プロローグ
物心がついた時から、苦しみの連続だった。
どことも分からない廃校の校庭で、来る日も来る日も倒れるまで走る。
倒れたと思っても、すぐさま走る身体の痛みが私の意識を覚醒させ、再び私をグラウンドへと誘う。
一度だけ、泣きながら「もうやめてよぉ……」と走ることを止めて、抵抗したことがある。
その日だけ、私は走らなくて済んだのだが、代わりに二度と走れなくなるかもしれない状況に追い込まれた。
「楽になるか、走るか」
極限までボロボロになった私に声をかけた母が、冷たい目で私を見下ろしていたのが印象的だった。
「走る」
掠れるような小さい声だったと思うが、はっきりとした意思でそう告げたのは覚えている。
多分、楽になる、と答えたら楽になれたかもしれない。でも、直感がどうしてもその選択肢を選んでくれなかった。
そして、その選択肢は間違っていなかったと、今でも思う。
後年、母が競争バの関係者だったということを知った。
何て事はない。母が残していたメモ帳に『トレセン学園、レース、チェック相手』と殴り書きされたページを見つけただけ。複数ページに跨って、恐らく競争相手であろうウマ娘達の特徴が綴られていた。
凄く汚い字。普通に流し読もうとしてもまず読めないであろう文字。多分母しか見ることがない、単に記憶を呼び起こすためだけに書き留めておいたであろう文字だが、なるほど。今の自分の頭にはすらすら入ってくる。
ホント、血の繋がりを感じることに、反吐が出る。
どこか施設に入れられることになった母の身辺整理が終わり、気を利かせてくれたくれた‟関係者”の方が渡してくれたメモ帳を、私はぐちゃぐちゃに破り捨てようとして、けれど思い留まった。
これは私が、『母』と『レース』と『走ること』、を憎しみ続けるための、私なりのメモ帳だ。
決して読み返す必要のない。だけど、あるだけで憎しみを思い出させてくれる。それだけのもの。
鍵付きの小箱にメモ帳を仕舞うと、荷造りを再開した。
明日私は、中央のトレセン学園へ引っ越すことになる。様々な理由で親元を離れることになった子どもたちが暮らしている施設から、私は退去することになったのだ。
別に素行が悪いから無理やり追い出されるような形だとか、そういうわけではない。単純に、私がトレセン学園の入学試験をパスできたから、学園の寮に居を移すことになった。それだけである。
世間一般では合格率が極低だの、難関だの言われているが、私は受かった。
要因?簡単だ。足が速ければ合格。説明終了。結局これに尽きる。
筆記だの、面接だの、そんなのおまけでしかない。大切なのは実技、つまりは足が速いか否か。
まあそんなんだから……嫌なんだけど……まあ、今はいいや。おかげで楽に入学できたし。
そう、ようやく私は自分の夢に一歩近付いた。
「ホント、楽しみだなぁ」
ああ、明日が待ち遠しい。
私の名前はキュウセイナイト。夢はトゥインクル・シリーズに絶望を与えること。
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