ホロライブラバーズ ~難易度【オーディション】を脳筋でクリアしたい実況~    作:てらバイト

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気に障ったのならごめんね。でも、一つだけ聞かせて?





どうして「人」であることにこだわるの?
もう何をしたって、手遅れなのに。


『わたし』の幸せ  後

 

 

 

 

 

 

頭蓋に響く痛みを押し殺し、赤一色の視界越しから前を見据えるクロエ。

真っ赤に染め上げられたまつりの姿は、何故か酷く煽情的に映り、クロエは仄暗い劣情を抱いた。

 

 

 

ふと、クロエは自問する。

何故、眼前のまつりは、普段のまつりより心惹かれるのだろう、と。

 

 

 

 

鮮やかな朱色が好きだから?

新たな一面を見せたまつりへの興奮が、未だ醒めていないだけ?

 

 

 

 

それとも……血に濡れ、香り立ち、凄惨に崩れるまつりを連想したから?

 

 

 

 

あぁ、それが一番しっくりくる

 

 

 

 

そこまで考え、雑念を払う様に頭を振る。

無論、気にならないと言えば噓になる。しかし迫りくる脅威に比べれば些末なものだ。天秤にかけるまでも無い。

 

 

 

 

優先順位を履き違えてはいけない。

後ろ髪引く思いで思考を打ち切り、クロエは後方へ跳んだ。

 

 

 

 

(う~ん…やりにくい。攻めたいのに攻めきれない、このもどかしい感覚……なんだかハザマさんと戦ってるみたい)

 

 

 

 

距離を取るクロエの脳裏に浮かんだのは、年中黒スーツの糸目男。

クロエに戦いの何たるかを教授した師の一人、ハザマであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいですかクロエさん?既にテルミさんから耳タコが出来るくらい指摘されているとは思いますが、あなたはそろそろ駆け引きというものを覚えた方がいい。攻めの緩急、パターンがどれも単調で、思わず欠伸が出そうになる』

 

 

 

『今まで狩ってきた知性の低い獣や格下なら今のままでも充分通用したでしょうが、来年からあなたが入学するのは、人外犇く魔境と名高いホロライブ学園。相手に向かって突っ込むだけではいつか負けますよ?そんなのは猪でも出来るのだから』

 

 

 

『……とは言え、強制はしません。得意分野は人それぞれですからね。素養の無い事を無理にやらせて得られる成果など高が知れている。なので、今は頭の片隅に入れておく程度で構いません。そもそも、一朝一夕で身に付くものでもありませんしね』

 

 

 

『じゃあ今日はこの辺りでお開きと…おっ質問とは珍しい。何ですか?……ふむ、“膂力や速さが通じず、駆け引きでも敵わない相手とどう戦うべきか”、と……』

 

 

 

『いやぁ驚いた、あなた真面目な質問も出来たんですねぇ!本当に珍しい。槍でも降りそうだ……アイダダダ!!ちょっ、何で殴るんですか!?人が折角褒めてるのに!』

 

 

 

『え-、では気を取り直して……結論から言うと、逃げ一択です(・・・・・・)。当たり前でしょう?』

 

 

 

 

『まず、そんな相手と馬鹿正直に真正面から戦おうとしてる時点で間違っている。前にも言ったでしょ?“格上と相対した時は戦線離脱を第一に考え、逃げに徹しろ”と。まぁ逃走が不可能な状況という前提ならまだしも、あなたが想定しているのは“万全且つ尋常な死合い”でしょう?でなければ、どう戦うべきか(・・・・・・・)、なんて聞き方はしない筈だ』

 

 

 

『はぁ……その相手を選ばない闘争心はあなたの数少ない美点ですが、それ以上に厄介ですねぇ。不必要な戦闘の何が良いんだか……あなたの言うおばあさまが存在する以上(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、万が一は無いんでしょうが、念の為改めて言っておきますよクロエさん』

 

 

 

 

『死に急ぐのは程々にしておきなさい。あなたに死なれては私たちが困るんですから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(早いなぁ、あれからもう一年……やっぱり一年程度じゃ変えられないね。趣味趣向っていうのは)

 

 

 

 

想い馳せるは、在りし日の一幕。

何年ぶりかの学園生活で浮足立つ自分を諭すかの様な、ハザマからのありがたい忠言。

 

