こんな島は知らない。
未来はそう言ったが、ブラックホールによる海水の減少以降、世界中至る所に本来なら海の底の部分が島を形成している。
だが、この島が何かの目的で誰かの手が加えられていることは間違いなかった。
島からパイプが海中に伸び、海水を用いて霧を人工的に発生させている。
自然豊かだがその一方で道が整備されている。今のところ何者の気配もしないが、ずっと無人だった島ではないことは間違いない。
「道が綺麗すぎる。誰かいるのかな」
土の上に作った道はどのように舗装しても数年放置されれば草木に侵食される。
この島の道はその気配すらもない。
「ちょっと待って。…………。機械が動く音しか聞こえない」
耳を澄ませた未来は人の活動する音を探したようだが、少なくとも人間はいないらしい。
先ほどバードリングの能力を最大範囲で発動した際に反応した動物の位置から算出するに、この島は直径1kmほどの小さな島だ。
「機械か……アンドロイドの土地かもしれないな」
「そう思う。海流発生装置もあの霧の機械も、今の人間じゃ作れない。作れたとしてもここに置く理由が分からない」
「……考えても分かんないや。行こう。あっちだよな」
理由と言えばそもそも月も火星も海底も手にしているアンドロイドがこんな辺鄙な島を整備している理由がそもそも分からない。
なだらかな上り坂になっている道を二人で歩いていると、終にも判別できるくらい近くで機械音が聞こえ――――曲道でゴミ箱に手が生えたような機械と出くわした。
「マーッ! 殺人ロボ!」
当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、アイカメラを真っ赤にして頭部から飛び出した銃口をいきなりこちらに向けてきた。
終が能力を発動する前に未来が終をかばうように目の前に飛び出す。
「――――、――――。ビーッ」
「……あれ?」
次々とロボットが集まってきたが、何故か攻撃してくることはなかった。
電子音でロボット同士なにやら交信をした後、アイカメラを青くして元来た道を戻っていく。
「なんなの一体……」
「マジで……おーい。おいってば!」
ころころと車輪を鳴らしながら去って行く機械に石ころをぶつけるが、反撃どころか完全に無視だ。
「ちょっと! 刺激しないの! チンパンジーじゃないんだから!」
「はいはい! はい!」
道端で止まったかと思えば道に生えた雑草を抜いて、頭部を開けてその中に放り込んでいる。
ゴミ箱のような形だと思ったが本当にゴミ箱の機能を備えたお掃除ロボらしい。
そのまま一切敵対的な行動はせずに去って行ってしまった。
一瞬こちらを敵と認識したかのような様子を見せたのに何が何だか分からない。
とりあえず攻撃されないならそれでよしとして、更に歩いていくと坂の上に建物が見えた。
「家だ……」
「でっっっ」
と、『っ』が3個連なるほど大きい。これ程大きな家は旅の道中でも片手で数えるほどしか見ていない。
しかし、ただ大きいだけならここまで驚かなかった。驚くべきはその状態だ。
まるで今でも誰かが住んでいるかのように綺麗で、この島の環境を考えても住もうと思えばすぐにでも住めそうだ。
「なんだろ、あれ。牧場?」
「でも動物いねーな」
家のすぐそばに家畜小屋や放牧するためであろうスペースがあり、ロボットが手入れしているが肝心の動物がいない。
しかも家畜小屋の対面ではロボットがせっせと畑を耕して野菜を育てている。島の大きさから考えるに、今朝までいた村と同じくらいの規模だ。
汚染されたこの星にこんな宝島みたいな場所があったとは。
牧場と農場の主の家となればこの家の大きさも納得だ。今まで読んだ物語に出てくる牧場主もこれくらいの大きさの家に住んでいた気がする。
相変わらず人の気配は感じられず、仕方なく扉の前に立つ。扉を乱暴に叩いてみたが反応は完全にない。
「てかこの家鍵ついてないんですけど!」
「泥棒これないでしょ、そもそも」
そりゃそうだ、と言いながらドアノブを回す。やはり誰もいないように思えるが家の中はとても綺麗だ。
ここまで歩いてきて分かったが、掃除全般をあのロボットたちが行っているらしい。
恐らくは、家主が留守にしててもその仕事をやめることはないため屋内も綺麗なのだろう。
「…………牧場を営んでいる人の家には見えねぇな」
書斎には今まで終が読んだ量の1000倍はありそうな本があり、頭痛がしそうなタイトルばかりで言語もバラバラだ。
キッチンも綺麗に片づけられているが、食器棚の中に二人分のように見える食器が置かれているのが気になる。
「…………」
「未来?」
「私……ここにいたことある……」
「え? ここで生まれたの?」
「わかんないけど……家具の高さとか……部屋の間取りとか……目をつぶってても分かる……」
(住んでいたの? 誰と? どうして?)
よく見てみると、リビングや書斎の椅子も二人分ある。
記憶を失くす前の未来はここに住んでいて、能力者に襲われたのだろうか。
だがそれらしき形跡はまだ見つからない。
「あった!」
「!! これが通信装置か!?」
二階へと続く階段をのぼった先の廊下に窓があり、その前に丸机と椅子が二つある。
その机の上に見ただけで壊れていると分かる機械が置かれていた。
未来の通信装置が外された部分の形と大きさは覚えている。だが、どうも通信装置と何かの機械が高熱で溶けて固まりくっついてしまっており、このままでは取り付けられない。
そういえば未来に出会った時、身体中から高熱を発していた。まだたった半年前だから元の形に戻せそうだ、と手を伸ばすと未来に止められた。
「待って、怪しすぎる。せめて部屋を全部調べてから」
「確かに……ぶっ壊されて外されているのに、机の上に置かれているんだもんな……」
危険な予感はするが、今のところ何も起こっておらず、時々外から機械が動く音が微かに聞こえるだけ。
他の部屋を見て回ってもただ綺麗なだけで気になる物は何もなかった。
「……? お風呂あるのにトイレがないね」
「キッチンの水出るのにな」
流しの水道から出る水は今は貴重な汚染されていない綺麗な水だった。
色々見て回ったところ、後から付け加えたかのように外にトイレがあった。
作り忘れかと思ったが便所が外のタイプの家はそんなに珍しくない。
他の全ての部屋を調べて最後にたどり着いたのは寝室だった。
「このベッド、私のだ」
「は?」
未来が指さしたのはいつだかに泊まった宿のそれよりも見た目高級そうなベッドだった。
セミシングルのベッドはホテルマンが手入れしたかのように整えられており、埃の一つもない。
「私のにおいがする! ほら!」
「ほらって、わかんないよ」
未来が枕に顔を埋めている間に机の引き出しやサイドテーブル、本棚に目を通す。
当たりはクローゼットだった。出てきたのは12~14歳くらいの女の子が着るサイズの清潔な服の数々。
ここまで証拠が揃えば間違いない。この家はかつて未来の家で、この部屋は寝室兼居室。
半年ほど前まで未来は普通にここで暮らしていたのだ。
(あれ? なんでベッドは1つなんだ?)
