「二人とも、大丈夫だったかしら?」
「え、ええ・・・一瞬何事かと思いましたが・・・学園が広くて助かりました・・・近所迷惑の意味も込めて」
「まだ頭が揺さぶられている感覚はしますが耳鳴りはしませんよ」
あの江田島先生の相変わらずのド迫力の・・・いや、もう兵器と差し支えない大音量の声で学園の一部は窓ガラスが大量に割れ、一部の小さな道具入れの小屋、木々の細い枝が折れていたりと散々な状況。
生徒会室も窓ガラスが割れているということでシンボリルドルフとエアグルーヴがいた時になって会いに来たが無事そうで安心した。窓ガラスも掃除済みのようだし。
「しかし・・・あれ、失礼・・・あの人がシンザンやセントライト、クリフジのトレーナーであり、オハナさんの先生とは」
「ええ。始まりの覇王。最強の戦士。永遠の女王。彼女たちを輩出して、私たちの先生でもある偉大な人よ」
「私も幼いころシンザンのレース後の表彰式の際にいたのを覚えていましたが、まさかこうして出向くとは」
「実際、もう二十年近くトレセン学園に足は運んでいなかったようだからね。たづなさんも理事長も学園で会うのは今日が初めてといっていたし」
信じきれないという感じのエアグルーヴに、自身の記憶力で引き出してようやくといった感じのルドルフたちを見てもしょうがないと言える。
トレーナー育成期間で教鞭をとることは多いが、ここ最近はめっきり表に出てくることがなかった。
私やたづなが聞けば『若い世代たちが日本を、ウマ娘業界を動かしていくべきだ。わしはその若い芽を育てていく。わしらを越える英傑を世に出して日本を賑やかにしてこい』といってのんびりたばこをふかす。現役時代の活躍と経歴を知れば最早隠居していたようなもの。
それが何年ぶりかにトレセン学園に来たかと思えば新入生を直々にスカウト。声でノックダウンした新入生メビウスワンは現在先生に保健室に運ばれて休んでいるそうだが。
「ところで、その江田島トレーナーは今どこに?」
「ええ。先ほど職員室で会ったけど、理事長と何か話した後にトレーナー契約の書類を用意していて、メビウスワンのサインとハンコがあればすぐにでも動けるようにしているとか」
「凄い気合の入れようですね・・・メビウスワンにはそれほどのものを?」
二人の発言に思い出すのはあの場にいたというスピカのトレーナー。ちょうどいいと聞いてみればメビウスワンには光るものが確かにある。と言っていた。私はリギルのトレーニングメニューと遠征を終えたルドルフの休養明けのプランを練っていた。
仕方がないと言えばしょうがないが一目見ただけであの人がここまで気にいるというのは。そのスカウトの流れはベテラントレーナーに聞けばあの三人をスカウトした時と同じだとか。
「多分・・・ね。まだまだデビューもしていない新人だけど、おそらくそれくらいの才能を持っていると思っておくべき」
「ふふ・・・それは嬉しいですね。私達ともいいライバルになってくれるかもしれないですし」
「会長に匹敵するほどのウマ娘ですか・・・戦うには少し後になるかもですが、それは・・・面白そうです」
三冠ウマ娘伝説のクラシック、ティアラ両方で始めさせたトレーナーの認めるウマ娘を相手にしてやる気を出してくれる二人に嬉しくなる。そう。シンザンを越えろ。これをもとに戦い続け、超えたのがルドルフ。そして女帝と呼ばれるエアグルーヴ。今や日本のウマ娘の頂点の一角だが慢心どころかやる気を出してくれる。
そういう意味では先生には感謝しかない。この新入生の成長次第ではリギルの成長の刺激剤としてこれ以上ないのだから。迷走気味のスズカにもいい刺激となるといいのだけど・・・
「あ、そういえばガラスや建物の被害総額。私理事長にもっていくけどどうする?」
「えーと・・・おおよその見積もりですが・・・」
「その、結構な値段に・・・」
一応の見積もりで出された今回の先生の大声で割れた窓ガラスの被害。芝の張替えに比べれば安いがかといって軽くない。・・・予想外の出費に理事長とたづなさん。頭を痛めなければいいけど。
「やぁああっ!!」
「ぬぅん・・・ぬるい!」
「ほわぁっ!?」
