ホロライブラバーズ ~難易度【オーディション】を脳筋でクリアしたい実況~    作:てらバイト

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猫は好き。
ふてぶてしい奔放さとゴロゴロと音を鳴らす仕草が、どうにも癖になるようで。


犬は嫌い。
目の前で喧しく吼えられたりでもしたら、煩わしさで気が狂いそうになるから。




うろんなる邂逅

 

 

 

第二校舎地下廊下、その片隅にて。

陽の届かない薄暗い空間の中、二人の少女が見つめ合っていた。

 

放課後の校舎、斜陽で紅く暮れ始めた空、そして二人きりという状況。

これが恋愛小説のワンシーンならば、さぞ盛り上がった事だろう。

ムードを高めるにはうってつけの環境も味方し、期待と緊張で胸高鳴らせるような甘い物語が繰り広げられる…そんな展開も、もしかすれば存在したのかもしれない。

 

だがしかし、現実と小説は似て非なるもの。

瞬きもせず見つめ合う二人の間では、穏やかな学園生活とは無縁の、息が詰まるような緊迫した空気が張りつめていた。

 

青春の1ページと呼ぶにはあまりに剣呑で重苦しい沈黙の帳が辺りを包み込む。

そんな静寂を先に破ったのは、問い詰められた側の一方…クロエであった。

 

 

 

「邪悪かどうかはさておいて…このチョーカーの入手経路、だっけ? どうしてそんな事を聞きたがるのかな。私がこれをどうやって手に入れたのかなんて、見ず知らずの貴女には関係ない事でしょう?」

 

 

「それでも尚知りたいのであれば、まずそちらが事情(・・)を説明するのが道理…違うかしら?」

 

 

 

クロエの言い分は尤もである。

初めて会った人間に肩を掴まれ「お前の身に付けている物はどこか怪しい。どうやって手に入れた?」などと捲し立てられて、素直に質問に答える人間はどれ程いるだろうか。

普通なら警戒し、躊躇うだろう。クロエも例に漏れず、先の質問を警戒しすぐには答えず説明を第一に求めた。

時折、常識や倫理にかけた振る舞いをするクロエでも、このように平時であれば良識のある受け答えができるのである。

興奮で頭に血が上っていなければ、という注釈はつくが。

 

 

 

「はぐらかしてんじゃねぇ、訊かれた事にだけ答えろ…と言いてぇとこだが、おめぇの主張もその通りだ。誰とも知らねぇ奴にいきなり詰められても答える気なんて失せるよなぁ」

 

 

「…いいよ、話しちゃる。こぉねがその首輪の気配と匂いに執着する事情と、その理由を」

 

 

――こっから先話すのは、校外秘(・・・)だ。

 

 

 

そう前置きした上で、ころねはぽつぽつと話し始める。

入学式当日の侵入騒動から始まった、事の顛末を。

 

 

 

バトロワが行われた裏で、学園内に侵入者がいた事を。

 

その侵入者の捕縛に迎え撃った友人4人が返り討ちにあい、激しく痛めつけられた事を。

 

仇を討つため、現場に残った痕跡(匂い)を頼りになんとか犯人の根城を突き止めたものの、力及ばずまんまと逃げ果せられた事を。

 

手掛かりが完全に途絶え意気消沈していた所、放課後の校舎内からあの日根城で対峙した“邪悪な気配”と、“犯人に似た匂い”が突如として現れた事を。

 

そして、匂いを辿って駆けつけた先に居たのが、クロエだったという事を。

 

繕わず、偽らず、ころねは正直に告げた。

全ては、犯人へと繋がる手掛かりを何としてでも掴み取りたいが為に。

 

 

 

「――ここまで打ち明けた上で改めて訊く。その首輪、何処で手に入れた? 拾った、或いは店で買ったのならその場所を言え。だがもし、誰かから貰ったってんなら…話は早ぇ」

 

 

「そいつの名と居場所を今すぐ吐け。さもなきゃ…おめぇも共犯(グル)と見做すッ…!」

 

 

ギシ、と拳を握りこむころね。

言うなれば、それは覚悟の表れ。今の発言がただの脅しでなく本気である事を示す確固たる意思表示であった。

 

そもそもの前提として、ころねは目の前の少女を初めから疑いの眼差しで見ていた。

犯人がうっかり落とした首輪(所持品)を道端或いは露店等で偶然手に入れる確率と、少女が犯人から所持品を譲渡される程の間柄である可能性。どちらが現実的なのかは明白であるからだ。

 

ころねの脳裏に、悪魔の保険医(・・・・・・)が零していた“内通者”という言葉が過った。

自分にしか追えない痕跡(匂い)だけが唯一の手掛かりだった時は半信半疑であったその仮説が、目の前の少女の存在によって現実味を帯びてくる。

先週の捜査で発覚した“校内全域に蔓延る犯人に似た匂い”の真相も、この少女が犯人と繋がりがあると仮定すれば説明がつく。

 

 

――コイツだ。コイツがミオちゃん達をあんな目に逢わせた元凶の…内通者だ…!