 

 

 

クロエとて、自覚はある。自分の意思より、ハザマの意見の方が正しいという自覚は。

一時の欲望に目が眩み、自ら苦難を追い求める。そんな生き方は真面ではない、間違っていると。そんな事は、とうの昔から気付いていた。

 

 

 

 

それでも飽くなき闘争を求めてしまうのは、せざるを得ない理由がある訳でも、高尚な理念が故の行動ではない。

 

 

 

 

自身の欲求を抑える事への強い忌避感

それこそが、クロエがリスクを承知の上で戦い続ける理由の根底であり、譲れない境界線(ライン)

 

 

 

 

 

(自分の欲求を抑えつけ、耐え忍び、己を律する……立派だよねぇ。もしそれが出来たら、今よりもたくさん友達が出来て、ハザマさん達からもっと褒められるようになって……きっと色んな人から愛されたのかもね)

 

 

 

 

(でもさぁ…嫌なんだよね、我慢し続ける人生なんて(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

クロエは幼い時から我慢(・・)が苦手であった。

それが生まれや育ちによるものなのか、生来の気質がそうさせるのか。

或いは、ある日を境に突然そうなったのか(・・・・・・・・・・・・・・・)。今となっては誰も分からない。

 

 

 

 

何故なら、クロエは既に天涯孤独の身(・・・・・・)

かつての幼少期を知る血縁者は、もう何処にもいない。歪な少女の過去を紐解く術は、既に失われていた。

 

 

 

 

それでも、唯一つ。はっきりしている事があるとすれば。

幼少期の悪癖とは、指摘されるのが遅ければ遅いほど、矯正が難航するという一点のみ。

 

 

 

 

幼い時期に家族を亡くしたクロエに、それを躾ける人間が果たして身近に居たのか。

それは、クロエのみぞ知る答え。

 

 

 

 

(ごめんねハザマさん。私、また貴方の言いつけを破ってしまうわ。だってこんなにも楽しくて心躍ること、どう足掻いても止められないよ!愛する人と戦う至福の味を知っちゃったらもう、戻れないんだよ……!)

 

 

 

 

大恩ある(・・・・)ハザマからの忠告と自身の欲求がせめぎ合うが、拮抗は一瞬。

クロエという少女は、どこまでも自分に甘かった。

 

 

 

 

(もしこの心の高鳴りが間違っているとするなら。一時の気の迷いだと拒絶されるのなら、それでもいい。この快楽を手放すくらいなら、私はおかしくたっていい!!

 

 

 

 

自己肯定を越えた、自己愛護(・・・・)

クロエは心赴くまま、刹那的快楽を優先した。その結果、いつか己の身に破滅が訪れようとも、その結末さえも是として。

 

 

 

 

瞳に妖しい光が宿る。それは好意を抱く者に向けるには、あまりにも不釣り合いな暴威の色。

自制、葛藤。最後のセーフティと言えるそれらを優しく手折り、踏み潰す。

そして溜め込んでいた欲望を発散するカタルシスに身を投げ――

 

 

 

 

 

―大蛇武錬殲

 

 

 

 

 

勢いよく脚を振り下ろした。

踏み砕かれた床の拳大の破片が、舞い踊る様に宙を泳ぐ。

 

 

 

 

更に勢いを増す破壊力とプレッシャーを目にしたまつりは、しかし驚きこそすれ、前進する勢いは微塵も緩めない。

それは、どれだけ出力を上げられても、自分なら対処出来るという自負の表れ。

 

 

 

 

クロエは、それを挑発として受け取った。

掌に集めた闇に、歓喜と僅かな憤りを乗せて、床の破片ごと解き放つ。

 

 

 

 

蛇刃牙(じゃばき)

 

 

 

 

放たれたのは、人間大の蛇を象った黒いオーラ。

鋭利な床の破片を巻き込み飛来するそれが伴う破壊力は、初見のまつりでさえも容易に想像できた。当たれば、ただでは済まないと。

 

 

 

 

「ダンレボの次はシューティング?飽きさせないねぇ!」

 

 

 

 

されど、まつりは依然として焦りを見せない。

いち早く飛んできた瓦礫片を軽快なステップで踊るように回避。その一連の動作は洗練されており、瓦礫の弾幕をまるで寄せ付けず、掠る事なく全てを避けきる。

 

