ゆめのまちanother『くるみのゆめアール大作戦』   作:TAMZET

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東京駅の地下は大迷宮ですよね。
大阪だと、梅田の地下が迷宮になっているそうで。
今度行ってみたいと思います。


第三話『少女達はすれ違う』

 空も黄昏れ、夕闇に差し掛かる頃。

 ミルクは、東京の空を一人眺めていた。

 光沢のある箔に包まれた真白い建物の柱に寄り掛かり、電子掲示板を眺めている。

 足は泥と煤に塗れ、目の下は腫れていた。

 ここがどこかも分からない。

 大きな建物に、緑の字で、『渋谷駅』の文字が刻まれている。だが、ミルクにはその渋谷駅が東京のどこなのかわからない。

 何時間そうしていたのだろう。同じ映画の予告を見るのにも、もう疲れた。

 雑踏の中には、色々な人がいる。

 目を閉じると、たくさんの声が聞こえてくる。

 声が、身体を通り過ぎていく。

 まるで、自分なんかいないかのように。透明になってしまったかのように。

 

「……ミル………………」

 

 冷え切った身体を揺すり、ミルクは立ち上がる。くすんだ紅の瞳に、光が戻る。奮い立つとは、まさにこの事だ。

 

「……寂しくなんかないミル。ミルクは元々一人ミル! 今更、一人なんてどうって事無いミル」

 

 電子掲示板を遠目に眺め、ミルクは強がってみせる。

 だが、それきりだ。

 人混みからは、何の返事も無い。

 その内元気も無くなり、また壁に背をつける。

 声に出してしまうと、空きっ腹に響く。心の中にぽっかりと穴ができたかのようだ。

 

「うぅ……かれん……りん……うらら……こまち……みんな、どこミル……?」

 

 また、涙腺の奥を細い針がくすぐる。

 早くこの感覚が消えて欲しい。そう願っていると、ふとミルクは、自分の元に走り寄って来る何かの気配を感じた。

 気配のした方を見ると、毛並みのいい、茶毛の犬が走ってきていた。

 

「ミル!?」

 

 犬は真っ直ぐにこちらに駆けてくる。

 硬直した身体に逃げる術もなく、ミルクはじゃれつかれてしまった。

 

「アン! アン!」

「わっ!? どうしたミル? 飼い主と逸れたミル?」

 

 犬の頭には、宝石を象ったアクセサリーが付けられている。どうやら飼い犬のようだ。

 このワンちゃんも、飼い主と逸れてしまったのだろう。大都会のはぐれ犬だ。

 犬は仲間を見つけたかのように、嬉しそうに戯れてくる。

 

「お前は偉いミル。ミルクも一緒ミル……大事な人と逸れて、それっきりミル。大都会の夜は、月も見えなくて寂しいミル……」

「アン!」

 

 犬は、警戒する事なくじゃれ付いてくる。

 ミルクは若干困り顔だ。

 いくらパルミエ王国の準お世話役とはいえ、妖精の姿では犬を相手にできない。

 

「げ、元気すぎミルぅ」

 

 思う様じゃれつかれたミルクは、力なく耳を垂れた。元々無い元気が、底を尽きたのだ。

 すると、犬もそれを察したのか、ミルクが寄りかかれるように、体を丸めた。さながら、毛皮のベッドである。

 ミルクは、それに甘える事にした。

 

「…………本当に気が利くミル。お前のご主人は、きっと女王様ミル」

 

 犬の頭についていたアクセサリーは、ティアラだった。

 皇女様がつけるような、煌びやかなティアラ。ペットのアクセサリーとは思えないほど、精巧な作りをしている。

 

「綺麗なティアラミル……もしミルクが王女様だったら、こんな風に……」

 

 ミルクは考える。

 もし私が王女だったら……そう、例えばクレープ王女みたいに、凛々しくて可愛い王女だったら、ココ様は振り向いてくれただろうか。

 ナッツ様は褒めてくれただろうか、と。

 そこまで考えて、ミルクは首を横に振る。

 もし万に一つ、夢が叶ったとしても私はお世話役。ココ様とナッツ様の隣には立てない。どれだけ万に一つを重ねても、あの二人は遠い……

 ミルクは空を見上げる。

 光を伴った摩天楼の群が、背伸びをしている。

 そればかりだ。

 背中を丸めると、ふと、背中に温かい感覚があった。ふさふさとした柔らかな耳触り。最高級の綿で織った布団のような、ふかふかした触り。

 犬が体勢を変え、より寄りかかりやすくしてくれたと、ミルクには分かった。

 

「暖めてくれるミル?」

「アン!」

「……賢い奴ミル」

 

 このまま眠ってしまいそうだ。

 暖かいのだ、仕方がない。

 もう、寒いのは嫌だ。

 でも、起きてそこにココ様がいなかったら? 

