俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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五話

 どうすれば美人で優しくてかつ俺を十二分に養ってくれるぐらいには経済力のある女性と巡り会えるのだろうか……と。

 俺の将来設計において最も重要といえるだろうまだ見ぬパーフェクトレディの攻略法を一人、微動だにもしない置き物と化しながら真剣に黙考していた最中のことだった。

 羽川翼が俺にその言葉を向けたのは。

 

「……家に戻れ……だと?」

 

「うん。お願い出来ないかな?」

 

 そう言って羽川は手を合わせる。その姿になんとなくナマステと言いたくなった衝動はともかくとして、俺はさほど要領を得ないままに羽川を見やる事しか出来なかった。

 戻るって、それはつまりこいつのーー阿良々木暦の家に戻るってことか?

 

「えっと、そうだね。とりあえずこれから図書館で可能な限りの情報を調べようって話までは聞いてたよね?」

 

「お、おう」

 

 もちろん聞いていなかったがとりあえず表面上では肯定しておく。

 

「だけどね、その……ちょっと言いにくいんだけど……」

 

 そして若干の苦笑いで言葉を濁す羽川。それに訝しみの視線を向けていたら横からフォローが入った。

 

「つまりですね。比企谷さんの今現在の格好があまりにだらしなさすぎて国家権力にさえ目をつけられかねないので可及的速やかに真人間な服装に着替えて欲しいんです、と。端的に言えばまあそういうことですよ」

 

「…………」

 

 清々しいほどにハッキリとした物言いに清々しいほどにハッキリと傷つきながら、俺は視線を自らの身体に落とす。

 

 ヨレたTシャツにスウェット生地のハーフパンツ。更にその下へと目を向ければ土で汚れた素足がことさらに不潔感を際立たせていて……なるほど、確かにアレだな。

 その姿は最近の無職住所不定な方々の方がまだマトモな格好をしているのではないかと錯覚してしまうぐらいにはみすぼらしいといえる。

 

「どうです。もはや存在していること自体が恥ずかしいぐらいの格好でしょう?ねえ、生き恥さん」

 

「別にそこまでは思ってねえよ……。あと、お前にとっては上手く言ってやった感があるのかも知れんが、少なくとも俺にとっては今までの人生において最も傷ついたといっても過言ではないアダ名だぞ、それ。むしろ致命傷過ぎて一瞬死んじゃおうかなって思っちまったじゃねえか。違う。俺の名前は比企谷だ」

 

「失礼。噛みました」

 

「絶対わざとだろ」

 

「かみまみた」

 

「わざとじゃなかった……」

 

「ハルヒ見た?」

 

「いや、俺ガガガ派だから……」

 

「ちなみに私は講談社派ですね」

 

「うーん、なら私も講談社派かなぁ」

 

 ……わぁ、なにこの会話すごくどうでもいい。

 というか着替えがどうのって話はどこにいったんだよ、おい。

 

「ああ、そういえばそうでしたね。いやはや、まったり忘れてました」

 

「…………」

 

 何やらゆとり教育の弊害を目の当たりにしてしまったような気分だった。

 正しくはすっかり。はい、やっぱりどうでもいいな。

 

「ちょっと待った。戻るっつってもだな、俺、帰る道すらわからねえんだけど」

 

「あ、だったら私がご案内しましょうか。以前伺ったことがあるので大体の場所は把握していますし。それでいいですよね、羽川さん」

 

「うん。調べものの方は私一人でもなんとかなると思うし、全然問題ないよ。というわけで、比企谷くんのことは真宵ちゃんにお任せしちゃおうかな?」

 

「はいっ、ご安心して任せてください!それこそマリーセレスト号にでも乗ったような気分で!」

 

「なにそれ全然安心できねえ……」

 

 不吉すぎんだろその大船。そして誰も居なくなるの?

 まだバナナボートの方が安心出来そうだな……と、不安しかない俺に羽川翼は無駄に整った笑みを向け、

 

 

 

「じゃあ、私はもう行くね。比企谷くんも、向こうに着いて準備が出来たようなら連絡もらえるかな?きっと阿良々木くんの携帯に私の番号が入ってると思うから」

 

「……おう、わかった」

 

「よろしくね。それじゃあまた後で」

 

 そして歩き去っていった。後に残された俺と八九寺は顔を見合わせる。

 

「では、私達も行きましょうか」

 

 るんるんと足進む八九寺の背に俺も渋々と、嫌々と、付いていく。

 ーーせめて誰も居ませんようにと。

 天を仰いで、神に祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、俺にとって悪魔城にも匹敵した威圧感を放っていた。

 

「はい、到着です」

 

「…………」

 