 

 

 

そして、次いで迫りくる黒き波動は

 

 

 

 

「とりゃあっ!」

 

 

 

 

背を反らし、悠々と跳び越える。

軽やかに宙を舞うまつりの衣服には、綻び一つ無かった。

 

 

 

 

かすり傷一つない、完璧に近い精度の緊急回避。

クロエへ見せた余裕が虚勢ではない事を示す様に、まつりは自身に向けられた必殺の波状攻撃に臆する事無く、全てを見切り駆け抜けた。

当然、軽口を叩ける余裕も相変わらず。一切の陰りを見せることなく、未だ健在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前方に待ち受ける漆黒の蛇を目にする迄は。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ―――」

 

 

 

 

予想していない訳ではなかった。

着地後の硬直を狙うのは、戦闘における常套手段。

当然、まつりもそこを狙われるのは予測済みであり、承知済みであった。

戦い慣れた者なら誰もが狙うであろう隙。故に読みやすく、その対抗策も勿論用意してあった。

 

 

 

 

しかし、目線の先で膨れ上がるそれは、あまりにも――

 

 

 

 

 

デカすぎッ(・・・・・)…!さっきのと、全然ちが―)

 

 

 

 

まつりの誤算は、見誤ったこと。

クロエの本気を。加減を止めた出力を。想いの強さを。

その全容を、推し量れなかったこと。

 

 

 

 

たった一つの読み違えが、まつりを窮地に立たせた。

暴力の権化を思わせる黒い大蛇が、口を開けて蠢く。

 

 

 

 

その姿は、今まさに得物へ喰らいつかんとする蛇そのもの――

 

 

 

 

 

 

 

―いただきます♡

 

 

 

 

その声は、確かに大蛇の中から発せられていた。

悍ましい外見からはまるで想像もつかない、未成熟な少女の声色。

 

 

 

 

着地直前に聴こえた声は、溢れんばかりの至福に満ちていた。

 

 

 

 

 

―蛇境滅閃牙

 

 

 

 

腹を空かせた漆黒の大蛇が、弾ける様に地を奔る。

無防備を晒す得物へ、怪物が牙を剥いた。

 

 

 

 

全ては、止めどない渇きを満たすために――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白い歯見せんのはまだ早いよ、クロエ」

 

 

 

 

―エアスタンピート

 

 

 

 

 

 

だがしかし。

クロエが獲物に据えた相手も、また傑物。

 

 

 

易々と。軽々と。

迫りくる大蛇を嘲笑うかのように、まつりは再び宙へ跳んだ。

 

 

 

 

先程よりも溜めの短い跳躍で、身を超す大蛇よりも高らかに。

そんな矛盾を孕んだ跳躍は、大蛇の猛進を呆気なく跳び越えた。

 

 

 

跳躍への移行を限りなく0に近づける(・・・・・・・・・・・・・・・・・)絶技。

動体視力に優れたクロエでさえ、その動きを捉える事は出来なかった。

 

 

 

 

少し離れた位置にて、クロエがゆっくりと姿を現す。

はらはらと崩れ行く闇から姿を見せたクロエに、奥義を無傷で避けられた事への動揺は見られない。それもその筈、顔を両手で覆い俯く姿から読み取れる感情は、幾許もないのだから。

 

 

 

僅かに震える様子は、泣いている様にも、怯えているようにも見える。

しかし、それはきっと間違いなのだろう。

 

 

 

 

微かに聴こえる嬉笑と、手の端から見える緩んだ口角が、何よりの証明であった。

 

 

 

 

(やっぱりこれも凌ぐんだ……すごいねぇまつり。初めてだよ、初見で見切られたのなんて)

 

 

 

 

見事回避を成功させたまつりへの惜しみ無き賞賛。

それが、笑みを零した二つある理由の一つ(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

もう一つは――

 

 

 

 

 

 

 

(ねぇ、まつり。貴女はどこまでいけるの?どこまで耐えれるの?どこまで至れるの?