 ミルクの思考に、恐怖が混じる。

 ナッツ様がいなかったら? 

 のぞみがいなかったら? 

 りんが、うららが、こまちが……かれんがいなかったら? 

 私は、本当にひとりぼっちに……

 考えるだけで、震えが止まらなくなる。

 耳を丸めようとした、その時……声が聞こえてきた。

 

「……ミル?」

 

 複数の少女の声だ。声の柔らかさから察するに、のぞみ達と同じ歳くらいだろうか。

 声は段々とミルクの方へ近づき……やがて、彼女のすぐ側で止まった。

 

「あーもうラテ! 勝手に走って行っちゃ、ダメだって!」

 

 声の主が、犬を抱き上げた。暖かな感触が耳から離れてゆく。名残惜しい……だが、今はその余韻に浸っている暇はない。

 ミルクの外見は、ぬいぐるみに酷似している。それがいきなり動き出しては、声の主を混乱させてしまうだろう。下手をすれば、変な店に売られ、アマゾンの奥地に……

 ここは、ぬいぐるみのフリで通すのが最善手。そう考えたミルクは、不動を保つ事にした。

 

 


 

 時は戻り、数時間前

 そろそろお菓子の時間が近づいてくる頃合い。麗かな春の日差しが、ビル群に反射して人々の頭上を照らす頃。

 のぞみ達一行は、手分けして東京を旅していた。理由は一つ、あの謎の少女カグヤを探すためである。

 意味深な事を言って消えたカグヤ。

 彼女の言葉に不安を感じていたのは、皆同じだった。

 この東京でこれから起きようとしている事を突き止めるべく、のぞみ達は彼女を探していたのだ。

 

 のぞみとりんの担当地区は、原宿周辺。

 捜索当初から、りんは呆れ果てていた。

 のぞみはやる気に満ち溢れている。探すペースもりんより早い。それはいいのだ。

 問題は、彼女の探し方にあった。

 高架下を見たり、公園の茂みを見たり、そもそも人が隠れていそうもない場所ばかりを探すだ。当然、出てくるのは、野良猫や野ネズミといった、野生動物ばかり。

 ため息混じりに人混みに目をやっていると、ふとりんは、同じような事をしている少女を見つけた。

 ピンクブラウンの髪をボブカットにした少女だ。

 自分で描いたカグヤの似顔絵を片手に、少女に声をかける。声をかける寸前、少女もこちらを振り向いた。

 お互いにびっくりするりんと少女。

 

「あの……こんなワンちゃん、知りませんか?」

 

 少女は、恐る恐ると言った調子で質問してきた。

 少女が差し出した紙……そこに描かれていたのは、たわしのような見た目をした何かだった。目と耳のようなものがある位置から、辛うじて動物である事はわかる。

 だが、それが何かは分からない。

 

「これ、犬?」

「うぇ!? の、のぞみ!?」

 

 気がつくと、すぐ後ろにのぞみが来ていた。

 のぞみの少女は大真面目に頷いた。随分と個性的な犬だと思ったが、りんは口には出さないでおいた。

 

「さっきまで一緒にいたんですけど、突然どこかに駆けていっちゃって……」

「うーん、見たことないなぁ。こんな子がいたら、すぐに分かると思うんだけど……」

 

 のぞみの発言に、りんは大真面目に頷く。こんなものが道を歩いていたら、まず動画サイトのトレンド入りをするだろう。

 翌日には100万回再生間違いなしだ。

 

「一緒に東京を見て回ろうって、約束したのに……」

 

 心配そうな表情の少女。

 これは、アレだ。いつものやつだ。

 りんは、のぞみが言うであろう次の台詞を予想し、徐にスマホを開いた。

 

「一緒に探そっか!」

「いいの!?」

「もちろん! 困った時は、助け合いだよ!」

 

 少女の表情に、大輪のひまわりが咲いた。

 やっぱりね。りんは心の中でそう呟きつつも、用意しておいたスマホのマップを二人に見せる。

 

