ダービーまで残り1か月を切った。
今までよりギアを一つ上げてひたすらに自身を苛め抜く。
普段の練習からも殺気立つようになり、パイセンもサイドテールもサブTすらも私の豹変ぶりに驚いている様子であった。
感情を露わにして練習をするようなタイプではなかったが、やはりダービーが楽しみなのだろう。
当日のことを思うと胸が躍り、練習にも熱が入る。
他人の夢を食らうのはどんな味がするのだろう。
況してや当代。いや、新世代を代表する2人の夢、希望、期待と言ったらさぞ格別だろう。
それを思うと更に熱が入る。
「随分殺気立ってるじゃないの」
殺気で満ち溢れている私にサイドテールが話しかけてくる。
少しだけ私から熱が奪われた。
「うん。あんたを含めてぶっち切る予定だから」
本音だ。隠すつもりもない。
どうせいつもの軽口だと思っているだろうから。
「おー怖っ。
そういやあんた、どうしてダービーを目指してんのよ。
私みたいにぶっ倒したい相手がいるわけではないんでしょうに」
「普通ダービーって言ったら、大概のウマ娘が獲りたがるタイトルだと思うけど」
「そりゃそうだけど、もっと根本的なやつよ。
名誉だの、偉そうにふんぞり返りたいだの……「俗的な理由?」そうそれ!何かあるんじゃないの?」
「……あるよ」
「お、あるのね。
ほらほらほら、お姉さんに打ち明けてごらんなさいな。
さぁ、さぁ、さあ!」
「練習上がりまーす」
「ああん、もうごめんってばー」
ふと、母がメモ帳に書き残していた文字を思い出す。
『トレセン学園、レース、チェック相手→
きっかけなんて、些細なことである。
練習の後は食事である。1日の中でトップクラスに楽しみなイベントだ。
普段から私は良く食べる方である。それが練習の後、しかも追い込み練習の後と言ったら尚更だ。とにかく食う。
疲れてもいるし、最近は殺気立ってもいる。
要するに食う前の私は頗る機嫌が悪い。
前にサイドテールがそんな状況下の私から調子こいておかずを強奪したことがある。
その時は静かにブチ切れて、食後にサイドテールをグラウンドまで引きずって、永遠と併走をかまし続けた。吐いても、泣きが入っても私はうんと言わずに。
結局パイセンやT達が総動員で私を無理矢理止めに入り事は終えたのだが、以降食堂で私に話し掛けるものは皆無となった。
何故そんなことを回想してるかと言うと、バ鹿野郎が私の前に現れたからである。
なんてことは無い。
私が食事をしてる席の後ろを凄まじい速さで駆け抜けただけ。
その際そいつがぶつかって、私が口からものを吐き出しちゃっただけのことだ。
……さて、ヤルか。
「ん、どしたお前。そんな怖い顔して睨んで」
「あんたがぶつかった結果、私が口から飯を吐き出しただけだよ。落とし前は?」
「マジか!?