ここが限界じゃないでしょう?まだ()があるんでしょう?勿体ぶらずに曝け出してよ。

恥ずかしがらなくてもいいよ。ちゃんと全部受け止めるから)

 

 

 

 

膨れ上がる欲望。未知への期待。

純一無雑な愛は、時として人の情緒を捻じ曲げ、狂わせる。

 

 

 

 

(私は貴女の全てを理解したいだけなの。私の愛に応えてくれたまつりなら、分かってくれるよね?愛する人の事なら、大事なモノから些細事まで、しっかり把握しておきたいっていう気持ちを。そう……

 

 

 

 

誕生の瞬間から、果ての末期まで。

余すことなく、赤裸々に、隅々まで、ね

 

 

 

 

 

 

 

黒い感情が顔を覗かせる。

抑圧されていた危険な衝動の解放。それは、クロエの心を更に奮い立たせるスパイスでしかなかった。

 

 

 

 

くふくふと、笑う。

きっと心の底からの笑みなのだろう。

柔らかに微笑む顔は、戦闘中であることを忘れさせる程、晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

「隙だらけだ、よッ!!」

 

 

 

―スラッシュエルボー

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし。

いや、だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、知ってる」

 

 

 

―蛇骸

 

 

 

 

 

 

危険な思考によって分泌された脳内麻薬が、クロエの優れた感覚を更に研ぎ澄ませた。

その結果、クロエは死角からのまつりの強襲を目視する事無く反応し、迎撃した。

 

 

 

 

手刀と肘鉄が衝突する。

まつりとクロエ。両者が純粋な力だけでぶつかり合った時、一体どちらに軍配が上がるだろうか。

 

 

 

答えは、言わずもがな――

 

 

 

 

 

 

 

 

ミシリッ

 

 

 

 

「い゛、つぅ……ッ!!」

 

 

 

顔を歪めたのは、攻撃を仕掛けた側のまつり。

右肘が訴える関節がズレた感覚(・・・・・・・・)と激痛から、何かが軋む様な音の発生源が自分であることを悟る。今の一撃で脱臼したのか、肘が思い通りに動かせない。

 

 

 

 

(マズったぁ…!当たるつもり、無かったんだけどなぁ…!)

 

 

 

 

油断は無かった。慢心も無かった。

だからこそ、こちらに背を向け隙を見せた絶好のタイミングで仕掛けたというのに。

 

 

 

 

結果は、最悪。

クロエが見せた超反応により、利き腕に大きな損傷を負ってしまった。この戦闘でこれ以上右腕を振るう事は、恐らく叶わない。

 

 

 

 

利き腕の損傷。

すなわち、クロエに対する有効打(投げ技)の大半を封じられたという事。

 

 

 

 

 

 

 

もう投げられないよね(・・・・・・・・・・)?」

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

 

 

その事実に、まつりの投げを警戒していたクロエが気づかぬ筈もなし。

投げが来ないのなら。大して効かない打撃しか出せないのなら。

これ以上、何を恐れる事があるだろうか。

 

 

 

 

クロエが【蛇刹】を構える。

狙いは頭蓋の一点。何故ならそこは、まつりが愛をくれたところだから(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

間断なく、容赦なく。止めの【裂閃牙】を放つ。

手負いのまつりにこの致命の一撃を避ける手立ては、残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ありがとう、まつり。楽しかったよ)

 

 

 

 

クロエは心の中で感謝を紡ぐ。

楽しかった。嬉しかった。気持ち良かった。叶うのなら、まだ終わらせたくない。

様々な正の感情が心を包み、最後には終わりを迎える事への惜別の念だけが残った。

 

 

 

 

名残惜しさを確と感じながら、拳を振り下ろす。

始まりがあれば終わりが来る。これは仕方のない事なのだと、そう自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

(あぁ、それでも。まだ続けていたかったなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴシャッ、と響いたのは、何かが潰れた様な音。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、まつりの膝がめり込んだクロエの腹部から発せられた。

 

 

 

 

「ガッ……!?」

 

 

 

 

鳩尾に突き刺さった跳び膝蹴り(・・・・・)

クロエにとってその一撃は正に意識外であり、威力に於いても、クロエの想定の上を行った。

 

 

 

予期しない反撃だったからか。咄嗟の重心移動も虚しく、クロエは身体をくの字に曲げながらまつりごと宙へ投げ出される。

 

 

 

クロエはこの瞬間、確信した。

まつりは、まだ戦える。自身を倒しうる技を、投げではないもう一つの牙(・・・・・・)を隠し持っていると。

 

