少しずつだが戦前の都会に近づいてきたようで、『人が暮らしている様子がない』。
考えてみれば当たり前の話で、瓦礫だらけの土地で化け物に怯えながら無理して暮らすよりも適度な田舎で土地を耕してそこを街として発展させた方が労力が少ない。
壊れた電車も廃墟と化したビルも今や何の意味も持たないのだから。
「5四角」
「ごーよんかくぅ?? ん? あれ!? ま……負け……? 負けた……」
未来が街で買ったというマグネットで駒がくっつく将棋盤を見ながら駒を動かす。
ルールも駒の動きもシンプルだったためすぐに覚えたが全く勝てない。自分が駒をいじくってああでもないこうでもないと考えているのに対して未来は盤面を見てすらいないのに。
「ボードゲームで人間が勝てるわけないじゃん? むきになっちゃってさぁ」
「ぐぬ……」
飛車角金銀落としてもらって先手も譲ってもらい、終は一手10分はかけるのに対し未来は一秒で答えている。
おまけに未来はエロ漫画に鼻をくっつけるくらいの距離で集中して読みながら歩いてるというのに、ボコボコにされた。
自分が初心者なのは理解しているが、これでは全く勝てる気がしない。
「あっ、学校!」
「おー、学校。知ってるぜ。戦前子供が勉強していたところだろ」
「そうそう。やっぱり頑丈に作られているね」
周囲の民家や店舗がほぼ完全に崩壊しているのにその中学校はまだ建物としての体裁を保っている。
別に何があるわけでもないのだろうが、倒れたフェンスを踏み越えてどちらともなく校庭に足を踏み入れる。
「おっ、漫画落ちてんじゃん」
潰れた小屋の下からやけに大きな本を見つけた。
写実的な絵がいくつも描かれており、絵の中の煤けた少女がこちらを虚ろな目で見ている。
「ま……フェルメールの画集じゃん。漫画とか言っちゃって」
「ふぇ……?」
何やら漫画よりも高尚な物らしいが、残念ながら終にはその価値が全く分からない。
紙が硬そうだから尻を拭くには使えないだろうなという感想しか出てこなかった。
これはいらないや、と放り投げていたら未来も小屋の下から汚れたな球体を見つけて取り出した。
手でこすると徐々に白地が見え、ようやくそれが球技に使われるボールだと分かった。
「野球部の部室だったのかな」
「ヤキューブってエロ漫画の竿役によく出てくるやつ?」
「野球も知らないんだぁ。世界中で人気のスポーツだったのに」
「へー。どんな?」
「守備と攻撃に分かれて、守備側は球を投げて攻撃側はその球を打つの。18人で出来るよ」
「ぜ……全然足りない……」
錆びたトタン板を念動力で吹き飛ばすといくつもボールが出てきた。
打つための道具であろう金属の棒も出てきたがひしゃげている。これくらい単純な構造の道具なら時間を戻すまでもない。
曲がっている部分を念力で真っすぐにして、錆を落としてから構えてみると初めて手にした道具なのになんだかしっくり来る気がする。
「2人だと……片方が出来るだけ速い球投げて、もう片方が出来るだけ遠くまで打つ。打つ方が三回空振りするか、打った球がキャッチされたら打つ方の負け。みたいな?」
「ちょっとやってみっか!」
太陽が一番天辺にある時間帯とはいえやはり肌寒い。
旅には全く不要なイベントだがせっかく広い土地があるのだから少しくらい運動して身体を温めてもバチは当たらないだろう。
「準備いーい?」
20mほど離れた地点に立った未来がボールを指の上で転がして遊んでいる。
何回かこのバットとやらで打つ練習をしてみたが、少なくとも真上からゆっくり落ちてくるボールにはなんの問題もなく当てられた。
「よっしゃ、いつでもこ――――」
キリキリキリ、と。聞こえるはずのない金属が限界まで軋む音が身体を捻る未来から聞こえた気がする。
終は自分のことを勘や察しがいい方だと思っており、直感を信頼している。その直感が未来から放たれたボール、もとい弾丸を見て叫んだ。今すぐ避けないと死ぬ、と。
バットを放り投げ真横に転がるように緊急回避をしたのとほぼ同時に、豪速球は空気を突き破る音を出しながら断熱圧縮熱により火球となり、背後のフェンスを貫通し崩れた民家を吹き飛ばした。
「殺す気かぁ!!」
「あっは! 私の本気はちょーっときつかったかなぁ? 手加減してあげよっかぁ?」
「このガキャ……本気でやってやんよ!!」
「やってみればぁ? 1000回くらい振ったら一回は当たるかもね。バット折れると思うけど」
本物の火の玉ストレート、燃える魔球なんか打とうものならバットどころか腕ごと持っていかれてしまう。
目算5~600km/hは出ていたボールをそのままどうにかしようなどと思ってはいない。
終が能力を使うことを察したのか、未来がコートを脱いで大きく振りかぶった――――瞬間には腕が残像も残さず消えていた。
「それ!」
「あっ! ずるい!」
見えなくても軌道は予想できていた。機械らしく、先ほどのボールと全く同じルートを辿る球は終に近づくにつれて速度を落としていき、バットが届く距離に入ったころには完全に停止していた。
缶詰の時間を戻すことに比べれば時間にブレーキをかけるのはずいぶん楽な作業だ。ボールも燃えることを知った終の脳内で炎のイメージが浮かび上がり、両こめかみが痺れ出したころにはそれは現実になっていた。
「おりゃ!!」
ガタガタのフォームでゴルフのスイングのようにぶん回したバットがボールに当たるがその衝撃を受けても炎上ボールは微動だにしない。
未来が訝し気な表情をしてこちらに歩き出した瞬間、時間停止が解除され逆再生された隕石のように轟音を立てながらほぼ直角で空に向かって飛んでいった。
「取れるわけないじゃん! あんなの!」
あっという間に青空に吸い込まれてしまった火の玉は問題なく地球の重力を振りほどき宇宙空間をどこまでも突き進んでいくだろう。
ここぞとばかりに鼻の穴をふくらましてドヤ顔を未来に見せつけると期待通りの悔しそうな顔をした。
「わーっはっはっは――……は?」
珍しく未来に完勝し、高らかに笑っているとボールが消えた空に何かが見えた。
なんだろう、と思っている間に耳に妙な音が届く。ついこの間も聞いた気がする、ヘリの音だった。
「第三帝国のヘリコプター……こっちに来てない?」
来てないだろう、と言うのは無理があるほどに、こちらに真っすぐと飛んできている。
せっかくいい気分だったのに、何か嫌な予感がする。
両手で輪を作り視界を拡大すると、操縦士含め四人の人間が見えたが、全員明らかにこっちを見ている。
もしかしたらかなりまずいものを呼んでしまったかもしれない――――3人の人間がパラシュートもつけずに飛び降りた。
「あっ!?」
自殺にしてはエクストリームすぎる、と思う前に強化外骨格に身を包んだ三人が目の前に着地した。
どれくらいの性能を誇るテクノロジーなのか知らないが、あの高さから飛び降りて怪我の一つもしていないのはいいとして、土ぼこりすら舞っていないのは何かからくりがありそうだ。
四眼暗視ゴーグルを装備した男は手にオートショットガンを持っているが、手前の男女二人は武器を装備していない。
武装ヘリを持ちながら武器を持っていないなんてあるはずがない。手前左に立つ灰色の髪をした男の袖が焦げているのが気になった。
「どっちが能力者?」
(なんだこの声!)
