ゆめのまちanother『くるみのゆめアール大作戦』 作:TAMZET
渋谷での戦闘や、のどかっちとカグヤちゃんの話し合いも書こうか悩んだのですが、もう映画でやってる事をやらなくてもいいんじゃないと元作者さんより言われました、こうしてカットする運びとなりました。
そんな感じで始まります第五話。
夜も更け、大都会も闇夜と電飾に包まれる頃。
月がビルの山脈を越えても、人並みは絶えることなく道路を埋め尽くす。
そんな大都会の一角。
ビルの影に隠れ、仕事をサボっている新人の姿があった。小洒落た紫のスーツに身を包み、開いているのか閉じているのか分からない細い目は薄闇色の夜空に向けられている。
彼の側では、ブンビーの焦燥に満ちた声が今日も今日とて聞こえてくる。
「まったく、忙しないですねぇブンビーさんは。人生には、適度な休息とユーモアが必要ですよ」
新人はため息をついた。
さも、労働など自分の仕事ではないとでも言いたげに。
「……うん?」
地面を這っていた新人の視線が、ふと何かを捉えた。
白い何かだ。小動物だろうか。
新人は眉を顰める。
こんな時に現れるのはゴキブリか。しかし、ここは屋外である。そもそもこの生き物は白い。
ゴキブリと考えるには、実に不自然だ。
「うん? これは……」
新人は、小動物を摘み上げる。
モフモフとした感触、これは毛皮か。
小動物は、新人の手のひらに乗るほどの大きさだ。それでいて、狐のような外見をしている。
頭だけが異様に大きい。
こんな生物がいるのだろうか。
「キツネにしては小さいですね。動物園にでも売り飛ばして、社の維持費の足しにでもしましょうか」
「エゴエゴ……失敗。代わりの夢、探さないと」
「うん? 今しゃべりました?」
小動物の細目が、新人を捉える。
その中にある赤い瞳が、キラリと輝いた。
「お前の夢、面白そう」
エゴエゴは、気味悪くニタリと笑った。
渋谷での激戦から1時間と少々。のぞみが宿泊先のホテルに辿り着いた時には、既に時計の針は8時を回っていた。
そこから荷物を取り出し、着替えを用意し……全ての準備を整えた彼女は、ベッドの上に身を投げ出した。
ボーン……ボーン……
くたびれた柱時計の音が、下層階から響いてくる。潮の混じった夜風が、窓の隙間から入り込み、彼女の桃色の髪を揺らす。
おなかが空いた。
ホテルのバイキングはもう始まっている。本当ならすぐにでも行きたいが、みんなの準備が整うまではまだ時間がかかりそうだ。
外の風を浴びつつもぼんやりと外を眺める。
ふと、視線が白い何かを捉えた。
そこには、彼女の良く知る少女の姿があった。
「カグヤちゃん!」
弾かれたように、のぞみは駆け出した。
空腹も忘れ、力一杯駆ける。
ホテルの前では、変わらずカグヤが立っていた。ひどく疲れた表情をしている。今にも倒れそうな予感さえする。
「カグヤちゃん!」
のぞみは、息を整えながら、彼女へと呼びかけた。
カグヤは疲れを忘れたように、ぱあっとその笑顔に向日葵を咲かせた。
「……のぞみちゃん!? のぞみちゃんもここに泊まってたんだ!!」
その朗らかさに、のぞみの頬の糸も少し緩む。
しかし、その言葉の中に少し引っかかるものを感じ、彼女は首を傾げた。
「私も?」
のぞみの質問に、カグヤはにこやかに笑んだ。
「うん。友達が、ここに泊まってるの」
「あっ、そうなんだ!」
妙な偶然である。
その友達に会ってみたい気持ちが、のぞみの中で育ってゆく。
が、そんな好奇心は、さらに重大な発見により即座に打ち消された。
カグヤの腕には、小さな擦り傷がいくつもあり、服には血が滲んでいたのだ。
「怪我してるじゃん! 大丈夫!?」
「うん……私はなんとか。でも、お客さんの中にはもっと怪我しちゃった人がいたみたいで……私、もう戻らないと」
カグヤは、踵を返して立ち去ろうとする。
向日葵は萎んでいた。
夜の闇に、小さな背中が溶けてゆく……
ガシッ!