 

 

熱望していた延長戦の実現。

理想通りの展開に熱を上げるクロエを余所に、まつりは重力に力を足すかの様に全体重を膝に乗せる。

ほぼ密着状態での重心移動。これに気が付かない程、クロエは鈍くなかった。

 

 

 

 

宙に浮いた身体。

依然、膝を突き立てるまつり。

まつりを乗せて落下する身体。

背後には――

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

点と線が繋がる様にはたと気付く。

クロエがまつりの意図を察したのは、地面に接触する直前であった。

 

 

 

 

 

 

「油断大敵ってねぇ!」

 

 

―エアリースマッシュ

 

 

 

 

 

 

跳び膝蹴りの衝撃に、まつりの体重を乗せた必殺の叩き落とし。

鳩尾を叩き潰される様な感覚と痛みがクロエを襲った。

 

 

 

 

 

「がふぁッーーー」

 

 

 

鳩尾は、人体における数ある急所の一つ。

強い衝撃が加わると一時的な呼吸困難を引き起こし、身じろぎ一つするのも困難となる。

それはもちろん、人間である(・・・・・)クロエにも当てはまる共通の弱点。叩きつけられた瞬間の苦悶の表情が、それを如実に物語っていた。

 

 

 

 

その様子を見たまつりは、それでも尚、攻め続ける。

自身の投げを喰らって動き回れる強靭さと持久力。それを身を以て体感したまつりに、今の一撃で仕留めたという確証は持てなかった。

 

 

 

 

(ここで間は置かないっ。ラストスパート、キメちゃうよッ!)

 

 

 

 

まつりは止めの締め技を決めるべく、薄白い首元へ手を伸ばす

 

 

 

 

 

 

 

 

―そこはダメだよ。敏感なの♡

 

 

 

 

直後、まつりは再び宙を舞った。

自分の意志とは反する現象に目を丸くするまつり。しかし、その驚愕の矛先が向いたのは宙へ跳ばされたという結果ではなく、その過程(・・・・)

 

 

 

 

腰だけで跳ね上げる(・・・・・・・・・)とか、流石にそれは反則だって……!)

 

 

 

 

テイクダウンに成功したまつりが最も警戒していたのは、クロエの並外れた膂力。

いくらマウント状態に持ち込んだところでクロエに腕を掴まれようものなら、それだけで形勢逆転の一手と成り得るからだ。純粋な力勝負では歯が立たない事を、まつりは既に身を以て知っている。その上での警戒。

 

 

 

しかし、どれだけ警戒しようとも圧倒的フィジカル差の前では無意味。

まつりをどかす。その行動は、超人たるクロエにとっては手を使うまでもない児戯と同義であった。

 

 

 

 

弧を描きながら前方へ投げ出されるまつりは、ただジッとクロエを捉え続ける。

少しずつ遠ざかるクロエに何を思ったのだろうか。まつりは呆けている様にも、見惚れている様にも受け取れる不思議な表情で、クロエを見つめた。

 

 

 

 

(……そういえば初めてかも。マウント状態(あそこ)から抜けられたのって)

 

 

 

 

まつりが投げ技・グラウンド主体の戦闘スタイルを自己流に確立したのが、およそ三年前。

元々適性があったのだろう。そこからの三年間、まつりはマウントへ持ち込めた戦闘に於いて、一度も黒星をつける事なく勝ち続けた。

 

 

 

 

これが意味するのはつまり、まつりのマウントから脱した者が誰一人としていなかったという事

投げと打撃により疲弊した身体でまつりのグラウンド技術を凌ぐのは、正に至難の業。

それを裏付けるように、現在学内でのまつりの勝率は驚異の八割超。近接戦に限定すれば、学内でも五指に入る(・・・・・・・・・)屈指の実力者である。

 

 

 

 

そんなまつりが得意とする常勝のスタイルを、入ったばかりの後輩に容易く破られる。

それはまつりにとって想定外の事態であり、初めての経験であった。

 

 

 

 

不意に、まつりの背筋が震える。

無論、風邪の類ではない。

しかし、高揚からくる武者震いでもない。

 

 

 

 

(あれ?これもしかして…まつり、負ける?)