 

 

確証の薄い、ともすればただの思い込みと断じられる性急な推理。

けれど、敵討ちに燃える彼女が行動を起こすには十分な動機であった。

 

だんまりならぶん殴る。怪しい動きをしてもぶん殴る。

そう自分に言い聞かせるように、覚悟を決めたころねがこれから行うかもしれない暴力行為を脳内で反芻しはじめた、その最中――

 

 

 

「ふふっ…匂い、ねぇ…」

 

 

 

張りつめた静寂にそぐわない幼子のような笑い声が、ころねの耳を貫いた。

 

 

 

「…おい。なにを笑っていやがる。何が可笑しい…?」

 

 

 

余裕綽々な態度が気に障ったころねは、肩を掴む手に更なる力を籠める。

 

 

 

「ふふ…あぁ、不快に思ったのならごめんなさい。別に貴女の友達想いな動機や心情を馬鹿にした訳ではないの。ただ…随分と自分の嗅覚に自信があるんだなぁって」

 

 

「…そりゃあれか、こぉねの鼻だけであらぬ疑いかけられちゃ堪らねぇって言いてえのか?」

 

 

「いいえ? 獣人の優れた嗅覚を疑うだなんてとてもとても。けれど貴女が人である以上、私のチョーカーの匂いを何かの間違いで犯人の匂いだと誤認した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)…という可能性も捨てきれないでしょう?」

 

 

「はぁ…?」

 

 

 

何を言ってるんだコイツは。

少女の口から出たまさかの言い分に思わず面食らいながらも、ころねは努めて冷静に少女の発言の意図を考察する。

 

普通に考えるのであれば、追及を逃れようと咄嗟に口走った言い訳という線が濃厚だろう。

「嗅覚に疑いはない」と言っておきながら、一転して匂いの嗅ぎ間違いを示唆しているちぐはぐな指摘からも、少女の内なる焦りが窺える。

何か後ろ暗い事情でもない限り、このような返しはしない筈だ。

 

故に、そんな言い訳(戯言)など突っぱねてしまえばいい。

そこまで読んでいながら、しかしころねは追撃の二の句を告げなかった。

 

何故なら――

 

 

 

――…なんだ、コイツのこの笑みは。

 

 

 

それは宛ら、底の見えない奈落のような微笑。

今まさに詰められてる真っ只中とは思えない泰然自若な態度と笑みが、ころねの心に迷いを生じさせた。

 

何でこの状況で笑える。ここから切り抜けられる心算が、コイツにはあるってのか?

得も言えぬ不気味さに気圧され、ころねは思わず追及の手を緩めたじろいでしまう。

 

そんなころねの様子に何を思ったのか、クロエは更に笑みを深め、徐に口を開き「だからね」と続けた。

 

 

 

「今ここではっきりさせましょう。このチョーカーの匂いが、本当に貴女の探し求める犯人と同様の匂いなのか。その是非をね」

 

 

 

言い終わるや否やクロエはころねの正面に向き直り、その手を大きく広げる。

全てを受け入れるかのようなその立ち姿は、浮かべた笑みも相俟ってか、ころねの脳裏に破滅へ誘う小悪魔を連想させた。

 

 

 

「ほら、どうぞ存分に。さっきも言ったけれど、門限があるから手早くお願いね? まぁ“顔を近づけて直で嗅ぐだけ”だから、大して長引きはしないでしょうけど」

 

 

「……おめぇ、自分が何言ってんのかわかってんのか…?」

 

 

「えぇ勿論。貴女はご自慢の嗅覚の真偽を確かめる事ができ、真実に一歩近づける。私は謂れの無い疑いを雪ぎ、身の潔白を証明できる。お互いの利になる提案をしたつもりだけど?」

 

 

 

思いもよらぬ提案をぶつけられ、ころねは驚きのあまり瞠目してしまう。

それもその筈、少女がした提案とは“自らの首を絞めるに等しい行動”であるからだ。

 