わっり、飯の邪魔しちまって。お詫びに最高のスイーツを準備してやるから
ちょっと待ってろよなー」
「あ、ちょい、待てこら!」
一方的に捲し立てそのまま彼方へと消えてしまった。
少し唖然としていたが、逃げられてしまったと思った私はさらに殺気立ったまま食事を続けた。
あの白いの、次見かけた時はただじゃおかねぇ。
そんな思いを胸に、一心不乱にご飯を掻きこむ。
とにかく食べないと体の回復が追い付かない。
食堂で一番食べるのは多分私だろう。ってぐらい食べる。
よく噛んで、飲んで、そしてお替わり。
途中臨時Tの叫び声が聞こえたような気がするが、どうでもいいことだ。
腹八分くらいだろうか。程よい満腹感を得られたときにそいつは戻ってきた。
「さっきは悪かったな。
ほらよ、さっきそこで拾ったソフトクリーム」
間がいいというか何というか。
それに自分で言うのもなんだがソフトクリームでコロッと行く私の感性もガバガバ過ぎる。
ご飯を食べてデザートまで召し上がってしまったから、どん底だった機嫌が戻ってしまった。
「邪魔した私が言うのもなんだけど、単純なやつだな」
「言わないで。自分が一番分かってる。あーうまうま」
「いやまあ、満足したなら良いんだけどさ。
それよかお前よく食べるのな。どこのチームで練習してんだ?」
「ん、エルナト」
「ああ、あのベソ掻きライブの。
面白そーではあるんだけどなー、ゴルシちゃんレベルになるともっとハジけたチームの方があってるって言うか」
ゴルシ……確か皐月賞で3着だった奴だ。
しかし話を聞いてるとどうもトレーナーが付いていないっぽい。
「どうやって皐月賞に出走したのよ」
「そりゃあ、さっきぶっち切ったTの文字を真似てごにょごにょっと出走申請をだな」
名義貸しか。
確かに黙認されているところもあるが、G1レースでやってるやつは中々珍しい。
しっかりした指導を然るべきトレーナーから受けて始めて実力が身に付くのだ。
OPレースならいざ知らず、半端な実力で出場できるほどG1は甘くは無い。
甘くは無いのだが、こいつはその離れ業をやってのけた。
「そんな環境でよく3着に着けられたわね」
「お、よく見てんじゃん。
ゴルシちゃん、実はワープ走法ってのが使えてな」
最終コーナーで集団を全て捲ったのだ。
途中までサイドテールが3着だったのだが、結局5着に落ち着いたの最終コーナーをきっかけにすべてをひっくり返されたから。
あの日の芝は確かに良バ場だったが、先頭2頭が内を荒らしてくれたおかげか、
集団は内を避けるように外を回っていた。だがその内を敢えて突いたのがこのウマ娘。
荒れた馬場も何のその、力強いストロークで後方から最終コーナーを一気に駆け抜き、最後の登りでサイドテールともう1人を捕まえたのだ。
映像を見返さなきゃ分からなかったがこいつも相当やる。
「サイドテールの反省会映像にあんたが映っててね。悔しがってたよ、あいつ」
「ほーん。そんでそんで、他には?」
「臨時Tがツバ飛ばしながら無茶苦茶評価してた」
「なんだろう、ゴルシちゃんレーダーがあまりよろしくないものを感知している気がする」
まあこいつもこいつなりに考えがあってトレーナーを付けていないのだろう。
その後、臨時Tが食堂に駆け込んでくると面倒くさそうな顔でゴルシはどっかに逃げ出してしまった。
名義を貸してたTってこいつかよ。
世間は狭すぎる。
瞬く間に月日が流れていく。
ジュニア戦線ではあの特待生の白いちびっ子始め、個性的な連中が華々しくデビューを飾っているニュースをよく聞く。
なんでも群雄割拠の時代だとか。
頼もしい後輩達ではあるが、それ以上にダービーのニュースが白熱化してきた。
世間ではダービーが間もなく開催する、と言った時分。
私とサイドテールは理事長より呼び出しが掛かり、理事長室に向かっていた。
「なんだろう。接点なんて無いはずなんだけど」
「私とあんたが声掛かってるんだからダービー関連でしょうよ。
ほら、まえまえ」
「うん?」とサイドテールが前を向き直すと、つよつよウマ娘が理事長室に入っていった姿が目に映ったようだった。
十中八九、ダービー出走者全員にお声が掛かっているのであろう。
案の定、私らが部屋に入ったらすでに見覚えのあるウマ娘達がロの字型に並べられた席に座して待ち構えていた。
ダービートライアルを勝ち上がった娘や、よくレース掲示板に名前を連ねるような娘。
皐月賞以上に豪華な面子であることは間違いがない。
中には食堂で絡みのあったゴルシも退屈そうに待っていた。
