はまるで意味の無いものに終わる。

 というか……やべえ、マジで身動きがとれねえ。

 理解すると同時に言い知れない怖気がぞくりと背筋を撫でた。

 なにがどうなってこうなったは知らないが、少なくともこの状況にはなにかしらの悪意が絡んでいる。でなければ、気付かぬ内にこんな生殺与奪の権利をそこら中に安売りするような格好にはされていないはずだ。

 混乱と焦燥が理性を蝕む。気付けば俺はもがくように床の上で身をよじっていた。

 なにかの拍子に縄が抜けるなら良し。そうならないにしても、ここで蜘蛛の巣にかかった蝶のようにジッと諦めに身を費やす気はなかった。

 そうしてもがき続けること少し。元々緩みがあったのか、わずかに出来た縄の隙間に一筋の光明を見出したところで、

 

「ーーあら、ようやくお目覚めなのね、阿良々木くん」

 

 声がした。

 聞き覚えのない、ただ何故か前頭部に化膿のようなじゅくじゅくとした幻痛を覚えさせる、それは女の声。

 俺は咄嗟に顔を上げる。

 はたして、そこには開いた扉越しにこちらを見下ろす見も知らぬ女子の姿があった。

 

「よかったわ、目を覚ましてくれて。ずいぶんと長い間起きないから私、心配していたのよ?」

 

 その女は能面のような無表情で俺に労わりの言葉を投げかける。

 目線を合わせるように身を屈め、そして口元に薄い笑みを張り付けて。

 まるで俺の状態を気にかけることもなく平然と、冷然と、そいつは挨拶するような気軽い声音で、

 

「てっきり殺してしまったかと思ってたから」

 

「っ……!?」

 

 瞬間にして、身の毛のよだつような悪寒が俺を襲った。

 女は笑う。それはどこか優雅で、品のある、残酷な笑みだった。

 奴隷を、はたまた家畜を見るようなその卑下した瞳に俺を映し出しながら、女は大きく一歩、足を前に踏み出し、そして何の躊躇いもなく俺の後頭部を踏みつける。

 その加減もクソもない突然のストンピングに俺はたまらず表情を苦痛に歪めた。

 

「ああ、ごめんなさい。ついつい間違って踏んでしまったわ。でも私は悪くないわよね。だって、そんな所で虫ケラのように寝転がっている阿良々木くんの方が悪いのだから」

 

 踏みつけた足はそのままに悪意に満ちた嘲笑が頭上から降ってくる。

 その声音はどこか楽しげで、おかげで俺はまず間違いなくこの女の性根は心底から歪みきっているのだろうという確信をグリグリと押し付けられる生足の下で得た。

 

「それにしても愉快な格好ね、阿良々木くん。さっきはつい口が滑って虫ケラなんて言い方をしてしまったけれど、だけどそれも中々に言い得て妙な形容の仕方だったのかもしれないわ。さすがは阿良々木くん、身体を張ってまで私の語彙力向上に貢献するだなんて、ゴミのくせにたまには良い仕事をするじゃない」

 

「…………」

 

 ……いや、つーかマジで歪みまくってませんかこの女?あまりに性格が悪すぎて思わず心配になってくる。……主に、俺の身の安全が。

 

「戦場ヶ原くーいず」

 

「は?」

 

「では問題です。今から阿良々木くんの身には一体どんな惨劇が訪れるのでしょうか。次の問いから答えなさい」

 

「え?は?え?」

 

 突然のクイズ出題。

 展開についていけず混乱する俺をよそに、女は無表情で右手の人差し指を立てる。

 

「その一、切られる」

 

 問題以前に選択肢が大問題だった。

 だが、女は気にせず続けて中指を立てる。

 

「そのニ、裂かれる」

 

 カシャンッーーと。どこからか金属音がする。見ればその左手にお前それどこのクロックタワーですかと聞きたくなるような大振りなハサミが持たれていた。

 自然と頰が引きつる。

 そして最後に女は薬指を立て、

 

「その三、もぎ取られる」

 

 それは一体どこの部位をですか……!?

 まともな選択肢が一つとして無い。これではクイズではなく、苦しみ痛められる図と書いて苦痛図である。苦痛図(ごうもん)である。クイズという楽しげな響きを狂気でふんわり包み込んだ結果がコレだよ!

 

「それではしんきんぐたーいむ」

 

「っ、おい待てッ!先に俺の話をーー」

 

「ぶっぶう。残念。時間切れよ」

 

「っ!?」

 

「正解は」

 

 光る。

 女の目が狂気に光り、凶器が走る。

 窓から差し込む陽光に照らされた金属刃が鈍い反射光を伴って一閃された。

 目を瞑るヒマも無ければ、覚悟を決める隙さえ与えない瞬動。

 十分の一秒、百分の一秒にまで圧縮された体感時間の中で、やがて『パサリ』と乾いた音だけが鼓膜に届いた。

 身体を苛んでいた緊縛感が解かれる。

 視界の端で、くたびれた縄が自身の役目を終えたとばかりに鋭利な切断面を見せつけながら床の上に散らばっていた。

 

「……遊びは終わり。情けをかけるのも、この一度だけよ。私が聞きたいことはただ一つだけ。『本物の』阿良々木くんはどこに居るの?」

 

「!!……お前」

 

 視線だけで人を射殺しそうなその冷徹な瞳に宿るは確固たる意志の光。

 その輝きに惹きつけられるように俺は女を見据えながら、そうして乾く喉に唾を押し込み、言葉を紡ぐ。

 

「……お前、一体誰だ」

 

 その乾いた問いに返ってきたのは、堂々とした一言だった。

 

「戦場ヶ原ひたぎーー阿良々木くんの妻よ」

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