俺ガイナイ物語   作:ベリーベリーハード

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八話

「予兆があったわけでも、ましてやこうなった原因に心当たりがあるわけでもない。ただ起きた時にはもう既にこうなっていたんだ」

 

 リビングに四人、テーブルを囲むように座った俺たちの前で、阿良々木は言った。

 そして羽川から向けられた「それじゃあ、阿良々木くんも詳しいことはなにも……?」という問いに、ほんのわずか目を伏せ、

 

「……ああ、本当に申し訳ないばかりだけれど、僕にもわかることは何一つ無いといってもいい。それこそ、お前に電話をかけるまでは今回のことを現実味のある悪夢ぐらいにしか思ってなかったぐらいなんだ。だから、その……ごめん、羽川。わざわざこうして来てもらったというのに何の役にも立てなくて」

 

「ううん、気にしないで、阿良々木くん。そもそもこの件に関しては私達も知らないことばかりだし、だから阿良々木くん一人を責めるなんてことは私達にも出来ないよ。それに……私はこうして、もう一度阿良々木くんと話が出来ただけでも十分嬉しいから」

 

「羽川……」

 

 確実なる殺し文句だった。たった一回の返し言葉で男心を掴むなんて……羽川翼、恐ろしい子ッ!!

 

「あ、一応言っておきますが私はべつにそうでもないですよ?むしろ奇天烈な状況に陥って慌てふためいているだろう阿良々木さんを見たいが為だけに羽川さん達に付いてきたといってもいいでしょう」

 

「八九寺……!!」

 

 対する八九寺も存外恐ろしい子だった。

 たった一回の発言で空気を台無しにするとかお前一体どこの材木座くんだよ。少しぐらいは空気を読むというプロセスを踏んだ方がいい。何を隠そう俺なんて空気読み過ぎてもはや空気と同化してるといっても過言じゃないレベルだというのに。

 

「……まあ、なんだ。感動の対面のところ悪いんだが、とりあえずさっさと本題に入らないか?」

 

「あれ?居たんですか比企谷さん」

 

「…………」

 

 いや、確かに空気と同化してるとか言ったけどさすがにそれはヒドイんじゃないんですかねぇ、八九寺さん?

 見れば八九寺はチャシャ猫みたいな笑みを浮かべながら笑っていた。それから「冗談ですよ、冗談」と、語尾にテヘペロ☆とでも付けかねないほどにきゃぴるんとしたウザったい声を出してから、

 

「それでは、比企谷さんの言う通りそろそろ本題に入るとしましょう。そもそもが私は今回の件が【怪異】に関係するものであると考えているんですが、一応念のために聞いておくと皆さんもそのようにお考えになっていると思っても構いませんか?」

 

「ああ、そうだな。少なくとも僕は、こういった事例に関しては怪異を抜きにしては考えられないと思ってる。それは、羽川も同じだろう?」

 

「うん。私もみんなと同じ考え。けど、だからこそここで問題になるのは、たぶん……」

 

「……それが『何の怪異』であるか、という一点に尽きるでしょうね」

 

 うーん、と。考えこむように唸る八九寺の隣で、俺は砂糖&ミルク漬けになったコーヒーを味わいながら、そして考える。

 

 というか怪異ってなんだよ。

 

 そんな純然たる疑問に、しかし俺は口を挟めずにいた。いや、だって俺を除いた全員からしてみればそれは既知の事であるようだし、そうであるならば俺がここで疑問を挟むことによって話の腰を折るような事態になるのはなるべくでも控えておきたい。空気を読むということはそれはつまり一切の邪魔をしないという事と同義なのである。

 

 というわけで仕方がない。ここは俺の秘奥義でもある『なんやかんや知ってるような感じを醸し出しながら、ひたすらに沈黙を決め込む』を発動し、端っこの方でただコーヒーをすするだけの置物と化すのが上策であろう、と。そう決心したところで不意に羽川と目が合ってしまった。

 

 ぱちぱちと瞬くその大きな瞳が俺を見ること少し、それから羽川は気遣うように口を開いた。

 

「そういえば、比企谷くんは怪異のことは全然知らなかったんだよね。あのね、怪異っていうのは……」

 

 そして羽川は頼んでもいないというのに親切丁寧にその疑問に答えてくれた。

 

 曰く、そこにあってそこにないもの。

 

 曰く、認識してはじめてそこに生まれるもの。

 

 曰く、普通ではない異なるもの。

 

