俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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三話

「比企谷八幡さん、ですか」

 

 ツインテロリ少女ーー八九寺真宵は反芻するように俺の名前を呟いた。ベンチの上、二人並んで座りながら、八九寺は比企谷八幡比企谷八幡と繰り返し口の中で舌足らずに発音してから、俺に向き直る。

 第一声。

 

「で、ひき肉八宝菜さんは」

 

「こら待てなんでそうなる。びっくりを通り越してちょっとだけ美味しそうだとか思っちまったじゃねえか。っていうかさっきまで普通に言えてただろ、お前」

 

「失礼。噛みました」

 

「絶対わざとだろ」

 

「かみまみた」

 

「わざとじゃなかった……」

 

「彼氏見た?」

 

「ちっ、ビッチが……!!」

 

 つい反射的に怨嗟の念を込めてしまった。

 少子化万歳、世界中のカップルは破局もしくは爆発すればいいのにと世界の意思に願いながら真横の女子小学生に目を向ける。

 彼女、八九寺はくふふふと無邪気に笑っていた。

 

「……んだよ」

 

「いえいえ、べつに。ただ他の方とこのやり取りをするのも新鮮だなぁと思いまして」

 

「はあ?なんだそりゃ」

 

「だからこちらの話です。で、そんなことよりもですね、比企谷さん。話を戻しましょう。確か助けたカメに連れられて竜宮城へ、というところまで話をされたんでしたっけ?」

 

「全然違ぇ……。一体何島太郎さんの話だよ、それ」

 

 話聞いてないどころのレベルじゃねえ。つーか、一呼吸の合間合間にボケを突っ込まなきゃ気が済まないのかこのチビッコは。

 

「はっはっは、冗談ですって。しかし目が覚めた時には既にその状態だったとなると……うーむ、やはり原因は寝る前、もしくは直前にあったと見るべきかもしれませんね。なにか思い出せる範囲で心当たることはないですか?」

 

「いや、んなこと言われてもな……」

 

 別段、特別なことをしたような覚えは無かった。まあ強いて言うならば普段よりもほんの少し夜更かしして、ジョジョの奇妙な冒険を一気読みしていたぐらいだろう。

 はっ!まさか知らぬ間にスタンド攻撃を受けていたのか……!?

 んなわけないって。

 

「やっぱり解らん。なにも思いつかん」

 

「うむむむむ、そうですか」

 

 そう言って八九寺は全力稼働するエアコンみたいにウンウンと唸り声をあげている。

 どうやら真剣に思い悩んでいるらしいその女子小学生に、俺はつい聞いてしまう。それは俺からしてみれば根本的にも過ぎる疑問。

 

「お前さ、もしかしてマジで信じるのか?」

 

「はい?」

 

 きょとんとした顔を浮かべる八九寺に俺は言葉を続ける。

 

「いや、だから俺の身体が入れ替わったって話のことだ。普通に考えて突拍子無さすぎだろ。少しぐらいは俺が嘘ついてるかもって考えないのか?」

 

「え、嘘だったんですか?」

 

「……まあ、嘘じゃあないけど」

 

「だったら問題無いじゃないですか。比企谷さんが嘘をついていないと仰る限り、私はそれを信じますよ」

 

「…………」

 

 愕然とするとは正にこの事だった。

 え、マジでなんなのこの子。ちょっと眩しすぎて直視出来ないんだけど。というか、人を信じやすいにもほどがある。アホの子筆頭でもあるあの由比ヶ浜でさえもう少し疑り深いというのに。いや、さすがにこれは将来が心配になってくるぐらいのレベル。

 試しに、嘘をついてみた。

 

「実はな、俺は地球の平和を守る為に月の裏側からやってきた宇宙人だったりするんだ」

 

「えっ!本当ですかっ!?」

 

「昨日の時点で悪の怪人を三百人くらいはやっつけてきた。ちなみに走行速度はマッハ二.○だ」

 

「三百人!マッハ二.○!めちゃくちゃ格好いいです!」

 

「という冗談はさておき、本当のところ俺は幼い頃にお前と生き別れになった実の兄だったのだ。会いたかったぞ、妹よ!」

 

「お、お兄ちゃん!」

 

 ガシリっ、と。

 潤んだ瞳で抱きついてきた八九寺の肩をポンポンと叩きながら、そっと身体を離す。感極まった表情の八九寺に慈しみを含んだ視線を向け、俺はフッと柔らかい笑顔を浮かべて一言。

 

「まあ全部嘘なんだけどな」

 

「最低です!最低な嘘つき野郎でした!」

 

 マッハ二.○で俺から離れていった。

 

 距離を取り、まるで親の仇だとでも言わんばかりに俺を睨んでいる。いや気付くの遅過ぎるだろ。全部棒読みだったぞ、俺。

 