「どこで逸れたの? 逸れた時間と場所が分かれば、探す範囲も分かるからさ」

「さっすがりんちゃん! 準備が早いっ!」

「伊達に幼馴染やってないっての」

 

 少女が犬と逸れた場所は、どうやらこの原宿付近らしい。時間は、およそ数分前。

 

「なら……」

 

 大体の範囲を割り出し、少女へと見せる。逸れてからそれほど時間が経っていなかった事も幸いし、そこまで範囲は広くなかった。

 少女は「ありがとうございますっ」と、風が起きるくらいに激しくお辞儀をした。

 どういたしましてを言おうとしたところ、後ろからのぞみに遮られた。

 

「私、夢原のぞみ! あなたは?」

「私、花寺のどかって言います!」

「のどかちゃん、かぁ! すごい! 素敵な名前!」

「のぞみちゃんも!」

 

 二人はきゃっきゃと、まるで小動物のようにはしゃいでいる。自己紹介の機を失ったりんは、そっとカグヤの似顔絵をしまう。

 

「それじゃ、のどかちゃんのワンちゃんを探すぞー! けってーい!」

「け、けってーい!」

 

 意気揚々と歩き出す2人。

 だがその歩みは数分後、のぞみが道に迷った事により、頓挫することになる。

 りんの目の下のクマが深くなったのは、語るまでも無い。

 

 


 

 こまちは、かれんと共にカグヤを探していた。

 担当区域は、恵比寿周辺だ。

 二人とも、彼女の事はテレビで観たことがある程度である。捜索は難航していた。

 人探しをする中で、二人はとある少女に声をかけた。黒髪をポニーテールに結った少女であった。

 少女は何かを探しているようで、二人が質問をするより先に、焦った様子で二人に質問をしてきた。

 

「あの……この辺りで、ワンちゃん……見かけませんでしたか?」

「どんなワンちゃんかしら?」

 

 少女の見せてきたスマホには、可愛らしい犬の写真が映し出されていて。綺麗な茶色い毛並みの犬だ。どこか気品を感じさせる。

 こまちは、かれんを仰ぎ見た。首を横に振るかれん。見た事はないようだ。

 

「そう、ですか」

 

 二人の反応に、少女は目を伏せる。だが、すぐに元に戻ると、彼女は笑顔で頭を下げた。

 その仕草の、整っている事。

 思わず口を開けてしまいそうになるほどだ。

 その時だった。かれんが呟いたのは。

 

「あなた、もしかして旅館、沢泉の……ちゆ、ちゃん?」

 

 自信なさげな口調のかれん。

 しかし、少女は驚いたようにばっと顔を上げた。

 

「そう、ですけど」

「やっぱりそうよね! 懐かしい……」

「かれん、お知り合い?」

「前に家族で泊まりに行った旅館の子なの。私がサンクルミエールに入学する前だから……5年くらい前だったかしら」

 

 少女はまだかれんの事が思い出せていないようだったが、やがてポンと手を打つと、恐る恐る質問を投げかけた。

 

「……もしかして、水無月かれんさん?」

「そうよ。覚えていてくれて嬉しいわ」

 

 疑問が解決したからか、二人のぎこちなさが解ける。そんな二人を、こまちは柔らかな微笑みで眺める。

 

「来年の夏休みは、みんなを連れて泊まりに行こうかしら」

「はい! ぜひ! その時は、最高のおもてなしをさせていただきます!」

 

 少女がペコリと頭を下げる。思いがけない数奇な邂逅。これも、大東京の魔力がなせる技だろうか。

 しばらく語り合ったのち、かれんは用意していたカグヤの似顔絵を見せた。

 

「そうだ……こんな子、見かけなかったかしら」

 

 ちゆは眉を寄せ、その紙を覗き込む……そして、あっと声を上げた。

 

「この子……」

 

 その時であった、茶色い毛並みの犬が、こまちの視界を横切ったのは。

 

「あーっ!!」

 

 声を上げるこまち。

 ちゆも振り返り、同じように叫ぶ。

 と、次の瞬間、ちゆは身体をリスのように丸めると、脱兎の如く駆け出した。

 2人の髪を、風が揺らすほどのスタートダッシュであった。

 

「す、すごい……」

 

 嵐のように走り去るちゆを、こまちは目を丸くして見送るしかなかった。

 