真白く小さな手を、のぞみの手が取った。
小さいが、力強い手だ。
その力は決して強くはないが、しかし振り払わせない不思議な力が、カグヤの歩みを止めた。
「カグヤちゃんも大変だよ! 部屋まで来て! 手当てするから!」
カグヤは手を引かれるままに、のぞみ・りんの二人部屋へと招かれた。肩を押さえられ、無理やりベッドに座らされた数秒後、のぞみが救急箱を手に走ってきた。
「お手当て開始!」
のぞみの手が、透明な箱から包帯や絆創膏を次々と取り出してゆく。その中には、要らない軟膏やピンセットの類もあった。
包帯にハサミが通らなかったと思えば、絆創膏のシールが剥がせずに苦戦する。
その手つきの不器用さに、カグヤは思わず苦笑した。
カグヤの手は、アイドルとは思えない程に汚れていた。
爪の間には、赤黒い何かが入っている。
のぞみは、慣れない手つきで、その手を包帯でぐるぐる巻きにした。これでは何もできない、口を開きかけたカグヤだが、のぞみの真剣な表情を前にすると、何も言えなくなった。
やがて、治療が終わる頃には、のぞみの手の方が、まるで鎌鼬にでもあったかのようにズタズタになってしまっていた。
それでも、のぞみは「えへへ」と笑う。
視線の先にあるのは、包帯でぐるぐる巻きになったカグヤの手だ。
「お手伝い、したんでしょ?」
カグヤはコクリと頷く。
包帯の先が、ススリと動く。
「えらいね」
「えらくなんかない……私のせいで、あんな事になっちゃったし」
「カグヤちゃん……」
「それに、本当にえらいのは、怪物を倒したのどかち……プリキュアのみんなだから」
カグヤは申し訳なさそうに俯いた。
のぞみは慰めの言葉をかけようと口を開くが、うまく言葉が出てこない。カグヤは続ける。
「ごめんね……せっかくコンサート、見にきてくれたのに。昼間はあんな事言っちゃったけど、私、本当はのぞみちゃんにも、見てもらいたくて……だから、お客さんの中にのぞみちゃんがいた時、少し嬉しかったんだ」
「そう、だったんだ。私こそ、最後まで見られなくて、ごめん」
「大丈夫。それよりも、のぞみちゃんが無事で良かった!」
カグヤは屈託無く笑った。
数瞬前までの悲しみは、もうその表情の中には無かった。心の底からの笑みのようである。
その笑顔に、のぞみもつられて笑顔になる。
ゆめアールプリンセスと呼ばれるだけあって、天使のような笑顔だ。
だが、その笑顔は、すぐに崩れる。
カグヤの心の奥の悲しみが、崩したのだ。
「でも、こんな事になるなら、もうコンサートなんてやらない方がいいのかも……」
「どうして?」
「私のせいで、傷つく人が増えるから。私がコンサートをすると、いつもあの怪物が来るの」
「でも、それはカグヤちゃんのせいじゃ……」
「いいの。私が歌うのをやめればいいだけなんだから。それで傷つく人がいなくなるなら……」
カグヤの声は暗く沈んでいる。
のぞみは考える。
たしかに、カグヤの歌で怪物が来るなら、歌をやめれば済む事なのかもしれない。それは一つの解決になるだろう。
それは、カグヤの願いを叶える事になるのかもしれない。
だが……
「……そんなの、ダメだよ」
のぞみには、許すことができなかった。
理不尽な暴力で、友達の夢を壊されるのが。
のぞみは、カグヤの目をまっすぐ見つめる。
「コンサートを邪魔したのはあの怪物でしょ? カグヤちゃんのせいじゃない。それに私、カグヤちゃんの歌、もっと聞きたいもん!」
「のぞみちゃん……」
「またやろうよ、コンサート! 今度も、絶対絶対ぜーったい、私達が守るから!」
カグヤの表情に、少しだけ笑顔が戻った。
作り笑いの天使の笑顔ではない。
本物の、少女の笑顔だ。
「う、うん……! 分かった!」
二人は、和やかに笑いあった。
そして、いろいろな事を話した。
自分達がサンクルミエール学園から来た事。
街に大きな時計塔があるという事。
美味しいカレー屋さんがあり、色とりどりの花が並ぶ花屋さんがある事。
夕食に呼びに来たココも、二人の楽しげな様子に、気を利かせて静かに出て行く。
話はやがて、互いの身の上話に移った。
のぞみは、その中でカグヤが我修院博士の娘だという事、あの怪物・エゴエゴはその博士が作った生物が暴走したものだと知る。
エゴエゴを作り出した、科学の天才博士……のぞみの頭の中では、博士が恐怖の大魔王のように高笑いをしていた。
「エゴエゴは、強い夢の持ち主を狙って襲ってくるの。のぞみちゃんの夢は、すごく大きかったから……」
「だから、私達に東京から逃げるようにって言ったんだ」
「そうなの。エゴエゴに蕾を奪われた人は、目を覚さなくなってしまうから……」
カグヤは泣きそうな目でのぞみを見た。
のぞみは慌てて取り繕う。
「でも、大丈夫! 今度から、エゴエゴに襲われそうな人がいても、きっとプリキュアが助けに来るから」
