俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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六話

 駅前の広場。老若男女入り乱れたそんな鬱陶しすぎる人混みの合間から、俺はベンチに座る羽川翼の姿を見つけた。

 

 やたらと行儀のよろしい姿勢で、彼女は膝の上に置いた鈍器のように分厚い本へと視線を落としている。その表情は固く、それは声をかけようと開きかけた口を思わず閉じてしまうほどには真剣味を帯びたもので。俺はやはり沈黙を保ったまま静かに近寄った。

 背後に立ち、とりあえず咳払い。……しかし気付かれない。更に大きくゴホンゴホン。……だが気付かれない。

 もうなんか仕方ないので声をかけた。

 

「……羽川」

 

「ひゃっ!?」

 

 ビクリと縦揺れする背中。とっさに振り返った羽川は俺の顔を見るなり更に驚いたように身を引いた。

 ……ああ、いるいる。俺の顔を見るなりこんな反応するやつ。特に女子。それで必ず最後には『うわ……』とか言うの。もうホント、なんなんだろうな、アレ。……本当になんなんだろう。

 

「恐らく比企谷さんの腐った目が原因なんじゃないんですか?パニック映画とかでよく目にする類のリアクションですし。なんか生理的に無理、みたいな?」

 

「おいやめろ。俺のことを建物の陰からいきなり現れたゾンビと同列に語るんじゃない」

 

 隙あらば精神攻撃をしかけ、そして汚物を前にしたような表情でススッと身を引く八九寺真宵。どうやら一撃離脱を得意戦法としているらしい。とんだヒットアンドアウェイである。というか、むしろ俺の立場がアウェイだった。なんでだ。

 

「ご、ごめんなさい!そういうつもりじゃなかったの。ただ、ちょっと本を読むのに集中してたせいで気付かなくて……嫌な気分にさせちゃったね。本当にごめんなさい」

 

 そう言って羽川は申し訳なさそうに頭を下げる。しかし、その対応に逆に俺は面食らってしまった。

 

 おいおい、なにこの子。めちゃくちゃ礼儀正しいじゃん。めちゃくちゃ良いやつじゃん。いや、ホント、こんなに心暖まる気遣われ方したのは今までの人生の中で初めてのことだったかもしれない。もしかしてこいつ俺のこと好きなんじゃないの?いや、むしろ俺の方が好きになっちゃうレベル。それで告白したら笑顔で振られるんだろうなぁ……と、そこまでの未来予知を完成させてから、俺はふと羽川の手元に視線を滑らした。

 

 そこにあったのは先ほども見た分厚い書籍。表紙には『日本・怪異譚』と書かれている。

 ……怪異譚?

 

「もしかして、それが調べものの収穫か?」

 

「……まあ、そんなところかな?」

 

 曖昧な返事。と、その不自然な対応に言及の矛先を向けるよりも早く、羽川は言葉を続ける。

 

「それよりも聞いておきたいことがあるんだけれど。確か、比企谷くんは千葉県の出身であってるのかな?」

 

「はあ?」

 

 突然の質問に俺、困惑。合ってるといえば合ってるが、それがなんだというんだ。

 

「そっかそっか。うん、良かった。じゃあ、はいこれ」

 

 にこやかスマイルで、これまた唐突に渡されたのは一枚の切符だった。

 『新幹線特急券』と書かれたその文字の下には行き先の地名が記されている。その名は……千葉。

 俺は羽川に向き直る。はいこれって……いや、なにこれ?

 

「千葉に向かう為の切符だよ。ああ、それとこっちは真宵ちゃんの分ね」

 

「へ?私の分もあるんですか?」

 

「もちろんだよ。はいこれ」

 

「いえ、ですが、私は……」

 

「ううん。たぶん、いざって時は必要になると思うから。だから、ぜひとも受け取ってくれないかな?」

 

「……羽川さん」

 

 たかが切符の受け渡しだけだというのに、何故か背景お花畑なマリ見て空間が展開されていた。

 いや、つーか、だから、なにこ(ry

 

「比企谷さん!切符っ、切符を貰ってしまいました!それも新幹線のですよ新幹線の!ひかりです!のぞみです!こだまです!きよしです!」

 

「……はいはい、わかった。わかったから落ち着いて喋れっての」

 

 八九寺は興奮のあまりアタックチャンスでもかましそうな勢いで鼻息を荒げていた。

 とりあえず最後のは新幹線じゃないからな?つなげて読んだら人の名前になっちゃうからな?