 


 

 くるみは、りんの描いた似顔絵を片手に、カグヤを探していた。

 担当区域は新宿周辺。

 だが、新宿がどこかは分からない。

 あまり知らない人に声はかけたくない。顔だけを頼りにカグヤを探すが、戦果は上がらない。

 人の数が多すぎるのだ。

 

「ったく、どうしろって言うのよ」

 

 くるみは、両手を後ろ手に組み、壁に寄りかかる。そうでもしないと、大都会の波に呑まれてしまうような気がした。

 仲間達の元に戻りたい。そう思いながら、くるみはひたすらに歩く。

 ふと、肩を叩かれる感触にくるみは身を硬らせた。

 

「な、なにっ!?」

 

 振り返ると、そこには大人びた雰囲気の、金髪の女の子がいた。

 女の子は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔に戻り、くるみに尋ねた。

 

「この辺りで、ラテさ……こんな感じのワンちゃん、見かけませんでしたでしょうか?」

 

 女の子が見せた絵の中には、たわしのような毛並みの動物が描かれていた。

 事前に犬と伝えられていなければ、栗かなにかと見間違えていただろう。

 これでは情報が少なすぎる。くるみは、素直に伝えることにした。

 

「いえ、見たことありません。他に、何か犬の特徴とかありませんか?」

「特徴、ですか? そうですね……どこか、お姫様っぽいというか……」

「お姫様、っぽい?」

 

 くるみの頭の中で、絵の中のたわしがドレスを着て床を磨いている。

 

「それに、少し病弱ですね。今も、くしゃみをしてうずくまっているかもしれません」

「病弱で、くしゃみを?」

 

 頭の中で、ドレスを脱いだたわしが、ベッドに横たわっている。横には箒や雑巾達の姿。思わず吹き出しそうになるのを抑え、くるみは首を振って犬を見ていない事を伝えた。

 そこで、くるみは本来の目的を思い出した。

 りんの似顔絵を開げ、少女へと見せる。

 

「こんな感じの人、見た事ありません?」

「いえ……見たことはありません。ごめんなさい、お役に立てず……」

 

 女の子は申し訳なさそうに首を振った。

 くるみは、いいですよと彼女を慰める。

 まあ、当然である。この大都会の中で、一人の人間を見つけるのがどれだけ難しいか、それを身をもって知っていたのだ。

 女の子はペコリと頭を下げ……思い出したように「最後に一つ」と人差し指を立てた。

 

「ところで、ここは東京のどの辺りなのでしょうか? ひなたには、迷ったら東京駅に集合と言われたのですが」

「……」

「どうされました?」

「……」

 

 くるみが黙っているのは、決して意地悪ではない。本当に分からないのだ。彼女の地理知識は、サンクルミエール学園の周辺に限定される。東京の地理は、複雑で分からないのだ。

 

「ケータイとか持ってないの?」

「ケー、タイ?」

 

 女の子が、首を傾げる。やがて、女の子はポンと手を打った。

 

「あぁ、スマートフォンの事ですね」

 

 女の子はそれを慣れない手つきで弄ると、「あぁ!」と一笑した。

 どうやら、東京駅の場所を見つけたようだ。

 女の子はくるみに頭を下げ、去ってゆく。

 去りゆく彼女を眺めながら、くるみは、一抹の寂しさを感じていた。女の子と別れた事にではない、時代の進歩に取り残される自分にだ。

 電子端末、持とうと思った事も無い。サンクルミエールの近くなら道は分かるし、何より、それらの使い方なんて今更分からない。

 

「あんな物なくても、ナッツ様の作ったミルキィノートがあるじゃない。電話するだけなら、あれで十分よ」

 

 のぞみにそう言ってのけたのが懐かしい。

 そう、世界は変わっても、サンクルミエールの周りの景色は変わらない。のぞみ達も同じ。

 だったら、このままでいい。私は、ミルキィノートとミルキィパレット頼りの美々野くるみのままで。

 そこまで考えたところで、くるみの頬を冷たい汗が伝った。嫌な予感がしたのだ

 

「今ノート持ってるのって……」

 

 カバンを弄るくるみ。案の定、ミルキィノートが無い。最後にあれを持っていたのは、ナッツ様だ。

 電車の乗り方なんて分からない。東京の地理もわからない。人に聞く勇気もない。

 