「プリキュア……それって、のど……キュアグレースの事?」
「うん! それと、プリキュア5も忘れないでね」
カグヤは少し考え込み、「あぁ」と声を漏らした。
「プリキュア5……グレース達と一緒に戦ってくれた。かっこよかったなぁ……」
「そうですかぁ! いやぁ、照れますなぁ!」
のぞみは、まるでおじさんがするように、「はっはっはっ」と元気よく笑ってみせる。
その様子を、カグヤはポカン見つめている。
不思議な空気が、二人の間に流れた。
「そういえば、なんだけど……」
空気を変えたのは、カグヤだった。
「のぞみちゃんは、お菓子職人さんが夢なの?」
「どうして?」
「昼間、お菓子ばっかり出してたから」
「あ、あー。あれは、ただ沢山お菓子が食べたいなぁって思ったから出してただけなんだ」
のぞみは、バツが悪そうに頭をかいた。
では、自分の夢はなんだろう。
少し考え……のぞみは、話し出した。
「実はね、私の将来の夢……先生、なんだ」
「先生って、学校の?」
のぞみの口から、すぐに返答は無かった。
少しの間ののち、のぞみの口から出てきた返事に、カグヤは首を傾げた。
「……たぶん」
「たぶん?」
首を縦に振り、のぞみは続ける。
「最初は、学校の先生が夢だったんだ。私の大好きな人が、先生をやってて……私もその人みたいに、みんなに授業がしたいと思った」
「うん……」
「けどね。色んな人に出会って、沢山の仲間と協力して、分かったの。学校で勉強を教えるのだけが先生じゃないって」
「……」
カグヤは、いつしかのぞみの話に聞き入っていた。彼女の中には無い価値観が、そこにはあった。
まるで指揮棒でも振るように、のぞみは大きく手を広げる。
「色んな人に、勉強以外の事も、遊び方も、ひまわりの育て方も、いっぱいいっぱいいーっぱい! 教えられる先生になれたらいいなって」
「そっか! 学校の中にいたら、沢山の子に教えられない……」
カグヤはそこでようやく、のぞみの言いたい事に気がつく。でもそれを言葉にしようとして……つっかえた。
彼女の中の常識が邪魔をするのだ。
吐き出すように、カグヤは尋ねる。
「でも、学校じゃなくても、いいの? 先生なのに?」
「うんっ!」
のぞみはあっけらかんとした様子で答えた。
「りんちゃんとかかれんさんには、不真面目って言われるかもしれないけど……私は学校で授業をするだけが先生じゃないと思う」
「そう、なんだ。私には、よく分からない、けど」
「あ、でも、学校で授業するのも嫌いじゃないんだよね。どこで先生やるのかは、まだ、迷い中かな……」
のぞみの言葉を聞いているうち、カグヤは頭が冴え渡るような気分になる。今まで自分の考えを縛っていた鎖が、解けてゆくような。
(そっか、のぞみちゃんは……自由なんだ。これができないとか、これだからできないとか、そんな事を最初から考えてない……のぞみちゃんの夢が一番大きい理由、分かった気がする)
カグヤは自分の中で感じてた胸の支えのようなものが、少しずつ軽くなるのを感じ始めてた。
カグヤ結ばれていた口元が、綻ぶ。
「カグヤちゃんの夢は?」
突然話を振られ、カグヤは目を丸くした。
夢……ゆめ……なんだろう。
考えたこともなかった。
だが、考え始めると、それはまるで風船の中の空気が噴き出してくるように、無限に彼女の頭の中に現れ始めた。
カグヤはふふっといたずらっ子のように笑う。
「……うーん、秘密!」
「えー!?」
ふくれっ面を浮かべるのぞみを揶揄うように、カグヤは立ち上がり扉の方へと歩き出す。
のぞみが、勢いよく立ち上がった。
カグヤは、軽くなった身体で、風のように駆け出す。
彼女の頭の中には、一つ夢があった。
彼女はその夢を、叶えたいと思った。
そして、願わくば、その夢を叶えた時にはのぞみも一緒にいて欲しいと思った。
「カグヤちゃーん! 待ってよー!」
カグヤは扉を開けて出て行く。
のぞみ、その後をついてゆく。
少しして……部屋には、静寂が戻った。
のぞみがカグヤと出会うのと時を同じくして……ミルクは、ココ・ナッツ部屋の戸を叩いた。
少しして、昼間と同じ服装に身を包んだ小々田が扉の奥から現れた。
ミルクは丁寧に腰を折る。
「ココ様、ナッツ様! こんばんは」
「ミルク。良く来たね」
くるみの挨拶に、小々田は眩しい笑みを浮かべた。夏は、本の端から目をやるだけだ。
小々田の笑顔に、くるみも会釈で返す。
「さっきの活躍、凄かったじゃないか! ダンサーさんも助けられたし、敵も追い払えた」
「お褒めに預かり光栄です! 一時はどうなる事と思いましたが、ココ様とナッツ様のお陰でなんとかなりました!」
「いやいや、ミルク達の頑張りあってこそだよ。でも、無事に解決して良かった」
「はい! 不詳、美々野くるみ、これからもプリキュア兼、準お世話役として精進を……」
パタン!