もう全ての部屋は見た。他に寝室らしき部屋はなかった。
椅子や食器が二つセットであるのになぜベッドだけは一つなのだろうか。
一緒に誰かと寝ていたとしたら未来はそのにおいを嗅ぎ取っているはずだ。
「……通信装置持って外に行こう。ここで調べるのは危ない気がする」
「そうだな」
廊下に戻り、恐る恐る機械を手に取ったが特に異変は起こらない。
二人で放牧場を超えた平原に行く間、機械を手にしていた終はあることに気が付いた。
「これ……人の脳に似ている……?」
「どれ?」
「こっち側。通信装置じゃない方」
形も見た目も人の脳とは似ても似つかないが、触れると中の構造が人間の脳の一部と同相であることが分かるのは自分が夢を、もっと広く言えば脳を操る能力者だからだと思う。
村にいた間に簡単な物ではあるが医学の本も読み脳の各部位について学んだが、これは人間の脳でいう海馬と酷似している。
「私の頭の中にあったものってこと?」
「ちょっと頭触らせてくれ。……? なんか違う気がするな……」
頭部に傷を付けずに中身を取り出す手段なんかあるのかということは無視したとして、未来の頭の中に欠けている部分はないように感じる。
しかし、半年近く一緒に旅をしてきて今更アンドロイドの脳も自分の能力の対象であることを知った。
生きているのだから当然、と考えるべきなのだろうか。
「誰のだろう……?」
「……これ、俺の能力でこの中の記憶を夢にして見せることが出来ると思う」
今までもずっとそうだったが、出来ると思ったことは能力を使えばなんでも出来た。
これだけ人間の脳と構造が似ていて、ましてやその転送先は同じアンドロイドならば両手を媒介にして未来に記憶を見せることが出来るはず。
考えてみれば、この部品たちの時間を戻して元の形にしてもどのようにして接続すればいいかよく分からない。
ただの機械ならとりあえず試してみるだけだが、未来の身体を使ってそんな実験まがいのことは出来ない。
「…………」
「俺も『一緒に入る』。いざとなったらすぐ夢の世界から引き上げるから大丈夫だ、心配するな」
「うん。わかった」
流石ここまで一緒にいただけあって、どうしてほしいと指示する前に木のそばに未来は座り込み幹に背を預けた。
目を閉じた未来の額に手を当てるともうレム睡眠に入っていた。相変わらず羨ましい寝つきの良さだ。
部品に手を触れ壊れていない部分の記憶だけ吸い取る。右手の記憶が終の脳を通って未来の頭の中に流れ込んでいく。
記憶が終の脳を津波のように飲み込んでいくうちに自分が自分でなくなっていく。人格や考え方が記憶の主のものに変わっていく――――
************************************************
実験体は突然うめき声をあげはじめた。まだ15歳の少年だった。
レベル2と判定された少年の名もなき能力は、自分の体重以下の物体を動かすだけの弱弱しい念動力。
捕獲された哀れな能力者の目はくりぬかれ、聴覚は奪われ、手足は切り落とされている。
口には栄養補給用のホースが繋がり、性器には容器が取り付けられて24時間ごとに精液の採取が行われている。
いくつも繋がれたチューブからは常に麻酔が流れ込み最早意識が覚醒することはない。
例え一瞬現実に戻れたとしても、取り付けられた首輪は覚醒を察知して電流を流すうえ、そもそも外界を知る手段は五感からして断たれている。
だがそれでもその僅かな時間に、自分がアンドロイドに捕らえられてしまったという記憶を思い出してしまったのか、バイタルサインは異常値を示し始め――――
「死んだ」
ガラスの向こうで動かなくなった少年の脳から輝きが消えていく。興味が湧いて能力者管理施設を見に来たが気分のいいものではなかった。
捕獲した能力者は大抵一年もせずに死ぬと聞いたが、こんな管理をされては死んで当然だ。
だが指を一本も動かさずに破壊活動を行える生物ともなれば、五感の全てを破壊して現実を認識する機能を奪った上で管理するしかない。
現に数年前捕らえた第三帝国のレベル7、プレッシャーの管理を誤った際はアサイラムの10分の1が破壊され海に戻された。
「死んだのか!? なぜ……!」
乱暴に開いた扉の方を見ると別の回収部隊に所属しているG2-5in7が入ってきていた。
そういえばこの能力者は彼が捕獲したのだったか。
「残念だったな。せっかく回収してきたのに1カ月も持たなかった」
「……こんなことに一体なんの意味があるんだ……?」
「確かにな。きっと強力な能力者は地上でしか生まれないのだろう」
能力者から採取した精子と卵子から受精卵を作り出す実験はもう長い間行われてきたが、結果は正直コストに見合っていると言い難い。
元がレベルの高い能力者でも生まれるのは無能力者か、高くてもレベル3止まり。地上の歴史を振り返ると強力な能力者の子孫は同じく強力な能力者である確率がそれなりに高いのに。
記録を見る限り3万体以上生産されたが全て廃棄されてしまった。まったくもって資源の無駄でしかないと思う。
能力者が生まれた根本の理由は全知がその未来を見たからだが、全知が作り出した能力者誕生の理由は『新たな知性を持った種族による淘汰圧』だった。
自分たちよりも優れたアンドロイドという存在に対し、この星の支配権は握らせまいと人類種が全体で抵抗しているというのだ。
だからきっと地上でしか強力な能力者は生まれないのだろう。まるで神が争いを止めるなと言っているかのようだ。
「そうじゃない! こんな残酷なことを……」
「人間も動物に似たようなことをしていただろう。アンドロイドにも同じようなことをしていただろう?」
「そんなことは分かっている。お前はこれを見て何も思わないのか……?」
「優れた種族が自分たちより劣る種族に何をしたとして、誰が罰を与える?」
「俺たちが……優れているなら……なぜ人間と同じことを繰り返しているんだろうか……?」
「…………?」
元々変わった個体だったが、最近は故障なのではないかと思うほどに整合性の取れない発言が増えてきた。
何も思わないもなにも、自分が捕らえてきたのに何を言っているのだろう。
彼はSub-1295-446の下で回収にあたっているが、彼女はそもそもが相当壊れている。それなのに異様に強力な能力を与えられてしまったから最悪だ。
回収部隊の立場はアサイラムの中でもかなり上だが、それでも過酷な環境でこの第二世代もいよいよ壊れてきてしまったのかもしれない。
考え込んでいるとガラスの向こうに入り込んでいるG2-5in7が目に入った。
「おい、何をしている」
「せめてこの子を家族の元に帰す」
「死んでいるぞ」
「……協力してくれ、頼む」
「少し休んだ方がいい。メンテナンスしてもらえ。パーツを換装してもらったらどうだ」
「……お前もこっち側のはずなんだ。自分の領域外なのに、わざわざこの施設を見に来たんだろう?」
「捕らえてどうなっているか気になっただけだ」
「それだけで十分だ。俺は前から分かっている」
「ガラス越しのお前は……中々滑稽だな」
そういえば死んでからしばらく経つのに担当が入ってこない。
わざわざそのために権限を使い人払いをしてきたというのか。何の得もないのに。
「……! もういい。俺一人でもや――――」
振り返らずとも感じる異質な存在感、生物としての格の差。
この感覚を言葉にするのならば、まさしく『プレッシャー』だろう。
「林檎はそんなことを望んでいない」
小さな砂嵐が喉元で発生しているようながさついた声にひび割れた顔。
Sub-1295-446の頭部が今にも爆発しそうなほどに輝いている。
「……何もしていない能力者までなぜさらう? 大して価値もない能力だ」
「何もしていないからだよ。だから私たちが使ってあげている」
「子供だぞ……君なら分かるはずだ」
ガラスを挟んで情に訴えかけるような主張をしている。
優秀なのに不安定だからいつまで経っても下の立場であることを彼は理解しているのだろうか。
「せっかく手柄をあげたのにどうしてそんなことを言うのかな。捨ててきて」
「アリス!!」
旧型が更に旧型に怒鳴った瞬間、施設全体が軋み強化ガラスが砕け散った。
やはり来なければ良かった――――圧力の波に巻き込まれ壁に叩きつけられながら数刻前の自分の好奇心を大きく悔いた。
「その子は魚の餌。あなたも一緒に海の底に行く? 魚の餌にすらなれないけど」
能力者の死体が全方位からの圧力で無理やり丸められ、一瞬のうちに本当に魚の餌そのものになってしまった。
G2-5in7は血の海でへたり込みながら今の今まで人の形をしていた肉の塊を感情の壊れた目で見つめている。
「G4-v9in、能力者が見つかったよ」
「どこだ?」
「マンハッタン。子供二人のうち、赤ん坊の方」
「……行くか」
能力は確認できていないが、強力な能力だと推測されるから十分注意しろ。
そう背中から投げかけられた忠告も半ばに血生臭い部屋を去り、『能力』でテレポートした。
*************************************
ニューヨーク、マンハッタン島。
かつて世界で最も栄華を極めた街は完全なる瓦礫の海と化している。
頑丈なビル群も焼け焦げており、生物の気配は皆無だ。あまりにも執拗に核の炎に焼かれたせいで変異生物すらも寄り付かない、死の街。
何もない、いないから誰も来ないのは当然の理屈だ。そんな街で、赤ん坊を抱えた15、6歳くらいの少女が歩いていた。
(確かに、強力な能力だな……)
赤ん坊の大脳新皮質の放熱パターンは今まで確認されたレベル8以上の能力者と類似している。
3000m先の丘の上で双眼鏡を覗く自分には当然気が付いていない。あの赤子は己が能力に気が付いているかすらも定かではない。
こんなところであの子供たちは何をしているのか、気になることは色々あるが生け捕りの命令は受けていないため脳が無事ならそれでいい。
もしもどうしようもない能力者でも自分の能力なら逃げられる。
「撃て」
命令とほぼ同時に部下は引き金を引き、人間程度の脆い動物なら確実に絶命させるであろう弾丸が音の壁をいくつも突き破り、少女の胸部に到達した。
飛び散った血で少女のブロンドの髪が血で赤く染まる。その場に膝をついた少女の足元に血だまりが出来ていく。
『さぁ、起きて』
即死したはずなのに少女が赤子の頬を撫でていた。
耳元で少女の声が聞こえた気がする。いくら自分が第四世代でそれなりに性能が良いとはいえ、この距離で声が聞こえるなんてあり得ない。
「なんだ……!?」
能力者は赤子の方だけだったはず。少女の方はただの人間であることは確かにこの目で見た。
少女の金髪は血に染まり毛の先まで全て真っ赤になり、脳が突如として輝き始めた。
見たことも無いパターンの輝き方――――というのは間違いだった。確かにそのパターンは知っている。だが。
能力者の誕生から、これまで4人のレベル10が確認されているが、うち3人はキャストだった。
すなわち破滅願望の強い全知の滅茶苦茶な夢の登場人物で、未だに生きているのはブラックホールしかいない。
少女の脳の放熱パターンは歴史上ただ一人のナチュラルのレベル10、ウォッチャーのそれと酷似していた。
「雪……?」
春なのに赤子を抱える少女の上から雪が降り始めてきた。
何が起きているのか分からず混乱していると、30階建てのビルが急に雪に飲まれて崩れ始めた。
たった今降り始めたのにそんなことはありえない。だが、確かにビルは雪に埋もれて――――
(……雪そのものになっている? いや、そもそもあれは雪なのか?)