 簡潔に要点だけをかいつまんだような、それでいて不可解なほどに曖昧な言葉の数々に俺は眉をひそめる。しかし、羽川も羽川で上手く説明が出来ないのだろう。困ったように眉をハの字に下げるだけだった。

 

 そうか、こいつにも出来ない事があったんだな……と。

 

 そんな身勝手にも過ぎる押し付けがましい感想をコーヒーと一緒に胃に流し込み、俺は前述の言葉を反芻させながら思考にふける。

 

 そこにあってそこになく、認識してはじめて存在が生まれ、そして普通ではない異なるもの……あれ、つまりそれって俺の事じゃね?というか的中率が百パーセント過ぎてむしろ否定が出来ない。

 要するにぼっち=怪異という図式が成り立つことになるんだろうか。それはそれで妙に納得出来てしまうのが哀しすぎる。

 そうか、俺が怪異だったのか……(錯乱)

 

「まあ、いきなり怪異がどうだと言われても解らないのは無理もないよな。事実、他人よりかはそういったものに多く関わってきただろう僕だって理解の難しい所なんだ。あの忍野でさえ、怪異の全容を把握するのは無理だと断言していたぐらいだし。そもそもが理解しようと思うこと自体がおこがましい事なのかもしれない」

 

「そうですね。結局のところ、怪異というものは知ることは出来ても解ることは出来ないものですから。とりあえず、今の時点では難しい事を考えず、『怪異』という言葉をどこか頭の隅っこに置いておく程度の認識でいいと私は思いますよ?」

 

「…………」

 

 言葉無く、俺は浅く息を吐く。どうやら予想以上に面倒な話になっているようだった。

 見ようによっては都市伝説とでも取れるような、はたまた講談社あたりから出版された小説の中で見られるような設定が現実に存在するとは到底思えないが、しかし事実、こうして俺はそんなものに遭遇してしまっているので否定を述べることも出来ない。

 

 とりあえず、モヤモヤと胸中に浮かぶ感情を再びコーヒーと一緒に飲み下し、俺は投げやりに頷くことにした。そして考えることをやめた。

 考えても仕方のないことを考えても結局はメモリの無駄づかいでしかない。なので他のことにメモリを割くことにした。

 

 例えば……と。向けた視線の先には羽川翼の姿がある。

 

 そして目と目が合い、ここから恋が始まる……なんてスイーツ(笑)な展開があるわけもなく、当然のように羽川はきょとんとした顔をしていただけだ。

 ……実を言うと、先ほどから一つだけどうにも不可解なことがあった。不可解というか、そもそもソレが最初に話題に出てこない事こそがどう考えてもおかしい。

 だから、俺はその違和感なるものを解消すべく口を開く。

 

「解った。……いや、それはもちろん何もわからないということが解ったってことなんだけどな。でも、正直言えば怪異がどうのってのは俺からしてみれば至極どうでもいいことなんだよ。違うだろ、羽川。そもそもが俺達はなんのためにここに、阿良々木に会いに来たんだ?」

 

「っ……それ、は」

 

 途端に目を伏せる羽川に、俺は『ああ、やっぱりな』と一人納得する。

 羽川は当然そのことを忘れていたわけではない。ただ切り出すタイミングを伺っていたのか、もしくはソレ自体が非常に言い出しにくい事だったんだろう。

 

 俺に話を切り出されたことで腹を括ったのか、羽川は阿良々木の伺い見るような視線に顔を上げ、真っ直ぐと、そのブラックトルマリンのような瞳で阿良々木を見返す。

 羽川は一つ、小さく息を吸ってから、

 

「……阿良々木くん。実は一つだけ阿良々木くんに頼みたいことがあるの」

 

 阿良々木の視線を一身に受けながら。続く言葉は何故か重々しく、歯切れの悪いものだった。

 

 

 

 

「忍ちゃんとーー話をさせてもらえないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視点ちぇんじ。

 脈絡もなくそんな言葉が頭に浮かんだのは恐らく、きっと、今の僕が多分に緊張していることに起因しているのかもしれない。

 

 僕の、ではなく比企谷の部屋で。僕と比企谷は二人きりで対面していた。羽川は居ない。ちなみに八九寺も。あの二人にはいわゆる供物というか、献上品というか。ともかく、いざという時の為に買い出しに、いわゆるミスタードーナツまでお使いに行ってもらっているのだ。

 

 確実性を上げる為にーーとかなんとか理由を付けて。その実は、というか裏は、単純に僕があの二人に情けない所を見せたくなかったというだけなのだけれど。

 なんというかーーこんな時だというのに本当、器が小さいよな、僕。

 軽く自己嫌悪だった。

 