「……どうやってみんなと合流しよう?」

 

 大都会に小さな身ひとつ。

 くるみの心に、薔薇の吹雪が咲きそうになっていた。

 

 


 

 うららが担当していたのは、東京駅付近。

 かつて撮影でこの場を訪れていた彼女には、土地勘があったのだ。

 しかし、声をかけれど顔を探せど、カグヤらしき少女は見当たらない。

 人をあたるうち、とある栗毛色の髪の少女にうららは声をかける事となった。

 

「ふぇ? なになに?」

 

 少女は振り向き、現代人らしい仕草で答える。どこか動物らしい雰囲気を醸し出す、可愛らしい少女である。

 

「ん?」

 

 少女はうららを二度見し、さらにまじまじと見つめる。そして、芸人もビックリするほどのリアクションで飛び上がった。

 

「あ、あの!? 春日野うららさん、ですよね!」

「そ、そうですけど……」

 

 少し驚きながらも、うららは答えた。少女は興奮した調子でまくし立てる。

 

「サインお願いしますっ! あ、な、名前は、平光ひなたでお願いします!」

「いい、ですよ!」

 

 困惑しつつも、うららは少女……ひなたの差し出したCDにペンを走らせる。

 ふと鞄の中身を盗み見ると、そこにはありとあらゆる有名人の本やCDが入っていた。

 ひなたはCDをぎゅーっと抱きしめ、飛び上がって喜んだ。その喜びように、うららも頬を緩ませる。

 そんな所で、うららは本来の目的を思い出した。

 

「こんな感じの子、この辺りで見ませんでしたか?」

 

 りんの書いた似顔絵を見せる。

 ひなたは、それを見て首を傾げた。どうやら、どこかで見覚えがあるようだ。

 少しの間の後、ひなたはポンと手を打った。

 

「この子、ゆめアールプリンセスのカグヤちゃんじゃない!?」

「そうなんです!! 分かってくれるんですね!!」

「もちのロン! カグヤちゃんなら、今日渋谷のハチ公前でライブあるじゃん! 野外ライブだからチケット要らないし!」

「ひなたさん!! ナイスインフォメーションです! 今度絶対お礼します!」

 

 二人は、ハイタッチでお互いを称え合う。

 これは大きな情報だ。

 ひなたも何かを探しているらしく、手に持った紙を見せてきた。そこには、紫の取っ手が付いた茶色いたわしの絵が描かれていた。

 

「これ、探してるんだけど」

「東急ハンズとかで売ってませんか? スマホで検索すれば出てくると思いますけど」

「え?」

 

 ひなたは絵をもう一度見直し、慌てて訂正した。どうやら、犬の絵らしい。

 

「この辺りで、こんな感じのワンちゃん、見てたりしない?」

 

 こんな犬がいたら怖いと思う。そんな言葉を押し殺し、うららは首を振る。

 ひなたは肩を落としたが、すぐに立ち直り、笑顔に戻った。その笑顔の眩しさに、釣られて、うららも笑ってしまう。

 

「お元気で! また、会えるといいですね」

「うんうん! 今度は、ありったけのうららちゃんコレクション、持ってくるから!」

 

 そう言うと、ひなたは足早に去っていった。その後ろ姿に、うららはとある友達の姿を思い浮かべるのだった。

 少女達の昼下がりは、こうして過ぎ去っていった。

 

 


 

 そして時は進み、夕暮れの渋谷。

 声の主達は、何やら嬉しそうに話している。

 こちらに気がついていないのだろうか。

 そう考える、ミルクはゆっくりと目を開ける。そこには4人の少女達がいた。

 可愛げなピンクブラウンの髪の少女、落ち着いた雰囲気の黒髪の少女、元気な栗毛髪の少女。

 少女達は、ラテと呼ぶその犬を交互に抱き、一回り大人の、金髪の女の子へと手渡した。

 ミルクは目を見開く。金髪の少女に見覚えがあったのだ。昼間、犬を探していた女の子だ。

 金髪の女の子は、何やら聴診器のようなものをラテに近づけた。女の子は耳から聴診器を外し、話し出す。

 

「妖精さんが泣いているのが聞こえて……慰めていたのだそうです」

「妖精? え!? どこどこ!? 見たい!!」

 

