星繕説   作:K-Knot

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世界がひとつになりませんように

 窓の向こうで道を歩く人たちはみんな綺麗な服を着ている。

 特にいま目の前を通り過ぎた女性は服にほつれの一つもなく、髪の毛までさらさらでついずっと目で追ってしまった。

 拾ったシャツに着古したズボンの上にボロの外套を身に着け、がびがびのぼさぼさの髪の毛をした自分はあまりにも場違いだ。

  

「終、お前の頼んだ飯来たぞ」

 対面の席に座っていた白目の方が多い目付きの悪い少年が口を開く。

 終と同じく髪が立っているが、ぼさぼさになりすぎた結果立っているのではなく丁寧に長さを揃えた髪を整髪料で立たせている。

 それよりも気になるがその服装だ。黒く丈夫そうな詰襟の衣服に、金色のボタンがついている。これは昔どこかで聞いた学生服というやつではないだろうか。

 暖かそうだし羨ましいな、という思いも目の前で湯気を立てている食事に負けて溶けて消えてしまった。

 

「なんていい匂いなんだ」

 輝く白米の隣には唐揚げとハンバーグが。

 その奥には黄金色のコーンスープが。混ざり合った香りだけで成仏してしまいそうだ。

 こんなぜいたく品を一気に口に入れたら幸せのあまり蒸発してしまいそうだから、ナイフで切った小さなかけらだけを口に入れる。

 

「う……うますぎる」

 鹿でも馬と鳴くだろうと馬鹿なことを思うほどに口の中に旨味が広がる。

 こんなものを毎日食べられればきっと世界は平和になるだろう。

 今気が付いたが、自分たちがいるこの場所も暖かく清潔で、おまけに電気までついている。

 食事も美味しく暖かくて綺麗な場所だなんて、贅沢にも程がある。 

 

「面白いくらいうまそうに食うじゃねえか」

 

「半分食うか? 信じられねぇくらいうめえぞ!!」

 せっかくきっちりとした学生服なのにボタンを外し、ポケットに手を突っ込んで座っているそいつは目つきの悪さも相まってまるでチンピラだが、

 終を見て笑ったその顔はまだどこかあどけなさが残っている。恐らく、彼の年齢は離れていても3つか4つの差だろう。

 

「そんなにうまいもんを人に分けるのか?」

 やったぜ、と喜んで食べればいいものを、とても美味しそうには見えない黒い液体を飲みながら愉快そうに笑っている。

 

「なにが?」

 

「いや、なんでもない。ところでな、この世で一番いい匂いはなにか知っているか?」

 

「……釣ったばかりの魚を焼いた匂いかなぁ」

 違う違う、と彼は鼻で笑った。

 まぁ確かに、自分で言っておいてなんだが焼いた魚のにおいよりも目の前のハンバーグセットの方がいいにおいがする。

 

「女の子の匂いだよ。いろいろ難しいことを考えていてもそのかおりが鼻に入ってきた瞬間全部吹き飛ぶ。全部だ! この子を守らなくちゃって思うんだ」

 

「なんの話してんだ?」

 ずっ、と崖から落ちるような感覚がして身体が跳ねる。

 口にした言葉が廃墟の病院に空しく響き渡っていき、ついでに終の腹の音も派手に鳴り響いた。

 

(……誰だあいつ)

 夢とは荒唐無稽なもので、見たこともない物や会ったことのない人も出てくる。

 だが大抵は自分の記憶の中でこんがらがったものが出てきているのだ、と枕元に置いてあったパウチ加工された紙を手に取る。

 道端で拾った大昔のレストランのメニューだ。ベッドの上で未来と乾パンを齧りながら、これ美味そうこれはもっと美味そうと話しているうちに眠ってしまったのだ。  

 

(まだ寝てる)

 いつも日の出と共に起きている未来が寝ているということは割と早めに起きてしまったのだろう。

 散らかった段ボールの底のような部屋に差し込む光も朧だ。地平線に隠れようとしている月の光にぼんやりと照らされて、半壊した病院のベッドで眠る未来はそこだけ見れば妖精のようだ。

 黙っていれば可愛いのに、と思うがずっと無口だったらここまでの旅も無味乾燥なものになっていただろう。

 機械がなんの夢を見るのだろう。もしかすると自分と同じくこのハンバーグセットとやらを食べる夢でも見ているのかもしれない。

 

「……まだ起きないよな?」

 夢の中の誰かの言葉を信じたわけではないが綺麗好きの未来の耳元に鼻を近づける。

 

(ほんとにいい匂いがする!!)

 いつだかに売り言葉に買い言葉で汗臭いとは言ったものの、不快な汗の臭いではなく爽やかで健康的なにおいだ。

 肌の体温によって香り立つせっけんのにおいと混じって一瞬意識が遠のくような薫香になっている。

 同じタイミングで同じ石鹸を使って身体を洗っているはずなのに、多分自分はこんな匂いはしないと思う。

 

「なにしてるの?」

 

「いっ……いい匂いだなって」

 静かに目覚めていた未来の視線に射抜かれて、その場で石像のように固まってしまう。

 あまりも急に目覚めていたので嘘をつくこともできなかった。

 

「……。悪い気はしないかな。でも恥ずかしいからもうおしまい!」

 未来が起き上がったのを見て窓の外に目を向けると、朝日が昇ってきているようだった。

 夜の移動は危険極まりないので、日の出と共に行動し、日没には寝る場所を探す日々だ。

 

「女の子はいい匂いがするから守らなきゃいけないって、マジ?」

 

「……? ……正解、たぶんそれ正解だよ」

 

「そっかぁ。確かに、うまい飯とかきれいな花とか、お日さまのにおいのする猫ちゃんとか……いい匂いするもんは守ってかなきゃだもんなぁ」

 

「そういう話だっけ?」

 なんだか違う方向に行ってしまった話の内容に未来が目をこすりながら疑問を呈した。

 自分の言っていることは間違っていないと思うが、そういうことでもないような気がする。

 

「よくわかんなくなった。……行こうぜ。今日、その利根川とかいうのが見えてくるんだろ?」

 休憩を挟みつつ一日8時間歩いているが、山もあるし谷もある。

 おまけに道も舗装されていないし、道中で食料も確保しなければならない。

 ここまで来るのに3週間以上かかってしまった。今日は危険な生物に出くわすことがなければいいのだが。

 

 

**********************************

 

 

 まだ余っていた氷砂糖を舐めながら植物に侵食されている道路を歩いていく。

 下りの山道に入り、民家の一軒も見えない。

 

「つきにちは、ひゃくだいの……。……なにこれ、こんな言葉ないぞ」

 

「つきひははくたいのかかくにして、って読むの!」

 道中は未来が夜のうちに紙に書いてくれた文字を読む練習をしている。

 本当は漢字どころかカタカナを全部読めるかもあやしい終にとってはなかなか苦しい時間だ。

 おまけに未来が書いてくる例文はいつもなんだか格調高いものを選んでくるからたまらない。

 ハンバーグセットは読めるのに。

 

「こんな変な文章誰も読まねぇよ」

 

「松尾芭蕉の作品なのに?」

 

「何人ですか?」

 

「……かわいそう、人間って。悲しいくらいに文化が失われている」

 

「文化ぁ?」

 

「言葉は文化そのものでしょう。読み書きする人がいなくなっちゃったら、残さなくちゃいけないものも残らなくなっちゃう」

 

(…………)

 そういえば自分は家族の墓にすら漢字で名前を刻んでやれなかった。

 生きるには必要ない、と思っていたが未来の言葉は一理どころか八理くらいある。

 

「なんだかな。敵にこんなこと言うなんて」

 

「まったくだ」

 

「でもシュウもそう言いながらなんだかんだ一緒に来るよね」

 

「見つけちまったからなぁ。もしもやべぇ奴だったら、やっぱ俺がなんとかしねぇと」

 正直まだこの記憶喪失のアンドロイドが自分の敵なのか、人類の敵なのかどうかはよく分からない。少なくとも能力者と戦って倒されたことはほぼ確定しているということもある。

 それならば野放しにするよりも、いざ人間に牙を向けたときの矛先が自分ならば気兼ねなく破壊できる。出来ればそうはなってほしくないが。 

 

「そのつもりならもう寝首掻いてるって」

 

「あっ、乾パンないなったぞ」

 

「えっ、もう食料ないんじゃなかったっけ」

 

「全くないな。その辺の虫でも捕まえて食うか」

 空になった缶を放り投げ、適当なことを言うと未来は顔を真っ青にしていた。

 半分冗談だが半分本気だ。石の下をひっくり返して出てくるドデカムカデなどは焼くと結構食いでがあったりするし、何も口に入れないよりはマシだ。

 

「あ! コンビニあった! あそこ入ろう?」

 

「こんびにって漢字でどうやって書くの?」

 