「…………」

 

「…………ん?」

 

 と、一人自分の小ささを嘆いていると前から視線が。見れば比企谷が実にモノ言いたげな顔で僕を見ていた。

 

 僕の顔で、僕を見ていた。

 

 ……いや、まさか、地の文でこんなめちゃくちゃな文章を綴る羽目になるとは思いもしなかったが、事実そうであるのでもはや何も言うことが出来ない。それにさっきまでは羽川達に意識を向けていたからあまりマジマジと見る機会は無かったのだが、その、なんだろうーー僕って他人の視点から見るとこんなにも目が淀んでいたのか。

 

 淀んでいるというか、腐っているというか。

 

 ともかく、軽くショックを受けてしまっていたことは言わずもがなである。

 しかし本当にドロドロしてるよなぁ……なんて。そんな事を考えながら、ついジロジロと見てしまったせいだろう。

 言葉にはしなかったものの、比企谷はどこか嫌がるように身を引き、視線だけで抗議を申し出てくる。

 

 目は口ほどに物を言うというけれど。

 

 比企谷は特にわかりやすいほどに拒絶を示していた。

 

 とはいえ、誰であろうとさすがに凝視されるのは嫌なものだろう。僕は慌てて、取り繕うように謝罪の弁を述べた。

 

「いや、悪かった。ただこうして他人の目線から自分を見るなんて機会無かったからさ。それにいつも鏡で見る自分とは少し違って、だからついつい見入っちゃっただけなんだ。気分を害したようなら謝るよ。ごめんな」

 

「……べつに。気分を害したってほどじゃない」

 

「……そうか」

 

 言葉少なに比企谷は言う。

 そもそもが僕もあまり口数の多い方ではないけれど、比企谷はそんな僕に輪をかけて喋らない男だった。

 それは単に口下手というわけではなく、そう、言うならば必要が無いから喋らないとでもいうように見える。

 

 必要がない。必要性を感じないからコミュニケーションを放棄している。そんな感じ。

 そして、その振る舞いはどこか昔の僕を思わせるようでもあった。

 友達を作ると人間強度が下がると公言してはばからなかった頃のあの僕を、思い起こさせる。

 

 ……まあ、単純に口下手なだけなのかもしれないけれど。まだロクに会話を交わした事もない相手を知った風に言うのも失礼だろうと僕はそこで思考を止め、作業に移る。

 といっても、部屋のカーテンを閉めて暗闇を作り、そして電気を点けて、はいおしまいという簡単な作業だ。

 白色電球が作り出す人工的な光が僕と比企谷を照らす。これで準備は整った。

 あとは僕のするべき事をするだけ、なのだが……。

 

「……はぁ」

 

 自然と溜め息が漏れる。

 忍とはアレ以来ーーあの紆余曲折とあった羽川の時以来、一度として顔を合わせていなかった。

 たしかに障り猫であるところのブラック羽川の魔の手から僕を助けてくれた忍ではあったが、しかし、助けてくれたイコール赦してくれたという解釈をするのは幾らか自分本位すぎる所があるようにも思えてしまう。

 つまるところ、僕は忍と顔を合わすのが若干なりとも心苦しかったのだ。果たして、あいつは僕の申し出に応えてくれるのだろうかーーと。

 

 一度目は、一日中を土下座してなんとか力を貸してもらえた。

 

 二度目は、その名を呼び、助けを求めたことで力を貸してくれた。

 

 なら三度目は……?

 

 二度あることは三度あるというが、けれど今回に限っては仏の顔も三度までかもしれない。三度までということは、三度目でアウトということだ。いや、正確にはあいつは仏ではなく吸血鬼なので更に事は難しくなるとさえ考えられる。

 

 吸血鬼の顔も三度まで。

 

 僕からしてみれば仏以上にその存在は重い。

 だからこそーーはぁ。緊張は解れないし、溜め息も途切れなかった。

 駄目だ。こんな状態じゃあ。少しでも緊張を解さないと。

 

「……なあ、少しだけ世間話をしないか?」

 

「はあ?」

 

 いきなり何言ってんだコイツ?みたいな視線が痛い……。

 けど、僕は負けじと言葉を続ける。

 

「いや、なんていうか僕と比企谷って会ってからまだ一度もまともに話してないだろ?こんな状況になって色々と大変な思いをした同士だし、やっぱり少しぐらいは親睦を深めたいなぁ、なんて」

 

「…………」

 

 比企谷は無言だった。無言で嫌そうな視線を僕に向けていた。

 ……お前はそんなに僕と話すのが嫌なのか?