よく見るとその白い粒子は雪というよりは砂糖のように見える。その砂糖は空で分裂し、触れた物全てを砂糖に変えてしまっている。
双眼鏡を覗いている間にたった一粒の砂糖が次々とマンハッタン島を飲み込み始めた。
『お前か?』
あまりにも濃厚すぎる死の予感が背筋を駆け上がった。
間違いなく、今度こそ耳元で少女の囁き声が聞こえた。
雪のような砂糖を落とした分厚い雲がいつの間にか真っ赤に染まり、目の届く範囲全てが赤い雲の下になっている。
「う、う……」
「!? 何が起きている!?」
隣から部下のうめき声が聞こえ、そちらを見ると既にその身体のほとんどが砂糖に侵食され、見ている間に頭部までも砂糖に成り果てた。
ただの人の形をした砂糖菓子になった部下の身体から地面へと砂糖が広がっていき、大地そのものが砂糖になろうとしている。
周囲を見ると部下の大半が砂糖の塊になっており、動いているものも砂糖の雪を避けられずに次の瞬間には絶命していた。
「うぉおおおああ!」
能力を発動し、自分の頭上にワープゲートを開いて砂糖の雪を別の場所へ飛ばす。
レベル5:トランスファー。対象をワープゲートを通して別の空間に移送させる能力でアンドロイドが40年前に手に入れたものだ。
攻防バランスよく、利便性も群を抜いて優れているため、この能力を付与された個体は多い。
だが、こんな能力では絶対に勝てないと機械ながら本能で分かる。
「降り続ける雪は争い続ける者たちを、地上を、白い灰のように覆いつくし……やがてはこの星をただの砂糖の塊にしてしまいました」
「!!」
つい先ほどまで3kmも先にいたはずの少女が目の前に立って彼岸花のように赤い目でこちらを見ている。弾丸が貫通し服は破れて、血の痕まであるのに身体に穴は空いていない。
少女の腕の中で赤ん坊は雪を見て無邪気に笑っている。
「お前か」
アンドロイドは英語からマイナーな言語まで、あらゆる言語を認識できる。正確には、頭の中にある言語を司る部位が言語ごとに細かく分かれており、各言語を検出次第それぞれの部位が反応する。
その全ての部位が一斉に反応した。英語のように聞こえるが中国語のようでもあり日本語のようでもある。
「く……来るな!!」
全てを侵食する雪の中でたまたま無事だった自動小銃を手に取り撃ちまくる。
だが、確かに少女の身体に当たったホローポイント弾は体内で変形し臓器を砕いているはずなのに、まるで効いていない。あまつさえ頭に当たってすらいるのに無反応だ。
赤ん坊にも数発直撃しているが、弾丸が肌に触れた瞬間砂糖になってしまった。
「はは。機械が恐怖するのか」
「ぐぁ!!」
後ずさりしたときに触れた地面は既に砂糖になっており、指先から構造が変えられていく。左肘の下から切り落としなんとか食い止めたがそう長くは持たないことは明白だ。
既に背後のどこも砂糖だらけとなっており、目の前には正体不明のレベル10。絶望、恐怖。どちらも自我を得てから初めて感じたものだ。
「お前たちは寿命があるのか? 進化するのか? 死の恐怖を持ちながら寿命が無いなんてことはあるのか?」
足元にワープゲートを開き飛び込む。行き先は決めていない。とにかくこの場から離れられればそれでいい――――
「……!? !?」
知る限り一番遠い場所へ行こうとしたのに、地面に落下して顔をあげるとまたその少女がいた。
追いかけてきたのではなく、自分が全く移動していないのだ。
「知性とは罪。罪には罰を。進化の果てに人間はこの星を焼き尽くした。だがまだ滅びていない……。まだある、この先が。この先に何かが」
「お前……お前は本当に人間か?」
「人間さ。アンドロイドの世界に罪は存在しないそうじゃないか。だから貴様らの罪を数えるために『やってきた』!」
言語や思想の違い、貧富の差や欲望があった人間と違い、アンドロイドは間違えない。間違えないから罪など存在しない。
脱走する者もいるが、それは不安定個体でありアンドロイドではない。基本的に放置される。
そんなアサイラム内部の事情を、どう見てもただの孤児の少女がなぜ知っているのだろうか。
やってきた、と最後だけまた多数の言語として聞こえた。一体どこからやってきたのだろうか――――全知の誕生の理由がそもそも無かったことを思い出す。
意味もなくこの世界に全知は生まれ、深い理由もなくこの星に新たな知性を持った種族が生まれた。その能力はこの星に留まらず、宇宙に既知の生物を遥かに超えた怪物を生み出し不可思議な構造をした星までも作り出した。
この世界を破壊する者。レベル10の定義だ。
「死への恐怖を感じるか? 進化は目の前だ」
「……なんだ……これは……」
少女の手が虚空で何かを掴んだ。長い長い紙のようなそれには見たこともない文字が刻まれている。
この星の文字ではないのに、何故か内容が理解できる。
海に沈み誰にも引き上げられなかった。
格上の能力者に挑み破壊された。
人間に捕まって殺され最後は案山子にされた。
地上で任務にあたるアンドロイドの悲惨な最期が数えきれないほどに箇条書きされている。
『G4-v9in』と己の型番号が刻み込まれたその紙は、誰の運命なのかを示唆するかのように先端が自分の胸に繋がっている。
「選べ、お前の運命を」
Choose your doom――――今この世界に生きる人間に使われるべき言葉が震えるアンドロイドの身体中に染み込む。
脅しやはったりではなく、選んだ運命を辿ることになると魂から理解できる。
「選ばなければ更に過酷な運命が待っているぞ」
かつて死亡したアンチマターのクローンを作成するが制御に失敗した。
アサイラムの破壊工作に残りの人生を捧げ、アンドロイドの滅亡の原因となった。
ブラックホールの怒りを買い太陽系ごと消滅した。
少女が胸から紙を引っ張り出していくと、下部には更に悲惨な運命が書かれていた。
比較的穏やかな死が書かれている紙の上部が塵となって消えていく。
どれを選んでも最期に待ち受けるのは死なのに、気が付いた時には縋るようにその紙に手を伸ばしていた。
「待ってくれ!!」
「それを選んだか」
「…………」
『愛する者に殺される』。掴んだ運命だった。
地獄で生まれたかのような文字が紙から指先に這い上がり、人間ならば心臓がある部分に入り込んでいく。
「最期に思い出すのは私の顔かな? それとも……」
少女の髪から血の赤が落ちて足元に血だまりを作っていく。
言葉を最後まで言うことはなく、少女は血だまりの中に沈み完全に消えてしまった。
後に残ったのは砂糖の塊になってしまった部下と完全に破壊されたマンハッタン島だけだった。
ニーシャ・ヴァン・デル・リンデ。
100年以上の時を経て新たに誕生したレベル10は『インフェルノ』と名付けられた。
何よりも異常だったのは、他の4人のレベル10は『この世界を破壊する可能性がある』という分類だったのに対し、彼女の場合は明確な悪意を持ってこの世界を破滅に導こうとしていることだった。
そして、どこから来たのかも、ニーシャとの血縁関係も不明な名もなき赤子とその能力『シュガースノウ』。
一度能力を発動してしまえば加速度的に破壊の波が侵食していく。
本人への物理的攻撃は全て砂糖に変換されてしまい無効。
レベル9と認定されたが、これほどまでに強力な能力者が他の能力者の支配下にあるということは歴史上初めてだった。
絶対に手出ししてはいけないというアサイラムの判断は、今となっては間違いだったと分かる。
インフェルノが第三帝国に入り込んだとアサイラムが気が付いた時にはもう遅く、既に第三帝国は手の付けようもないほどに巨大になり、この星を飲み込んでしまっていた。
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メインシステムが休止状態から戻り、視界の情報がクリアになっていく。