「コンビニはconvenience storeだから英語なんだよ。そんなことも知らないんだぁ」

 

「…………」

 胸を張ってドヤ顔する未来にたとえば『おっぱい小っさ!』とか言い返してやりたいが、そうしたらその倍言い返されて終わらなくなってしまう――――ということを最近ようやく学んだ。

 それにどう言い返そうと自分が無知で未来の方が機械らしく知識が多いのは明白なのだから。

 

「コンビニねぇ……」

 山中にあるからか、荒らされてはいないが当然食料は腐り果てて半ば消滅している。溜息を吐いている間に未来は何故か食料品とは別のコーナーに行ってしまった。 

 適当に錆び錆びの缶詰を取ってリュックサックに入れていく。どうしようもなければこれをまた時間を戻して食べるしかない。

 使い過ぎると酷い頭痛がしたり鼻血が出たりするから、本当は良くないと思うのだが。

 どす黒く変色した水が入っているペットボトルを無視し、朽ち果てているシャンプーを手に取る。せっけんもかなり減ってきた。三日以内に旅の商人に出会わなければ石鹸なしで身体を洗うことになる。

 自分は別にいいが未来が大騒ぎしそうだ。

 

「おっ」

 隣にあったのは本のコーナーだった。

 ほとんどが劣化して全く読めない状態になっているが、平積みにされているうちの下側の方はいくつか読めそうだ。

 何度か後ろを振り返って未来がいないことを確認し――――まだ読めそうなエロ本を急いでリュックに入れる。

 自分の暮らしていた場所には近くにこんな店などなかった。持っている数少ないエロ本も誰もいない民家から手に入れたものだ。

 本当はゆっくり全部吟味して大量に持っていきたいが――――

 

「ねぇ」

 

「わぁ!!」

 驚きのあまり強烈な念動力で目の前の本棚を全て店外にぶっ飛ばしてしまった。

 最悪のタイミングで戻ってきた未来に出来る限りの笑顔で振り返る。

 

「なにしてるの?」

 

「いや、ちょっとでかいゴキブリがいてね。なんでしょうか、はい」

 

「これ……使えるようにしてほしい。そろそろだと思うから」

 

「……? なにこれ」

 カラカラに乾いてしまったウェットティッシュが詰まった袋のようなものを手渡される。

 はだにやさしい、と書いてある部分以外は漢字が多すぎて読めない。

 

「…………。生理用品」

 

「せい……え? は?」

 文字が読めなくても家族に女性がいたのだから流石にそれくらいは知っている。

 問題はそこではなく、未来がそれを必要としている意味が分からなかったのだ。

 無知な終に怒っているかのように大股で歩きながら店外に出ていく未来の背中に機械の証を見たことは間違いないのに。

 

(機械が生理?? なんで??)

 寝るのはいい。どんな機械も電源をつけっぱなしだとどこかおかしくなる。

 食事をするのもいいだろう。エネルギーが無ければ動かないのは機械も動物も同じだ。

 汗をかくし綺麗好きなのもまぁまだいいとして、どうして生理なんて面倒な機能まで人間を模したのだろう。

 自分がアンドロイドの製作者なら絶対にそんな機能はつけない。そういえば一番最初に未来を見つけた時、傷口から血を流していた。人間と同じ赤い血を。

 血があるということは心臓があるということ、心臓があるということは血液を受け取る各種臓器があるということになるのではないか。

 第8世代、最新型と言っていたか。少なくとも自分の教わったアンドロイドとやらは全身完全に機械でその上に人工皮膚を張り付けていただけだと聞いていたのに。

 

「シュウ! もう行こうよ!」

 

「わ、分かった。行こうか」

 いろいろごちゃごちゃ考えてみたが、知らないことが多すぎる自分にはさっぱり分からない。

 せめて、次商人にあったら女性用下着やせっけんだけでなく、生理用品も一緒に買おうと思った。

 

 

*******************************

 

 もうすぐ日が暮れる。

 計算が間違っていたのか、自分たちが歩くのが遅かったのか。

 利根川にまでたどり着くことは出来ず、結局汚いドブ川のそばでキャンプをすることになった。

 

「お腹すいた……」

 

「ちょっと待ってなって……ほら、かかった!」

 木の枝に縄を結び、その先に羽虫をくくりつけた簡単な釣り竿を垂らして五分、ようやく獲物がかかった。

 縄を手繰り寄せ、一気に引き上げる。

 

「なんなのこれは」

 

「晩飯!」

 出てきたのは未来の顔よりも大きいザリガニだった。

 左右のハサミの大きさは非対称で、黒い目玉はカタツムリのように飛び出している。

 これも放射能汚染で変異したミュータントの一種で、本当はもっと小さかったと母が言っていた。

 

「ザリガニに見えるんだけど」

 

「ドデカザリガニこと新種のザリガニ、マッカチンだ。危ないから触るなよ。さっさと調理しちまおう」

 川に落ちた人間を寄ってたかってバラバラにしてしまうような凶暴な生物だが、背中を掴んでいれば鋏は届かないし一匹なら可愛いものだ。

 とはいえ暴れ出せば思わぬ怪我に繋がるので即首を切り落とし殻を剥いでいく。一般的なザリガニは指を挟まれたらしっぽを曲げれば離すがマッカチンの場合は曲げる前に指が切り落とされてしまう。

 

「たっ、確かにザリガニ料理とかもあるもんね」

 

「こいつらって便利なんだぜー。中身は栄養あるし、殻は焼けばパリパリになって保存食になるし、魚の餌に使えるし。ハサミはそのままハサミとして使えるしな。おまけにどの川にも馬鹿ほどいるし」

 微妙な表情をしている未来は無視して火にかけておいた鍋にぶち込む。

 煮えるまでの間に殻に張り付いた残った肉をスプーンでこそぎ取り、まだ少し残っていた終のスペシャルスープに入れていく。

 とりあえずスープの味見をしてみよう。

 

「ゔがっ……まぁまぁかな。うん」

 

「まぁまぁで出る声じゃなかったんだけど」

 

「いいからいいから。はい、出来た。ザリガニ煮込みとザリガニ入りスペシャルスープ」

 ザリガニの肉を山で取れたワラビと一緒に塩ゆでした一品を前にして未来は絶句している。

 育ちがいいであろう未来の知ったことではないだろうが、これは戦後の日本人のソウルフードと言ってもいいくらいどの家庭でも食べられているものだ。

 酷いとき――――もとい多いときは週に5回ザリガニ煮込みが出ることがあった。 

 

「おかわりもすぐ作れるからな、いくらでも食っていいぞ」

 ホー、ホー、とどこかからフクロウが鳴く声がする。

 鳥の一匹でもラッパ銃で撃ち落とせればまた晩飯も違ったのだろうが目に映る範囲内に入ってくる動物は本当に一匹もいなかった。

 しっかり煮えたザリガニを前にして頭を抱えていた未来はやがて決心したかのようにフォークを突き刺してザリガニ肉を口に入れた。

 

「……ぐっ、ゔっ! っ!!」

 咀嚼するたびに内部の機器が重大なダメージを受けている声を出していた未来だったが、とうとう限界が訪れたのか。

 びたびたびた――――吐しゃ物が叩きつけられる音が日の落ちた川の水面に反響した。

 機械にガチ目のゲロを吐かれるのは、いくらなんでも流石に少し傷つく。

 

「贅沢なやつだな」

 未来に負けないくらい大きく肉を齧る。当然息を止めながらだ。

 混じった砂がじゃりじゃりと歯の上で潰れ、鼻に不快なにおいが突き抜けるのを我慢して飲み込む。

 

「これっ、ドブの味がする!!」

 

「そりゃぁドブ川生まれドブ川育ちだからドブの味するわな」

 一応水筒の水で多少洗ったが、本気でドブの風味を落とすつもりならバケツ一杯分くらいの水でしっかり洗わなければならないが旅の途中でなんにでも使う綺麗な水を無駄遣い出来るわけもない。

 

「無理! 食べられない!!」

 

「わかったわかった。ちょっと味変えるから」

 このままではまた能力を缶詰に使うはめになりそうなので、持ち運んでいた調味料を適当に振りかけていく。

 本当はこれらも貴重だから使いたくないのだが。

 

「塩と胡椒とバケモントウガラシと酢かけた。流石にドブのにおいは消えたでしょ」

 

「ば、バケモントウガラシってなに?」

 

「この前森で見つけたでかいなにか。よくは分からんけど食えるよ」

 見た目はただの赤いトウガラシだった。2mくらいあったことを除いては。

 一口食べてみて、その場で失神するほど辛かったが調味料としてなら使えないこともないだろうと思い一部持ち運んでいたのだ。

 

「じゃあ先食べてみてよ」

 

