ホロライブラバーズ ~難易度【オーディション】を脳筋でクリアしたい実況~ 作:てらバイト
自分が普通ではないと気づいた時
あなたは何に縋るの?
自分の一番古い記憶は何か?と聞かれたら。
私は迷わず「おばあさまと会った時」と答えるだろう。
まだ幼くて小さくて、5歳にも満たない年の頃。私は家の裏にある大きな庭の片隅でよく一人遊びをしていた。本当は誰かと一緒に遊んだりお父様やお母様と過ごしたかったけど、お父様はそれを許してはくれなかった。
「いいかクロエ。お前は普通の子供と違って力が強い。そんなお前が他の子達と一緒になって遊んだら、もしかしたら怪我をさせてしまうかもしれない。だからクロエが自分の力をしっかりと制御出来るようになるまでは、1人だけで遊びなさい。いいね?」
「え…なら、お父さんと? ……あ、あぁ、父さんもそうしたいのは山々なんだが、今ちょっと仕事が立て込んでいてな…?」
「あ……ああ、勿論! 仕事がひと段落したら、必ずクロエと遊ぶよ。約束だ」
今にして思えば、あれはその場凌ぎの嘘だったのだろう。だってあの時のお父様は、怖い目に逢った子犬のような、ひどく怯えた目をしていたから。嘘でも遊ぶと言わないと私に何をされるか分からなくて、怖かったんだよね? だから、咄嗟に嘘を吐いた。「約束」だなんて言葉まで使って。
当時の私も、目を逸らしながら言ったお父様の「約束」は、真に受けてはいなかった。それでもお父様の言いつけを守り続けたのは、心のどこかでその「約束」を信じたかったからだ。自分の力を完璧に抑えこめる事が出来れば、お父様は必ず「約束」を守ってくれるって。たくさん褒めてくれるって。そんな不確かなモノをただ盲目的に信じて、ずーっと力を抑える練習を続けた。
そんな変わり映えのしない毎日を過ごしていた私に転機が訪れたのは、本当に突然だった。
いつものように庭で力を抑える練習をしていた時の事。ふと気がつくと日は暮れて、辺りに薄闇が差していた。そろそろ帰らないと、と家に向かおうとした時―――
「久しぶりに外に出てみれば、面白い子がいるじゃない。偶の散歩も良いものね」
おばあさまと、出会った。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ…はぁ……お、おのれぇ…!」
満身創痍。
数分前、全てを破壊せんと怒り狂っていた様相は形を潜め、魔族の男はその身に積もった痛みと疲労を無視出来なくなっていた。
手にしていた四振りの片手斧は残り一つとなり、その残された一振りも横合いから強い力をぶつけられたかのように刀身が曲がっている。最早武器としてまともに機能しない事は誰の目からも明らかであり、所有者である男も己が武器の状態を正確に把握していた。あと一度でも攻撃を受ければ完全に破壊される、と。
肉体においても同様で、目の前の少女が繰り出す打撃に晒され続けた事により身体の節々から痛みによる悲鳴が上がっていた。特に蹴りを防ごうと盾として突き出した右腕2本の損傷は激しく、2本とも可動域を超えた方向に向かってひしゃげており、少なくとも今回の戦闘でこれ以上振るう事は不可能だろう。
男は骨折による激痛を無理矢理噛み締め堪え、その痛みの原因である少女を憎々しくげに睨みながら口を開いた。
「貴様は…一体何だ! 何が混じっている!?