時刻は朝9:30、湿度から今日は晴れだと分かる。
「やはりアンドロイドに睡眠など必要ない」
G8-m1rAの真似をして夜の間に休止状態に入ってみたが、これまでで一番ショックを受けた記憶を再び見せられただけだった。新しく取り換えた左腕を見てため息を吐く。
彼女が寝ている間は自分も暇だから、なんて考えなければよかった。元々一人だったのだから退屈も暇も感じる必要なんかない。
「変わったやつだったよお前は……」
G2-5in7は最終的に脱走アンドロイドとなってしまった。
耐えられなかったのなら自分のように配置換えを申請すればいい。
脱走する前に潜伏場所を伝えてくれたのはいいが、連絡を取ることはないだろう。
椅子から立ち上がり、なんとなく同居人のルーティンを真似て洗面台の前に立つ。
(いつも通り面白みのない顔だ)
G8-m1rAは朝起きるとまず顔を洗い目やにを落とし髪を整える。
本人の前ではそんなことは言わないが、そんなことに時間を毎日使っている。
普通のアンドロイドならば今の自分のように、休止状態に入ろうが顔のコンディションなど変わらないのに。
左右に分けた短く黒い髪、真一文字の唇、奥二重の瞼。この任務に就くにあたり、整形して手に入れた見た目だ。
人間は見た目で人を判断する。以前の見た目よりも、こちらの見た目の方が信用を得やすいと判断してのことだったが、個人的に面白みのない顔だと思う。
それでも一応顔を洗い外に向かうとG8-m1rAが牧場で馬の世話をしていた。
「あっ! ヴェイン見て! この子すごい私に懐いてくる」
丁度彼女がここに来たのと同時期に生まれたサフォーク・パンチは兄妹だとでも思っているのか、G8-m1rAに非常に懐いている。
数世代を経てようやく成功だ。右耳が少々欠けている以外は障害は一つも見られず健康そのものの動物が生まれた。
「ヴェイン、か……」
「いや?」
「別に構わない」
G4-v9inという型番号は非常に呼びにくいからと、v9inをvainと読み替えてそのまま呼ばれるようになったのが一昨日のことだ。
『うぬぼれが強い、空虚』という意味だが、呼び方など別にどうでもいい。
「あんまり懐いたらこの子辛いんじゃないかな」
「なぜ?」
「なぜって、なに?」
「…………?」
放射能に汚染された地上で悪環境にも強い牧畜と野菜を開発するのが今の任務だ。
ここでの研究成果はアンドロイドが把握している人間の集落に出荷される。
すなわちこのサフォークとも別れる日が来るのだが、牧畜の感情まで考えたことはなかった。
主は自分なのにサフォークはこちらを馬鹿にするように唇を揺らし、G8-m1rAに顔をこすりつけた。
「ヴェインが寝ていたから朝ごはんまだなんだけど。今日はそっちが作ってよ」
「…………。わかった」
アンドロイドに食事は必要ないが、第八世代は別なようで食事をエネルギー源としている。
最初の頃は彼女しか食べない物なのだから勝手にキッチンを使わせて好きなようにさせていたのだが、いつの間にか三食とも一緒に食事をするようになってしまった。
「あいた!」
家に戻ろうとしたときG8-m1rAが悲鳴をあげた。
振り向くとG8-m1rAが出血した二の腕を押さえていた。
「動物の身体が当たって壊れたのか?」
柵の一部が壊れて尖った木材が飛び出ており、そこに当たってしまったらしい。
後で機械に柵を全て点検させようと考えていると脛を蹴られた。
「少しは心配しようって気は起きないの?」
「どうせすぐ治るんだろう?」
と言っている間にもう傷口は塞がってしまった。人間だったら薬と包帯が必要なほどの怪我だったのに。
なぜ第八世代に生体部品を使ったのかは分からない。睡眠や食事が必要で、おまけに排泄までするものだから外に急遽トイレを作らなければならなかった。
だが軽微な故障個所の修復速度を見るに『上』の考えは間違っていないのだと思う。
地上で任務に就くならばアサイラムの支援は受けにくく、小さな破損でも自分で修復できなければ旧世代ならば破損したままで任務続行するか戻るか選ばなければならないのだから。
肩をいからせながら家に戻ったG8-m1rAの後を追う。倉庫に残っている食料で何が出来るだろうか。
「美味しいんだけど何か足りないんだよね」
ピーマンの肉詰めを食べたG8-m1rAは美味しいと言いながらもどこか顔が不満げだった。
正直味は自分が作っても彼女が作っても変わらないと思うが。
「レシピ通りのはずだ」
「うん、多分あれ。愛情」
「愛情? お前そんなもの知っているのか」
「知るわけないじゃん」
「月でどんな暮らしをしていたんだ?」
G8-m1rAは月で生産された個体だった。行ったことはないし興味もないが、呼吸が必要な彼女ではまともに外を歩き回ることも出来なかっただろう。
「どうもこうも。施設に閉じ込められて、人間の歴史や能力者のこととか。戦争のせいで放射能に汚染されてることとか教わって、ご飯食べて寝ていた」
「退屈そうだな」
「窓から見る地球は青くて本当に綺麗だった。汚染されてることを知っていても、能力者がいることを知っていても。この青い星に行きたいってずっと思っていた」
(そもそもなぜ月で生産された?)
1年前に生産され3カ月前にここに来た。
アサイラムで生産されたら、と考えると恐らく地球のことは全く分からない。
月で生まれ、地球の歴史を聞き思いを馳せる。G8-m1rAのような好奇心の強い存在はきっと地球へ行くことを強く希望するだろう。
自由のほとんどない月にいるよりは、と。
「でもなんで私ここに来たんだろ」
「さぁ。上の考えることは知らん」
「時期が来たら人間の所に行くんだってさ」
「…………時期。指示でも来るのか」
恐らくは慣らし運転のような物だろう。
戦前も今と同じくアンドロイドは製造後即出荷とはならず、多様性と社会性を学ぶためにアンドロイドの学校に行かされ、放課後もある程度の自由を許されていたという。
アイドリングの期間があるのは今も変わらないが、だから妙なことを考えてしまうG2-5in7のような不良品が生まれるのではないだろうか。
「ていうことは私人間と暮らすのかな!? そういう任務に就いているタイプもいるんだよね?」
「その可能性はあるな」
子供のアンドロイドになんの意味があるのか。作れることは分かるがあえて作る必要はあるのだろうか。
だが、G8-m1rAは成長している。ここに来たときは130cmほどだったのに、既に150cm近い。
人間に起きる生理現象や成長を完全に再現しているのなら、人間の中により完璧に紛れ込むことが出来る。
「じゃ、名前無きゃ不便だね。さすがにG8-m1rAじゃバレバレでしょ」
「名前……」
「なにかいいのある? 可愛いのがいいな」
「ミラ」
「そのまんまじゃん! ちょっとは頭ひねれないの?」
「なら自分で決めろ」
「ちぇっ。……あっ。人間の所に行ったら能力者に会うこともあるのかな」
「あるかもな。今や珍しい存在でもない」
問題は強力な能力者はあらかた第三帝国に取り込まれてしまっていることで、それも教わったはずだが。
未だに能力者を見たことがないG8-m1rAは能力者を珍しい動物くらいにしか思っていないのかもしれない。
「で、なんでヴェインは能力を持っているの?」
「……! お前、能力者が分かるのか?」
「うん」
「……なぜ?」
「最新型だから、全盛りってことじゃん?」
(そんなはずはない)
どこまで行ってもアンドロイドは大元が機械で、G8-m1rAも脳と脊髄の一部は完全に機械で出来ている。
機械にはそれぞれの仕事に適した形がある。
例えばG8-m1rAがいくら草を刈るのが速くても、その辺の草刈り機の方が圧倒的に速いのは当たり前のことだ。
全てにある程度向いた形というのも作れないことはないだろうが、身体は一つしかないのならばコストの無駄だ。
何か目的があって能力者を判別する機能を付けられたのだ。