女が話した言葉は確実に日本語ではないのに何故かその言葉が理解できる。言葉が音となり脳に入った瞬間に理解できる感覚。
細目の女が品定めをするようにこちらを見て来たのに対してほぼ無意識に未来を背中に隠す。
能力者がいると知ってその場所に来るなんて頭がおかしいか、良からぬことを企んでいるかのどちらかだ。
「なんかあっちから飛んできたぜ。……行こう」
絶対に上手くいくわけないよな、とは思いつつも適当な嘘を吐きつつ未来の手を引きその場を離れようとする。
小さく電子音が聞こえた気がした。
「危ない!!」
魂が頭から抜け出るような危険タックルを予想外の方向から受けた終は回転する視界の中で炎の渦が空間を燃やすのを見た。
「あんな分かりやすい信号弾は初めて見たっつーの。ここから上がってんのは見えてたぞ」
先ほどまで確かに灰色だった髪を真っ赤にした男が袖を焦がしながら炎を出していた。
この男の言葉も日本語ではないのに言葉違わず通じる。おまけに先ほどの女と話している言語も違うというのに。
「攻撃しろって言ってた! 逃げよう!」
三人の耳についているインカムから流れてきた音声は未来の耳にははっきり聞こえていたらしい。
仮にも見た目は完全に子供の二人に問答無用で攻撃とは、頭もおかしいし良からぬことを企んでいる連中のようだ。
「逃がすと思う?」
そんな台詞を口にしながらも腕を動かす素振りすら見せない。
女の行動をつぶさに観察していると急に鳥の声が聞こえた。
「口笛……?」
女が奇妙な音階の口笛を吹きだしたのを呆けて見ること1秒、聞いてはいけないかもと耳を塞いだ瞬間、終の周囲の地面がいくつも盛り上がりを見せた。
「うわっ! ネズミ!!」
地面から子犬ほどの大きさのドブネズミが何匹も飛び出してくる。肥大化した筋肉により毛皮が千切れ、常に血を垂れ流している汚染されたドブネズミ。
凶暴なのは知っているし、噛まれたりでもした日には死に直結するような疫病にかかることも知っているが、こいつらは基本的に危害を加えなければ自分たちよりも大きな動物には襲い掛からないのに。
思わず飛び退ったら後頭部を強烈に殴られた。
「とっ、鳥! いぬぅ!?」
カラス、ハト、ハヤブサ、イヌワシ――――ここらで見られるあらゆる鳥が空を飛び終と未来に襲い掛かっている。
おまけに街の方から変異した犬の群れがこちらに走ってくるのが見える。あの口笛で動物を操る能力者ということなのだろうか。
女がまた口笛を吹こうとしている。唇に舌を挟み隙間から奏でる妙な口笛。
「……?」
恐らくは一斉に飛び掛かれ、と命令するような音だったのだろう。
その音が一向に出ないことに女の顔に疑問が浮かぶ。
「その音は『ここ』だ!」
これまでの旅でも何回か使っていた音送りの応用で口笛の音を手のひらに捕まえて閉じ込めていた。
意味が分からないという顔をしている女を無視して、音が消えてなくなってしまう前に自分の耳に入れる。
(これの逆……)
頭の中に鳴り響く人間にはなんの害もない音。
この逆の命令をさせればいいのだと想像し人差し指を口に咥え思い切り指笛を吹く。
「なに……これは?」
先ほどの音と逆位相の口笛が周囲に広がっていき、鳥は飛び去り、犬は回れ右し、ドブネズミは元の穴に帰っていく。
女も、その仲間も何が起きているか分かっていない様子で――――
「…………」
後方でショットガンを手にしていた男の後ろで、未来が腕を振りかぶっているのを終だけが見えていた。
全員の視線が終に集中していた1秒にも満たない隙、それも逃げようと言った張本人がそんな行動に出るなんて誰も予想すらしておらず、終自身も未来の手刀が男の首をへし折るまでは何をしているのか理解が出来なかった。
倒すならまず弱い敵からということは分かっていても、この状況でここまで的確に動くのは熟練の兵士でも難しい。
「びっくりした、これ人間の力じゃないですよ」
首が曲がってはいけない方向に曲がったまま男はのん気な感想を口にしていた。
これで三人が三人とも能力者であることが確定した。
「なんだありゃ!? きめぇ!」
足元から妙な音が聞こえたと思ったら、穴に戻った巨大ドブネズミの首が何故かいきなりへし折れている。
どういう訳か、あの男が受けるはずだったダメージがこのドブネズミに転嫁されたようだ。
得体の知れない生き物から全力で逃げるように未来がこちらへと戻ってくる間に、男は首を無理やり元の位置に戻しながらゴーグルに触れた。
「なんだろ、変だな。脳が機械だからアンドロイドだと思うけど……それ以外ほとんど体温があるし……」
ゴーグルの機能をサーモグラフィに切り替えて未来の中身でも見ているのか、相変わらず一定のテンションでなにやらぼやいている。
「なんだぁ? 機械が人間の真似事に飽きてとうとう生きた肉体も作り出したのか」
「能力者とアンドロイド……。回収されている最中だったのかな。よかったね、助けてあげるよ」
「回収ぅ??」
人をゴミ捨て場のゴミみたいに言うのはいいが、いきなり攻撃をしかけておいて助けるなんてどの口が言うのか。
終が怒りに口を開く前に、女の鎖骨に取り付けられていたスピーカーが震えた。
『攻撃を続けろ。どちらもだ』
「!!」
その声を聞いて、こんな状況でも冷静に立ち回っていた未来が明らかに表情を変えた。
だが理由を問う前に炎系統の能力者であろう男が手を打ち鳴らし赤熱した両手を地面に叩きつけた。
「ああ、くそっ! 野球してただけなのに!!」
男を中心に炎の波が地面を砕きながらこちらに迫ってくる。しかも男から離れるごとに威力が倍増していっている。
既に逃げるには後手に回り過ぎたことを悟り、終も手を打ち鳴らす。
「あっちぃいいい!! あっぢ!!」
ついでに頭も痛ぇ、と叫びたい気持ちと共に両手を地面に叩きつけると終から火山の噴火のように発射された炎の波が敵へと向かっていき、
やがてぶつかった炎が互いに食い合い後には破壊痕のみが残った。
「俺の能力……」
「デュープリケーションと似た能力かな? それも相手の能力を見ただけでコピーしている、とか」
「はっはっは! この前見た漫画に出てきていたぞ。ラスボスの能力じゃねーか! プレッシャー探してたら大当たり引いたな!!」
「攻撃続ければ分かると思いますよ、たぶん」
