ゆめのまちanother『くるみのゆめアール大作戦』   作:TAMZET

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かれミルっていいですよね。
今回はかれミル回です。
よしなに。


第六話『くるみの涙』

 柱時計の短針も、もうすぐ9を指す頃。

 バイキング会場は、まだホテルの客達で賑わっている。

 

 入り口から、桃色の弾丸が一つの席を目掛けて飛び出した。

 

「みんなお待たせー!」

 

 その言葉に、席にいる全員が振り向いた。

 のぞみ、りん、こまち、うらら、かれん、それに……小々田と夏だ。

 

「あー! 遅いですよのぞみさん!」

「もうみんな食べ始めてるよ。ココなんか、さっきからシュークリームばっかり!」

 

 りんの鋭い指摘が矢のように小々田を襲う。

 小々田は、バツが悪そうにそっぽを向いた。

 

「こ、こういう時くらい許して欲しいなぁ。後でダイエットはちゃんとするから」

「後で苦労するって分かってるなら、控えればいいのに」

「まったく、また狭い隙間につっかえてもしらないぞ」

 

 りん、ナッツの忠告を、ココは笑って聞き流す。

 そんな中、かれんは一人、心配そうな表情を浮かべていた。

 

「みんな、くるみを見なかった? なかなか来ないから、心配しているのだけど」

「ううん? 部屋の電気は点いてたから、まだ中にいるんじゃない?」

「くるみは……少し体調が悪いみたいなんだ。さっき部屋を訪ねたら、そっとしておいて欲しいって言われたよ」

「……分かったわ。ココ、ありがとう」

 

 スキップ混じりにバイキングへと向かうのぞみ。

 少しして、かれんが席を立った。

 

「ごちそうさま。先に部屋に戻ってるわね」

「あれ、かれんさん?そのお皿……」

「ふふ……続きは部屋で食べるわ」

 

 首を傾げるりんに構わず、かれんはバイキングを去った。

 かれんと入れ替わりでこまちが戻ってきた。更には、いっぱいの氷菓子が盛り付けられている。

 

「こまちさんも、ほどほどにした方がいいですよ」

「はーい……」

 

 やがて、のぞみが戻ってきた。

 その皿の上の盛り合わせに、うららが声を上げる。

 

「あーっ! のぞみさんお菓子ばっかり!」

「よくないよ〜。バランスよく食べないと、そのうちいつかのココみたいに、ぶっくぶく太るよ」

 

 小々田は遠い目をしている。

 魂がどこかへ飛んでいってしまったかのような目つきだ。

 

「大丈夫だってばー! それじゃ、いただきまーす!」

 

 のぞみは皆の言葉の矢をひらりひらりと躱し、食事を始めた。

 山ほど盛られたお菓子が、手品のようなスピードで消えてゆく。

 

 「わっ!?すっごい早食い」

 「手品みたいですね」

 

 やがて、その場の誰よりも速く皿をきれいにしたのぞみは、口周りも拭かず、口を開いた。

 

「私、さっきカグヤちゃんの夢、聞いちゃったんだ」

「え!? カグヤちゃんと会えたんですか?」

「何で言ってくれなかったのよ!」

 

 2人からの非難の視線を、のぞみは遠くを見つめる事で躱す。

 口の中に頬張ったエクレアをゴクンと飲み込むと、のぞみは順を追って語り出した。エゴエゴがカグヤのお母さんによって作られた事、そのエゴエゴが暴走している事。

 そして、カグヤの夢を明かしてもらった事。

 

「カグヤちゃんの夢……それはね」

 

 テーブルの前に身を乗り出すのぞみ。りんやうららが彼女の口に耳を近づける。こまちは、お淑やかに座ってこそいるが、耳を大きくしてのぞみの発表に備えていた。

 のぞみかそれを語った瞬間……皆は一様に目を見開いた。

 

「えーっ!? お母さんのために、コンサ……」

「しーっ!!」

 

 のぞみに人差し指を立てられ、うららは、慌てて口の前にバッテンを作る。

 みんな、何も言わずとも頬が緩んでいる。

 顔にウキウキと書いてあるようだ。

 

「カグヤのお母さんって、あの我修院サレナよね?」

「がしゅーいん? されな?」

 

 首を傾げるのぞみに、小々田がすっと指を一つ立てる。

 腹の肉が僅かに揺れるが、本人は気が付かない。

 