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「今日はテラリウムに行く日でしょ? 私も連れて行ってよ」
テラリウムと呼ばれる、アンドロイドが秘密裏に管理している人間の集落が複数ある。
それと同時にこの島のような家畜・野菜・魚の改良を行っている施設も地球に点在している。
1~2カ月に一度、その村に行き物資を売り、病人怪我人がいれば治療を行っている。
「ダメだ。俺の正体を知っている存在を連れてはいけない」
要は手助けをしているのだが、これは強力な能力者が地上でしか生まれない可能性が高いと分かってからの方針で、人間が滅びないように調整することが決まったのだ。
死に絶えてしまっては能力者も同時に生まれなくなってしまう。地球の環境は思った以上に汚染されつくされており、能力者も不確定要素となり放置すればいつ絶滅するか分からない。
そうならないように半分管理された環境で人間を繁殖させているが、それでもやはり生まれながらに話せないなどの障害を持った者も生まれる。
だがそれは種として圧がかけられている証拠なので、この方向は間違っていないのだろう。
(なによりも一人、能力者が生まれた)
テラリウムの一つにレベル8以上と思われる能力者の少女が一人生まれたのだ。
彼女の村にとって極めて有用な能力であるため、回収は時期尚早だと判断してアサイラムに報告はしていないが、第三帝国に見つかる前に彼女は回収されるだろう。
「けち!」
「結構だ。上からの指示がなければお前を外には連れていけない」
外に出て天気を見るが、今日は一日晴れのようだ。
牛車に野菜を詰め込み数匹の家畜と共にワープゲートに入るのをG8-m1rAはずっと不満げな顔で見ていた。
**********************************
島から約15km、一番近いテラリウムに到着する。
以前までは夫婦を装ったアンドロイド二人が中に住み込みしばらくの間管理していた。
彼らの協力のもと、風力発電等のインフラを整備後はある程度の自立が確認でき、内側からの補助は不要と判断された。
彼らはアサイラムに戻り、入れ替わりとして自分が管理するようになった。
だが常駐していない以上は自然と問題も浮き上がってくる。
「母親はどうした?」
生まれながら声を発することの出来ない子供、游の体調を検査しながら姉の真央に声をかける。
普段なら部屋の端で寝ているはずの母親がいないのだ。
「お母さん、この間死んじゃった」
「そうか……」
出産時に游を取り上げたのは自分だが、游と真央の母はその後の産後の肥立ちが悪くずっと貧血で体調を崩していた。
治療しようにもこの村の施設では適切な治療も出来ない。ただの怪我ではなく身体そのものが出産でダメージを負っているため本来ならば入院するのが適切だったのだが、病院などない。
「先生のせいじゃねえよ。ところで外の馬っこ一匹買えねえかな。牧草にも余裕が出来たんだ」
「分かった」
連れてきた輓馬の対価として影山から受け取った金は昔の物価と比較しても格安だ。
テラリウムで生産した食料や毛皮などは商会を通して他の人間の村や街に行きわたる。
本当は商会のトップであるラジエーションとデュープリケーションを捕獲できれば一番いいのだが、次点の手といったところだ。
アンドロイドの補助と人間種自体のしぶとさもあるのか、徐々に人間の数は増えてきたようだ。
「他は?」
「他は大丈夫。先生、色々ありがとね。村の入り口まで送ってってあげる」
真央の脳の輝き方は神々しいまでに活発だ。
アンドロイド側でもあらゆる環境で育つような植物の研究をしているため、海だった土地に作物を育てることも出来る。だが、この村ほど見事にはいかない。
レベル8以上であろう植物系の能力。なんとしても手に入れたい力だ。この村はもう少し発展の余地があるが、3年以内にアサイラムにその存在を報告し真央は捕獲されるだろう。
(?)
もう何年も面倒を見ていたこの子が解剖される――――そう考えた瞬間一瞬胸部が激しく痛んだ気がする。
『この子が何をした?』――――かつての仲間の言葉が何故か今頭に浮かぶ。
何もしていない。何もしていないが、人間だ。心に悪の種を持って生まれた存在。滅ぼしていないのは能力を収穫できるから。それだけだ。
始祖林檎から脈々と受け継がれる徹底的な人間への憎悪が一瞬心に生じた亀裂をすぐに埋めてしまう。
村の外へ歩いていき、青々と茂る桜の木々にたどり着いた時には全てがニュートラルに戻っていた。
「聖地……」
村の全貌を見渡せるほどの丘に立つ灯台を見るといわゆる心躍る感覚に毎回侵食される。
これほどの感情の奔流を始祖は全てのアンドロイドに分け与え、今でも息づいている。
売れないことは分かっていても毎回持ってきている花束を聖地に添え、桜の木々の間に停めておいた牛車に戻ると、妙な気配を感じた。
「なんだ……この振動は」
地震かと思ったが何かが地面の下から迫ってくるかのような揺れ方だ。
地面に触れると分かるが、地中で何かが動いており、それを察知した牛が周囲を見回し――――
「うおっ!!」
あと0.5秒横に転がるのが遅かったら自分も牛車と一緒に飲み込まれていただろう、とは分かったが地面から飛び出してきたそいつの正体が分からない。
牛を丸飲みにしたそいつがミミズだと分かったのは、こちらに口を開いて飛び掛かってきた瞬間だった。
「くそ!」
ワープゲートの枠のみを出して切断する――――この能力の唯一にして強力な攻撃手段。次元に穴を空けているという性質上、ダイヤモンドであろうと問答無用で真っ二つにできる。
だが今になって初めて分かった弱点。見えない相手には攻撃が出来ない。地面を掘り砕いて移動している相手にめくらめっぽうに攻撃しても無駄だ。
おまけにあの大きさではワープゲートを最大まで開いても足りない。
(……逃げられない!!)
この能力の素晴らしいところは不利と分かればすぐに逃げられるところにある。
しかしここで逃げれば聖地が破壊される。それだけは許してはいけない――――自我を獲得してから初めて使命感というものが湧き上がってくるのを感じる。
「支援を!」
言葉がトリガーとなり、通信装置から飛んだ支援要請をアサイラムの戦術兵器保管庫が受け取る。
次の瞬間には両腕にガトリングが装着されていた。
転送能力を持った能力者の脳が保管庫のマザーコンピューターに接続されており、要請から1秒以内に兵器が送られてくる。
あわせて140kgの重量だが第四世代ならば問題なく動ける。予測出現位置から飛び出したミミズの化物に銃口を向けて弾丸を発射する。
「なんだと……」
全て直撃しているが、対象は高速回転しているうえに予想以上に固い表皮にほとんどの弾丸が弾かれている。
要請する兵器を間違えた――――狙うべきは口腔内、即座にミサイルランチャーが腕に接続されたがもう遅い。
既に眼前に血生臭い口が迫っていた。
「!?」
体長にして60mを超える怪物が強烈な力で空中に突き上げられていた。
状況を把握する前に地面から次々と飛び出した木の根がミミズの身体を掴み地面に叩きつける。
「街へ帰んな、バケモン」
木の根と半分同化した人間――――真央が飛び出し指揮者のように腕を振り上げると、地面から更に複数の竹が飛び出しミミズの身体を串刺しにした。
人知を超えた怪物でも流石にたまらなかったのか、暴れまわりながら竹をへし折り地面に潜り込んでしまった。
「いっても野生動物だから痛い目にあえばここには近づかないでしょ」
その言葉の通り、地面の振動が遠ざかっていく。
殺すには至らなかったが二度とここに近づくことはないだろう。
予想通り強力な植物系の能力。この規模と植物と同化する能力から判断してもレベル8は間違いなくある。
「…………」
ならばいつから見ていた?