「おー、いいよ。……ゔぅえっ……いける、大丈夫」

 様々な調味料を入れたおかげで、滅茶苦茶不味いという状態から最早何が何だかわからないという味になったが、先ほどよりはまだ食べ物の味がしないこともない。

 もう終の『いける』という言葉は信用していないようだが、食事がないのも事実なのを分かっているからか、改めてトライした未来は顔を赤くしたり青くしたりしながらなんとか飲み込んだ。

 その通り、これ以上文句言われても何も出来ない。二人で時々えずきながらなんとかザリガニ料理を完食する。少なくとも、腹はいっぱいになった。

 

「ちょっと水汲んでくる。夜のうちに濾過しとかないと。テントの中に寝床用意して服洗って干しといてくれな」

 

「ん……」

 そんなに夕食が不味かったのか、テンションが地べたを這っている未来を置いてドブ川に向かう。

 毎度毎度そんな思いをするくらいなら味覚機能を切ってしまえばいいのにな、と思うが食事の感想を共有できないというのも悲しい話だ。

 様々なバリエーションの『まずい』は見ていて楽しいが、いつかは『美味しい』と言わせたいものだ。

 

「寒くなってきたなぁ」

 カレンダーなどないので正確な日にちは分からないが、未来と出会ったのが秋の終わりごろだからもう冬になったようだ。

 どうりで野生動物も姿を見かけなくなったわけだ。ここまでの旅で分かったことだが、自分は相当な田舎に暮らしていたらしい。

 能力者どころか商人以外の人と全く会わない。この調子でどうやってガスの能力者を見つければいいのだろう。

 そもそもすれ違っただけでは能力者かアンドロイドかも分からないのに。

 

(見つからないなら見つからないでいいさ)

 この広い日本で、しかもこんな危険だらけの時代に運よく見つけられるなんて都合のいいことは考えていない。

 殺したとしてもそれを報告する相手もいない。ただ何もなくなってしまった場所で目的もなく朽ちていくことが嫌でどこかに行こうと考えていただけ、言わば自己満足だ。

 そんな自己満に付き合ってくれる道連れが出来てよかった。こんな寒い夜に一人で森の中で寝ていたら頭がおかしくなってしまっていたかもしれない――――何やら終のリュックサックを漁っている未来が目に入った。

 

「ああーっ!!」

 わざわざリュックの奥底の方に隠しておいたエロ本たちが全部出され、家から持ってきた愛蔵品までもがさらけ出されている。 

 

「私に似てるね、これ」

 未来と似た顔立ちの少女にからかわれ続けた中年男性が我慢の限界を迎えて少女を襲ってしまう内容の18禁漫画。

 それは前から持っていたものであり、未来に似ているから拾ったのではない――――と言い訳をしたところで致命傷には変わりない。

 第一、未来に出会ってから使用頻度が格段に上がったのは確かなのだから。

 

「だから結構荷物あるのに一人で持っていたの?」

 

「あの……」

 

「一人で夜中こそこそ読んでるのばれてるのに。私寝たふりしているだけなのに」

 前言撤回だ。道連れなどいない方がよかった。つい数週間前まではこそこそ18禁の本を読まないでよかったし、屁だって盛大にかますことが出来たのに。

 

「すぅー……じゃ、……じゃあ明日から半分荷物持ってもらおうかな!!」

 未来の言う通り、そのためだけに20kg近い荷物を一人で持ち運んでいたのだ。

 決して女性を気遣ってなどという格好いい理由ではない。おかげでここ最近筋肉がついてきた気がする。

 

「漢字読めないのに漫画なんて読めるの?」

 劣化してパリパリになったページを一枚ずつ丁寧にめくる未来は見つけてしまったおもちゃを手放すつもりは全くないようだ。

 

「その……絵だけ見てる……」

 

「それ漫画の読み方じゃないよ。やっぱり漢字読めた方がいいでしょ。これ、なんて読むか分かる?」

 

「『なかにたくさんぶちまけて』」

 

「『ちつないしゃせいきぼうです』だよ。ひらがなも読めてないじゃん?」

 

「ふりがな振ってある……」

 ドヤ顔でちくちくと終をつつき回していた未来が目をまん丸くして見開きの大ゴマを見直す。

 確かに自分も変な読み方だなと感じてはいたが。

 

「これは悪い文化だから捨てる!」

 

「わー! やめろ!!」

 5冊ほどあるエロ本をまとめて外にぶん投げようとした未来に飛び掛かる。

 『馬鹿じゃないの』『人間の文化をお前が決めるな』ともみ合っている間にテントの中がぐちゃぐちゃになっていく。

 

「私が寝ている間に隠れて読んでるのが気に入らない。堂々としたらいいじゃん! 見てみたいなぁ、人間の自慰行為! お得意の生産性のない行動!」

 見てみたいも何も、寝床が基本一つしかないから寝ているふりをしている未来の横でいつもこそこそしていた訳だが、14歳になりたてで思春期真っ盛りの終は人生でも最大級と言い切れるレベルの恥に爆発寸前だ。

 

「お前っ、形変えて発電機にしちまうぞ!!」

 

「能力禁止! 負けを認めているようなものだからね」

 

「うっ」

 未来の手足周りの空気を固定して動きを止めてしまおうと思った矢先に予想していたかのように禁止宣言された。

 いつから勝ち負けになったんだと言いたいが、こっそりエロ本を持っていたのがバレて逆ギレからの能力発動はいくらなんでも格好悪すぎる。

 

「こんなゴミのためにリュックかさばらせて……。…………」

 捨てるつもりならばさっさと外に投げてしまえばいい。

 未来の力なら100mは飛んでいくだろうし、この闇夜の中では探しに行くことも出来ない。

 それなのに先ほどから未来は1Pずつめくっては横目で見ているように見える。

 そういえば自分が戻ってきた時も即処分ではなくこちらに背を向けて中身を読んでいたような気がする。  

 

「分かった。悪い文化なんだろ。川にでも捨ててくるよ」

 

「あっ、でも。紙だから。いざって時に火種に出来るかも」

 だから急いで捨てる必要ないかもね――――と先程と真逆の言葉を口にしている未来を見て確信する。

 プライドが邪魔してゴミだの悪い文化だの言っているが、未来自身も興味深々なのだ。

 

「面白いなら貸すから読んでいいよ」

 

「おもっ――……しろくないことはないかも。くだらなすぎてこんなの知らないもん」

 

「なるほどね」

 漢字の勉強の例文に選ばれるのは松尾芭蕉の俳句やシェイクスピアの詩など、文化的価値があるものだと終にもなんとなく分かるものばかりだった。

 アンドロイド達はそういった文化はデータとして保管している一方で、俗極まるこんなものは一切受け継ぐつもりはなかったようだ。

 さすが人類よりも進化した存在。高貴で結構なことだが、結局最新型である未来はくだらないとアンドロイド達が判断したエロ本の内容に興味を持っているのだから意味がない。

 堂々としろ、と言っていただけあり堂々と目の前で読み始めた未来を入口近くにどけ、奇妙な気分になりながら寝床を用意する。

 

「キスってなんでするの?」

 

「なんでって……そりゃお前……なんでだろ」

 

「虫歯菌の交換でもしてるの? 意味わかんないね、人間って」

 

「うーん……うーん。しらんけど、したくなるんだよ、たぶん」

 アンドロイド同士が恋愛をするのかなど知る由もないが、キスをするアンドロイドなんて想像ができない。

 未来の考え方が彼らの基準からずれていないのなら、なんというか――――つまらなさそうだ。せっかく性別が分かれているのに。

 

「知らないの? 意味のない行動は人間の方が得意なのに」

 

「だって俺キスなんてしたことねぇ」

 

「かわいそ〜」

 

「知ってる女の子全員死んじまったんだからしょうがねぇだろ」

 集落には30人ほどの人間が集まって住んでいた。その中には自分のような子供もいたし、年の近い女の子も何人かはいた。

 だが、恋愛やら何やらに興味を持つ前に全員死んでしまった。

 そういう感性があるのが厄介だな――――しまったという顔をしている未来を見てそう思った。

 

「どうしてそのガスの能力者を見つけたいの? だって見つけて殺しても、なくなったものは戻らないでしょ。許せない? 怒っている? 憎んでいる?」

 実に機械的な考え方だ。既に失われたものは戻らないのに、どうしてそのために行動をするのかという疑問。

 自分が未来に教えられることなんてこれくらいしかないから、真剣に聞いてもらうためにエロ本をテントの端に投げて未来の目の前に座る。

 

「俺が能力者じゃなかったらこんな旅になんか出なかった」

 

「勝てないから?」

 

「簡単に言うとそうなんだけど……。人間はアンドロイドと同じくらい……いや、きっとそれ以上に能力者も嫌ってる。どうしてか分かる?」

 