もはや未来の攻撃などなかったかのように、平然と男がショットガンを構えるのと同時に女が口笛を吹き、焦げて砕けた地面の隙間から炎の柱が噴出する。
こんなにいっぺんに来られたらどうしようもない――――と終が弱音を吐く前に未来が終を肩に抱えて野生動物のような速さで走り出した。
「あいつら全員ネームド! レベル5コラテラル、レベル6スコーチャー、レベル6バードリング!」
「おおぉああぉ動物がめちゃ追っかけてきている! どっか家入れ! 説明聞くから!」
未来の肩の上で再び指笛を吹くと今度は解散するだけでなく、敵能力者三人組に動物たちは向かっていった。
まばたき一回の時間で全ての動物がこんがりと焼かれる間に未来が比較的建物の形を保っている民家に飛び込んだ。
半分腐った食器棚を扉の前に倒すと、間一髪で動物が扉にぶつかる音が聞こえた。
「なんなんだ、あいつら!」
犬が吠える声に混じって話し声が聞こえる。流石に小さすぎてよく聞き取れないが、やはり全員が全員違う言語を話しているように思えるのになぜ会話がそれで成立しているのだろう。
特にあの火を操る男など、見た目からして日本人ではなかった。
「口笛を吹いていたのはバードリング。音で動物を操る女。私が殴ったのはコラテラル。ダメージを自分に忠誠を誓っている動物に転嫁する。しかも他の人間にもその能力を適用できる。炎を出してきたのはスコーチャーで、手を触媒にして火と熱を操る。……全員ネームドだけど、それぞれ出身国が違うのに」
「えぇ……」
なんかまた今日もヘリが飛んでいるな、戦闘機が飛んでいるなとたまに思っていたがそんな世界規模の戦闘集団を形成しているということなのか。
先ほどの短い会話から察するに、その標的はアンドロイドと能力者だった。
「中国、ベトナム、ノルウェーの能力者だけど……この前のイクリプスはアメリカの能力者だし……」
何が起こっているのか考えるのも大事だが、背中で押さえていた扉から破壊の衝撃が響いてきた。
やはり腐った扉を腐った食器棚で塞いでも効果が薄かったようだ。
「ちょっと待てちょっと待てよ……えーと……動物呼ばれる限り攻撃は止まらないから、まずあの女をどうにかしなきゃダメで……ん? 無敵じゃねえか!!」
バードリングがいる限りはコラテラルの能力が無制限に使われる。決め手を探している間にスコーチャーに味方ごと焼き払われる。
徒党を組んだ能力者がこんなにも厄介なものだとは知らなかった。こんなご時世に『帝国』だなんてトチ狂ったことを言い出すだけある。
『どうした? 反撃しないのか?』
スピーカーから響く冷徹な女の声が民家を取り囲む。たぶん英語なのだろうが、アルファベットがようやく読めるくらいの自分が何故かその言葉が理解できてしまう。
やっぱり、と未来が青い顔をして呟いた。
「この声紋は……ヴァンダリン……。インフェルノだ……」
「なに? 誰?」
「ネームドで一番ヤバいヤツ! ネームドはどいつも思想か能力がおかしなヤツばっかりだけど、あいつはどっちも最悪。能力者の中で一番の危険人物かも……」
「ブ、ブラックホールのおっさんより?」
「あの女が指揮を執っている時点でこれはもうただの能力者の集団なんかじゃない」
「じゃ、なんだってんだ」
「戦争を始めようとしている! 本気で!」
「ま……まだ戦争する気かよ」
もたれかかっている柱には子供が身長を測った跡が刻まれている。
この家の住民もみんな戦争で死んでしまっただろう。地球がこんな状態になるような大戦争が起こったのにそれでもまだ戦力を集めて戦争を始めようとしている。
愚かにも程がある大人のせいで体中から力が抜けていき――――目の前に扇風機に銃身が付いたような物が浮かんでいた。
「危ない!」
床板を剥がした未来が間一髪で攻撃用ドローンからの銃撃を防ぐ。
たかが子供二人にこんなものまで持ち出してきた。
最終戦争で用いられた兵器に加えて各国から集めた悪名高い能力者達。下手をすればかつての大国よりも戦力を保有しているかもしれない。
「お前ら! 能力者集めて何がしたいんだ! 馬鹿じゃねえのか、こんなに地球がボロカスなのに!」
『答える義務はない。反撃するか投降するか選べ』
「逃げる!!」
スコーチャーの能力を手に集め、敵と反対方向の壁を消し炭にする。
こちらに逃げてくることを予想していたのか、ショットガンを構えたコラテラルが待っていた。
「逃げないで攻撃した方がいいと思うな。能力を僕たちに見せてうまくアピールできれば仲間になれるよ」
「どけぇ!!」
発射された散弾を手の平を中心に渦巻く炎で溶かしながら突き進む。
鉄だろうが鉛だろうが触れた瞬間に溶ける温度――――それなのにコラテラルは平然と掴んできた。
あちこちから動物の悲鳴が聞こえるあたり、炎のダメージは通っているのだろうが全て動物に転嫁されてしまっているのだろう。
能力が無効化されるのならばそれはもうただの大人と子供だ。終の軽い体は簡単に持ち上げられて背中から床に叩きつけられた。
「シュウ!」
「……!」
横隔膜がせり上がり呼吸が止まり、脳が熱暴走する。
だが油断がコラテラルの表情に浮かんだ瞬間に額を掴む。
一連の行動が相手を白昼夢の世界に叩き落す能力の行使だと知っている未来が、終を引っ張り民家を飛び出した。
火傷に規模というものがあっても夢に引きずり込むことに規模などないと考えたが、想像通り。コラテラル含む燃える動物たちが後方から追っていたスコーチャーとバードリングに襲い掛かる。
「前!」
口笛の音と未来の声が重なり反射的にガントレットで頭を隠す。
果たしてその判断は正解だったようで、腐りかけの納屋から飛び出してきた熊の引っ掻きをなんとか防ぐことが出来た。
「いってぇ! 壊れた! クソぉ!!」
放射能汚染により巨大化した熊が相手で、おまけに手に数えきれない量の爪がついていたことを考えれば、ガントレットの破損程度で済んでラッキーだったと思うしかない。
念動力で後方に熊を投げ飛ばす。能力の使い過ぎでとうとう血涙が流れてきた。滲む視界の中で未来が石を投げ、バードリングが何かを伝えていた通信機を破壊した。
「応援要請している! 早く逃げないと!」
「くそ……。…………久しぶりに……全力全開だ!!」
空に向けた終の手が振り上げられるのに合わせて上へと向かう強力な念動力が発生し、地面が捲れ上がりアスファルトの洪水が三人の能力者に襲い掛かった。