男は信じられなかった。己が長い年月を掛けて鍛えてあげた肉体が、技術が、戦闘経験が。その全てが、未だ百年も生きていない小娘に劣るという事実が。ただの人間に近接戦闘で押し負けたという結果を、どうしても受け入れられなかった。
故に問うた。何の血が混ざっているのか、と。それは魔族の男が持つ「魔族以外の種族は皆等しく劣等である」という差別意識と、数ある種族の中で肉体的に最も脆弱であるとされる人間に己が負ける筈がないという自尊心からくる苦し紛れの問いかけであった。男は言外にこう言っているのだ。
最も劣っている人間種如きに己は後れを取らない。混血でなければこのような結果はあり得ない、と。
そのどこまでも傲慢で迂闊な問いが、男の命運を分けた。
「……そう、貴方も同じこと言うんだ…私を怖がって、拒絶して、遠ざけて。化け物だの人外だの好き勝手言って消えていった、あの人達みたいに…」
空気が一変する。
先程まで余裕のある顔で男を見ていた少女の顔から、表情が抜け落ちる。男はまるで無感情な人形と顔を突き合わせているような錯覚に陥ると同時に、自身の失態を悟った。今の発言はこの人間にとっての最大級の地雷であり、触れてはならない禁句なのだと。
「私はね?人間。人間なの。
獣人みたいな獣耳や尻尾なんて生えてないし
悪魔や吸血鬼のような羽も尖った牙も無い…
機人のからくり機構も備わっていなければ…!
ましてやっ! 天使の羽根も輪っかも付いてないッ!!」
言葉を重ねるごとに少女の顔には怒りが表れ、語気には隠し切れない激情が漏れ出す。男は目の前の少女が浮かべる憤怒の形相から、その心の内を正確に読み取った。否、読み取ってしまった。
自分を人間と認めず化け物呼ばわりしたこの異形を、決して許しはしない
それは、紛れもない死刑宣告であった。
「残念だよ。貴方は結構楽しませてくれたから見逃してあげようと思ったのに…もういいよ。終らせてあげる」
跳躍。
少女が弾丸の如く飛び出すのと同時に、男は最後の力を振り絞り少女を迎え撃つ構えを取る。狙いは、最後の斧に残す力全てを乗せて一撃を叩き込むカウンタ―。それは、瀕死に近い男に唯一残された勝ちの目であり、最後の好機であった。
(タイミングを計れ…ギリギリまで引きつけろ…!)
少女が猛スピードで駆ける。瞬く間に彼我の距離が詰まり、男の眼前に一瞬で迫る。
そして少女が跳躍し、空中で踵落としの構えをとった…その瞬間―――
「―――喰らうがいい! 【デッドエンド】ッ!!」
それは、男が持つ技の中でも最大の一撃。全身の筋肉をフルに用いた袈裟斬り。
一見ただの大振りなだけの攻撃だが、膂力に優れた魔族の男が振るうそれは正に必殺。本来であればそんな分かりやすい攻撃は回避されてしまうだろうが、相手が空中で身動きが取れない今ならば話は別。為す術なくその凶刃を身に受けることだろう。
男はこの瞬間、勝利を確信した。何故なら、先程まで受けた少女の蹴りの威力と、己が放った最大威力の一撃。比較するまでもなく己の一撃が打ち勝つという確信があったからだ。
そして…少女の脚と男の斧が、交差するように衝突する。
鮮血を撒き散らし無残に千切れ飛ぶ少女の姿を幻視した男は、そのイメージを現実のものとすべく、全力を振り絞り
バギャンッ…
己の斧が粉々に砕け散るという、信じがたい現実を直視した
男は斧を振りぬいた姿勢のまま、ほんの数瞬動きを止める。たった今目の前で起きた現象への理解が追い付かなかったために。
何故。理解不能。意味不明。理外。
硬直した一瞬の内に生まれた脳内の疑問。それらを脳内の隅に追いやり、慌てて顔を上げた男は、確かに見た。
|少女の足先に、漆黒のオーラが纏っているのを《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
──飛錬突
「が、ああぁぁぁ!?」
頭上から聞こえた声に反応する間も無く、男は地面に叩きつけられた。激痛に耐えながらすぐさま身を起そうとするが、足に力が入らない。それもその筈、男の頭部に与えられた強烈な踵落としは一時的な脳震盪を引き起こし、男の視界はまるで地面が波打つような前後不覚の状態となっていた。男には最早、俎上の魚のように地面を藻搔くことしか出来ない。
そんな男をまるでゴミを見るかのような目で見下ろした少女は、容赦無く脚を振り下ろし頭を踏みつける。そのまま前屈みの体制で男の顔を覗き込みながら口を開いた。
「それじゃあ終わらせるけど、何か言い残すことはある? 聞いてあげる」
ドロドロに溶けた視界の中、男は頭を踏みにじられながら少女に目を向けた。揺れる視界のせいで少女の姿が二重、三重にブレようとも顔の位置くらいは分かる。ヒタ、ヒタと迫る死の足音をはっきりと自覚した男は、少女の目を見ながら、最期の言葉を告げた。
「死ね……化け物……」
――――……………………
ふ
ふふ うふふ
ふはっ
ふうっ ふひ
ははは ははっは
あははははは!