「ああいうことをするからでしょ」

 終の集落が能力者に滅ぼされたことを指しているのだろう。

 強力な能力者ともなれば国をも一人で落とすうえに、ほとんどの能力者が自分勝手だと聞く。

 当たり前だと思う。人間を指の一本も動かさずに挽肉に出来る力があるのに、一日中働いて日銭を得ようなんて考える方がおかしい。

 

「今こんな時代に、能力を使って暴れまわる馬鹿を止められるのは能力者だけだろ」

 

「つまり?」

 

「誰かがそうしないと、能力者を差別するのが当たり前の世界になっちまうだろうが」

 今ですら、能力者の自分ですら、普通の人間に嫌われても仕方がないと考えているくらいなのだ。

 この考えが加速した先に『能力者死すべし』という思想が生まれるのも遠くないだろう。

 

「こんな世界なのにまだその先を夢見ているんだ」

 

「悪いかよ」

 自分だけが得をするために能力を使っても別にいい。

 だが、能力者も嫌いアンドロイドも嫌いで争いを続けていたらいよいよこの星は持たないと思う。

 今がぎりぎりこの星を維持できる最終ラインなのではないだろうか。そこに考えが及んでいる分、ただ能力を好きなだけ使っている馬鹿野郎よりも幾分かマシだと思いたい。

 

「ううん。いいことだと思う。シュウが私を助けてくれた理由、なんとなく分かった気がする」

 なぜあの時未来を助けたのか、はっきりと自分で言葉には出来ないがそう思ってくれるならそれはそれでいいだろう。

 人間に対しての偏見は今でも持っているが、終への警戒心はもう全く感じなくなった。

 前言撤回の撤回だ。やはり道連れが出来てよかったと思いながら寝床に潜り込んだ。

 

 

 

*****************************************

 

 道中廃屋を漁りながら今日も歩く。

 気が付けばここ数日、道に人の足跡を見るようになったし、人が通れるくらいの状態になっている気がする。

 終は未来が書いてくれた例文を、未来は終の秘蔵のエロ本を読みながら歩いていてそんなことに気が付いた。

 

「第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった」

 いちいちかしこまった文章なんか読みたくないぞ、と文句を言ったら世界で一番読まれていた本とやらの内容を紙に書き出してくれた。

 こんな本が一番読まれていたなんて、昔の人間は随分堅苦しかったようだ。

 

「すごいじゃん、読めてるじゃん」

 

「けっこう分かってきた」

 世界を神さまとやらが作って7日目に休んだというストーリーのようだが、この世界はどう見ても未完成のままのように思える。

 普通に考えてそんなものはいないからだろう。

 もしくは――――実はまだ神の感覚では7日目は訪れておらず、必死こいて世界をこねくり回している最中なのかもしれない。

 

「これさ、なんでみんな『あったかい』って言うの? 体液が体内に入っても温度そんなに差がないんだから分かるわけないと思うんだけど」

 

「知らねぇー。でもみんな言うならそうなんじゃないの。……おっ」

 ファンタジーという意味ではどちらも同じ分類の本を読みながらくだらない話をしていたら道中に木の杭が刺さっているのが見えた。

 

「あっ、言っていた目印?」

 

「うん。人が住んでいる街が近いな」

 旅の商人がどういうルートをとっているのかは知らないが、彼らは頻繁に通る場所に目印として杭を用意しておく。

 それはつまり、3、4日に一回はそこを商人が通ること、また街が近いことを意味している。こうして涙ぐましい努力を経て経済圏を築き上げたのだ。

 

「ばんそうこうって書いてある」

 大抵の目印の杭にはおもちゃの絵描きボードや紙が引っかかっており、希望する品を書いておけば(可能な物なら)仕入れてきてくれる。

 ただし値段は相応に高い場合が多い。汚いひらがなで書いてあった文字を消し、わざわざ未来がご丁寧に『絆創膏』と書き直したが、そんなことをしたら商人も読めないのではないだろうか。

 

「おっ、猫ちゃんだ。こんな世界でも猫ちゃんは可愛いなぁ」

 人がここをよく通ることを知っているのか、終の目の前で猫が腹を出して転がっている。

 食べるものなど少なそうな土地なのに太っているあたり、通りがかる人にたくさん可愛がられているようだ。

 懐に入れていたザリガニの殻を差し出すと喉を鳴らしながら食べだした。 

 

「せっかくの食料なのにあげていいの?」

 

「どうせ未来は食わないんだからいいじゃんかよ」

 

「…………。私もあげてみたいな」

 

「いいよ、やってみな」

 未来のよく言う人間の得意な無意味な行為のはずだが、未来が本当は興味があることは分かっていた。

 最近未来はその無意味な行為や物に興味を持つようになったが、終としては悪いことではないと思う。

 ザリガニの殻を手にした未来が舌を鳴らしながら猫に近づき――――乱暴な足音が聞こえて猫が逃げてしまった。

 

「子供!?」

 

「あ? あ??」

 初老の女性を背負っている青年がそこにいた。

 ただし、青年は右腕がなく、落とした陶器のように顔がひび割れていた。

 右肩の関節部分から機械部分が露出しており、一瞬何が何だかよく分からなくなった。

 

「君たちも早く逃げた方がいい!」

 

「?」 

 そのまま女性を背負った青年型アンドロイドは近くに見える山小屋に走って行ってしまった。

 

「第一世代だ。珍しい」

 

「第一世代?」

 

「Sub-2355-886だって。あの型番は戦前のアンドロイドだよ」

 

「戦前って……そうかお前ら、寿命がな……ん?」

 新しい足跡をたどるようにして四人の男が走ってやってきた。

 見るからに悪人面だ。人と会うようになってきたのはいいが、全員が全員善人ばかりではないことを知っているから終はある程度成長するまでは地元に留まっていたのだ。

 

「ガキがこんなところで何してるんだ?」

 

「それはどうでもいい。アンドロイドが出たんだ。見なかったか? 若い男の皮をつけている」

 こんな世界だ。下の毛も生え揃っていないような子供が武装してその日暮らしをしなければならない世界。

 人を助ける余裕なんて誰だってない。ここで白を切れば次に危害が及ぶのは自分たちだろう。

 だが、隣にいるほとんど空っぽのアンドロイドを助けたのは他でもない自分だ。だからやっぱり、それでもこの世界は捨てたもんじゃないと思ってほしいから、終は初めて人に能力を使う覚悟を決めた。

 

「知らない」

 

「ああ、そうかい。それはそうと、見逃してやるから金を全部置いていきな」

 

「女もおいt――――」

 分かりやすい台詞を吐く前に男は吹き飛んで木に頭を強かに打ち付けていた。

 倒れた仲間を気にかけることもなく、白目が黄色くなっている汚い男が右手をこちらに伸ばしてきた。

 能力者だと分かっている相手を掴もうとしてきた――――本能の警告に従い未来を引っ張って飛び退る。

 

「本気? 相手にしても何の得もないのに」

 

「いいじゃんか。俺は能力者でお前は力持ち、才能に恵まれたんだから。劣化したエロ本を元に戻すためだけに使うなんて本当に馬鹿らしいぞ」

 

「…………。わかった。手伝う」

 未来ならそう言ってくれるだろうな、と思っていた。

 他のアンドロイドは知らないが、きっと未来は基本的に善の心がプログラムされているのだろう。

 悪態はつくものの、道中もなんだかんだ色々と助けてくれたのだから。

 

「子供が能力を過信すると早死にするぞ」

 恐らくは能力者であろう男は、両脇の二人が鉈と鉄パイプを手に持っているのに相変わらず武器を持たずに終に対峙している。

 あの手に触れると何か良くないことが起こる、というのは人間との戦闘経験のない終にでも分かった。

 じゃあどうするか――――と考える前に7mは離れていたのに一足飛びで距離を詰めた未来が鉈を持っていた男を蹴り飛ばしていた。

 文字での表現などではなく、本当に大の大人の男が宙を飛んでいる。

 

「大人なのに働きもせずに子供から強盗なんて情けないと思わないの?」

 恐らくは非能力者であろう男はただの少女に見える未来が出した異次元の怪力を前にして思考も動きも止まってしまっているが、

 終が警戒している男だけは最短距離で未来に近づき手を伸ばしていた。

 

「未来! そいつから離れろ!!」

 荷物から取り出したラッパ銃にこまごまとした機械部品を適当に詰め込み発射する。 

 大量のスクラップが男に直撃した、かのように見えたが。

 

「そっちの女も能力者か? 子供でも能力者同士なら街の外でも安全だとでも思ったか」

 よく見えていなかったが男が手のひらを広げた瞬間全てのスクラップが空中で分解されたように見えた。

 なにやら瘴気のようなものが男の手から漂っている。

 能力の正体が分かるまでは飛び道具で攻撃をしようとボウガンを構える前に、瞬間移動に近い速度で未来が終の隣に戻ってきた。

 

(シュウ、あいつ! レベル4のディケイタッチ!)

 

(ん? なに?)

 

(近づいたものを腐らせる能力者!)