 はしゃぐ栗毛髪の少女に、金髪の女の子はにこやかに頷いた。女の子がさした指の先は、こちらに向いている。

 少女の小さな手が、ミルクの小さな身体を持ち上げる。

 心の臓の鼓動を抑えんと、ミルクは息を止める。

 

「なにこれ、ぬいぐるみ?」

「それにしてはきれいね。持ち主が近くにいるって事かしら?」

「じゃあ! 拾ってあげなきゃじゃん!! いや、こういう時は交番かな……?」

「待ってひなたちゃん! この子、もしかして……」

 

 そこまで聞こえたところで、ミルクは身体を硬直させた。

 右耳に温かく湿った感触があったのだ。

 直後、おかしな感覚がミルクの右耳を襲った。

 

「ふ、く、……くふっ!」

 

 変な声が出てしまった。

 耳の周りが、くすぐったい! 

 耳を舐められている、そう気がついた時、ミルクは身体を思い切り捩りたい衝動に駆られた。

 

「ラテ……? どうしたの?」

 

 くすぐったさが、耳周りで渋滞している。

 必死で声を抑えるが、ラテの舌は的確に、ミルクのくすぐったいポイントを突いてくる。

 

「……ル」

「る?」

 

(や、やめるミル! バレちゃうミル!!)

 ミルクは心の中で絶叫するが、ラテはやめてくれない。

 

「アン! キャウウン!」

 

 心中でどれだけ叫んでも、ラテはやめてくれない。

 しつこいくらいにくすぐったさの溜まり場を舐めてくる。

 

「ル……ミルミ……ル」

「ん? 今誰か喋った?」

「いや?」

「私達ではありませんね」

 

 声を抑えているのは、今や彼女にとって最大限の抵抗だ。

 くすぐったさは、とっくに限界を超え、熱へと変換されている。身体の芯がマグマになってしまったかのようだ。

 

(お、お願いミル……!! く、くふ……っ!! み、みみの裏は反則……み……ミル……)

 

 ラテの攻撃は、止まる事を知らない。

 少しずつ早くなってきているようにも感じる。

 

「ペロペロ……」

(も……もうダメ、ミルゥ……!!)

 

 数秒後、ついに、ミルクの我慢が決壊した。

 

「ふ、ふくくくく!! く、くすぐったいミルッ!!」

 

 体を捩り、耳を捻り、くすぐったさから逃れる。堪えていた笑いが、一気に口から噴出した。耳を丸め、目から涙を流しながら、ミルクは笑い転げた。

 そこでミルクは気がついた。

 ここは、少女の手の上だ。

 恐る恐る顔を上げると、栗毛型の少女が、目を丸くしながらこちらを見ていた。

 

「あ……」

「ミル……」

 

 少女が、凄まじい悲鳴をあげる。

 

「ウ、ウゴイタァァァァ!!?」

「ミル──────ッ!!?」

「シャ、シャベッタアアアァァァァ!!?」

「ミル──────ッ!?」

 

 ひたすらに悲鳴をあげる2人。

 長い、長い悲鳴が渋谷の夜にこだまする。街ゆく人々が、振り返っている。

 

「ってしつこいミル!」

 

 ミルクは、真白い大きな耳でひなたのほっぺをぶっ叩く。

 正体がバレてしまったら、する事は一つ。超高速の撤退だ。

 私は駆け出す。アテなど無い。とにかく逃げ惑うのみだ。その様子を見て、ピンクブラウンの髪の少女が頷いた。

 

「やっぱり、この子、のぞみちゃんが言ってた……」

 

 カグヤのコンサートが始まるまで、あと2時間と数分。

 それぞれの思惑を胸に、少女達は動き出していた。




私が本格的にプリキュアの二次創作を書き始めたのは、ハグプリ×ジオウの二次創作からでした。件のくくれ氏に、どうしても本作の執筆をお願いしたいと頼まれ、観始めたのがきっかけとなります。
私の専門はガンダムやライダーのため、当初はプリキュアシリーズを女児向けアニメと馬鹿にしている節がありました。ですが、実際に作品を視聴すると、その物語構成の緻密さ、分かりやすいストーリーの中に込められた温かなテーマに驚かされました。
現状私が観ているのは、ハグプリ、プリキュア5シリーズ、ヒーリングっどの4本ですが、他のシリーズも制覇したいものです。
一番思い出に残っているのは……やはり、ヒーリングっどですかね。サウザーとコラボらせたのが懐かしいです。
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