お前が死ね
大蛇武錬殲
グチャ
何かが潰れる音がした。
魔族が張った人払いの結界が崩れたのを確認した後、すぐに携帯電話を取り出して狩人協会本部に連絡をする。戦闘の痕跡や死体の処理を専門とする部署に状況と座標を伝えた後に、私は一人ベンチに座って汚れたブーツを自販機で買った水でキレイにしていた。
汚れが中々落ちなくてイライラする。おばあさまに頼めばすぐにキレイになるだろうけど、何でも頼りっぱなしはよろしくない。たまには自分でやらないと……。
ある程度汚れが取れた頃、ふと今日一日を振り返ってみる。
前半はまつりとゲームセンターデートを楽しんで、そしてまつりと友達に……ふふ、本当に楽しかった。うれしくて幸せで、ふわふわした気分が身体の内側から溢れてくような感覚だ。
そして、確信する。私は今間違いなく、人としての幸福を感じていると。この胸に灯った暖かな気持ちに嘘はないと、人間として真っ当であると断言ができる。
…そう、私は人間だ。
あの魔族が言っていた化け物なんかじゃない。誰が何と言おうと、私は人間だ。
他の人より多少、ほんの少し……僅かに力が強いだけの、人間…そうだよね、おばあさま?
私は化け物なんかじゃ、ないよね。
不安になって、ついおばあさまに尋ねた。すると、仕方のない子だ、と言わんばかりの声色で励ましてくれる。
やっぱりおばあさまの声はいつ聞いても安心する。いつも私に元気を与えてくれる不思議な声だ。
小さい頃からずっと傍にいて、ずっと私の味方でいてくれたおばあさまには本当に感謝しかない。いつまでも、ずっと一緒にいたいと、心の底からそう思った。
…そろそろ帰らないと。そうしてベンチを立ち上がった瞬間、携帯電話が震えた。通知を見てみると、まつりからのメッセージが届いていた。
まつり:なんかクロエとお話ししたくなっちゃったヾ(*´∀`*)ノ あとでかけてもいい?
送られてきたのは、なんて事も無いごく普通のメッセージ。
けれど私にはそのありふれた文章が、まるで光り輝く宝石のように感じられた。そう、ノエルから「仲良くなりたい」と言われたあの時と同じように。
…なんだ、簡単なことだったんだ。
私は、私が思っていた以上に…『友達』という存在に飢えていたんだね。
戦う以外楽しみがないと思っていた自分に突如湧いた新たな生き甲斐に、思わず笑みが零れる。
ああ、出来ればもっと早く知りたかった。
真っ直ぐ向けた好意を正面から受け止めてもらえるのが、こんなにも幸せなことだったなんて。
今よりも早くに知っていたら、子供の時に気付けていたら…あの人達と、もっと一緒にいられたのかな…?
…頭を振り雑念を取り払う。…そうだね。過去の“もしも”に気を取られる前に、今はやるべき事があるものね。
私は、自分の心臓がかつて無い程に高鳴っているのを自覚しつつ、返信を打ちながら帰路へ着く。
いつまでもここで考え込んでいては、まつりとおしゃべりする時間が無くなってしまうから。
ふと、何となく夜空を見上げる。そこには昨日と同じような満月がこちらを見下ろしていた。
見慣れた筈の満月は、いつもよりキレイに思えた。
クロエ:うん 喜んで。