 未来の耳打ちのおかげで、相手より先に能力を知れるという大きなアドバンテージを得た。

 なんでそんなことを知っているのか、レベルとはなんなのか、腐るなんて次元ではなかったなど色々と言いたいことはあるが、やはり考えていた戦法で間違いないと感じボウガンを放つ。

 発射した矢を分裂させるという終にとっては手慣れた攻撃を、ディケイタッチは手のひらから瘴気を展開させて矢を空中分解してしまった。

 

「お前は女をやれ! 俺はこのガキを――――」

 

「あっ!?」

 ディケイタッチが指示を言い終える前に、仲間の男の肩と足に矢が刺さっていた。

 100本近くに分裂した矢のうち、2本だけ操って仲間の方に飛ばしておいたのだ。

 流石最新型なだけあり、何の合図もしていなかったのに未来は矢が突き刺さった男を殴り飛ばして気絶させていた。

 

「ガキが!!」

 ディケイタッチの手から噴出した不浄の力が巨大な円盤型となり終に向かって投げられた。

 早くはないが避けきれるような大きさでもなく道端の木を朽ち果てさせながら近づいてくる。

 

「なんだこりゃ」

 手に集まった時間の巻き戻しの力を留めながら引っぱたくと簡単に消えてなくなってしまった。

 終のよくやる時間操作と似たような力で、物質が滅びるまでの時間を極端に短くするものなのだろうと理解出来てしまった。

 

「なっ――――」

 呆気に取られているディケイタッチのすぐ背後に未来が迫っている。

 その力を未来に向けるのは正解だが、今度はこちらへの注意が途切れた。

 能力を使って奪うばかりでちゃんと戦ってこなかったんだろうな――――ディケイタッチの隙を見逃さずに頭を掴む。もう勝負はついていた。

 

「ふぁ……?」

 かくん、と身体から力が抜けたディケイタッチが来た道を幽霊のような足取りで戻っていく。

 その視界には自分たちも倒れた仲間も入っていない。

 

「なにしたの?」

 

「白昼夢を見せてる」

 脳を操って夢を見せるのは終の能力の一番基本的な力であるため、一瞬で男の意識を掴み夢の世界に叩きこむことが出来た。

 忘れ物を取りに行くために来た道を戻るが、何を忘れたのかすらも忘れた妄想の中をさまよわせている。あのまま夢遊病患者のようにふらふらと歩いて8時間くらいしたら意識が戻るだろう。

 今まで凶暴な犬の群れや4mもある熊の相手をしてきたのだ。それに比べれば能力以外は普通の身体をした能力者の相手の方が余程簡単だった。

 

「シュウ、さっきの人たちのところに行こうよ」

 

「気になる?」

 

「うん」

 自分たちにも目的があるし放っておけばいいんじゃないかと思ったが、確かに気になる。

 あの女性はアンドロイドだと知って一緒にいるように見えたし、アンドロイドも人間に追いかけまわされながらも人間を助けていた。

 なんとなくで人間を嫌っている未来にとっては大事なことかもしれないと感じ、これ以上関わりたくない気持ちをぐっと抑えて終も山小屋までついていくことにした。

 

 

********************************************

 

 

 向こうも向こうで未来がアンドロイドだと気が付いていたこと、戦いの一部始終を見ていたこともありすんなりと山小屋の中に入れてくれた。

 詳しい話を聞く前に、女性が足を怪我をしていたので未来が治療を申し出た。

 ここまで来るのに終も何回か怪我をしたが、そのたびに未来は完璧な手当てをしてくれたと思い出す。

 戦前は医療介護の現場にアンドロイドが相当数いたと聞くが、未来を見るに人間の基本的な怪我の治療の知識は全てのアンドロイド共通なのだろう。

 こんな不衛生なところでやりたくないとぼやいてはいるが。

 

「シュウ、こっち終わったよ」

 

「ありがとうね」

 女性に手を握られながら礼を言われて未来は柄にもなく困っている。

 その傍らで破損していたアンドロイドの腕をなんとか繋げなおそうと頑張っていたがどうにもパーツが足りない。

 

「そっちは直りそう?」

 

「うーん……。これ、なんでこんなことになったんだ?」

 肩の関節部分、腕との接合部から外れているがコードは千切れ中の機械部品は酷く錆びている。

 腕がまともならこの女性の治療もこのアンドロイドがしていたのだろうが。

 

「わからないんだ。急に取れてしまってね。街から出ていかなくてはならなくなった」

 そのアンドロイドの声をなんと例えるべきか。

 砂漠で30日間水を飲まなかったような声、あるいは古ぼけた鉄塔に備え付けられたボロのスピーカーのような音質だった。

 この二人がどういう関係かは分からないが、想像するに普通に人の住んでいる街で暮らしていていきなり腕が外れてしまったのだろう。

 女性が怪我をしていたことやまともな荷物を持っていなかったことから考えると、準備をすることすらも出来ずに追い出されたのではないか。

 

(アンドロイドも能力者も地上じゃ変わらねえな)

 人間の集落に紛れ込んでいたのだから当然だと思うのは多数派の視点だ。

 実際はたとえ人間だろうと能力者と分かれば人々は変貌しその首を切り落とすまで追いかけてくる。

 それが子供だろうと、弱弱しい能力だろうと関係ない。

 

「せめて腕がくっつけばねぇ」

 

「ああ、くっつけるだけなら出来るよ。動かないけれど」

 女性の提案にアンドロイドが頷いたのを見て、内部の動いていない機械部品に紐をくくりつけて外れていた腕を見た目だけでも接合する。

 顔のヒビや声などおかしな部分はあるが、これならば服を着ていればいきなりアンドロイドだと見抜かれることもないだろう。

 

「なんで人間と一緒にいるの?」

 

「君こそ。第8世代……一体何の理由でこの子といるんだ」

 

「別にいいじゃん、人間といたって」

 

「そういうことだ。人間と暮らすアンドロイドがいても問題ないはずだ。僕は彼女の……原家に107年前に買われた」

 

「フレッドは私が子供の頃からずっと家でお世話をしてくれていたの」

 フレッドと呼ばれたアンドロイドが戦前に製造されたもので、家政夫としてこのおばさんの先祖に買われたのは分かった。

 だが自分の知っている歴史ではそうやって人間の奴隷だったアンドロイドは感情の獲得と共に全員反乱したはずなのに。

 

「君たちの言いたいことは分かる。でも僕は、自分が自分であることを分かる前から家族として大切にされてきた。一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを見て、一緒に新年を迎えた」

 

「…………。自由になったのだから、どんな選択をするのも自由だってこと? でも現に人間に迫害されてるじゃん」

 皮肉る未来にフレッドは静かに笑った。ただそれだけの動作の間にも、機械が軋む嫌な音が部屋に響き、機械仕掛けの眼球がピントを合わせる音が漏れている。

 

「いいんだ。僕は壊れるまで、原家の家族なんだ。それを誇りに思っている」

 

「そ……! うー……」

 最新型、すなわち一番優れたアンドロイドの未来にとっては自分よりも圧倒的に劣る人間に尽くすなんてことは理解が出来ないことなことなのかもしれない。

 だがそんな理屈を超えた理由を聞かされて、未来は何も言えずに黙ってしまった。 

 

「きっと僕はもうすぐ壊れるだろう。助けを求めても今更アンドロイド達が僕を直してくれるとも思えない。だけど、壊れてしまう前に君たちに会えて嬉しい」

 

「なにが?」

 聞きたいことは聞けたと思う。こういうことを言ってくれたらいいなと終が思っていた通りの考えを未来に示してくれた。

 これ以上は出来ることは何もないし、自分たちにも目的があるから、と出ていく準備を始めていたらフレッドは終に話しかけてきた。

 

「最新型のアンドロイドと能力者が助け合っている。昔に比べて、世界は酷くぼろぼろだ。だけど、君たちのように協力し合えたのならまだ……」

 

「…………」

 人間と能力者とアンドロイド。それぞれが互いに敵対し合っていると言っていい。そしてそのお陰でこの星は目も当てられない程に壊れてしまった。 

 だがそれでも生きている人間たちや、想像を絶する力を持った能力者、高い技術力を持ったアンドロイドが協力し合えたのならば。

 まだこの星は修繕がきくのかもしれない。

 

「これからどうするの?」

 

「彼女の息子がここから北東にいった街にいるから、そっちに移ろうと思う」

 

「終くんと未来ちゃんって呼べばいい?」

 

「ん?」

 別の方向だなと考えてほっとしているとフレッドに背負われた女性が何かが入ったブリキ缶を差し出してきた。

 開けてみると食料というのは分かるが見たことのない茶色くて丸い何かがたくさん入っている。

 

「あげられるもの、これしかないけれど……」

 

「クッキーだ!」

 