 そこそこに立派な一軒家。入り口そばには阿良々木と表記された長方形のプレートがこれみよがしに掛けられている。

 間違いなく、むしろ間違いであって欲しかったが、残念ながら、ここが俺達の目指していた目的地であるらしい。

 着いてしまった。とうとう、着いてしまったのだ、この魔窟に。

 

「……はぁ」

 

「むっ、なんですか比企谷さん。わざわざ案内したというのに、浮かない顔で溜め息なんてずいぶんとご挨拶ですね」

 

 せっかく連れて来てやったのに不満でもあるのかアァン?とでも言いたげに眉をひそめる八九寺だったが、けれど俺は返答の一つも吐き出さずにジッと阿良々木家を見上げる。

 

 思い起こすは朝の惨状。金属バット、デビルレディ、真なる意味でスクランブルしてしまった可哀想な卵に、味噌汁、白米、それと奇声を上げながら家を飛び出したあの思い出したくもない情景、黒歴史。

 

 ……やべぇ、超入りたくねえ……。

 

 ピクリとも足が先に進まない。もしやこの家屋には不可視の魔術結界的なものが張られているのではないだろうか。だったらば、致し方ない。この場は退却するのが一番の良策だろうと確信し、回れ右、そして後方へ全速前進しようと身体を傾けた俺の身体がしかしすかさず掴まれた。

 

 しまった!伏兵か!とか気分を出して驚いてみたがどう考えても違いますよね知ってます。

 振り向けば普通に八九寺が俺のシャツの裾を力の限り握りしめていた。

 

「どこ行く気ですか。方向間違えてますよ。進む先はこっちです。腐りすぎて現実すら歪めて映しているんですかその瞳は」

 

「…………」

 

 えらい言われようだったが地味に否定出来ないのが悔しいの……ビクンビクン。

 とりあえず再び旋回し、元の位置へ。背中にせっつかれるような視線を感じながら玄関のドアノブに手をかけた。開く。幸か不幸か、施錠はされていなかった。

 

「って、いいのか?これって立派な家宅侵入じゃないのか?」

 

「何言ってるんですか。今の貴方は阿良々木さんで、この家は阿良々木さんの家なんですから。ただ自分の家に帰るだけで不法もなにもないでしょう?」

 

 ……まあそれもそうだな。

 当たり前にも過ぎる言葉に納得し、それでもおそるおそると家の中へ。足裏の土を払い、そうして周囲を警戒しながら上がり込むが……しかし、どういうことだろう。家中には会話の声はおろか、物音一つさえもしていなかった。呼吸さえ躊躇われるような沈黙しかない。

 

「どうやら、家の方は留守のようですね」

 

「……施錠もせずに家を空けるとかマジかよ。随分と無用心な奴らなんだな、この宅の住人は」

 

 だが、それはそれで俺にとっては都合のいいことではある。この隙にさっさと支度を済ませちまおう。

 記憶を呼び起こしながら、二階にあっただろう阿良々木暦の部屋へ無駄に忍び足で侵入。適当にクローゼットの中からパーカーとジーパンを見繕い、ついでにベッドの脇に置かれた携帯も運良く見つけ、ゲットした。

 

 ……よし、目的のブツは全て揃ったな。

 

 気分的には空き巣ドロのようで内心ドキドキだったが、まあそれも仕方のないことなわけで。

 とりあえずさっさと着替えてしまおうと服に腕を通し、足を通し、ようやく住居不定無職風な呪われた装備からは脱することが出来た。

 あとは携帯から羽川に電話するだけ……と、携帯電話を手に取り、画面へと視線を向ける。

 

 そして戦慄とした。

 

『小妹 不在着信 五十一件』

 

『大妹 不在着信 二十七件』

 

 こ……怖えええ!!

 嫌がらせなんてレベルじゃない。軽くホラー過ぎてマジで笑えない。

 背筋に確かな薄ら寒いものを感じながら、俺は履歴を追って確認していく。小妹。大妹。これは多分、今朝に見たあいつらの事だろう。どうやらとんだブラコン二人組らしい。恥ずかしい奴らだ。それに比べて俺の小町なんて全く俺に電話してこない。たまにメールで『コーラ飲みたい』『ぷっちょ欲しい』『砂糖切れたから買ってきて』とやり取りするぐらいだ。おかげで俺のお世話力はメキメキと力をつけている。世間話の数よりお世話の数の方が多いまである。つまり妹としては小町の勝利。そして兄としては俺の完全敗北だった。

 なんだかすごく悲しくなった。

 

「……ん?」

 

 と、向けられた愛情の格差に絶望している間に、俺はまた別の不在着信を画面上に見つける。

 名前の表示は『戦場ヶ原ひたぎ』

 ……誰だ?

