俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

21 / 30
二十一話

 結局縄は解かれたものの、しかし何故か両手の手錠は外されないままに俺の尋問は行われた。

 今に至る経緯と、そして事情。どうやら戦場ヶ原は怪異なるものの存在については認知していたようで、おかげでその辺りのややこしい部分もあっさりと納得した上で、戦場ヶ原は俺からあらゆる情報を引き出していく。

 それから、どれぐらいの時間が経過しただろうか。

 戦場ヶ原は拘束状態の俺の眼前で腕を組みながら閉眼し、そして淡々と言葉を発した。

 

「……なるほど、事情はわかったわ。阿良々木くんが何故昨日、今日と勉強会に来なかったのか。それを何で羽川さんが彼の代わりに私に伝えてきたのか。わかりました。全部、まるっと理解しました」

 

 無駄に長い睫毛が揺れる。次いで戦場ヶ原は五オクターブくらい下がった地獄の奥底から響くような鈍重な声音で、

 

「……気に入らないわね」

 

 クワッと目が開く。何故だか瞳の奥から見えてはいけないドス黒い邪悪なナニカが見えてきそうで、俺はとっさに俯き視線を逸らした。

 わぁ、小町ちゃんったらフローリングのお掃除頑張ったのね!……なんて、床に視線を固定しながらガクブルと現実逃避する俺をよそに、戦場ヶ原は殺意の波動を吐息に乗せて言葉を続ける。

 

「そんな大事な事をまさかこの私に黙っていようとは。気に入らない、そしてショックだわ。ええ、はい、ショックです。あまりの衝撃に思わず昂ぶってしまいそうなぐらい、失望したわ。……ねえ、阿良々木くん。そんな可哀想な私に是非とも教えて欲しいのだけれど、私はこの昂りを一体どのような違法手段を使って収めればいいのかしら?」

 

 質問とは名ばかりの脅迫が眼前に座る阿良々木クンの顔色を瞬く間にスカイブルーに彩った。

 い、いや、でもあいにくとボクは阿良々木くんではないですし、比企谷くん家の八幡くんですし、つまりあなたの質問にはお答えいたしかねます、みたいな?

 だからホントその右手のハサミをチャキチャキ鳴らすの止めろマジで小便漏らしそうになるぐらい怖いんだよ!!

 

「……まあいいわ。あの男の処遇は後で本人とじっくり話し合って決めるとして、ところで貴方……確か気仙沼くんだったかしら?」

 

「違います……比企谷です……」

 

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい。あなたみたいな腐った魚のような瞳をした人間を気仙沼呼ばわりしてしまって、全国の気仙沼さんには本当に悪いことをしてしまったわ」

 

「謝る相手が全然違え……」

 

 それにその理論だとまず第一に俺は生まれてきたことを全国の比企谷さんに謝らなくてはいけない。

 生きてるだけで謝罪を要求されるとかどんだけ忌み嫌われてるんだよ、俺。

 そうか、俺が持つ無駄に高い土下座スキルはこの為にあったのか……。

 

「小さなことをネチネチとうるさいわね。他人の名前を気仙沼と呼ぼうと生ゴミと呼ぼうと私の勝手でしょう?」

 

「いや、前者はともかく後者はダメだろ。だってそれ名前じゃないし、ただの蔑称だし」

 

「そうかしら。でも男の子って、燃えるものが好きなんじゃないの?ドリルとか、巨大ロボットとか、生ゴミとか」

 

「燃えるの意味が違うだろ……。男のロマンと燃える(物理)を一緒にするな」

 

「なるほど。つまり男の子は燃やされるのが好きなのね」

 

「…………」

 

 ……もうやだ、こいつホント怖いよー!

 しかもその発言がわざとなのか、それとも天然なのか。寸分違わぬ無表情のせいで判断に困る。だが、少なくとも怖い女である事は確かだった。

 まことに勘弁して頂きたい。

 笑顔が怖い女なんて雪ノ下さんだけで充分だよぅ……。

 

「それで比企谷くん。さっき話していた『孤毒蜘蛛』についてだけれど。羽川さん達に仲間外れにされている間に何か解ったことはあったのかしら?」

 

 と、前後の流れを一切無視しての戦場ヶ原の問い。

 その言葉にはやはりエッセンス程度に悪意が混ぜられていたものの、まあでも仲間外れというのもあながち間違ってはいなかったので俺は気にせず結論を述べた。

 

「……少しはな」

 

「へえ。やるじゃない。あのクソ虫……いえ、阿良々木くんよりかは多少なりとも使えるようね」

 

「…………」

 

 こいつ今、自分の彼氏のことクソ虫って言わなかったか?

 いや言ったよな?いま絶対言ってたよな?

 

「なによその顔は。見ていて気分が悪くなるわね。虫唾が走るわ。お願いだからちょっと死んでくれないかしら?」

 

「いや、これお前の彼氏の顔なんですけど……。なんなの?声高に自分のことを妻とか言ってたけど実は阿良々木のこと嫌いなの?」

 

「そんなわけないじゃない。だって私は阿良々木くんのことを愛しているのだから」

 

 恥ずかしげもなく、いきなり、堂々と戦場ヶ原は明言した。その言葉は直球すぎてむしろ聞かされたこっちが恥ずかしくなってくるぐらいだ。不思議と言い負かされた感さえある。それが釈然としなくて、俺はつい返さなくてもいい言葉を返してしまった。

 

「……愛だのなんだのと随分と気軽に言っちゃうのな、お前。じゃあアレか?もしかしてその愛とやらでお前は阿良々木が居たこの場所を特定したってのか?」

 

「いいえ。ここまでは阿良々木くんの携帯に仕込んだ盗聴器を辿って来たわ」

 

「そうか、盗聴器でか……。え?盗聴器?」

 

 またしてもとんでもないことを言い出した。

 え、マジで?