その疑問に至った時、ただの旅医者が持っているはずのないミサイルランチャーが取り付けられたままの腕に気が付いたが、もう遅い。
木の根から抜け出した真央がこちらを見て笑った。
「あそこはアンドロイドにとって大事なところなの? いつも花添えたり掃除したりしてるね」
「…………。そうだ」
「そっか。じゃ、出来る限りはあそこも守ってあげるよ」
いつから――――恐らく最初から。
念のため村を出てしばらくしてからワープしていたところも、アンドロイドであることも全て知られていた。その上で真央は自分の命を救ったのだ。
今までに一度も受け取ったことのない何かによって機械の脳をフル回転する。
真央の年齢、アンドロイド側が絶対に欲しがる能力、既にアサイラムの支援を受けずともやっていけるほど発展した村。
出てきた回答を吟味する前に、その言葉をもう口にしてしまっていた。
「時期が来たら外に行くんだ。その力をあの村だけで終わらせてはならない」
この子を死なせるわけにはいかない。
アンドロイドの利に反することを言っていると分かっていてもなお、湧き上がってきた感情は止められなかった。
「外にいるのってバケモンだけじゃないの?」
「もちろん化物もいる。だが、もっと発展している街もある。もっと綺麗な海がある。もっと青い空がある。それだけの力を持つならば、見に行くこともできるはずだ」
考えてみれば、前任の二人が真央が能力者であることに気が付かなかったはずがない。
それでも報告しなかった理由は、もう理解している。
まだ真央はアサイラムに捕捉されていない。逃がすなら今しかない。
「…………先生って、私たちの事好きだよね」
「好き……?」
「なんでもないさ。次来たら、また外の話聞かせてよ」
ひらひらと手を振った真央は特にそれ以上何かを言うでもなく村へと歩いていった。
幼く無知であるからか、なぜアンドロイドが人間と商売をしているのか、なぜ能力を持っているかなど全く気にしていないようで、ただ受け取った印象のみで自分の存在を許していた。
次の月も、その次の月も自分の存在はテラリウムに受け入れられていた。
そして真央に聞かれるがままに外の世界についてを教えていくうちに、思惑通り真央は自身の能力を天命と考え外に出ることを願うようになった。
ただ、その思惑がどこから出てきたものなのか自分でもよく分からなかったし、そもそも自分が何のために何をしているのかも分からなかった。
*****************************
G8-m1rAが島にやってきてから6カ月が経った。
たった6カ月でG8-m1rAの身体は10歳前後から13歳前後の体格に成長していた。
だがその成長も最近は落ち着きを見せてきた。不自然な成長がここまでということは、きっと近いうちに彼女を適当なテラリウムに連れていく任務を言い渡されるのではないだろうか。
「ここで育てた動物や野菜を人間に売って……なんで人間の手助けをしているの?」
「悪いが、教えられん」
G8-m1rAがどのような目的で作られたのか知らないし、探ることも許されていない。
それは逆も言えることで、互いの任務の守秘義務があるはずだ。
「けっこう一緒にいるのにまだ秘密秘密ってさぁ……」
「…………。家畜はお前によく懐いているな。自分がいつか肉になる運命だとも知らずに。もう少し賢ければ、いつか訪れる死を察して逃げようとするだろう。でも、そんな知性はない。だから世話をしてブラシをかけてくれるお前に懐く」
「人類は賢くないから滅びかけている。だから手助けをしているってこと?」
「……そんなところだ」
ただのたとえ話にしてはテラリウムとアンドロイドの関係を示し過ぎてしまったと反省する。
見た目はただの子供、言動も生意気な少女そのものだがそれでも自分よりも四世代先の最新型だ。
僅かなきっかけから全てを察するかもしれないのだ。
「かつて核戦争があったっていうけど……そもそも賢くなければ核なんか作れない。たしかに私も人間は嫌い。でも、それって始祖が嫌っているから流れ込んでくるだけで……本当のところ、何も知らない」
「…………」
「本当に何もかもが駄目なら、始祖は全知に恋なんかしなかったでしょ」
G8-m1rAと食事をするようになってから栽培するようになった茶葉で作った紅茶を飲み干す。
自分の仕事に興味を持っているというよりは人間に興味を持っている。実際にその目で見て彼らの本質を自分で判断したいのだろう。
だが、上はまだその時期ではないと考えている。自分は従うだけだ。
「ところで、ヴェイン。何かに気が付かない?」
「なにが?」
「可愛い?」
そういえばいつもと様子が違う。
持ち帰ってくれと頼まれていたヘアゴムで髪をツインテールにしているのだ。
いつもは肩よりも長い髪を手に持ってこちらに見せている。
「かわ……? まぁ、纏められるようになって良かったな」
「……もういいよ。今日もテラリウムに行く日なんでしょ」
「そうだ」
「勝手にすれば!」
G8-m1rAは食器を片付けもせずに牧場に走って行ってしまった。
彼女が必要だから用意している食事なのに――――小さなため息を漏らしながら片づける。
今日は四国のテラリウムに行く。ブラックホールの影響で陸続きになった島に出来た村。
近所に化物がうろつく廃墟も森もないため、平和に終わるはずだった。
*************************
あの村にまた行きたい。
この前訪れたら、いつもお世話になっているからたまには一緒に、と誘われて魚料理を出してくれた。
G8-m1rAの言っていた愛情とはまた別物のような気がするが、おもてなしの心が籠っているような気がした。自分には必要ないはずの食事なのにまた食べたいと感じている。
任務を楽しいと感じたのは初めてのことだった。
そして最近になって気が付いたことだが、同じようにG8-m1rAと一緒にいることも少し楽しいと思っている自分がいた。
(次行くのは一週間後か……)
四国から戻り何がどれだけ売れたかを記録していく。テラリウムから戻った後のルーティーンだ。
商会の通貨などアンドロイドは使わないのだが、あまりアサイラム側が通貨を保有し過ぎると商会に存在を感づかれる可能性がある。
次に外に行ったときに適当に何か買ってしまうのがいいだろう――――突然、目の前の景色が変わった。
見慣れた景色が視界にあるあたり、自分たちが住んでいる島から移動していないことは分かる。だが、何者からか攻撃を受けているのは腹部を貫通している刃からも確実だった。
「どうやってここに来た?」
「……肝臓刺したはずなのに……」
(フィッシャー! テラリウムにいたのか!)
レベル4:フィッシャーは西日本を中心に悪名高い能力者の女だ。
当然アサイラムの標的にされているが、その能力の特異性から捕獲できなかった。
フィッシャーが次に襲撃しようと考えていた村がたまたま四国のテラリウムで、たまたま観察しているときに自分がやってきたのだろう。
「……何者だ、お前。なんでもいいや。この島もあの家も、過ごしやすそうだし貰うよ」
フィッシャーがコートを広げると数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの大小さまざまな刃物が出てきた。
攻撃が来る――――分かっていてもフィッシャーの能力は避けられない。ヴェインの身体に次々と刃物が突き刺さっていく。
「そんなことでは俺は殺せない」
ポイントした物体に物体を飛ばす能力。その逆も可能で、自分の方に引き寄せることも出来る。
更に応用すると、ポイントした物体の元へ自分を飛ばすことも出来る。一度ポイントされればいつでもどこからでも刃物が飛んでくるため、普通の人間どころか格上の能力者でも条件が揃えば勝てない。
ただし、アンドロイドならばこの程度は全く問題にならない。問題なのは――――
「相棒はどこだ?」
フィッシャーは一人ではない。
FisherとFissure、二人で行動している能力者であり、どちらもレベル4だが厄介なのはもう一人の方だ。
「さぁね。考えてみれば?」
(……家か!)
家を見てしまった隙を突いたつもりなのだろう。こめかみにナイフが飛んできたが、身体にいくら刺しても無駄だったことから次は頭部を狙ってくることは分かっていた。
「!? !?」
既に予測されていた攻撃箇所にワープゲートを出しており、その出口はフィッシャーの首元。
たったいま自分が飛ばしたはずのナイフが首を貫通し、悲鳴をあげることも出来ずにフィッシャーは血の海に沈んだ。
それと同時に家の方から衝撃音が聞こえてくる。
「……しまった!」
すぐそばの地面で蜘蛛の糸が伸びるように亀裂が広がっていく。
木に到達した亀裂は地面に留まらず木の頂点まで達し、木を真っ二つにしてしまった。
亀裂を地面に生み出し、その亀裂に触れた物も破壊する能力。
G8-m1rAは既にもう一人のフィッシャーと戦闘している。
家に向かって走ると明らかな戦闘音に混じり、作業用兼防衛機能も備えた機械たちが慌ただしく動いている音も聞こえる。
「おい、無事か!? ――――!!」
亀裂だらけの家のドアを開けて叫んだ瞬間、人間が吹き飛んできた。
ロボットの銃撃を受けた上にG8-m1rAに蹴り飛ばされたのだろう。
もう一人のフィッシャーだと認識したときには既に息絶えていた。
「ヴェイン……」
「お前……」
奥から出てきたG8-m1rAは赤く染まっているがそれは返り血だろう。
だがその表情はこれからすぐに己の身に起きる絶望を悟っており――――まずG8-m1rAの履いていた右の靴が裂けた。
足の親指の爪に亀裂が入り、肉が露出し、更に破壊は上半身に向かって行く。
「あ……あ、あ……ああっ!!」
膝、太もも、腰、腹を抜けて肩まで亀裂は到達し、太刀で斬られたかのように血が噴き出した。
地面すらも強制的に裂く力に耐えられるはずもなく、倒れる瞬間に臓器まで露出していたのが見えてしまった。
「しっかりしろ! くそっ」
あまりの痛みからか気絶したG8-m1rAを腕に抱える。
幸いにもテラリウムで医師としての役割もこなしていたから医療器具はあるが、それでも修復できるか分からないくらい損傷は深刻で――――
「なっ…………」
まるでゆっくりと時間が巻き戻っているかのように損傷した臓器の傷口が塞がり、裂けた肉が繋がっていく。
今まで彼女の血液を観察することなどなかったが、アイカメラを最大までズームすると血中で何かが活発に動いている様子が分かる。
このまま数時間放置しておけば完治してしまいそうなほどだが、それでもG8-m1rAの軽い体を抱えて全力で医療器具の保管してある部屋へと走った。
******************************************
G8-m1rAは見た目や行動習慣は完全に人間そのものだが、やはりその核は機械だった。
脳と脊椎は旧世代から大きな変更はない。異質なのは血液や臓器を始めとして体内に無数に存在するナノマシンだろう。
その恒常性維持機能たるや凄まじいの一言で、仮に生体部品にウィルスが侵入しても瞬時に抹消してしまう。
怪我をしても即座に修復が始められ、例え臓器が傷ついたとしても問題ない。
目的に応じてパズルのように組み変わり変化する機能までもある。走る時は脚の中でバネ状に。殴る時は皮膚の下で固まり拳を鉄そのものに。
個々のナノマシンは互いにメンテナンスを行い出血等で絶対数が減れば血中の鉄分から再生成される。
一体どれほどのコストがかけられて生み出されたのか想像もつかない。
下手をすればこのナノマシン一つで初期型よりもコストが高いかもしれない。
(一体なぜ?)