「ゆめアールを作った、天才科学者だよ! 教科書にも載ってる、現代の偉人さんだね! というか、うららには前の授業で教え……」

「へぇ! すっごい人なんだ!」

 

 のぞみをはじめとして、皆の目がいたずらっ子のように輝いた。皆の想像がありありと浮かぶようだ。のぞみだけは、天才科学者と聞いて電気を全身に纏わせた大魔王を空想していたが。

 

「それでね、実は、作戦があって。そのコンサートをね、私たちで……」

 

 のぞみの語りに、彼女達はズイと身を乗り出す。

 最早作法など誰も気にしていない。

 

「って言う作戦! どう?」

 

 のぞみの作戦を聞いた一同は、皆一様に笑みを浮かべていた。悪戯っ子がとんでもない作戦を思いついたような、そんな笑みだ。

 

「最高じゃないですか!」

 

 口火を切ったのは、うららだ。

 

「のぞみにしては冴えてるじゃん」

 

 りんもそれに続く。

 

「でも、お誕生日は明後日なんでしょう? 今のうちからゆめペンダントで練習をしておかなきゃ!」

「忙しくなりそう」

 

 うらら、何かに気がついたのか、手を挙げた。

 

「あ、でも、エゴエゴはどうするんですか? また襲われたら、コンサートどころじゃないですよ」

「ふっふっふっ……」

 

 のぞみは待ってましたとばかりに、腕を組み、ばぁーんと無い胸を張る。

 

「その前に、私たちで、エゴエゴを捕まえちゃおうよ!」

 

 そののぞみの発言に、皆の顔が変わった。

 悪戯っ子から、逞しい戦士の顔に……

 


 

 その夜……

 

 くるみは、ベッドに伏せていた。

 枕に顔を埋めたまま、ピクリとも動かない。

 

 ナッツから逃げた。

 のぞみにも酷いことを言った。

 もう、どんな顔をしてみんなの前に顔を出せばいいか分からない。

 彼女はそんな事を考えていた。

 

 キィ……

 

「……?」

 

 扉の開く音に、くるみは身体を硬らせた。

 顔を上げる勇気は無い。

 耳に意識を集中し、訪問者の正体を推理する。

 

 緩やかな歩調……擦るような足音だ……スリッパを履いているのだろうか……今、ベッドに座った……? …………微かな香水の香り……この匂い、知ってる……これ……

 

(かれんだ……)

 

 僅かに枕から顔をずらし、細めで隣のベッドを見る。やはりと言うべきか、直感通りだ。

 彼女はかれんと相部屋である。

 ノックをしなかったのも、自分の部屋だったと考えれば頷ける。

 

 訪問者の正体がかれんだったと分かった瞬間、くるみはかれんの元へ走っていきたい衝動に駆られた。

 

 いますぐ、その温かな胸に飛び込みたい。

 抱きついて、思う様泣いてしまいたい。

 だが、そんな想いに反し、彼女の身体は微動だにしない。意地という下らない理性が、衝動を邪魔するのだ。

 

「くるみ?」

 

 優しい声で、かれんは声をかける。

 くるみは、答えない。

 枕に顔を押し付けたままだ。

 

「お夕飯、持ってきたわよ」

 

 夕飯のキーワードに、腹の虫が音を立てる。

 お腹が減っているのは間違いない。

 けれど、身体は動いてくれない。

 近くで、カタンと音がした。

 チョコの甘い香りが漂ってくる。

 

「ココから聞いたわ。迷子になった事、ナッツから怒られたのね」

「……私は悪くない」

 

 下らない意地を張ってしまう。

 自分が嫌になる。

 

「そうね。確かに、くるみだけが悪いわけじゃないわ」

 

 かれんは優しい口調で続ける。

 

「班決めの時、くるみを一人にした私達も悪かったわ。まさか、連絡手段を待っていなかったなんて思わなくて」

「……それはもういい。迷子になったのは、たしかに、私が悪いから。ナッツ様との約束を守れなかった私がいけない」

「……別の事で、悩んでるのね」

 

 くるみは僅かに頭を動かす。

 流石はかれんだ。

 本当に辛い時、それに気がついてくれる。

 

「私達の、夢の事?」

「……」

「くるみだけゆめペンダントを使わなかった事と、なにか関係あるの?」

「使わなかったんじゃない。使えなかったの」

 