「ひどいです!あんまりです!信じていたのに……!!」

 

「くっくっく、馬鹿め。この世は騙すか騙されるかだ。つまり、この薄汚れた世界においては簡単に騙される方が圧倒的に悪いんだよ。くははははは!」

 

 それこそがこの世の真理であり、事実、俺は人生においてだいぶ早い段階で、その理をこの身をもって味わっている。

 高笑いしながら思い出すのは、俺が小学四年生だった時のこと。

 

 ーーふとその存在に気付いた机の中の可愛らしい柄の便箋。

 

 ーーそこには女の子特有の丸文字で書かれた「ずっとあなたが好きでした」の言葉。そして、その下には「放課後、体育館の裏に来てください」と小さく書かれた呼び出し文が。

 

 ーー驚き、しかし喜び高揚しながらその日一日を過ごし、そうして瞬く間にやってきた放課後。俺はウキウキワクワクと心臓を弾ませながら体育館の裏を目指し、そしてーー

 

「……ドッキリってなんだよ……ドッキリとか、無いだろ……!!返せ……!!俺の純情とトキメキを、今すぐ返せ……!!」

 

「あ、あの……大丈夫ですか?元気、だしてください比企谷さん」

 

 死にたくなるような思い出し憂鬱を会って間もない小学生に慰められた挙句、ちょっとだけその言葉で落ち着きを取り戻してしまった哀れな男子高校生の姿がそこにはあった。

 

 というか俺だった。

 

 小学生の言葉に安心感を覚えるとかどんだけ優しさに飢えてるんだよ。もはや可哀想すぎるだろ、俺。

 

「…………」

 

「どうです?少しは落ち着きましたか?」

 

「……はい」

 

「そうですか。それはよかったです」

 

 満面に浮かんだその柔和な笑みに一瞬だけ鼓動が高鳴ってしまう。

 

 い、いや、違うからね。別にロリコンってわけじゃないからね。ただちょっと年下の小学生にトキメキを覚えちゃっただけだから。ちょっとだけ好きになりそうになっちゃっただけだから。いやそれもう立派なロリコンじゃねえか。

 

「まあ、ともかくです。そうですね。何故信じるか……ふむ、確かに比企谷さんが不思議に思うのも無理はないのかもしれません。身体が入れ替わるだなんて話、普通は信じられない。信じられるわけがない。何故ならありえないからです。そんなことはマンガやアニメといった空想の中でしか存在しえない空想の出来事、現象でしかないのだから。だからありえない。ありえるはずがない」

 

「……そうだ。だから、」

 

「しかし、実際にはありえるとしたら、貴方はどうしますか?」

 

「ーーは?」

 

 悪戯っ子が浮かべるような笑みを前に俺は言葉を詰まらせる。

 八九寺はこちらに向き直り、真っ直ぐ俺の目を見据えながら続けた。

 

「そんなマンガのような出来事が、空想上のものでしかない事が、物が、実際に存在するとしたらどうしますか?それは入れ替わりの話だけではなく、例えば数百年も生きた凄絶な吸血鬼の伝説だったり、重みを根こそぎ奪っていく蟹の神様の話だったり、あらゆる願いを叶えてくれる猿の腕だったり、人の身体に乗り移る白猫の怪異だったり、……永遠に迷い続ける、かたむつりの霊だったり」

 

 八九寺は言う。それは真っ直ぐで、毅然としていて、そして何よりも重みのある言葉だった。

 

「私は知っています。そういった空想が、しかし実際には現実に入り混じっているのだということを。私は知っています。この広い世界の中でありえないなんて言葉こそが実はありえないことなのだということを。だから……ともかく、私は信じますよ。そして貴方を助けたいとも思っています。誰かに助けられた私だからこそ、今度は誰かを助けてあげられたらなって。まあ、つまりそういうことですよ」

 

「…………」

 

 そう言って、最後に恥ずかしそうに照れ笑いする八九寺が本当の意味で眩しかった。

 薄っぺらい俺なんかとは違う。あいつとーー雪ノ下雪乃とはまた違う種類の輝き。

 眩しくて、尊くて、美しい。

 もちろん俺は断じてロリコンではない。だからこそ、この気持ちは恋愛感情なのではなく、多分、きっと……

 

 

 

 

 

「……なあ、八九寺」

 

「はい。なんですか?」

 

「あのさ。もしお前さえ良ければだけど……その、俺の友達にな」

 

「あ、すみません、それは全力で遠慮させていただきます」

 

「…………」

 

 多分、今までで一番キラキラとした笑顔だった。引き攣った笑みのまま、俺はおもむろに天空を見上げる。

 はいはいはいはい、どうせトチ狂った俺が馬鹿でしたよー。

 もうホント、俺以外みんな爆発すればいいのに。

 

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