どうせコラテラルの能力で死なないことは分かっているが、これで逃げる時間は稼げたはずだ。
『なるほど、強力な能力者だな』
(遅かった!!)
目の前でホバリングしているドローンからインフェルノと未来が呼んだ女の声が聞こえる。
周囲からヘリの音が聞こえる。逃げるとしてもどこに逃げても捕捉されてしまうだろう。
『なぜ能力者を集めるかだったか。答えてやろう。人間の尊厳を取り戻すためだ』
「子供を追いまわして取り戻せる尊厳ってなんだよ!」
ラッパ銃でドローンを撃ち落とすがすぐに新しいドローンが飛んできた。
このドローンにカメラやセンサーの類は見当たらない。先ほど三人の能力者を投下したヘリのパイロットあたりが操作しているのだろうか。
『隣にいるアンドロイド……そのアンドロイドどもが我々能力者に何をしているのか知っているか?』
「……?」
『地上に現れては能力者を誘拐し、解剖して実験に使っている』
思わず未来を見ると目を見開いて首を振っていた。
疑うにしても、出会った状況が状況だけに少なくとも未来が誘拐目的で自分と行動を共にしているとは思えない。
『今。他のいつでもない今こそ能力者たちが協力しなければ、人類は永遠に尊厳を失いアンドロイドどもの家畜に成り下がるだろう。誰かが自分勝手な能力者たちをまとめ、制限し、管理しなければならない』
「冗談じゃねえ、俺が持って生まれた能力をどうして他人が制限するんだ!?」
未来に手を引かれ、言い争っている場合ではないことを思い出し走るがドローンはなんなく付いてくる。
応援要請を受けたヘリの音が近づいてくる。
『冗談じゃないと言ったな。その結果がこの世界ではないか? 強力な能力者は兵器と言ってもいい。首輪が必要なのだ』
「断る!」
次から次へと周囲に強化外骨格に身を包んだ能力者たちが降下してくる。
落下した位置は建物の上や茂みの中など様々だが、30秒もしないうちに完全に包囲されるだろう。
『戦う気概すらもないか。臆病者は裏切るつもりもなく裏切っているからこそ厄介だ』
「群れるのは弱い奴のすることだ。俺たち能力者が群れる必要なんかない」
『ならば不確定要素でしかない。そこのアンドロイド共々ここで死ね』
変異したカラスの群れがこちらを見つけて上空を旋回している。
もう100mもしない距離に道中の全てを溶かしながらこちらへと向かってくる新たな能力者が見え、空から次々とドローンが集まってくる。
どんな能力なのか最早見当もつかないが、遠くで廃墟ビルが持ち上げられて巨大な剣に変化している。
覚悟を決めるしかない。逃げの一手では囲まれてなぶり殺しにされるだけだ。
「未来、よく聞け。これからあいつらに攻撃する」
「何言っているの!? ほとんどレベル5以上の能力者に囲まれているんだよ!」
「いいから、俺が叫んだら10秒間だけ目を閉じてろ。そのあと俺多分ぶっ倒れるから。担いで逃げてくれ。大丈夫、その隙は絶対に出来るから」
「……わかった」
奴らがアンドロイドを敵と見なしていて、本当のところ全て言っていることが事実だったとして、それでも自分たちはここまで互いに助け合いながらやってきた。
終が未来を信じると決めたように、未来も終のことを信じたようだった。
「お前ら! 俺の能力が見たいなら見せてやる!!」
恐らく100はある視線が一気に終に集まる。
普段は目を覆い隠していた髪が逆立ち宇宙に接続され、両手で形作った輪を太陽に掲げる。
放射されている太陽光が巨大な鏡に弾かれたかのように空中で乱反射を始め、終を中心に半径3kmから完全に光が消え失せた。
強烈な攻撃が来る――――その場にいる誰もが、終の服にしがみついている未来ですらも色の消えた世界の中でそう感じて身を強張らせる。
直後に強烈な光が周囲の全てを飲み込んだ。かつてこの地を焼いた核の炎よりも眩い粛清の光はそこに生きる全ての生物に消滅という根源的恐怖を呼び起こし――――
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埃のにおいに混じってとてもいい匂いがする。木がはじける焚火の音が反響してとても落ち着く。
起き上がると終は半球型の奇妙な建物の中にたてられたテントにいた。今までこんな妙な建物は見たことがないが、鍋をかき混ぜる未来の影がドームの上でゆったりと動いているためか不安な気持ちはない。
「起きた? 頭痛かったり気持ち悪かったりしない?」
「大丈夫。……よく荷物拾ってこれたね」
自分が寝ていたのがいつも使っている布団だと気が付いて驚く。
確かに逃げる隙は作ったつもりだったが、あの状況から置き去りにしたリュックも拾って逃げてきたとは驚きの身体能力だ。
先ほどまで昼だったのに、ドームの亀裂から見える空には星が散りばめられている。
「うん、ほとんどのヤツらがその場でうずくまっていたから。何したの?」
「太陽の光をこう、ぎゅっと縮めて爆発させた。能力見せるって言って辺り暗くなったら攻撃が来ると思って目を開くでしょ」
半径3km、10秒間分の太陽光を爆発させたのだ。持てる全ての力を次ぎこんだ攻撃だったが、そんな光を見たら普通の人間は視力を失い防衛本能でその場にうずくまるだろう。
もしかしたらヘリは落下したかもしれないし目が感光して失明してしまった者もいるかもしれないが、殺されかけたのだからそんなことは知ったことではない。
「シュウって結構機転が利くね」
「まぁな! ……ん? 髪が短くなっている!」
布団に転がり壊れたガントレットを見ていると、いつも視界で自己主張している髪がないことに気が付く。
浮浪者だのホームレスだの口の悪い終自身も似たり寄ったりな髪型だったのに、さっぱりと適度な長さになっている。
「長かったから寝ている間に切っちゃった。はい、ご飯」
寝ている間に取ってきたのか、山菜とザリガニを塩ゆでしたスープを手渡される。
自分の作る何が何だか分からなくなるまで煮込んだ謎の液体と比べて明らかに輝きが違う。
あの日宿で止まった時に出てきた料理のコンパクト版のようだ。
「美味い!! 未来、これすげぇ美味い!」
その言葉が聞きたかった、と胸を張る未来に惜しみない称賛を送る傍らでこっそりと悔しがる。