 そう言えた瞬間……くるみは心の栓が抜け、感情の洪水が噴き出したように感じた。

 焦り、悲しみ、悔しさ、情けなさ、辛さ、寂しさ……自分への怒り。

 鼻声のまま、彼女は全てを吐き出した。

 

「どうせ、私に夢なんて要らないのよ! のぞみやかれんみたいに、ちゃんとした夢なんて無いんだから!」

「そんな事ないわ。お世話役だって、立派な夢よ」

「そんな事なくない! どうせ私は、お世話役にはなれないのよ。どこまで行っても、準お世話役。永遠にお世話役になれない、準お世話役」

「大事な事は、そこじゃないんじゃ……」

「大事な事よ!」

 

 枕から顔を起こす。

 かれんが、辛そうな顔でこちらを見ている。

 心の底から、申し訳なくなる。

 でも、今はこの胸の中にある気持ちを、全部ぶつけたい。

 身勝手な欲求が、理性に勝った。

 

「かれんはお医者さんじゃなくて、一生準お医者さんのままでもいいの!?」

「準お医者さん……?」

 

 そんなものあるはずない。

 くるみは頬を赤らめる。

 でも、かれんはそれを茶化さない。

 真っ直ぐに、くるみの目を見据えている。

 

「お医者さんは、たしかに大事な夢よ。諦める事なんて考えられない。でも、大事なのはお医者さんになる事じゃないの」

「じゃあ、なんなの?」

 

 かれんは少し間を置き、固く言い放った。

 

「苦しんでる人を助けることよ」

 

 かれんの言葉は矢となって、くるみの胸を貫いた。

 声が、うまく出ない。

 何で、こんな事に気が付かなかったんだろう。

 頭の中でぐるぐる回る言葉に、意味が持たせられない。でも、かれんは、そんな心も、言葉にしてくれる。

 

「くるみは、かっこいいお世話役になりたいのよね。だから、完璧な自分にならなきゃいけないと思ってる」

「……」

「でも、本当に大事なことは、皆の言葉をココとナッツに届けることじゃないかしら。手紙を書いたり、王国の復興の様子を見てきたり、くるみも頑張ってきたでしょう?」

「……うん」

 

 誰も、私の事は褒めてくれなかった。

 透明な手紙を、何通も何通も送り続けた。

 身勝手な、自己満足だと思っていた。

 けれど、かれんは……

 心に一陣の風が吹く。

 心の奥で燻っていた火が、ぱちぱちと火の粉を散らす。

 

「仮にも王様のお世話役なんて、簡単にできる事じゃないものね。夢の大小を比べるなんてするつもりはないけれど、あなたの夢が大変だって事は分かっているつもり」

「…………うん」

 

 心が、熱くなる。

 爛れてしまいそうなくらい。

 息が苦しい。もう、吐き出してしまいたい。

 

「私の前では、無理しないでいいわ」

 

 かれんの手が、ぽんと頭に乗せられた。

 看病をしてもらったあの日と同じ、あったかい、手のひらだった。

 

 もう、限界だった。

 

 いつのまにか、くるみの変身は解けていた。

 飾らない、ありのままの姿で、ミルクはかれんの胸に飛び込んだ。

 

「かれん〜〜〜っ!!」

「よしよし……」

 

 これまで溜め込んできたものを全部涙に変えて、ミルクは泣いた。

 ひたすら、ひたすら……ひたすら……泣いた。

 

「うわああああああんっ!!」

 

 泣き腫らすくるみをかれんはずっと、抱きしめた。その温かな胸の内に、抱いていた。

 

 ≒

 

 どれくらい時間が経っただろうか。

 ミルクは、かれんの腿の上に寝転がっていた。

 身体が、羽のように軽くなっていた。

 

 かれんの熱が、身体に染み込むようだ。

 ここが、一番安心できる。

 この世の、どんな場所よりも、だ。

 

「でも、ナッツもどうしてそんなに焦っているのかしら」

「今のお世話役はパパイヤ様ミル。パパ様は高齢で、本当なら次のお世話役に職を譲ってもいい歳なのミル。でも……」

 

 ミルクは、そこで言葉を切る。

 かれんも、大体の事情が飲み込めたのだろう、それ以上の質問はしてこない。

 そう、ココ様とナッツ様は、次のお世話役に彼女を推薦するつもりなのだ。

 パパ様もそれを承知している。

 だが、ミルクまだその器じゃない。だからこそ、パパイヤはお世話役を降りられない。

 