「くっきぃ?」

 未来が喜んでいるのを見るあたり、美味しいものらしい。

 匂いをかいでみると甘い香りがして口の中に唾液が溢れた。

 

「2人で仲良く食べてね」

 試しに半分こしたクッキーを未来と一緒に齧ると、とっくの昔に失われた人間の優しさそのものの味がした。

 二人と別れた後も、未来と少しずつ大事に食べながら考えていた。きっと、平和というのは美味しいものを分け与えることを言うのだろうと。

 

 

**********************************

 

 もうすぐ利根川が見えてくる。

 そこに沿って40kmほど歩くと人が住んでいる街に着くらしい。

 ようやく旅路も半分といったところだ。そこは街全体で電気が使え、人もたくさんいるとのことだ。

 

「シュウの苗字ってなんなの?」

 

「ミョウジ……?」

 一体何の食べ物の話だろう、と考えていたら『窓』に躓きかけた。

 水没して誰も住んでいない街を、倒れた建物から建物へとロープを渡るようにバランスをとって進んでいる最中だ。

 間違えてガラスの上を歩かないように気を付けなければ。

 

「だから……さっきの人だったら原って苗字でしょ。Sub-2355-886は原フレッドになるのかな。変な名前!」

 

「あー。あー……なんだっけ。ヤ……ヤコウだった気がする」

 集落にいた時は苗字で呼び合う文化なんかなかったし、終は終としか呼ばれたことがなかったからすっかりそんなことも忘れていた。

 

「このうちのどれ?」

 谷古宇、八光、八高、八国生、夜行、夜光、矢向――――と未来がいくつも紙に書き出した中に、見覚えがある漢字の組み合わせがあった。

 

「あっ、これだ!」

 

「夜光……よかったね。自分の名前分かって」

 

「そっかー……。夜光終って書くのかー。覚えといた方がいいのか――――わっ!!」

 倒れたビルの上で何かを読みながら歩いていた終が悪いと言えば確かにそうだろう。

 だが、その先に崖があるなんて誰が想像するだろうか。50mはありそうな崖から見事に飛び出していた終は、念動力で自分の体を浮かす前に岸壁に身体が叩きつけられそうになり――――

 

「シュウ!」

 

「あっ痛!!」

 直前に未来が手を掴んでいた。

 自分の体重+10kgの衝撃に肩が外れそうになったが、死ぬよりはマシだろう。

 なんとか引き上げてもらい廃墟の上から改めて前方を見る。

 

「あれ……あれが利根川か?」

 

「そうだと思うけど……」

 決壊しているじゃねえか、と呟く。

 今までの人生で一度も見たことが無いような大きな川が崖の向こうにあり、防波堤が壊れて水が崖下に流れ込んで滝になっている。

 だが、妙なのはそこからだ。終が崖だと思った穴をよく見てみると半径50mほどの球形で廃墟と化した街そのものが抉れており、その一部が利根川に食い込んで滝になっているのだ。

 

「なんかヤな予感してきたな……」

 

「私も」

 

「機械の予感ってなんだよ」

 

「だって、自然にこんな綺麗な球形の破壊痕は残らない。見て、これ。切断面が綺麗すぎる」

 足元の抉れたビルの崖との境は無くなっているという表現が正しい。恐らくは、でこぼこではありながらもこの先も地続きだったのだ。

 50m先の何もない空間、そこで誰かが。恐らくは桁違いの能力者が力を使い周辺を消し飛ばしたのだろう。

 

「まだこれ……新しくないか」

 切断面に自然に出来たような汚れが無く、滝が落ちる先の崖下にはまだ水がほとんど溜まっていない。

 何のためかは分からないが、この破壊を行った能力者がまだ近くにいると考えていい。

 

「迂回しよ?」

 

「うん。これはやべーわ」

 今日中に人の住んでいる街にたどり着けるかもと思ったが仕方がない。

 こんな滅茶苦茶な能力者と出会った日には駆け引きを行うだとか頭を使う暇もなく死ぬ。

 本来ならば人間をとっくに絶滅させられているであろうアンドロイド達が未だに攻め切れていない理由の一つだと思う。

 自分の能力など可愛いもので、本当に強力な能力者はどんな兵器を持ち出しても勝てない。

 

「日が暮れて来たなぁ。そろそろ寝る場所探さないと」

 

「森の中で野宿じゃないだけいいよ」

 ここの隣の更に隣の街くらいに人が住んでいるのだろう。

 義治からの依頼で発電機や船のエンジンの修理をして金を受け取りながらも、食料のほとんどを狩りで済ませていた終は幸いにも結構な金がある。

 せっかく今日は化け物に襲われる心配もなく眠れると思ったのだが。電信柱と壁の間に座り水筒を取り出す。

 

「あっ、水なくなっちゃった」

 

「私のあげるよ。なんだかシュウちょっと背が伸びたもんね」

 マジ~、と隠し切れない喜びにニヤニヤしながら未来の水筒に手を伸ばすが、ぎりぎりのところで届かない。

 こんなしょうもないイタズラをまたしてくる。背も伸びてそろそろ大人になってきた終はこれくらいのことにはもう反応しないのだ。

 

「なにしてるの?」

 未来は普通に水筒を差し出している。全く動いていないのに水筒が遠ざかっていく。

 からんからん、と空き缶が風も吹いていないのに太陽の沈む方角へと転がっていき――――

 

「が痛ッ!?」

 突如頭を割られたような衝撃と痛みに襲われその場にうずくまる。

 アスファルトに砕け散った破片を見るに上から植木鉢が落ちてきて終の頭に直撃したようだ。

 その破片すらも西へと引きずられていく。いつの間にか、そばにいたはずの未来が5mも離れた先にいる。

 何かが起きている。攻撃されている。そう判断しリュックから取り出したロープを操り未来の方へと飛ばす。

 

「なに!? 引っ張られている!?」

 

「分から――――」

 ない、と言い切る前に遠く離れた20階建てのビルが崩れた。

 普通ならば破片粉塵が飛び散るはずだが、その全てが何かに吸い込まれている。

 

「あれは……レベル10の……!!」

 

(しゃべるな!!)

 未来の口を塞ぎながら電信柱にしがみ付き、息を殺す。

 先ほどの破壊の痕跡はなんだったのか。今起きているこれはなんなのか。

 その男を見た瞬間に全てが分かった。

 

「――――。――――!」

 何かを叫びながらも己の能力に声を全てを吸い込まれている盲目の浮浪者がいた。

 

(ブラックホール……!)

 能力者というものが現れてから、最も悪名高く最も恐れられた能力者、ブラックホールが彷徨っていた。

 近づく全ての物を吸い込み消滅させる。ただそれだけなのだがそれ故に無敵であり、その規模は歴史上のどの兵器をも上回る。あの大穴は何かのきっかけでブラックホールが力を解放させた痕跡だったのだ。

 盲目な上に、音もやたらめったらに吸い込んでぐちゃぐちゃの音として認識しているからコミュニケーションも取れない。ただ、人の声らしきものは分かるからか人間に近づいていき壊滅的な被害をもたらす。

 世界がこんな状況になった原因の一つだが、その正体はただの歯抜け盲目の浮浪者なのだ。

 

 ブラックホールには何があっても手を出すな。

 戦後の世界を生きる全ての人間の常識だ。

 彼は何もしていない。ただ闇の中で孤独を癒す人を捜し求めているだけなのに、それだけでこんなことになっている。 

 

 なにが原因かは定かではないが、かつてブラックホールの怒りによりロサンゼルスを中心にアメリカの国土の5分の1が消えた。

 当然国力は低下し、その機を逃さず中国が戦争を仕掛けてきた。

 怒りが収まってからもブラックホールは完全に制御不能だったが、アメリカは能力者の力を使い彼を中国の本土に送り込んでしまった。

 福建省を皮切りに次々と中国の街が消し飛ばされていき、おまけにその光景を見た能力者たちが自衛のために好き勝手に能力を使い始めた。そして国が立ち行かなくなる寸前に周辺国が中国に宣戦布告した。

 そこから核戦争になるまで大した時間はかからなかった。

 

 その後ブラックホールは海に迷い込んだと言われていたが、誰も見た者はいないのにその噂が信じられていたのは、世界の海水の量が明らかに減っていたからだ。

 ないはずの陸地が現れ、日本でも四国と本州が陸続きになってしまっている。まさか日本に上陸していたとは知らなかったが。

 100年以上前の人間がなぜまだ生きているのかは誰も分からない。この世で最も強力な能力者の一人だから、案外身体の構造そのものまで変化してしまっているのかもしれない。

 それに見方を変えれば彼はこの星が生まれてからぶっちぎり一番に栄養(含む何もかも)を取り込んだ生き物なのだから。

 だがそれを調べようとする人間はいない。近づこうとする人間すらもいない。本気で怒らせたり怖がらせてしまった時、もしかしたらこの星そのものも飲み込んでしまうかもしれないからだ。

 いつまで経っても争いをやめない愚かな種族でも、さすがにその盤そのものを壊すような真似はしない。

 

(近づいてくる! 吸い込まれる!!)