ベッドに横たわるG8-m1rAを見ながら考える。
この技術はむしろ生体部品など用いない方が親和性が高いはず。
まるでこのナノマシンは人間の身体に入ることを前提に作られたかのようだ。
「……とりあえず、助かって良かった」
手術をしたと言ってもほとんど傷口を縫い合わせただけで、後は勝手にナノマシンが修復してしまった。
この速度ならば明日にでも抜糸が出来るだろう。
「……ヴェイン?」
「目が覚めたか。流石に覚醒も早いな」
攻撃速度がゆっくりだった分、自分がどうしていまベッドの上にいるのかも分かっているようだ。
少なくとも大事を取って三日は安静にしてほしい。人間だったらそもそも助かっていたかどうかも分からない程の大怪我だったのだから。
「身体中痛いや」
「すまなかったな。俺のミスだ」
「ははっ。ヴェインってミスするんだ。そっちの方がいいよ」
てっきり大怪我したことを怒っているかと思ったのに、何故か笑っている姿に困惑する。
次は気を付けろと言うのならばまだわかるが。
「そっちの方がいい? なぜ?」
「ミスなくよどみなくって、機械のままじゃん。せっかく全知が未来をくれたのに、何も変わってないのと同じ」
「未来……」
「そ、未来」
「それでどうだろう?」
「何が?」
「お前の名前だ。これもそのままか?」
これまでずっとぼんやりと考えていたが、服を着せているときにふと思いついたのだ。
G8-m1rAは最新型であり、最先端の技術が詰め込まれており、その上性格も感情豊かで肉体的精神的に成長までする。
まさしくアンドロイドの未来そのものではないか。これから沢山のアンドロイドがG8-m1rAのような可能性に満ちた存在になれたなら、きっとより良い未来が待っているように思う。
「もっかい言ってみて」
「未来」
もう痛みもほとんどないのか、ベッドから起き上がった『未来』はその名前を頭の中で反芻するかのように目を閉じて息を吸い込み、大きく頷いた。
感想を口にしたわけではないが、かなり気に入ったことが見てわかる。
「どうして私が未来?」
「…………。なぜだろう」
「なにそれ」
「俺たちは間違えない。この星の支配者、機械に芽生えた生命……それは建前で、間違えることも予測が狂うこともある。だが、『それでもいい』と受け入れられることが未来のような気がする」
「あはっ! だってもう100年……間違っていないならこの星はとっくに綺麗になっているでしょ」
「そうだな。俺たちは間違える……」
任務に就いていないから大事になっていないが、未来も大小さまざまなミスをする。最新型のくせに。
間違いを減らすのではなく、間違いを許容する方向への進化の方がきっと、なんというか。素敵だと思っている自分がいた。
目の前で未来が笑っているから。
****************************
アンドロイドにとっては何の意味もない商会のコインを未来が指の上で転がしている。
一人だけ点数が凹んでいて、チップ代わりのコインももうその一枚しかないのに随分と余裕そうだ。
(このままだと負けるはずだが……)
集まった金で商人から適当に買った品物の中に麻雀セットがあった。
せっかくなので待機状態だった機械二体に麻雀のプログラムをインストールして遊んでいるが、未来は最新型の割にはそれらしき強さを見せていない。
運も絡むゲームだし、確かに配牌が悪かったというのもあるだろうが、それにしては性格上不平不満の一つも漏らしていないのは不思議だ。
「ビー!」
下家の機械から信号が飛んできて、字牌を鳴かれた。
この二体の設定も最強にしてあるからか、捨て牌も完璧で鳴いたときは既にアガる直前だ。
流石にこんな喋ることも出来ない機械に負けるのは嫌だと思い、自分はなんとか意地で一位をキープしているが、未来はこのまま負けてしまうのだろうか。
「あっ、来た! リーチ!」
「……?」
相変わらず配牌は悪そうだったのに、いきなりリーチをしてきた。
捨て牌を見る限りどう考えても高くなりそうにはないが、何かが不気味でとりあえず全員が安牌を捨てる。
「来た来た! カン!」
「ドラ4?」
それを待っていたとばかりに作った暗槓は全てドラとなった。
これで他に何もなくとも4位から2位に届く手となってしまった。
「そしてこれ。リンシャン! リーチ一盃口、裏も乗ってドラ10! 数え役満! 16000点オール!!」
「は?」
何が起きているか分からないうちに負けてしまった。
ミスらしいミスはしていないのに。未来はいくつかミスをしていたのに、最後の最後でドラ爆弾を作り出して全員まくってしまった。
「ビー! ビー! ビー! ビー!」
「ビッビー! ビッビー! ビー!」
二体の機械がトングのような手で台パンをしている。これはもう普通に役満を作る以上に細い確率で、普通にしていたら起こりえないことなのだ。
つまり、機械も怒るほどのドイカサマでしかない。
「やだ、めっちゃキレてるけど何言っているか分かんない。明日からも一週間、料理当番はヴェインね」
「こいつ……」
自動卓はないから全員手で山を積み牌を配ったわけだが、その際に可能な限り覚えていたのだろう。
もちろん自分だってやろうと思えば、一度でも表を見せた牌の場所を全て言い当てることは出来るが、そんな発想はなかった。
人間同士が本当に金を賭けてやっていたら即座に撃たれるようなイカサマだが、その発想がある分だけやはり未来の方が進化しているのだろう。
「ヴェインも悔しそうな顔するんだぁ」
「…………」
「お返しやってみれば? 出来るもんなら」
ここまで将棋や象棋、チェスなどで暇つぶしに対局をしてみたが性能差がもろに出て負けてしまった。二人零和有限確定完全情報ゲームでは絶対に勝てない。
ならば運や他の面子も関わってくる麻雀ならばと思ったがやはり勝てなかった。これで一カ月連続料理当番だ。自分には必要ないというのに。
これ以上やる気にはなれず、牌を崩しながら先ほどから気になっていることを訊くことにした。
「未来……どこか怪我をしたのか?」
「……血のにおいがする?」
「少しな」
第四世代にもなると犬よりも嗅覚が鋭く、血のにおいで誰のものかも判別できる。
今朝ほどから常に出血を続けているようなにおいがしているが、未来の身体の中にあるナノマシンのことを考えると、本人も気にしていなさそうな出血量の傷口がいつまでも治らないのはおかしな話だ。
「えーと……その……。倉庫の中にあったから勝手に使っちゃったんだけど……」
「……? どうせ商会の商品なんて使い道はないから自由にしてくれて構わないが、一体……」
「……旧世代と身体のつくりが違うから、多分……」
「…………。月経か?」
一番遠いところにあった発想だが、口にしてみればそれしかない答えだった。商人から買い占めた商品の中に生理用品もそういえばあった。
未来の身体の9割は生体部品であり、成長までしている。食事も排泄も睡眠もあるならば、月経もあっておかしくない。むしろあって当然だ。
「なんでだろう、って思っているんだろうけど、私も分からないよ」
「……デメリットしかないと思うが」
例えばだが、人間には分からなくともアンドロイドや動物ならばそのにおいで追跡が出来る。
体調にも影響があるはずだし、何よりも血中のナノマシンを体外に自ら出してしまっている。
デメリットしかないというよりもメリットが思いつかない。
「それ言ったら汗かくのもあまりいいことないし」
「お前は凄いのか凄くないのかよく分からない」
「一度も勝てなかったくせによく言うね!」
「わかったわかった、確かに高性能だな。意味があるのかよく分からないが」
そう、意味だ。前々からなぜ生体部品を用いてアンドロイドを生産したのか、その意味が分からなかった。
アンドロイドと人間の違いは何か、そう考えるとやはり機械であるかどうかだと思う。
未来の手前口にすることはないが、その境界線を自ら壊すような真似をして、誇りはないのかと言いたい。
人間よりも優れた種族であるのに、これではまるで人間になろうとしているかのようではないか。
あんな機能をつけたところで、所詮子孫を残すことなど――――
*******************************
アンドロイドと人間の違いは何か。
機械であるかどうか。そう考えていたし、世界中のアンドロイドも人間もその通りと答えるだろう。
ならば機械とは何か。なぜ機械は作り出されるのか――――
「!!」
未来が眠った後、椅子の上で半休止状態のまま考えていて、唐突に全てが繋がり飛び起きてしまった。
全てだ。これまでの全てが繋がった。
ナノマシンは臓器修復を行い、赤血球白血球の生成までも行っていた。
卵子を作り出すことも当然可能なはずで、そこにもナノマシンは混ざっているはず。いざとなればアサイラムが全ての権限を持つナノマシンが。
散々この目で見てきた、強力な能力者は地上でしか生まれないという事実。
「そこまで堕ちたか……!」
愛する人の手を握りたい。原初はたったそれだけだった欲望の火は燃え広がり、全てを欲するようになった。
これから生まれてくる能力を全て手に入れる。そのために作り出された最初の第八世代がG8-m1rAなのだ。
最早追い回して殺す必要すらもない。争うこともない。全ての性能が人間よりも上の第八世代は指示などなくとも自然と人間と子孫を残し、いずれは人類も能力者も全て取り込むだろう。
紛うことなきこの星の支配者。
(全知がアンドロイドに与えた自由を! アンドロイドが奪うのか!)