今までまずいとしか言われていないがそれでも自分は料理をするのが好きなのに、これではもう自分が料理を担当する意味がないではないか。
考えてみれば当たり前の話で、正確な分量や正確な煮込み時間で味を再現するなんて機械の方が得意なのは当然のことだ。
「今日の私は未来じゃありません」
「は?」
「『お母さん』です」
「……結構色んな能力者いたからな……やっぱり……」
まさしく自分が人を夢の世界に引きずり込める能力者だから、似たような能力を持った兵士がいたとしてもおかしくない。
こちらを敵とは認識していないようだが、まさか自分を終の母親だと思い込むように認識を書き換えられているだなんて。
どうりでいつもよりも優しいと思った。
「違うよ、もう! シュウが寝言でお母さんお母さんって言うからでしょ」
「え、そうなの」
能力を持っていようが技術を持っていようが、終はまだ14歳の少年で家族や母親が恋しい夜などいくらでもあった。
それを表に出していない自信はあったのに、よりによって未来にそんな寝言を聞かれるとは最悪だ。
「妹の名前……ユナっていうの?」
目の前に座った未来が優しく終の目に触れまぶたを開かせる。
何をしているのかと思ったが、口を開けとジェスチャーをしたのを見てようやく後遺症がないか診てくれているのだと分かった。
「うん。ユナ……あっ」
「?」
器を置いてカバンの中を漁る。
逃げている間に地図や固形燃料などを落としてしまったようだが、そんなものはまた手に入れればいい。
目当てのノートを取り出して汚い字で漢字を書きだす。
「これ……妹の名前」
「優名って書くんだ。いい名前だね」
「……未来が字を教えてくれたから……書けるようになった」
焚火に照らされた唇から八重歯が少しだけ覗く静かな微笑み。
未来が今まで見せた中で一番、なんと言うべきか、愛情が伝わってくるかのような笑顔だ。
「言葉は文化だから……失ったら本当に人類は終わりだと思う。教えてあげるから、もっと覚えよ?」
「お、お母さん……」
普段はワガママで自分勝手なのに、敵であるはずの人類に対してどうしてこんな優しい言葉がかけられるのだろう。
やはり人間と違ってアンドロイドは善の心を元にして出来ているのだろう。気付かないうちに握ってくれていた手が温かい。
今になってようやく右手に包帯が巻かれていることに気が付いた。
「それ、ヒビ入っているからしばらく無茶はダメだよ」
「そんなに痛くなかったのに?」
とは言うものの今包帯の上から触れると背筋まで駆け抜けるような痛みが奔った。
なんなら触らなくとも痛い。確かに骨に異常が出ているようだ。
「闘っているときはアドレナリンが出ているから痛くないの。クマに殴られてヒビで済んでいるんだからラッキーだよ。しばらくここで休んでいくからね」
「そうなん?」
「期限がある訳でもないからね。食料なら朝になったら集めてくるから」
「ん……わかった」
空腹であったことも手伝いすぐに食べ終わった食事の後片付けをしている未来を横目にひび割れた天球から覗く星空を見る。
次からはヘリコプターが見え次第走って逃げよう。下手したら指名手配されているかもしれない。
「シュウってかなり強力な能力者なのかも」
「なんで? 逃げ回ってただけだよ俺」
「だってレベル6って1人で1000人規模の軍事基地を落とせるんだよ。その能力をいくつもコピーしたり、思いついたことそのまま現実に出したり……強いよ。しれっとやっているけど、時間操作とか……ラスボスって言われてもおかしくない」
「だったらなんで――――」
「?」
「……なんでもない」
元々住んでた村を追い出された時や集落を能力者に襲われた時に自分は何も出来なかったのか。
そう言おうとしたがやめた。そんなことを聞いても未来が答えられるわけもないし、今は助かったことに感謝するだけだ。
「あれだけなんでも出来るなら自分の怪我とか治せないの?」
「いや……難しいかな。出来る、そうなる、そういうものなんだって思い込んでやってるから……俺が怪我してるっていう痛みと現実が強すぎるんだよな」
頭の中で思い描いた想像を現実に出すため、新しいことをするときはより鮮明に想像するために目を閉じることすらある。
ところが怪我は目を閉じようが痛みは消えないので難しい。
やろうと思えばできることなどたくさんあるが、その中でも時間の操作・物体の複製などは特に身体への負担が大きい。
「夢の中ならなんでも出来るのにね」
「脳の認識を曲げるのは現実変えるより簡単だかんね。それこそ能力なんか使わなくてもさ、『あの人本当はこんな人なんだぜ!』って話して相手の脳の認識を変えるなんて誰でもやってるでしょ」
「…………」
その過程が手で頭に触れるだけで出来る分、人よりずっと簡単なだけという話。
未来は真剣に考えているようだがこの能力という特権ばかりはアンドロイドには理解できないだろう――――と考えた時、第三帝国の連中が言っていた『回収』『解剖』という言葉がなんとなく気になった。
欲しいかどうかで言ったらどんな生き物でもこの力は欲しいだろうから。
「ていうかここどこ?」
「ここ? プラネタリウム。しばらく休まなくちゃダメだったから、頑丈そうな建物選んだの」
「ぷら……?」
半球型の屋根が建物の中心には巨大な機械がありその周囲に椅子がある奇妙な建物。
プラネタリウム、と言われてもその言葉そのものを知らない。
「人工的な星を見る場所。戦前の人が家族とかと行っていたの」
「星なんか空にあるじゃん?」
「昔は星がよく見えなかったんだってさ……。見てこれ。自家発電装置が建物の中にあってね、まだ壊れていないの」
焚火を消した未来が何やら機械をいじると、天蓋に光が瞬き人工的な星空が一面に作り出された。
割れ目から見える本物の空と混ざり合い、こうして横になりながら空を見ているとどこか知らない世界を浮遊しているようだった。
「アルタイル、ベガ、デネブ……夏の大三角形。左上から白鳥座。次がこと座で下のがワシ座」
終の横で寝転がり、荷物から取り出したペンライトで一層明るい星をなぞって星座の名前を呼んでいる未来は知識を披露しながらなんだか楽しそうだ。
「昔の人は退屈だったのかな。あんなの全然白鳥に見えないのに」
「大昔は方角を知る方法がなかったから、星を見てどっちが北か南かって知ろうとしたの」