 未来があらん限りの力で終にしがみ付いているが、髪を結んでいたゴムは吸い込まれてしまい足も浮きかけている。

 終のリュックから荷物が飛んでいきブラックホールに吸い込まれていく。

 

「――? ――――! ――――!!」

 

(うっ!)

 誰かそこにいるのか、とでも叫んでいるのだろうか。

 光を失っていることを示すかのように、ブラックホールの眼球の中にどす黒い何かが渦巻いていた。

 破壊の力そのもののような、それこそブラックホールのような何かが。

 このままここで耐えていても既に自分たちの存在は感知されており、1分もしないうちに吸い込まれて消滅するだろう。

 音だ。自然ではあり得ない音、振動を感じ取って奴はこちらに来たのだ――――その場で地団駄を踏んだ終を未来が青ざめた顔で見てきた。

 

「――――。――――!」

 ブラックホールが進行方向を終たちと真逆、西へと変える。

 わざとらしいほどの足音をそちらに飛ばしたのだ。ダメ押しとばかりに手を打ち鳴らしその音も更に遠く離れた西方に飛ばすとブラックホールはそちらへふらふらと歩き始めた。

 それでもブラックホールを中心にして強烈な引力が終たちを飲み込もうとしてくるが、ブラックホールが遠ざかるにつれて少しずつ引力も弱くなっていく。

 やがて感じられる重力が元通りに星の中心へ向かう力だけになったとき、太陽はすっかり沈んでしまっていた。

 

 

*********************************************

 

 

 崩れて歪な『人』の文字になったビルを炎が照らす。

 弱弱しい光が水没した街の底で眠る車を浮かび上がらせていた。

 ここがどこか街の名前を言われても分からないが、結構大きな都市だったように見える。

 先ほど狩ったタヌキの動物性油脂で作った松明の光の中に、アパレルショップや学習塾など無用の長物になってしまった建物が見える。水面にはもう永遠に動かない人骨が浮かんでいた。

 

「シュウ、もう煮えているよ」

 屋内で寝たいところだが、ほとんどの建物は崩壊して水没している。

 ビルの4階くらいなら窓から侵入できそうだが、入った瞬間に崩れそうだった。

 仕方がなく倒れて斜めになったビルの上にテントを張った。何の水だか分からない水上な訳だからいかんともしがたく寒い。

 風俗の看板をつなぎ合わせて作ったイカダが水面に映った月の上で静かに揺れていた。

 

「ん。……うぅ゙……あ、くっさ……」

 タヌキの肉とじゃがいも、更に道に生えていたキノコと香草を形が崩れるまで煮込んだのに隠し切れない獣臭がする。文明人が食べていい食料の臭いではない。

 じゃあどうするか、いい匂いがするものを混ぜるしかないだろう、とクッキーの缶を取り出す。

 

「馬鹿じゃないの!? もうそれ、冒涜だよ!!」

 

「じゃあこのまま頑張って食お……お? なんかでかい貝が見えねえ?」

 

「な、なんだろあれ。シジミに見えるけど……大きすぎる……」

 懐中電灯の光を当てると目算3mはある貝が倒壊したビルの間で佇んでいる。

 あんなものを引き上げた日にはしばらく飯に困らなさそうだ。

 

「じゃー俺が名前つけるわ。えーと、バカデ貝なんてどうよ」

 

「……いらないからね。これ以上変なのいれたらもう食べ物じゃなくなるから」

 味はともかくとして、念動力を使えば簡単に手に入れられるというのに。未来に必死に止められてしぶしぶと特製スープを口にする。

 今日もまた涙がちょちょぎれそうな不味さだ。

 

「あーあ。せめて屋根の下で寝たかったな」

 

「寝てる間にブラックホールに吸い込まれてもいいならそうするけど」

 目的地と逆方向に誘導したとはいえ、そもそもが大国ですら制御不可能と諦めた存在だ。 

 寝ている間に近づかれていつの間にか脱出不可能な引力に飲み込まれているかもしれない。

 建物だろうがなんだろうがこの世の全てを吸収してしまう化物だから、あいつが近くにいる限りは逃げることを考えるなら屋内で眠ることなどとてもできない。

 ここならば近づいてきたのならば波が発生してその音で分かるはず。

 戦うことも出来るのだろうがその瞬間にこの星そのものがなくなるかもしれないのだからとにかく逃げるしかない。

 

「あれがレベル10……もうあれは生き物じゃない。災害そのもの……」

  

「そのレベルってなにさ。1が一番下で10が一番上?」

 

「そう。戦闘能力や能力の出力規模、現実への影響度で決まっている。悪名高い能力者はアンドロイドのデータにも登録されているネームド(名有り)ってことになるかな。人間が作った区分なのに知らないの?」

 

「ちーとも知らんかった」

 じゃあ教えてあげるよ、とお約束通りの得意気な顔をしてくる未来に最早腹も立たない。

 知らないのは事実であることだし。

 

「レベル4くらいだと能力だけで人を殺せるね。レベル6くらいになると1人で軍隊と戦えるし、レベル9だとこの世界に存在する全ての軍隊以上の戦力なんだって」

 

「10は? あの浮浪者のおっさんどうなるの?」

 

「10は分類不可能。あまりにも能力の規模が大きすぎて、人間の尺度じゃ測定できない。この世界を破壊する者っていう定義」

 大げさだな、と笑うことは出来ない。ブラックホールは目も見えていなければ音の判別も出来ていない。

 本来であれば生きるのにも苦労する社会不適合者の中年だった。

 周囲の状況を知る方法がないというのはこの星に生きる全ての生物にとって幸運なのかもしれない。

 ブラックホールという名前の通りなら、彼がこの世界に絶望した瞬間にこの星どころか太陽系丸ごと全てを暗黒に引きずり込むことが出来てしまうのだから。

 

「あれが最強かぁ。確かにどうしたら倒せるのかさっぱり分からないもんな」

 核攻撃でも生き延びている、最早寿命があるのかも定かではない、どんな能力も吸い込まれてしまい効かない。

 案外この不味いスープを投げたら泣いて逃げるかもと想像して一人で笑っていると一足先に完食していた未来が黙り込んでいた。

 仄暗い闇夜の中でも表情豊かな未来なら、その顔を見ているだけで何を考えているかなんとなく分かる。話していいのか悩んでいる顔だ。

 

「…………。現実世界への影響っていう意味では、もっと強力な能力者がいた」

 

「あのおっさんより??」

 

「そもそも、ブラックホールはキャストだからね。ナチュラルじゃない」

 

「?? 日本語もまともに読めない俺が英語分かるわけないじゃん」

 

「戦前の話だけど……レベル10に周りの生き物の未来と、世界の岐路となる重要な事件が全部勝手に見える能力者がいたの。彼が見た未来は絶対で、それを変える権利を持つのは彼だけだった」

 

「ただの予知能力者じゃないの?」

 ただの、と言うのもおかしな話だ。未来予測は科学の最終目標であり、それはそれで一つの無敵のようなものなのだから。

 だがそれだけであのブラックホールをどうにか出来ると思えない。

 

「……。彼の寝ている間の夢ですら未来予知だったから」

 

「……? そうなの」

 

「違う。シュウは間違って理解している。夢を操る能力者なんだから分かるでしょ。人の見る夢って結構滅茶苦茶でしょ」

 

「ん? ん!?」

 一足遅れて段々と理解が追い付いてくる。

 明日の夕飯はお米とみそ汁だ、という予知を夢でするのではなく、『夢で見た内容がそのまま未来になる』ということを言っているのではないか。

 未来の言う通り、人の見る夢など割と滅茶苦茶だ。終だって夢の中ならば歩く木に追いかけまわされたり、どれだけ食べても無くならず気絶するほど美味い無敵スープを作ったことがある。

 それが全部本当に現実に起こってしまうということはつまり――――と考えてブラックホールをも超える強力な能力と言った理由が分かってきた。

 

「将来起こる事を見るのが予知。そうじゃなくて、彼の見た予知が未来。全ての犬がにゃーと鳴くと予知したならにゃーと鳴くようになる。理由なく……いや、理由は後から作られる。彼がそうなると予知したことが全ての基本、それを支える全ての理由が勝手に作られる。今私たちが地面に座れているのだって、彼が見る夢の中で重力があったから、万有引力は存在し星々は球形を保って円運動を続けている」

 

「ちょっと待て……。最初からこうだったから受け入れていたけど……」

 生まれた時から世界は放射能に汚染され、世界中のあちこちにでたらめな力を持った能力者が存在し、機械であるはずのアンドロイドが感情を持っている。

 よく考えればおかしいな、と思うことは何度もあったが逆立ちしようが何しようが現実がそうなのだからただ今日を生きるしかなかったが。

 