 

「ふむ、不在着信ですか」

 

「ぬおっ!?」

 

 いきなり再登場した(ちなみに着替えが終わるまでドアの外で待ってもらっていたのだが)八九寺がキリンがごとく首を伸ばして後ろから携帯の画面を覗きこんでいた。普通に、平凡に、びっくりした。

 が、身体を仰け反らせた俺のことなどまるで気にも留める様子もなく、八九寺は言葉を続ける。

 

「珍しいですね。阿良々木さんの携帯に着信が入ってるだなんて」

 

「そうか?着信ぐらい別になんてことないだろ」

 

「ああ、いえ、間違えました。言い直しましょう。珍しいですね。友達のいない可哀想な阿良々木さんの携帯に着信が入ってるだなんて」

 

「ほお」

 

 新たに知った阿良々木暦のステータスに少しばかりのシンパシーを覚える。そうか、やはりこいつもそうであったか。

 

 ぼっちは同族を見つけることに関しては他の誰よりも秀で、長けている。

 

 どことなく幸の薄そうな顔面からなんとなくそんなオーラは感じ取っていたが、そうかそうか、やはり俺のぼっちセンサーは間違っていなかったようだな。

 そうなってくると……ふむ、何故だろう。そうと分かった途端、さっきまでは空気中の塵以上にどうでもよかった阿良々木暦なる男に妙な親近感を覚えてしまった。ならば仕方がない。この場に居ない奴の代わりに、多少は俺からフォローを入れてやるとするか。

 

「まあ待て。友達が居ないことと可哀想ってことは別に同意義ではないはずだろう。というか年がら年中人間関係とかいう不要極まりないしがらみから解放されていることを考えればその逆、むしろ羨望の眼差しを向けられてもいいぐらいだと俺は思うわけで、つまり逆説的に言うならばぼっちマジ最高という結論に至る。更に言うならば普段から着信がないということは他人以上にその分の時間を違う事に効率的に使えているということに他ならないわけであり、要するに着信すら無いぼっちは時間的精神的余裕において常人よりも一線を画した自由度を有していると証明が出来る。この絶大なメリットを鑑みるに、ぼっちと非ぼっち、もはやどちらが悠々自適に生を謳歌してるかは論議するまでもない。やはり揺るぎないな、ぼっち」

 

 こうやって客観的に分析すればするほどぼっちの優位性が溢れ出てくる。

 ふむ、やはりぼっちこそが選ばれし人類、優良種たる存在であるのかもしれない。なんならジークジオンとか叫びたくなってくる。どうせなら俺の中の人が銀河万丈だったら良かったのに。

 ……なんの話だ。

 

「……なんかいきなり饒舌になりましたけど、それは友達の居ない可哀想な自分の正当性を回りくどく示しているんだと受けとってもいいんでしょうか?」

 

「ふっ、確かに俺の携帯にも家族ぐらいしか電話はしてこないが、しかしそれは違うな。間違っているぞ、八九寺。俺は単に自分の価値観を相手に押し付けるなと言ってるんだ。友達居ないから可哀想って誰が決めた。少なくとも俺は一人で居ることに苦痛を感じたことなんて一度もない。むしろ他人の行動や言動に囚われて一喜一憂するぐらいなら常に一人で居たいまである」

 

「むう。ですが、それは比企谷さんが友達付き合いの下手な方だからそう思われてるだけなんじゃないんですか?」

 

「そうかもな。だけど、それが俺の価値観だ。俺の信条なんだよ。それを他人にどうこう思われたくないし、あわや同情されるなんて真っ平ゴメンだ。その阿良々木がどうかは知らんが、少なくとも俺はそうなんだよ。つまり世の中にはそういう人間も居るってことだ。かの有名な金子みすゞも言ってただろ?『みんなちがって、みんないい』ってな」

 

「……金子みすゞ先生もまさかこんな話にあの名文を持ち出されるとは思ってもいなかったでしょうけど……けど確かに、悔しいですが今回は比企谷さんの言うとおりなのかもしれませんね。私が間違っていました。友達がいないから可哀想というのは私の価値観をただ押し付けていただけのようです。反省しますよ」

 

 言って、八九寺は頭をうなだれた。

 普段から毒舌が過ぎるやつではあるが、しかし反省するべき所ではちゃんと素直に反省するらしい。やはり、根本的にはしっかりした奴なんだろう。

 世のビッチ共にこいつの爪のアカをせんじて飲まさせてやりたいぐらいだ。

 

「まあ反省するほどの事でもないけどな。今のだって、他人から見れば俺の価値観を押し付けたように見えたかもしれねえし」

 