「焦っているのね」

「ミルクには、お世話役になる道しか無いミル。早く一人前のお世話役にならないと、ココ様とナッツ様を心配させてしまうミル」

 

 完璧なお世話役にならないと。

 また、嫌なものがミルクの心を締め付ける。

 負けるもんか。負けるもんか。

 彼女は耳を丸め、身体に巻き付かせる。

 ふと、視点がふわっと浮き上がった。

 

「ミル?」

 

 かれんに抱っこされていると気がついた時には、ミルクはもう窓の前に座らされていた。

 

「かれん? どうしたミル?」

「ふふ、ミルクと一緒に景色が見たくなったの。きっと、ミルクの助けになると思うわ」

「ミル?」

 

 窓の外には、東京の夜景が広がっている。

 ゆめアールで彩られた、幻想の街だ。

 

「何が見える?」

「暗い景色ミル」

「他には?」

「光ってる橋……自動車……とっても大きな大きな観覧車。きれいミル……」

「私にも見えるわ。暗い海と、青い月。空飛ぶ鯨さんと、お魚さん」

「ゆめアールで作ってるものもアリミル?」

「もちろん。何でもいいわ」

 

 二人は、写っているものを次々に言ってゆく。

 言い続ける度に、不思議と次から次へと、新しい目のが見つかった。今まで見えなかったものが見えるのは、楽しかった。

 私は夢中になって、窓の外を指さした。

 かれんに、勝ちたいという思いもあった。

 

 やがて、かれんの方が先に言葉が尽きた。くるみは勝ち誇ったように、とっておきの答えを言う。

 

「かれんとミルクが、写ってるミル」

「あっ! そこは気がつかなかったわ」

 

 窓に映るかれんの顔は、本当に感心したようであった。

 ミルクのしたり顔も映っている。

 先程の落ち込みはどこへやらだ。

 かれんは窓の中のミルクへと微笑みかける。

 

「ミルクにしか見えない景色があるように、私には私の夢がある。のぞみにはのぞみの、こまちにはこまちの……ミルクにはミルクの、ね」

「ミル……」

「私はお医者さん、ミルクはお世話役。自分のペースで、前に進みましょう?」

「自分の、ペース……分かったミル!」

 

 もう言葉で言われなくても、分かっていた。

 十分すぎるくらい、元気をもらった。

 ミルクは窓のヘリに立ち、えっへんのポーズをしてみせた。

 

「かれんの夢と、ミルクの夢……どっちが早く叶うか、勝負ミル!絶対負けないミル!」

「ふふ……望むところね」

 

 皿の上へと飛び乗り、かれんの持ってきたカステラへとかじりつく。甘いチョコの味が、口の中にふわっと広がる。

 

「美味しいミル……ほっぺが落ちるくらい美味しいミル……!」

「おしゃべりしていたら、お腹空いてきちゃった。私も食べていいかしら」

「もちろんミル!!」

 

 その後、二人は夢について語り合い、お風呂に入っても語り合い。

 やがて、眠くなり、布団に潜った。

 

 深夜、くるみはゆめペンダントを光らせる。

 昼間とは違い、ペンダントは淡い輝きを放ってくれた。

 光の中から現れたのは、光り輝く素敵なドレス。これを着れば、私もココ様とナッツ様に……

 伸ばした手……それは、ドレスへと辿り着く。

 指先に触れた途端、ドレスは消えてしまった。部屋には、暗闇が戻るが、淡い光が残っている。

 

「かれん。起きてる?」

 

 くるみは、変身してかれんの布団に潜り込んだ。かれんは気が付かないようだ。かれんの枕元には、真新しい東京都のマップがあった。

 きっと、ミルクが迷わないように、ホテルのフロントでもらってきてくれたのだろう。

 かれんの温かいプレゼントを胸に、ミルクは目を閉じる。

 

「ありがとミル、かれん……大好きミル……」

 

 綺麗なドレスを身につけて、舞踏会に行く自分を想像して。




今回はかれミル回でした。
共同制作時代、正直これまでの話を提出した時、4話までの流れは却下で、作り直そう的な話になっていたんです。
ですが、前回の5話や今回の6話で、継続が決まったんですよ。いやはや、かれミルは偉大だと思い知らされました。
こんな感じのシーンが、この後ちょくちょく出てきます。
お楽しみに。

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