 今は亡き名司会者に合掌。そして俺は残念な小学生から視線を外し、その横に立つニコニコ笑顔に再度物申した。

 

「で、羽川。これは一体どういうことなんだ?」

 

 言いたいことは色々とあるが、ひとまずはこの件について問いただす必要があった。

 単刀直入に向けた疑問に、羽川は至極落ち着いた風に口を開く。

 

「……実はね。比企ヶ谷くん達と別れてすぐに携帯に着信があったの。その身体の本来の持ち主でもある、阿良々木くん本人から」

 

「……!!」

 

「ほ、本当ですか、羽川さん!?」

 

 目の色を変えて前のめりになる八九寺に羽川はこくりと頷いた。

 

「彼はいま千葉に居るらしいの。千葉の……比企谷くん、貴方の家に。たぶん、いま貴方の身体に入っているのが阿良々木くんということになると思うわ。阿良々木くんから聞いた情報を鑑みるに、恐らくまちがいないと思う」

 

「俺の……」

 

 つまりこの不可思議な現象は俺単体の幽体離脱でもなければ、神様がぼっち過ぎる俺に与えた第二の人生というわけでもなく、やはり俺と阿良々木暦の入れ替わりという形で起こったものであるらしかった。

 

 なるほど!そういうことだったのか!……なんて、驚く気は特に無い。どちらにせよ、ややこしい状況に変わりはなく、むしろ余計にカオス度が増したぐらいだ。なおさらに問題の解消が難しくなったといっても過言ではないだろう。最早こうなったら俺は阿良々木暦としてセカンドライフを生き、そして合法的に小町と結婚するしか道は無いのかもしれない。

 

 ……え、なにその最高の選択肢。もしかしてこの道ずっと行けば幸せな未来に続いてる気がするんじゃないのカントリーロード。

 

「マジかよ。そんな状況じゃあもう打つ手ねーだろ。仕方ない。こうなったらもはや諦めるしか方法はないのかもしれないな(歓喜)」

 

「ううん、そんなことはないよ。むしろ阿良々木くんが居てくれたからこそ、取れる確実な手段が一つ増えたといってもいいぐらい」

 

「……あ、そうなの」

 

 おのれ阿良々木暦よけいなことを!……なーんてな。

 

 とまあ冗談はさておいて。……いやホントに冗談だったからね?確かに俺は小町を愛してはいるがそれはあくまでも親愛の情でしかないわけで。まあでも確かに小町は可愛いし、器量は良いし、料理は美味いし、あとはちょっと馬鹿だけどそれがまた愛嬌というかなんというか、それになによりも俺に優しいし……あれ、もしかして小町が俺にとっての理想のお嫁さんなんじゃないの?

 

 おのれ阿良々木暦よけいなことを!!

 

「……なにやら比企谷さんから腐敗しきった負のオーラを感じます。果たして、このまま彼を阿良々木さんの下まで連れて行ってもよいものなのでしょうか」

 

「あ、あはは。大丈夫だよ……たぶん」

 

 わりと本気で不安がられてしまった。

 いかん、どうやら思考がドリップしていたらしい。いやドリップしてどうするんだよ。全くもう八幡ったら超絶うっかりさん☆。

 ……いかん、どうやら自分でも思った以上に俺は動揺しているらしい。

 気を取り直し、空咳を一つゴホン。そして羽川に視線を向け、

 

「まあ解った。つまりその確実な手段とやらを確立させるために千葉に、ひいては阿良々木暦に会いに行く。それがお前が電話で話していた答えを導き出す方法ってことになるんだな?」

 

「うん、そうだね。正しくはその手順の一つといった方がいいかもしれないけれど。とりあえずはそう思ってもらえたらいいかな。あとは向こうに着いてから残りの手順を踏めばいいと思う。……それが上手くいくかは神頼みならぬ鬼頼みになってしまうかもしれないけどね」

 

 目を伏せた羽川は何故か俺の影に視線を向けていた。

 そうして瞬き二つ分ほどの時間をかけてから、羽川は広場脇に設置された時計に視線を移す。そして、あっ!と口を大きく開いて、再び俺に向き直った。

 

「ごめん!発車の時刻を比企谷くん達が駅に着くタイミングに合わせたから、実はあまり時間的な余裕が無かったりするの。だから……」

 

 その言葉の先は聞かずとも理解出来た。

 発車時刻と現在の時刻とを見くらべる。その差、約十分。特に急がずとも間に合いはするだろう時間ではあるが、しかしここで会話を重ねるほどの猶予はたしかに無いだろう。

 

 申し訳なさげに上目遣いしてくる羽川にうっかり恋をしそうになりながら俺は視線を逸らし、駅の入り口へと向ける。

 とにもかくにも目的地は決まった。受け取った切符を手に、俺は羽川と八九寺を連れ立って歩き出す。

 行き先は日本屈指の名産製造県。

 いざ、千葉へ!

 

 

 

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