 

「うふふ、引っかかったわね。もちろん冗談よ。嘘に決まってるじゃない」

 

「そ、そうだよな。さすがにいくら何でも盗聴器は嘘だよな!」

 

「仕込んだのは携帯じゃなくて皮膚の下よ」

 

「嘘じゃなかった……」

 

 そして手術までされていた……。

 どうやら戦場ヶ原の愛は『愛してる(ヤンデレ的な意味で)』の愛であったようだ。

 重い。重いし、普通に犯罪だ。こいつまさか、愛の名の下であれば何をしても許されるとか思ってる人種じゃないだろうな……?

 

「まあそれも嘘なのだけれどね。単純に阿良々木くんの携帯に内蔵されてるGPSを活用させてもらっただけよ」

 

「それでもギリギリアウトだけどな」

 

 だから愛が重いんだっての。……けどまあ、その行動も阿良々木を心配しての事であれば、一応は人道的には許される範囲なのかもしれない。なんだかんだで顔を見ただけで俺と阿良々木との差異にも気付いたわけだしな。

 ……もしかしたら、ただ単に俺の目がほんのちょっと個性的に過ぎただけだったのかもしれないが。

 

「それで解ったことって何かしら?」

 

「あ?」

 

「だから孤毒蜘蛛についてよ。さっき言ってたじゃない。解ったことがあるって」

 

「……ああ、そのことか」

 

 どうやら自分のボーイフレンドが巻き込まれた事もあってか、戦場ヶ原もその怪異には少なからず興味があるらしい。

 気後れするほどに真っ直ぐ向けられた視線にちょっとした危機感を覚えながら、俺はネットサーフィン中に見つけた幾つかの記述を一つ一つ思い出し、言葉にして吐き出す。

 

 曰く、弧毒蜘蛛は人の心に寄生しその内の闇を栄養として喰らう怪異であるということ。

 

 曰く、弧毒蜘蛛は見る者によってその形状が千差万別であるということ。

 

 曰く、弧毒蜘蛛は非常に臆病であるということ。

 

「……そして最後に、これが最も記述の多かったものなんだがーー『弧毒蜘蛛は決して人に害を成さない怪異』ということらしい」

 

「害を成さない?」

 

 眉をひそめる戦場ヶ原の問いに俺は小さく頷く。

 

「害を成さない、というよりかは基本的には不干渉を常としているみたいだな。害も益も成さない、ただ栄養を摂るだけとって、後はなにもしない。それが弧毒蜘蛛の性質ってことになってる」

 

「不干渉って……でも実際に、弧毒蜘蛛が原因で阿良々木くんと貴方は入れ替わってしまっているのよね?それは怪異が貴方達に干渉しているということにはならないの?」

 

「……それは」

 

 戦場ヶ原の疑問は最もだった。

 俺と阿良々木、少なくとも二人の精神に関わっている以上、それを不干渉だと言い切るには無理がある。

 ならばこそ、その情報を元に俺達が導き出せる答えはといえばそれは……

 

(弧毒蜘蛛が入れ替わりの原因じゃない……?)

 

 それは万に一つもあり得る結論。そもそもが弧毒蜘蛛が関わっているという情報もあのうさんくさい幼女から教えられた実にあやふやなものだ。それが間違い、はたまた幼女の勘違いだったとしてもなんら不思議はない。

 むしろ地味に納得出来る分、大いに現実味があるとさえいえる。

 

「……あのクソガキ。やっぱりでまかせ言ってたんじゃないだろうな……」

 

 無意識の内に俺は自身の影へと視線を落としていた。自然と悪態が口をついて出る。その漆黒な平面をおもむろに踏んづけてやりたい衝動に襲われた。

 と、八つ当たりじみた考えで床を睨む俺に戦場ヶ原は平坦とした声音で、

 

「……仕方がないわね」

 

 呟く。と、同時にカチリと身体の後ろで金属音がした。

 窮屈だった両の腕が瞬く間の内に解放される。見れば、戦場ヶ原の右手に銀色に鈍く光る手錠が持たれていた。

 

「本当ならこのままの足で阿良々木くんに会いに行こうと思っていたのだけれど、仕方がない、折檻は後回しにしてあげる。今日の所はひとまず貸しを作ってあげることにするわ」

 

「……貸し?」

 

「そう、貸し」

 

 妖艶に笑うと戦場ヶ原はくるりと踵を返す。そして今度は首だけを肩越しにこちらに振り向かせると、

 

「行くわよ」

 

 はあ?

 

「行くわよって……どこに?」

 

「市立の図書館。なるべく伝承に関しての蔵書量が多いところがいいわ。あとはパソコンも置いてあれば御の字ね」

 

「……図書館?」

 

 嫌な予感が脳裏を過る。戦場ヶ原はまるでその考えを読み通すように目を細め、そしてもう一度、不気味に微笑んだ。

 

「その案件にぜひ私も協力させてもらうわ。でも勘違いしないでよね。私はただ、阿良々木くんの顔をした阿良々木くんを思う存分嬲りたいだけなんだからね」

 

 ……俺の知ってるツンデレとなんか違うよー!!

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。