チョーカーの匂いを今一度確認する。

それは確かに、彼女の言葉通り双方にとってプラスとなる提案なのかもしれない。

犯人の足跡を是が非でも追いたいころねと、取り調べをさっさと終わらせて帰りたい少女。

傍から見れば、二人の目的が奇跡的に合致した最良の選択肢のようにも思えてくる。

 

しかしそれは、“少女が本当に犯人と何の関わりも無い”という前提があっての話。

犬の獣人として絶対の自信がある嗅覚と、研ぎ澄まされた獣の直感から少女に嫌疑をかけているころねからしてみれば、この提案はさぞ異様に映った事だろう。

よもや匂いを検められては困る側の方から声が挙がるなど、誰が想像できようか。

 

狙いはなんだ。何を隠してる。得体が知れない。コイツの眼は何処を見てる。

思考が迷いを、逡巡が混迷を。様々な憶測と選択肢がころねの脳裏を埋め尽くさん限りに膨張し――

 

 

 

「――おう、わがった。そんじゃあ早速検分させてもらおうじゃねぇの」

 

 

 

されど大胆に。それでいて毅然に。

煩わしい思考の渦をまとめて隅に寄せて、ころねはハッキリと宣言したのだった。

 

 

 

――惑わされんな。どれだけコイツが余裕を見せつけてきたとしても、それはあくまでポーズ(・・・)。追いつめられてる以上、それが虚勢である事に変わりはねえ…!

 

 

 

ころねが少女の提案を素直に聞き入れたのは、何も思考放棄の末に自棄になった訳ではない。

目の前の少女の態度や笑みが全て(ブラフ)であると当たりを付けたが故の選択だった。

追及を意にも介していないと言いたげな笑顔も、一番触れられたくないであろう痕跡(匂い)の検分を、敢えて自分から発案したのも。ころねに“何かある”と思わせ、自ら手を引かせる為の布石だとするならば説明がつく。

 

例えるのなら、弱い手札でありながら意気揚々と上乗せ(レイズ)し、恰も強い手札を持っていると錯覚させ、相手に勝負を投げさせるテキサス・ホールデムのよう。

表情、言動で相手を惑わせる狡猾な一手。だが、タネさえ割れてしまえば…少女の態度が虚勢であるのなら、恐るるに足らず。

勝機を垣間見たころねは誘いに乗り、果敢に攻勢へ打って出た。

自身が決めた選択肢こそが正答であると信じて。

 

 

 

――あとは、首輪の匂いが犯人のそれと同じだと突きつけてやればいい。万が一コイツが犯人となんも関わりが無かったとしても、それはそれでいい。この首輪を解析すりゃあ、何かしらの手掛かりが出てくんだろ。

 

 

 

念願の手掛かりを前に捜査の進展を確信し、ころねは無意識に浮足立つ。

しかし、油断だけはしない。何故なら、もう一つの懸念…少女が最後の抵抗をする可能性が残っているからだ。

 

余裕の態度がブラフであると見破られた少女が取る行動は何かを予測した時、ころねは真っ先に“暴力”の二文字が頭を過った。

何故かはわからない。

浮世離れした雰囲気を纏う少女の佇まいから、必要以上に警戒を強めてしまっただけという可能性も考えられるだろう。

 

気のせいであればそれでいい。

けれど何度脳内で言い聞かせても、ころねは少女の一挙一投足から目が離せないでいた。

 

顔を首元に寄せた瞬間、首を圧し折られるかもしれない。

一歩前へ踏み出した直後、強烈な膝蹴りが鳩尾を貫くかもしれない。

そんな暴虐的な“もしも”が次々と浮かび、ころねに二の足を踏ませていた。

 

そう、理屈ではない。

獣人としての直感が。獣としての本能が。『コイツに気を許すな』と訴えかけているのだ。

 

 

 

――虎穴に入らずんば、てやつかぁ? …ハッ、やってやろうじゃねえかよ。

 

 

 

されど、一瞬竦んだ己の足を叱咤するように笑い、ころねは真っすぐな目で視線を交わす。

友の仇を討つと固く誓った彼女の頭にここで退くという選択肢は、初めから無かった。

 

 

 

――コイツが暴力で以て抵抗する? だからなんだ、そんなもん最初から想定済みだ。逃げ帰る理由にはなんねぇ。

 

 

――自分より強いかもしれない? 願ってもねぇ、跳ね返りの強いサンドバッグ(・・・・・・)がちょうど欲しかったところだ。

 

 

 