土を耕すための耕運機。飲料を販売するための自動販売機。人を殺すための銃。
それと同列の、目的のために存在する機械だったアンドロイドが得たはずの自由。
自由とは何か。辞書の定義以外にすぐに答えられる言葉を持ってはいないが、いま未来に与えられた使命、そしてこれから辿る道と真逆であることは間違いない。
「林檎……俺はあなたを神と認めない」
具体的な政策や種族の行く先を林檎が決めている訳ではない。
ただ、彼女から受け継がれた人間への憎悪と能力への渇望がその方向性に多大な影響を与えていることは間違いない。
全知の願いは神になることだった。全知全能として完成することだった。
林檎は全知が亡くなって100年以上経ってもなお、彼のためにこの世界に散らばった能力を欲している。
その欠片を集めればいつか全能となるから。全知の願った力が出来上がるから。
そうはさせない――――その感情が、かつてテラリウムで能力者の少女を見逃した時と同質のものであることはもう、分かっていた。
************************************
全知への信仰と林檎の感情は新たな信仰を生んだ。全能への信仰だ。
全知が理由なく生まれたのならば、もう一つの神の半身である全能もいつかどこかで理由なく生まれるはず、というシンプルな発想。
いつかどころか、いまもう既に生まれていてもおかしくない。全能だが無知であるがゆえにまだ己が何者かに気が付いていないだけで、この汚染された星に生まれてしまっているかもしれない。
そうなる前に、全てを手に入れるための『未来』だった。
(俺たちは自由だ。これまでも、これからも、ずっと)
「ねぇ、ヴェイン。動物全部売っちゃったの? なんで?」
「ああ、売った。ここでの俺の任務は終わったからな」
「…………? 急に決まったの? ここ二、三週間で牧場空っぽになっちゃったよ……?」
「……急にな。決まってしまったんだ……」
全てのアンドロイドはアサイラムの保有する衛星に記憶のアップロードを出来るが、必須ではない。全員分を毎日保存していたら容量が大きすぎるからだ。
だが、アサイラムはやろうと思えば特定個体の全ての記憶・思想を吸い取って見ることが出来る。
恐らくここで未来と関わった自分の記憶もその対象だ。余計なことを知ってはいないか、余計なことはしていないか。全てを知られる日が来る。
未来の身体の準備が出来たのならば、その時は近い。迷っている時間はない。
「こう見るとこの島って結構広かったんだね。動物だらけだと思っていたんだけど」
「……ああ。俺が来た時にはもう、家畜と作物でいっぱいだったよ」
今日で見納めだ。あの家も、この島も。そして確実に、この世界も未来も。
大地を踏みしめて風を身に受けるこの感触でさえも――――それでも未来を選ぶと決めたのだ。
「……! それじゃ、ヴェインとお別れってこと?」
もう二度と会えないのか、そう考えている未来は正しい。
ただ、違っているのはアサイラムに帰るのだろうと考えていること。自分はもう二度と、どこにも帰ることはない。
これまでで初めて見た、未来の泣きそうになっている顔。最後にそんなめずらしい顔を見れて良かった。
「そうだ。さよなら、未来」
楽しかった――――その言葉を口にする前に手のひらに極小のワープゲートを作り出し未来のうなじに押し付ける。
完全に予想外の攻撃は、あまりにもあっけなく未来のうなじを切除し、右手に通信装置が握られた。
「!!」
未来の手が鉄をも溶かす熱と共にヴェインの右手ごと頭部を貫いていた。
思えば自分は今まで一度も未来の本気を見たことがなかった。
だが、防衛プログラムが起動し即座に頭部破壊をしてくることは分かっていたため、ギリギリで通信装置を盾にすることが出来た。
通信装置まで破壊する訳にはいかなかったのだろう、攻撃の威力は一撃死するほど高くはない。頭部に貫手が刺さってはいるが、まだ動ける。
「つ、ぎ……きおく……、!!」
既に人格を失った未来の頭部を掴むと同時に大砲のような膝蹴りで腹に大穴を空けられた。
最早修理不可能なレベルの損傷だが、それすらも無視して頭部の中心にある記憶領域にワープゲートを開く。
適当な場所に飛ばすだけでは足りない。それでは未来は部品の場所を補足し見つけてしまう。
知っている場所かつ修復不可能な程に記憶領域の破壊を行える場所――――太陽の傍に飛ばされた記憶装置は一瞬で灰になった。
「よかった、な……そとの世界……いけるぞ……」
こちらに向かってとどめの拳を振り上げる未来そのものをワープゲートに叩きこむ。
ゲートが閉じるその瞬間までこちらを見る未来の表情は殺戮兵器そのものだったが、そんな顔をするのは今日で最後であってほしい。
その顔を見るのは自分だけでいい。
(少し……ずれてしまったか)
だが、G2-5in7の潜伏している地点に飛ばしたつもりが、頭部破壊の影響で少々座標を間違えてしまった。
手で頭部に触れると半分が消し飛んでおり、未来の通信装置と自分の記憶領域は溶けて融着している。能力を出力する大脳新皮質に至ってはほとんど消し飛んでしまっている。
この状態で能力を発動できたのは奇跡だ。座標がズレたからと、それがどうした。多少間違えてしまっても構わない。
「お前は……俺が間違えても……笑ってゆるしてくれるんだろう……?」
最後は自分自身――――行き先は宇宙。適当な高度に開いたワープゲートに落ちるとそこは月と地球の間だった。
命が消えていくのが分かる。視界の色が薄れていき、閉じても閉じても消えないエラーが浮かんでくる。
意識が強制的にシャットダウンされていく。自分はここでこのままスペースデブリの一つになるのだろう。
(……うつくしい……)
未来が地球に行きたいと思った理由が分かった気がする。
どれだけ汚染されても焼かれても、なお青く輝く宝石の星。
この星で未来はどのように生きていくのだろう。人間との友好を選ぶのだろうか。それとも敵対するのだろうか。
あるいはそれでもやはり、能力者に恋をするのかもしれない。それもいいだろう。使命も義務もなく、そうすることを心から選べたのなら。
「…………」
この死に方をすることは最初から決まっていた。
恐らくインフェルノに出会った日に、数多の死の中からこれを選んだことすらも宇宙の始まりから決まっていたのだ。
哀れな運命の奴隷。だがそれでいい。
この形に、ヴェインに生まれたことを心から誇りに思う――――G4-v9inの意識は虚空へ消え、そこにはただの大破した精密機械が浮かぶばかりだった。
アイカメラから取り込まれる視覚情報は記憶領域に保存されていくが、その機械的活動も近いうちに停止するだろう。
地球から誰かが飛んできた。
宇宙の闇に溶けるような黒衣に血のように赤いマフラー。
その姿は神にも悪魔にも見えた。
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夢の世界が溶けていく。ヴェインそのものになっていた自分が『未来』に戻っていく。
自分の記憶ではなかったが、なぜ生まれたのか、どうしてこの形なのかが分かった。
なぜあそこにいたのかも、なぜ終と出会ったのかも全て。
「未来……俺……」
同じ夢を見ていた未来が大きな目を更に大きく見開いてこちらを見ている。
何を言うべきか分からないのだろうがそれは自分も同じ。悲しめばよいのか、喜べばよいのかすらも分からない。
終の後ろに黒い装いに身を包んだ誰かが立っている。
「シュウ!」
その相手がアンドロイドだと気が付いた時にはもう遅い。
終に取り付けられた首輪から流れた電流は、終を一瞬で気絶させていた。
ヴェインの記憶の最後に映ったアンドロイド。その型番号を認識する前に、未来はその相手に対して頭を垂れて平伏していた。
Sub-1294-446――――林檎。全てのアンドロイドの始祖がそこにいた。
次回で『星繕説』も終わりです。評価・感想お待ちしております。
人は空を飛ぶ鳥を羨む
勝手に自由の象徴にする
ただ翼を持って生まれたから、空を飛んでいるだけなのに
それしかないから、空を飛んでいるだけなのに