あの文字通りの大騒ぎから後日。無事にトレーナー契約を結んだ私と江田島トレーナーは早速トレーニングルームに移動。
何でか私はサンドバッグ目掛けてドロップキックを何度もぶつけ、江田島トレーナーはサンドバッグの裏から支えることで私を押し返してくる。床にマットを敷いているから痛くはないけど、もう息切れするほどに繰り返している。
その前はタックルやミット打ちを延々と。何が何だかわからないままこれを繰り返し続けて、夕暮れになるころにようやくブザーが鳴った。
「よし・・・これまでぇい! メビウス。よくやったぞ!」
「ぜー・・・あ、ありがとうございます・・・・で、でもこれ・・・走るためのトレーニング・・・?」
「うむ。まあそこも含めて話そう。片付けながら、身体を動かしながら話すぞ」
マットに突っ伏す私の疑問には応えてくれるけど、息切れしながらもすぐ止まるなということでどうにか立ち上がってマットやミット、グローブを片付け、モップをかける。正直、私は女子プロレス育成機関に来たんじゃないかと思うほど延々とキックとパンチをしまくっていた気がする。
「まあ、これはわしなりのやり方だがな。メビウス。お前の肉質、脚質、柔軟性、骨の具合を見ていたのよ」
「ようは・・・最初にしていた触診をさらに深くした感じです?」
「その通り。レースというのはとんでもない負担を全身に、特に足腰にくる。その衝撃を耐えきれるしなやかかつ強い骨か。そしてパンチやキックの際によどみなく全身の力を伝えていける動きがしみこんでいるか。それを見て見たかったのよ」
一応道理は通る・・・のかな? 二人でモップ掛けを終え、トレーニングルームを出てからグラウンドで二人とも用意していたお茶をすすりつつ練習している先輩たちの様子と落ちゆく夕日を眺める。んー・・・汗をかいた分水分が染みるわ。
「それで・・・どうでした?」
「そうじゃな。日本刀・・・しなやかかつ強い。おれず曲がらず、使い手に応える確かなものを持っておった。肉体も同様。まだまだ粗削りだがいいと言えよう」
「おおー・・・ありがとうございます!」
「じゃが! その素質も常に鍛え、磨き上げていってこそ! うぬぼれは許さんぞメビウスよ!!」
どうにも私の肉体はそれなりに江田島トレーナーのお眼鏡には敵ったようだ。その直後にすぐ引き締めにかかるのもしっかりと受け止める。後で調べたけども本当にこの人は日本のウマ娘業界、トレーナーたちにとっては伝説の人だ。この人に見いだされたと言って調子乗らないようにしよう・・・
後、ちゃんと声を抑えてくれるのが助かる。初対面のあれで話されれば私は毎日保健室に運ばれる羽目になるし。
「はい! それでー・・・江田島トレーナー。私の今後の予定ってどうなっているんです?」
「うむ。デビューは6月後半に向けていくことになる。その間みっちりとダンスも走りも鍛える」
「ほうほう・・・約二か月強ですか」
「そして、そこからひたすらに走り抜け、半年間は力を蓄える。そして来年からはクラシック三冠!」
ふむふむ・・・デビューして後はみっちりトレーニングになるのかな? クラシックに向けてひたすらコースの練習とかになるのだろうか。
「そして同時に目指すはティアラ三冠!!」
「え・・・?」
「更にはジェット機も使い合間を縫ってアメリカの三冠も目指す!! 日程は全て問題はない!! 聞けメビウスワン!!! わしらが目指すは九冠の栄光!! それに耐えられる肉体を明日から作っていく。いいな!!」
「ええ~~~~~~!!?!?」
思わず驚く私の声がグラウンドと夕方の空に吸い込まれていく。おおぅ。私の肉体はどうなるのか・・・後でジャスタウェイちゃんたちに引きずってでも寮に戻してもらえるよう頼まないと・・・
ちなみにシンボリルドルフを管理していた調教師の方曰くクリフジの方が最強と言ってのけたとか。日本最初期の三冠馬メンバーも本当にエピソードも含めて濃い。濃すぎる。
メビウスワン。9冠路線へ。一応モデルの馬は牝だったのでティアラ参加も大丈夫です。才能は江田島トレーナーもにっこりしそうなほどです。
次回からトレーニング開始。
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