 

 

 

 

 

震えの正体は、危機感。

久しく忘れていた苦境、劣勢に対し、脳が発した危険信号。

 

 

 

 

 

たかが一瞬。されど一瞬。

ダメだと理解していても、否が応にも想像してしまう。

まつりの脳裏を掠めたのは、間違いなく敗北の二文字――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ごめんクロエ。それだけは(・・・・・)譲れない)

 

 

 

 

その紛れもない事実が、まつりの闘争心に火をつける。

夏色まつりという少女もまた、クロエに劣らず負けず嫌いであった。

 

 

 

 

その変化は劇的だった。

着地した瞬間、急激な加速で一気に詰め寄るまつり。

先の回避で見せた卓越した重心移動。並みの動体視力では、ダッシュの出掛かりすら認識出来ない超加速。

 

 

 

軽快にたたいていた軽口は鳴りを潜め、目の色をより深く沈ませる。

それは、まつりが本気で集中する際に現れる、無意識の所作。

 

 

 

 

全力で勝利を求める少女の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれは、相対するクロエとて同じ事。

今までの比ではない黒々とした闇を両手に纏わせ、沈黙。

不気味なほど穏やかな表情で、まつりを迎え撃つ。

 

 

 

イメージするのは、師の面影。

自身が知りうる中で最強の技を放つ後ろ姿。その追憶。

 

 

 

 

(何となくだけど……今なら、出来る気がするなぁ)

 

 

 

 

それはかつての幼い頃。何度も練習し、修練を重ねた技だった。

大切な人の期待に応えたい、認められたい。そんな子供ながらの承認欲求が、当時のクロエにとっての何よりの生き甲斐だった。故にクロエは膨大な時間を費やし、来る日も来る日も技の習得のみに没頭した。

既に教えられた技と同様、すぐに習得出来ると。当時のクロエは信じて疑わなかった。

 

 

 

しかし、その努力は実らず。

一年と少しの歳月を経ても習得に至る事はなく、クロエの修練の結果が振るう日は、終ぞ来なかった。

 

 

 

 

それ以降、クロエがその技の習得に励む事は無かった。

何せ人生初となる挫折の経験。簡単には消えず、苦い記憶となって今も尚、クロエの中で燻り続けているのだから。

 

 

 

 

そんな、かつて自分の意思で封印した技を、およそ十年超しに再現する。

その行動に明確な意図は無く、ましてや成功する可能性すら不明瞭であった。

 

 

 

 

それでも、クロエの心に躊躇は無かった。

たくさんの愛に触れ、新たな生き甲斐を見出した今の自分なら、きっと使える。故に放つ。

そんな不確かで、朧げで、か細い理さえあれば。クロエにとってはそれで充分だった。

 

 

 

 

 

まつりが地を駆け、クロエが待つ。

片や攻め、片や待つ。静と動、互いが選んだ最後の一手は、奇しくも対極であった。

 

 

 

そして、その瞬間は訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

―DDT!!

 

 

 

まつりが片腕だけを伸ばし(・・・・・・・・)、勢いよく首元に飛び掛かり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇縛封焉塵(じゃばくふうえんじん)

 

 

 

闇へと転じた凶手を、空間ごと削り取るようにクロエが振るう。

 

 

 

 

 

二人の手が交差する…その時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『終了設定時刻となりました。これより、演習を終了致します』

 

 

 

 

 

 

無機質な機械音声が、唐突な終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









ワイ「ほ、ほおずきちゃん!こっち見ないで!」


ほおずき「うるさいですね……」ガジガジガジ


ワイ「あ、あぁ~ッ!」発狂ブシャーッ


ほおずき「はい、今日の悪夢は終わり。お疲れさまでした」


ワイ「うぅ……あ、ありがとうございました……」YOU DIED



数週間前、念願の医療教会に就職したのだが、『獣ばかりの街で若い狩人を野放しにすると皆狩られるのでは』

という懸念の声があり、結果、ほおずきちゃんが定期的にワイを頭からガジガジしてくれるようになった。

しかしほおずきちゃんはなんだかワイのことがキライみたいで、いつもいつも不愛想に頭ガジガジして、頭イタイイタイなのだった。




去年の暮れは大体こんな感じでした。今年こそは脳に瞳欲しいけどな~俺もな~(頭ミコラーシュ)
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