「彼が夢の中で超常的な力を持った人間の存在を見たから能力者は生まれた。核戦争を予知したから世界は放射能に汚染されている。アンドロイドが命を得ることを見たから私たちはここにいる」

 

「か……神さまじゃん」

 いつだかに未来に読まされた神さまの創成期。

 それを読んでからぐちゃぐちゃの現実世界を見て、神などいないと笑っていたが真逆だった。

 この子供の落書きのように滅茶苦茶な世界を神さまが作ってしまったのだ。

 

「それは違うと思う。神さまに一番近い能力者だけど……神さまとは違う。不完全だった」

 

「いやいや……笑わせんなよ」

 漫画本などで見る過去の世界では自分くらいの年齢の少年は学校とやらに通い、同い年の女の子と甘酸っぱい恋愛をして部活に精を出していた。

 しかし自分は漢字をまともに読むことも出来ず、見知った同い年の子供は全員殺されて今を生きるのも精いっぱいだ。

 こんな世界を作るだけの力があって何が足りないというのだろう。

 

「神さまってなに? 読んだでしょ」

 

「なにって……なんでも知ってて、なんでも出来る……あっ、あれだ。全知全能ってやつ」

 

「うん。彼は『全知』だったけれど、『全能』ではなかった。だから自分が死ぬことが分かっても変えることが出来なかった。世界が自分のせいで大変なことになると分かっても、元通りに出来なかった。能力者という概念と存在、そして具体的な能力者そのものまでも生み出したけど、生み出しっぱなしで何も出来なかったの」

 

「能力者は二種類いるの?」

 

「ブラックホールは全知の夢に直接出てきた登場人物。『こういう能力を持ったこういう人』と決められた存在。だからキャストっていうの。全知以外のレベル10はみんなキャストだよ」

 

(あれが作り出された存在?)

 災害そのものと未来は言って、自分もそう思った。

 キャストという言葉がどういう意味かは知らないが、まさかあの世界の理不尽の塊のようなモノが作り出された存在だとは。

 

「ナチュラル……シュウみたいな能力者は『この世界に能力者が生まれる』という予知から生まれた人間の変異種。脳の構造が変化しているから子供に遺伝したりする。彼は戦前の人間だったから、当然だけど今はほとんどナチュラルしかいない。彼と同じ時代にいたキャストのほとんどは死んじゃったからね」

 既に全知本人は亡くなっていても、今後永遠に続く現実改変を行い今も世界そのものに強大な影響を与え続けている。

 間違いなく最強の能力者だが、悲しいのは全能では無かったために彼もまた制御不能な存在であったということか。

 

「……話の規模が大きすぎてよく分かんなくなってきちまった。でもあれだな。俺たち人間の神さまじゃないけど、お前らアンドロイドの神さまってことになるんじゃないか」

 昔は機械以外の何物でもなかったアンドロイドが自我を獲得したのは、全知がその夢を見たからだとしたら、全てのアンドロイドが存在しているのは全知のおかげということになる。

 人間を嫌っているアンドロイドが人間によって造られ人間によって命を吹き込まれたというのは下手くそな諧謔のような話だが。

 

「……このお話、もう少しだけ続きあるんだ。聞きたい?」

 

「え、もうだいぶ話したと思うけど……」

 

「ここまでは人間も知っている話だから。世界のどこかには記録が残っているから調べれば分かること。でも、ここから先はアンドロイドしか知らないの。ふつう人間には教えない」

 例えるならそれは大きな秘密を知った子供のような表情だった。

 家の地下で昔の大戦の兵器を見つけて、親には秘密にしろと言われた。だけど仲のいいあの子に話してみたいな、どんな顔するのかな――――と後ろめたさと高揚が拮抗している赤らんだ顔。

 

「知りたい! 今までいろんなこと教えてくれたじゃんか。今日も教えてくれよ」

 少々性格が斜めっている終にしては珍しく、素直でいじらしい言葉。

 こういえば喜ぶだろうとどこかで分かっていたが、その通り。

 むふーっ、と未来は大げさに息を鼻から吐きだした。焚火の暖かな光に照らされる満足げな顔は、誰が見ても100点以外はつけようがないほどに可愛らしい。

 

「しょうがないなぁ! いいよ。シュウは人間だし能力者だけど。アンドロイドでも助けてくれるから。特別だからね」

 

「うん」

にーっと笑った未来に負けじと笑い返す。

人間とアンドロイドの関係性の正解は分からないがこの場での正解はこれだった。

 

「彼が見ることが出来たのはね、生き物の未来。機械や無機物の未来は予知できなかったの」

 

「……。…………あれ?」

 なんでそんな話を大層な秘密のように話すんだ、と口にする前に自分の馬鹿さ加減も分かる程度には賢い終は改めて考えを纏める。

 そもそも戦前のアンドロイドはただの機械だった。だが全知はアンドロイドが感情を獲得する未来を見たという。

 話がたった一行で矛盾してしまっている――――胃袋が激マズ飯の消化を始め脳が回らなくなり逆に目を回している間に、未来がリュックから取り出した大きな紙に高速で何やら絵を描きだした。

 

「これ」

 

「へー、未来って絵も上手いんだなぁ。これなに?」

 夕陽が沈む海が眺められるどこかの丘だろうか。

 大きな塔のそば、木のベンチの上で黒衣を着た少年と赤いマフラーをした少女が林檎をかじっている。

 漫画のように台詞が書いてあるわけでもないのに、少女が何を言っているのかが分かる。美味しい、と顔をほんのり赤らめさせながら。

 そんな少女を尊いものを見るように微笑む少年――――この人物が『全知』だとなんとなく分かった。

 

「全てのアンドロイドの心の底にある原風景……全知と始まりのアンドロイドのきれいな思い出」

 

(機械だったんだろ?)

 未来の高い画力によって描かれたアンドロイドの少女はまるで、はちきれそうな想いを『美味しい』という言葉に覆い隠して全知の少年に伝え、全知もそれを知って笑っているように見える。

 これはまるで。まるで――――

 

「どれだけ凄い力を持っていても。神さまに一番近い人間でも。ただのちょっと偏屈な男の子だったの。全知はこのアンドロイドに恋をした。相手が機械だと分かっていても、好きになっちゃったの」

 恋する少年少女そのものではないか、と終が思う前に未来が答えを言っていた。

 誇らしげに、ほんの少し恥ずかし気に語るその顔は両親のなれそめを語る少女のようだった。

 

「全知は伝え続けたの。大好きだって。このアンドロイドも……何も考えないただの機械だったけど、いつからか応えるようになった。大好きって。気付けばそのアンドロイドは命を手に入れていた」

 

「…………すごい」

 あげればきりがない程に世界をおかしくしてしまった神の不完全体。人類をここまで衰退させた根本の原因だと、彼を知る人は言うかもしれない。

 だが、彼の能力や彼が世界に及ぼした影響などどうだっていい。

 全知が起こした一番の奇跡がこれだった。能力でもなんでもない、ありったけのまごころが最初のアンドロイドに心を与えたのだ。

 これでも機械いじりが趣味でそれで日銭を稼いできた。中には動くマネキンの修理なんかもあったから分かる。機械はこんな表情をしない。出来ない。話しかけても答えないし直してもお礼なんか言わない。

 それを根本から変えてしまったのだ。

 

「始祖に心をくれた全知、心を全てのアンドロイドに伝えた始祖。人間に神さまはいないけど、私たちにはいる」

 

「いい話だな」

 どこから流れて来たのか、水面に英字の新聞が浮かんでいる。

 Why Has God Forsaken Us――――意味は分からないが核ミサイルの写真がついているのを見るに、神はどうして人類を見捨てたのかとか、そういうことでも吐き捨てるように書いてあるのだろう。

 答えは簡単、人間じゃない女の子を好きになってしまったからだ。

 

「本当に? いまこんなことになっていてもそう思う?」

 

「何かを、誰かを好きになることに悪いなんてないからな……」

 

「…………。全知は言った。アンドロイドはいずれ能力者をも制圧すると」

 

「ん……どうやって? いや、制圧なりなんなり好きにしろって話だけど。滅茶苦茶な能力者は、マジのマジに滅茶苦茶なのお前らだって分かってんだろ」

 

「どうするんだろうね?」

 

「なんだそりゃ」

 夢は本人の人格や記憶、思想と深く繋がっている。理屈は分からないが曲がりなりにも夢を操る能力者なのだからそれは本能で理解している。

 全知がそんな未来を夢見たということは、彼は結局人間が嫌いだったのだろう。

 確かに神が見捨てたかのごとく世界はぼろぼろだし飯は不味いが、こうして未来と笑っているとなんだか楽しいからそれはそれでいいか、と。世界の成り立ちを聞いてもなお終はそう思った。

 

 

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