「へー……」
本物の星空に浮かぶ冬の大三角形を未来が示す。
夏にしか見えない星座と冬にしか見えない星座を一緒に見た人間はひょっとしたら自分が初めてかもしれない。
そう考えると、大けがをしているし身体はだるいが、それでもとても綺麗な女の子と一緒に寝転がって星を眺めるというのはとても贅沢をしているのかもしれない。
プラネタリウムに響く小鳥のような未来の声を聞きながら空を見ていると再び眠気が覆いかぶさってきた。別に夜だから寝たっていいのだが、念のため歯ブラシを取り出す。
「ありゃっ」
いつも通り利き腕で適当に磨こうとしたのだが、痛みで腕が痺れて歯ブラシを取り落としてしまう。咄嗟の事だったとはいえ、利き腕を壊してしまったのはミスだったかもしれない。
そんなことを考えながらかがむと落とした歯ブラシを先に未来が拾っていた。
「私がやってあげるから」
「いや、自分でやるよ……飯だって食えたんだから」
「歯磨きは適当じゃダメ! 歯医者ないのに虫歯になったら抜くしかなくなるじゃん! 私に歯を引っこ抜かれたいならいいけど」
(本当に母ちゃんみたいなこと言いやがる)
病気全般どれも致命的だが、虫歯は気が付いた時には手遅れになっているから厄介、と母親はよく口を酸っぱくして言っていた。
とはいうもののこっぱずかしいのはどうにもならないと思いながら小さく口を開けようとしたらテントに正座した未来が膝をぽんぽんと叩いた。
「……や、それはダメ。無理無理。恥ずかしいもん」
「恥ずかしくない。お母さんなんだから」
「はぁ……――――あっ!」
それこそ母が子にするように首根っこを引っ掴まれて強制的に頭を膝に乗せられた。
自分もこの旅で大きく強くなったと思うのだが、単純な力では大人と子供以上に力の差があるだろう。
こうして、抵抗むなしく口を指で開かれるくらいには。
「星を見てる間に終わるから我慢して!」
「やめろ、俺口大きく開けると耳の下が痛くなるんだよ」
「その年で顎関節症なの? 本当に口壊れてるんだ」
痛みと恥ずかしさが同時に湧き上がり脳が痺れていく。
乱暴に抑えつけているように見えて、一本一本の歯を丁寧に優しく磨いているのが感じられ、気が付けばばたつかせていた足も落ち着いてしまった。
僅かな光に照らされて見える未来の顔は母親がわんぱくな子供に見せる優しさそのものを映し出している。
歯を磨くリズムに合わせて顔にかかる呼吸が甘く感じるのは何故だろう。一緒の食事をしたはずなのに。
せめて暗くてよかった。きっと今の自分は未来の顔をまともに見ることなどできず、歯磨きを恐れているかのように目を閉じなければならなかっただろうから。
「はい、水。ぐじゅぐじゅぺってして」
10分以上も膝枕を強制され結局舌まで磨かれてしまった。
もちろん嬉しいは嬉しいが、心のどこかには常に未来と対等でいたい気持ちがあるから、悔しいやら恥ずかしいやら。
「もういいって! 分かったよ! ありがとうな!」
いつもの5割増しで爽やかな口をゆすぎ布団の中に入る。
これまでと同じように、一人分の布団に潜り込んできた未来の距離がいつもより近い。いつもよりも優しい今日の未来ならケガ人の終に気遣ってスペースを余分にくれると予想したのに。
「はい、おやすみ前のハグ」
こちらの反応を待たずに未来は身体の芯から温まるような抱擁をくれた。
布団の中で頭を胸元に抱えるようにひっしりと抱きしめてきて、自覚よりも早く体温が上昇していく。
「…………」
終が寝込んでいる間に身体を洗ったのか、汗のにおいがほんのり染みついた服の向こうからせっけんの香りがする。
布団の中の隙間にだけ響く鼓動が普段よりもちょっぴり早いことに気が付き、ただただ黙ることしか出来ない。
なんだよ、お前も恥ずかしかったんじゃないか――――なんて口に出したら外まで蹴り出されそうだ。
「よく寝れそう?」
「まぁ……その……うん」
「絵本でも読んであげようか?」
「エロ本しかねえんだよ!」
自分で言っておいて変な話だが、ツッコみとしてあまりにも綺麗すぎて二人して笑ってしまった。
機械だということは分かっているが、こんな下賤な会話で笑うことも出来てしまう未来とこれまで過ごしてきて、本当にアンドロイドと人間の境目が分からなくなってきた。
「そうだ。スコーチャーが『プレッシャー探していたら』って言っていたでしょ。なんかこの辺に、凄い圧力で潰されたみたいな建物がいくつもあった」
「プレッシャー……どんな能力者なの?」
「レベル7の圧力を操る能力者。アイハム・マジードって名前の33歳の男でアラブ出身……って登録されてるけど、あの感じだと第三帝国に入った後に抜けたのかな」
「……やだな。本当の本当に戦争が始まりそうで」
レベル7ということは今日自分を追い散らかしてきた連中よりも格上の能力の持ち主ということだ。
そんな能力者ですら従え集めている軍団がいるという事実。今日襲い掛かってきた能力者たちのほとんどが近代兵器をいくら持ち出しても止めようがない化物たちだ。
いざ全面的な争いになったらアンドロイドは再び核を使うかもしれない。
生き残る自信はあるが、今まで出会った敵も味方もまとめて灰となり雪に埋もれていく想像をしたらいい気分になどなりようがない。
これだけ世界をボロボロにしておいて、まだ足りないのだろうか。
「そうだね。いやだね……」
せめてもの救いは、最新型のアンドロイドがこう思ってくれていることだろう。
お互い同胞から弾かれてしまったもの同士、身を寄せ合うように抱き寄せるとひっしりとくっついてきた。
「アンドロイドのこと、機械だ機械だって言うけど……俺等だってウキウキ言いながら歩いていた猿がちょっと進化しただけなのになぁ」
機械ではなく、生まれ方や構造が根本的に違う新たな知的生命体。
それと人類がなぜまだ争っているのか分からない。この星が小さすぎるからだろうか。足りないからだろうか。これだけ広い星なのに。
お互い分け合えればいいのに、自分と未来はそうしているのに――――小難しいことを考えているうちに満たされた胃袋に血液が向かい終はすぐに眠りに落ちてしまった。
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闇の中で蠢く気配を感じ、目を大きく開く。