 あからさまな拒絶に結構本気で傷ついてしまった自分がいた。

 いや、だが、それでも僕はめげないぞ!

 こうなったら絶対に親睦を深めてみせる!

 

「……比企谷は、なんか趣味とかあるのか?」

 

「特に無いな。強いて言うなら、読書くらいか」

 

「へえ。読書か。良い趣味だな。本が好きなのか?」

 

「べつに好きってわけでもない。単に一人でも出来る事だから読書ってだけだ。だって、ほら、俺友達とか居ないし」

 

「…………」

 

 ……重い!!

 趣味の話をしてこんな重い空気になったのは僕史上初めての経験だ!!

 

「そ、そうか。じゃあ普段はなにしてるんだ?」

 

「……なにってなんだよ?」

 

「いや、例えば……そうだな。図書館行って本を読むとか、はたまた部活動に精を出すとかさ。ああ、そういえば比企谷は部活に入ってるのか?」

 

「……あれを部活というなら、一応は入ってるって事になるかもな」

 

「へえ、なんだか意外だな。どんな部活なんだ?」

 

「さあな。奉仕部って名目で活動してるがその実情はほとんどボーっと椅子に座りながら時間を潰してるだけだ。けど、だからって行かなかったら顧問の女教師に身体的に打ちのめされるし、行ったら行ったらで部長兼独裁者みたいな女に人格存在否定されて精神的に打ちのめされるし……考えれば考える程もうマジで有り得ねえ……。俺不幸過ぎるでしょ……」

 

「…………」

 

 比企谷は一体どんな学園生活を過ごしているんだろう……?

 

 わりと本気で心配になる程に、比企谷のその背中からは濃い哀愁が漂っていた。そこはかとない闇の一端を垣間見た瞬間でもあった。

 というか何で最終的には話が暗くなっていくんだ……。

 もう半ば諦め気味になりながら、僕は最後となるかもしれない質問を投げかける。

 

「そ、そういえば比企谷にも妹って居るんだな。たしか小町ちゃんだったか。なんか僕の顔を見るなりエラい形相でどこかに電話して、それで一目散に家を飛び出してたけどーー」

 

「小町がなんだって?」

 

「うおっ……!!」

 

 それは電光石火の動きだった。

 一瞬にして僕との距離を詰め、比企谷は視線だけで人を射殺さんばかりの剣幕で僕を睨んでいる。

 それは先ほどまでの比企谷のクールな印象を大いに裏切る程に真に迫ったもので、恐らく会ってから初めて感情をさらけ出した瞬間でもあったかもしれない。

 それにしても妹の話題でここまで食い付いてくるとは……。

 予想外といえば予想外だった。

 

「い、いや、だから電話するなりどっかに行っちゃったんだけど、もしかしたらそのことで何か知ってることがあったのかと思って……」

 

「……そうか。出かけたのか。だから小町はどこにも居なかったんだな……」

 

 ブツブツと何事かを口の中で呟く比企谷。その姿はやはり、さっきまでの寡黙な印象とは大きく違っているように見えた。そんな比企谷の新たな一面を見れた事に僕は内心で驚き、そして本心でドン引きする。

 

 いや、さすがの僕もこの温度差は普通に引くぞ……。

 

 だが、そんな僕の心情などなんのその。比企谷は真剣に何事かを考え始め、そして思考を終えたのか、これまた真剣な表情で僕を見据える。そして、言った。

 

「なあ、親睦を深めんのもいいけど、いい加減さっさとやることをやらないか?何をするのかは知らんけど、とりあえず準備は出来たんだろ?」

 

「……ああ。そう、だな。それは確かに、そうだ」

 

 比企谷の至極もっともな言葉に、僕はあらためて顔を引き締めた。

 確かにこれ以上、現実逃避に時間をかけるわけにはいかない。比企谷のおかげで緊張だって多少なりとも解れた。それに羽川達だっていつ帰ってくるかわからないんだ。

 

 要するにーーここが覚悟の決め時なのだろう。

 

 比企谷に、詳細にいえば僕の身体から生まれ出でた影に向かい合い、僕は意を決して両膝を床に付ける。

 そして頭を下げ、忍の名を呼ぶーーその瞬間だった。

 

「ヒッキー!!どこ!?どこに居るの!?」

 

 女の子のものだろう叫声。

 その声に、何故か、比企谷の顔が薄く引きつったものへと変わっていた。

 

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