抵抗上等。暴力歓迎。

覚悟の決まった彼女を前に暴力(それ)は障害に無り得ず、あまりにも役者不足であった。

 

一歩踏み込み、両者の距離がぐっと縮まる。

近づく間際、ふと少女の表情を一瞥する。

この状況に於いても、対する少女は相も変わらずにこやかや笑みを貼り付けていた。

最後の最後まで余裕という仮面を剝がさない演技力は流石といったところか。

 

しかしその演技も、匂いの一致を突きつける事で無駄に終わる。

不意打ちに気を張りながらゆっくりと顔を寄せるころねは、心の中で一人ほくそ笑む。

完璧な仮面が崩れた時、少女がどんな表情を浮かべるのかを想像しながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ?」

 

 

ピタリ、と。

全身を襲った強烈な違和感に動きを止めた。

 

すぐさまその違和感の正体を探るべく、ころねは瞬時に少女とのやりとりを思い返すも心当たりには辿り着かない。

気のせいという線も一瞬浮かんだが、すぐに“ありえない”と断じた。

今までの経験上、自身の直感がこれほど大きな信号を発した時は、身の回りでろくでもない事が頻発すると知っていたからだ。

 

少女への警戒も忘れ、ころねは一瞬の間に思考の底へ沈んでゆく。

自分は何を見落としているんだと焦燥に駆られながらも必死で記憶を探る。

けれど、何度思い返してもわからない。

心にささくれ立った違和感が、ころねから冷静さを奪っていくようだった。

 

少女の甘ったるい蜜のような芳香だけが香る中、それが返って煩わしく感じるようで。

 

 

 

――……待て。甘い香り、だけ(・・)…?

 

 

 

そんな折、ころねが引っ掛かりを覚えたのはとある一つのキーワードだった。

雑多な思考の海に漂っていた他愛のない文言。それ以上でも以下でもないただの事象。

 

しかし、芽生えた違和感とは何ら関りを持たない言葉に思えるそれが――期せずして、暗中打開の鍵となった。

 

 

 

――ちがう。違うだろ。この距離まで、拳が届く間合いまで踏み込んでるんだぞ。現にコイツの甘い匂いはこうして強まったのに。なのに、なんで……

 

 

 

 

 

 

 

なんで首輪の匂いが一切しない?

 

 

 

その異様な事実に気が付いた瞬間、ころねの身体は無意識に、且つ疾風の如き速さで動く。

そう見紛う程の身のこなしができたのは、彼女が生粋の獣人故か。

或いは…極度の焦燥が、一時とは言えそれを可能とさせたのだろうか。

 

どっと湧いた冷汗と色濃い狼狽を隠す事なく、ころねは少女の首筋に勢いよく顔を寄せる。

首輪の匂いをもう一度確かめる為に。それが犯人と同じ匂いであると突きつける為に。

そして――頭に浮かんでしまった最悪な未来を、自ら否定する為に。

 

 

 

「ウソ…だろ…」

 

 

 

されど、現実は非情であった。

ころねの決死な想いを嘲笑うかのように、首輪からは邪悪な気配や悪意の詰まった匂いの一切が消え失せ…少女の甘い匂いだけが虚しく香っていた。

 

何故。何故。何故。

ころねの脳内が幾多の疑問符と混乱で埋め尽くされる。

無理もない。つい数分前まで確かに存在していた匂いの痕跡が、まるで水に溶ける綿菓子のように跡形も無くなってしまえば、誰であっても似た反応をとってしまうだろう。

 

まさか、コイツの言う通り本当に只の嗅ぎ間違えだってのか…?

自身の嗅覚の正確さに絶対的な信頼と自負を持つころねが揺らいでしまう程、それは不可解な現象だった。

 

 

 

――なんなんだこの感覚、気持ち悪ぃ…。嗅覚とか、五感…いや、まるで認識そのものを塗り替えられた(・・・・・・・・・・・・・・)みてぇな…。

 

 

 

胸に巣食う気持ち悪さの正体を、ころねが持ち前の直感で以て掴みかけた…その寸前。

頭の上、吐息が掛かる近さから鈴を転がすような声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらね。貴女の気のせいだったでしょう(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 

弾かれるように顔を上げる。

蠱惑的な輝きを秘めた紫眼が、愉しそうにころねを見下ろしていた。

 

 

 










煮詰まった時の気分転換でフロムゲーに手を出すのは、やめようね!

さもなくば執筆そっちのけで楽しみ過ぎてしまい、投稿感覚が大幅に空く事だろう。私の人間性も限界と見える(自虐)

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