肉食獣よりも遥かに集光力の優る瞳孔が光を集め、真昼とほとんど変わらない距離まで見渡せる。
朽ち果てた民家のそばにのっぺりと立ち並ぶ背の高い草むらの中に一匹のイタチを見つけた。
(……風向きは…………今は風下か……)
終に教えてもらった通り、指に唾をつけて風に晒すとよく風向きが分かる。
運がいいことに、風はこちらに吹いているようでイタチがこちらに気が付いた様子はない。
終に貸してもらったボウガン付きの改造ガントレットを構えると両刃のナイフが飛び出た。
(いけない、いけない)
中指を持ち上げると紐の先端に付けられた金属のリングが引っ張られ、刃渡り30cmほどの刃が飛び出す仕組みになっており、その際に小さな金属音が出る。
イタチも人の気配に気が付いたようで、顔を上げて周囲を見渡しているが、夜目は自分の方が効く。
錆びたフォークに色を塗った照星をイタチの額に合わせ、ゴムを引っかけている丸棒を押す。計算通り、イタチを苦しませることも無く一撃で殺すことが出来た。
獣臭いことは間違いないだろうが久々に肉が食べられる。おまけに野生のゴボウも収穫できた、と高揚した気分を歩幅に出しながらテントに戻る。
長い間獲物を探し回っていたような気がしたが、直線距離ならテントまで10分もかからなかった。
「見て。イタチ取ってきた!」
「おー、やったな! 焼いて食おうぜ!」
テント内に敷き詰められた布団の上で終が何故か荷物を広げている。
怪我をして動けない間、暇だったのか片手で器用にボウガンを修理して更にナイフを取り付ける改造はしたものの、未だに腕の怪我は完治はしていない。
だからこそ代わりに食料を探しに行っていたのに。つまり、荷物を広げるような無理はしてほしくないのだが。
洗濯でもして待っているのかと思いきや、珍しく整理整頓をしようとしていたようだ。
「何しているの?」
「今更だけどさ……俺ら大体20kgの荷物背負って歩いているわけじゃん。やっぱ重い気がする」
既に埼玉を通り越し東京の下町(だった)葛飾区にまで入ったのに。本当に今更だ。
旅も半ばまで来てようやく荷物整理を考え始めたらしい。
「いるものといらないもので分けてみたら?」
「うーん……そうしようとしているんだよ」
80Lの容量のバックパックが二つ、テントにランタン、先割れスプーンとナイフに皿数枚とマグカップ2つ。
加えて調理器具代わりに大小数種類のコッヘルとまな板、フライパンと鍋。
このあたりは寝床の確保、照明、食料の調理と、生きるためにほぼ必須なため捨てることはできない。
ポータブル発電機とミニストーブなんかはまさしく今こそ絶対に必要な物だ。
「テーブルとイスはいらないんじゃない?」
「でもこれ自体は軽いからね」
細々したものだと、懐中電灯・トイレットペーパー・ライター・ロープ・タオル・生理用品・洗面用具等各種日用品と、これまた一つ一つで見ればそんなに重くないものたちばかりで、捨てた時の不便さの方が勝りそうだ。
かといってかなりの容量を使う着替えを減らす気は自分的には全くない。
「シュウのポシェットの中は? 何入っているの?」
「お金と工具……あと、薬と軽食と水筒。捨てられるようなもんないよ」
他はどうだと見てみると、エロ本が7冊と日誌、筆記用具類だ。
いらないからといって今更エロ本を捨てたところで何も変わらないように思える。
「シートとかマットが重いのかな。ていうか布団が重いんだよ。あと布団用のマットも」
グランドシート、インナーマット、敷布団・掛布団・枕と、三大欲求で一番重要な睡眠に必要なアイテムが一番重いという当然の結論になった。
「でもまぁ睡眠は大事だからなぁ。寝袋頼んでおけば良かったのかなぁ」
「結局どうするの?」
そんなことを話している間にイタチの毛皮をはいで肉を切り分け終わってしまった。
終は整理が得意なようには見えないが、極端に無駄なものを持ち運んでいるわけではない。
「これ、未来がメシ探している間に考えたんだけど」
キャンプのそばに置いてあったまだまともな形をしている自転車を終が指をさした。
これに荷車を取り付けられれば、とまで聞いて終の言いたいことを理解する。
「そうだね。荒れた道とか乗り越えられなくなるけど……乗り物使った方が結果的に早いかも」
「この辺にまだ使えそうな荷車とかないかな」
「探してきてあげよっか? 下町だからあると思うよ」
そうなると自動的に終が名物の不味い食事を用意することになるが、まだ完治していない腕で瓦礫から荷車を引っ張り出すような無理はやはりしてほしくはない。
終が頷いたのを見て、靴を履き再び外へと出る。
「30分くらいして見つからんかったら戻って来いよ。飯出来るしもう遅いから」
「大丈夫、すぐ見つかるよ」
食事をしてから探しに行こうとも考えたが、生活リズムを考えるに『歯を磨いて寝ようぜ』になる可能性が高い。
キャンプの明かりが見えなくなった辺りで、可能性と言えば終が追いかけてくる可能性もあると考えたが――――自慰行為をする確率が70%、水を濾過・蒸留する確率が23%で、追いかけてくる確率は7%しかない。
自分が無事に狩りを終えて戻ってきたため心配はしていないからだというのは分かっていても、機械的に確率が分かると少しムッとなる。
追いかけてくる可能性は5分ごとに3%上昇、自慰行為後は一気に50%上昇、というのが今までの終の行動から割り出した様式だ。
こうなったら意地でもしっかりとした荷車を見つけ出して終を驚かせてやりたい。廃墟しかない下町の更に深い夜の方へと未来は駆け出した。
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未来は最近不思議に思っていることがある。
なぜ終は最初から最後まで第三帝国の勧誘を蹴っていたのかということだった。
強硬的ではあったし、終も怪我をさせられたのだから結果としては決裂してよかったのだろうが、彼らの言っていることが全て正しいのならば、アンドロイドの立場から見ても行動理念や主張は一理あると感じる。
14歳の子供がバガボンド生活をするよりは所属するコミュニティを見つけた方が本人にとってもいいと思うが、なぜあそこまで――――嫌悪に近い感情を持っていたのだろうか。
(…………お寺?)