「いえ、そんなことはありませんよ。勉強になりました。それに私にも言い過ぎた感があった所は否めませんしね。阿良々木さんにだって決して交友関係がないわけでもありませんから」

 

 陰の差していた八九寺の表情に笑顔が灯る。……ふむ、阿良々木暦の交友関係か。小学生なロリ少女を知り合いに持つぐらいの男だ。普段ならばまるで気にもかけない他人事情ではあったが、何故かこの時ばかりはわずかなりとも興味を持ってしまった。あまつさえ聞いてみようかと考えてしまったぐらいだ。

 

 自分らしくない行動だと思う。そして、そういったらしくないことをした時に限って嫌な思いをするのだということを、俺は失念していた。

 

「交友関係って、お前や羽川以外にもか?」

 

「ええ、まあ。一応私の知る限りでは……」

 

 思い出すように宙空に視線を彷徨わせながら、八九寺は舌を滑らせる。

 

 一人目、スタイル抜群でスポーツ万能で明るく元気で阿良々木暦を心底から尊敬している後輩の美少女、神原駿河。

 

 二人目、内気で大人しいが阿良々木暦には『暦お兄ちゃん』と親愛を持って接する妹的存在これまた超絶美少女、千石撫子。

 

 そして最後に、極度のツンデレでありながらも外見はパーフェクトなクールビューティを地で行く綺麗系美人な阿良々木暦の『彼女』、戦場ヶ原ひたぎ。

 

 ……彼女。そう、彼女。彼女である。

 

 彼の女と書いて彼女。阿良々木暦の彼女と書いて戦場ヶ原ひたぎである。

 つまり、同じぼっちであると親近感を覚えていた阿良々木暦には実は頻繁に不在着信を残し合う同士の彼女がいたのであった。しかも知り合いは全員美少女で、おまけに好感度もMAX近いときた。

 

 もはやハーレムといっても過言ではない。

 

 もはや暦氏ねといっても過言ではない。

 

 リア充、滅ぶべし!

 

「……とりあえず、出会い系サイトに登録しまくっておこう」

 

 固く決心し、再び携帯を見る。と、ちょうどそのタイミングで着信が入った。見れば画面には羽川の文字が。無視をするわけにもいかんので、とりあえず出ることにした。

 

「もしもし」

 

『あ、もしもし。比企谷くん?』

 

 その声はまぎれもなく羽川のものだった。真横で耳を澄ます八九寺から身をよじって離れ、俺は続けて応答に答える。

 

「ああ、羽川か。どうした?」

 

『そろそろ支度が終わってるんじゃないかと思って電話したんだけど、どうかな?ちょっと連絡するには早すぎちゃったかな?』

 

「……いや、そうでもない」

 

 むしろドンピシャだった、とは言わないでおく。ついでに阿良々木暦の携帯をスパムメールだらけにする所だったとも言わないでおいた。

 

『じゃあ、もうすぐにでも出れたりする?実は私いま駅前に居るんだけれど』

 

「駅前?」

 

 その言葉に違和感を覚えた。こいつ確か図書館で調べものするとか言ってなかったか?

 

『そっちはもう終わったの。だから、あとは合流するだけなんだけど……』

 

「終わったって……っ、まさかこうなった原因がわかったってのか!?」

 

 ガタン、と。突然に隣の部屋から聞こえた物音にも意識を逸らさず、俺は息を荒げながら羽川に問いかけた。

 知らずのうちに携帯を握る手に力がこもる。……が、羽川はYESともNOとも答えず、どこかもの鬱げな声音で、

 

『ごめんなさい。まだハッキリとはしてないから明確に答えを出すことが出来ないけど、でもその答えを導き出す方法なら私は知ってる。だから……ごめん、電話だとちょっと話しづらいから、とにかく今は急いで駅前まで来てもらえないかな?』

 

 それはどこか腑に落ちない返答だった。答えは出せないけど導き出す方法は知ってる。それは答えを知っているということと同じ意味じゃないのか?

 理解が難しい。羽川のその妙な日本語がどうにもよく分からなかった。

 

『……比企谷くん?』

 

 黙る俺に受話器の向こう側から発せられた気遣うような声。

 ……いや、そうだったな。今は黙るよりも考えるよりも先にするべきことがあった。

 俺は閉じた口を再び開いた。

 

「わかった。駅前だな。すぐに行く」

 

『うん、お願い。待ってるね』

 

 通話が切れる。そして何事かと俺を気遣わしげに見る八九寺に、一言だけ。

 

「駅前まで案内してくれ」

 

 

 

 

 ーーようやく、この意味のわからない現状が進展を見せようとしていた。

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