乾いた音が、くるみの言葉を遮った。
夏が、読んでいた本を閉じたのだ。
顔を見なくても、明らかに不機嫌なのが分かる。くるみは、恐る恐る夏の方を仰ぎ見た。
「ナッツ様?」
夏は鋭い視線をくるみへと向けた。
咎のある者を見つめる目つきだ。
くるみは怒られると思い、咄嗟に肩をビクッと震わせる。
「くるみ」
夏は低い声で呼ぶ。
その声の重さに……くるみは返事ができない。
「俺はのぞみ達の面倒を見て欲しいと言った」
「は、はい……」
何の件について怒られるのか察し、くるみは俯いた。身を縮こませ、上目遣いで夏を見る。
「聞いたぞ。迷子になって、みんなを振り回したそうじゃないか」
「そ、それは、のぞみがミルキィノートを勝手に持って行ったからで……」
「そうでなくても、ミルキィノートを持っているのは俺のはずだ。こういう事になるのを予想して、ノートを借りに来るか、事前に連絡手段くらいは用意しておくべきだろう」
くるみは、硬く両手を握りしめた。
唇はキュッと結ばれている。
夏はそれを一瞥し、少し視線落とした……が、変わらずくるみに厳しい目を向ける。
そこには、明らかな糾弾の意思があった。
「ミルクなら大丈夫だと思ったから、頼んだつもりだ。それは俺の見当違いだったのか?」
「……」
くるみは返事をしない。俯いたままだ。
見かねた小々田が、二人の間に入る。
「ナッツ……そんな言い方は無いだろう。ミルクが頑張ったから、さっきだって怪物を追い払えたんだ」
「それとこれとは別の話だろう」
夏の迫力に、小々田は押し黙るしかない。
俯いたままのミルクを再び睨めつける。
「『準』お世話役、ミルク」
低い声で強調される、『準』の言葉。
その語気に、くるみはまた、ビクッと身体を震わせた。
「軽率な行動で仲間を惑わせ、自分の失敗を顧みない。そんなことで、王族と国民を繋ぐ世話役が務まると思うか?」
「……」
くるみは、黙ったままだ。
ひたすらに、黙ったまま。
だが、彼女の足元に……一滴……また一滴と……水滴が垂れるのを小々田は見逃さなかった。
夏は怒りのままに、くるみへと迫る。
「いつそのお世話役の『準』は取れるんだ」
「……」
「俺達は、いつまで待てばいい?」
「……」
「もし進歩が見られないようなら、もう一度王国に……」
「ナッツッ!!」
小々田の一括に、夏の動きが止まる。
その隙を突くように、くるみは部屋を飛び出した。
「ミルク!」
小々田が部屋から出た瞬間、くるみの部屋の扉が勢いよく閉じた。
「ナッツ! 今のはいくら何でも……」
「言い過ぎたとは思ってない。ミルクももう子供じゃないんだ。パパイヤももう歳だ。アイツには、一人前になってもらわなければ困る」
「だからと言って……」
小々田はそこで、夏を見た。
夏は、口を堅く結び、壁の方を見つめていた。
小々田は「ふぅ」と息を吐き、部屋の外へと歩き出す。
「……‥探してくる! 彼女には僕から言って聞かせるから、ミルクが帰ってきたら、ナッツもちゃんと謝れよ!」
そう言い残し、小々田は部屋から出て行った。
「まったく……」
夏、片手で頭を押さえ、ため息をついた。
部屋には、嫌な空気が漂っていた。