キャンプを設営した浄水場跡から歩くこと暫く、古びた民家と寺院が立ち並ぶ通りに出た。
地面に落ちている看板をこすると『経栄山 題経寺』と書かれている。ここはかつての観光名所、柴又帝釈天だ。
寺院の前には鮎の塩焼きの屋台が放置されており、その対面には草団子屋があり、その間の帝釈天参道に石畳が続いている。
かつてのとは言ったもののまだ風情は残っているから終と一緒に来た方が面白かったかもしれない。
(寒いなぁ……)
アンドロイドは寒さにも暑さにも強いと終にドヤ顔をしながら言ったのは嘘ではない。嘘ではないが、なんだか寒いと感じるのは寂しいからだと分かっている。
土産物屋を見て的外れな感想を漏らす終に呆れながら講釈を垂れている自分がありありと目に浮かぶ。
そうだ、それならば土産を持ち帰ろう。全く旅の無駄で、しかも荷物整理をしている途中なのに、と自分でも思うが終はそんなことでは怒らない。むしろ喜ぶだろう。
(新聞……)
何を持ち帰ろうかと漁っていると、最終戦争直前の新聞が目に入った。
オホーツク海で小競り合いを始めたロシアと中国の戦艦に雷が落ちている瞬間の写真。
もしも文明が続いていたら間違いなくピュリッツァー賞を獲っていたであろう。
天罰覿面にしか見えないこの天災を起こしたのは、100年以上前に存在した能力者、タケミカヅチだ。
まだ存在していた政府と国のために死ぬまで戦った珍しい能力者。神奈川出身で26歳で亡くなったのだったか。
三面記事には闇に飲み込まれた徳島の被害状況が詳細に書かれているが、最早これが能力者によるものなのか新たな兵器による攻撃か分からないと書いてある。
(これも持ち帰ろう)
終は存外物覚えが早い。文字もしっかりと読み書きが出来るようになったし、そろそろ過去について学び始めてもいい頃だ。
百人一首やヨーヨーと一緒に新聞も手に取る。店の奥の頭蓋骨の虚ろな穴がこちらを見ているが、もしも終ならどことなく悲しそうな顔をしていただろう。
「あとどれくらい歩くかな」
外に出ると冷え切っており、灰色の空は今にも落ちてきそうだ。空気も乾燥しているし雪が降るのかもしれない。
先日新しく手に入れた地図が頭にインプットされているおかげでここがどこなのか、明日からどの道を辿るべきか正確に分かる。
ここから西へ向かい、中川と荒川を超えて今は遠くにぼんやりと見えるだけの東京スカイツリーを通過し、月島を渡ればようやく神奈川だ。
周囲を見渡しても壊れかけの柴又帝釈天以外には目当ての物もなく、大きくため息を吐きながら来た道を戻ろうとするが――――
(人の気配!!)
背後から人の足音が聞こえて咄嗟に寺の中に転がり込むが、瞬時にそれ自体が罠だったと分かったのは、寺の屋根や手水舎のそばなど至る所から人の気配を感じるからだ。
何かがまずいと感じる。夜道に少女を気付かれないように囲んでいる時点で強盗以上の悪漢たちであることには間違いないだろうが、やけに動きが統率されている。
最初の足音も、わざと寺の中に逃げ込むように背後から鳴らしたのではないか。誰かが触れた訳でもないのにたった今入ってきた入口が音を立てて勝手に閉じた。
呼吸音と足音のバラツキから、人数は30人か31人だ。不思議なのは、足音が31人分なのに呼吸音が30人分しかないこと。何者か、呼吸をしていない者がいる。
どういうことなのか理解できないが、ろくでもない存在であることは確かだ。
(やはり最初から狙われていた……)
獲物が罠に完全にかかったのを見て、隠れていた男たちが姿を現し円が縮むように距離を詰めてくる。
この周到さを考えるに自分は――――いや、『自分たち』は最初から狙われていた。
「シュウ!」
門を閉じたとして、こんな入口程度だったら軽く飛び越えられることは知るまい。
大腿四頭筋に成人男性の限界の100倍以上の力がかかり、溜め込まれたエネルギーは足から出力されて石畳はひび割れ――――未来の身体は強烈な圧力により地面にのめりこまされていた。
(えっ?)
Level7:Pressure,Android:Sub-1295-446,Female.
視界に映った情報、意味不明な状況に機械の脳が一瞬フリーズする。
身体全体にのしかかっていた圧力は更に苛烈なものになり、未来の意識は強制的にシャットダウンさせられた。