「お、ベソ娘に食い意地娘じゃん。お前らもダービー出走かよ」
「うっさいわね!あんた、泣かすわよ!!」
この面子のピリピリした空気の中で軽口を叩くとは、中々胆の据わった娘である。
見渡すと『ギロッ』と言った擬音が聞こえそうなくらい強い視線を向けてくるものが多数。
中には二人以外に私を嘲笑の目で見てくる輩もちらほら。
この面子の誰もがルドルフやつよつよウマ娘に苦渋を舐めさせられているが、私は徹底的に2人を避け続けたのでそれを逃げと捉えたのだろう。だからこその舐めた視線である。
サイドテールも私に向けられている視線に気付いたのか、憤慨……ではなく「っんふ、あんた舐めめられてんじゃん」と煽ってくる始末。
このチームワーク(笑)である。
「あんたが舐められるのはしょうがないけど、私を舐めるのは許さない」
「いや、まあ、実績的にはそうなんだけどさ。どうなのよ、チームメイトとしてブチ切れるとか」
「だって事実じゃない」
「ぐぅの音も出ない件」
尤も、この程度で怯む精神構造はしていない。
呆れた様子で見てくる2強連中だが構うこと無い。
「君たちは漫才をしにここに来たのか?」
「いや、ナイトも私も理事長に呼ばれたから来たんだけど」
「どうしてそんな当たり前のことを?」
「……ああ、すまないね。
安心したよ。突然寸劇が始まったものだから」
この返しである。
流石に馬鹿にされたのが分かったのか、いい感じにオラ付いてきてくれた。
あはは、いいね。普段のすまし顔を歪ませてやるのは楽しいね。
周りの雑音も心地よい。
『雑魚』やら『腰抜け』やら『レースからの逃げ野郎(笑)』やら。
初めこそ小声でひそひそ話していた連中も、もはや地を隠さなくなってきた。
いいねいいね、盛り上がってきたね。
と、思ったけどやはりストップが入ってしまった。
理事長の入室である。
「例年、ダービー出走者はここに集まってもらい、本番の日に向けて各自エールを贈り合うのですが、今年は些か品に欠けますね」
入室直後の第一声である。
あの日の挨拶の時同様、とても疲れた顔をした理事長の婆さんが入って来た。
サイドテールを始めとし、他の娘達も雰囲気に呑まれてか、流石に閉口した。
理事長の婆さんはゆっくりと歩き自席に座る。
その姿はあの入学式の日と何ら変わらない。年齢を感じさせない、凛々しい姿のまま。
そこから語り出すのダービーが特別たる理由だの、先人たちが何を思って走ったかだの、いわゆる私にとっては取り留めのない話。
ある者は熱心に耳を傾け、ある者はどうでも良さそうな表情であくびをし、ある者は理解してる振りをする。
結局語りは5分程度で終わったが私には何一つ響く話は無かった。
「さて、話は以上です。
どうでしたか、老人のつまらない話は」
「そんなことは無いです。お話、感服いたしました。
それとその節は色々お世話になりました」
「結構。
あなたクラスのウマ娘がくだらない縛りでクラシックレースに出走できないことは明らかにつまらないので。働きかけたのは当然のことです」
寧ろこの話の方が気になる。
つよつよウマ娘は海外出自のため、日本のクラシックレースを始めとするいくつかのレースには出走権利が無いとかどうとか。
私らがジュニア期の時は割と記事として扱われていた時期もあったが、2強激突の情報が出回った頃にはいつの間にかその手の記事が無くなっていたのだ。
今の話を聞くに、理事長が何か動いたのであろう。
「この場をお借りしてお礼を申し上げます。
おかげで素晴らしいライバル達と競い合えることができます」
「光栄だね。でも勝利は譲らない」
にらみ合うルドルフとマルゼン。
このまま二人だけで睨み合えば絵にもなっただろう。
……だけど、私らの世代には、こいつがいる。
着火剤とも言えるウマ娘が。
「あんたら互いに意識してるようだけど、次は簡単に勝たせるつもりは無いわよ」
「そいつの言うとおりだぜ。
今度は距離もなげーし、ゴルシちゃんがケツから捲ってやるぜ」
「あんたもよ!」
「……すまないが君は誰だい。
そもそもこの場に割って入るなら、レースで実力を示してからにしてほしい」
「はん、次のレースでほえ面掻かせてやるわよ」
「オイ、ゴルシちゃんも混ぜろよ」
案の定である。
サイドテールを筆頭に、またもバチバチにけん制し合う状況に陥ってしまう。
先ほどと違うのは、今度は理事長の目の前でもろに、ということ。
きっと恐ろしい表情をしているだろう。
ちらっと横目で見てみると……なんでか、少し笑ってる。
「先ほど釘を刺したつもりですけど。ふむ。
すましてるよりはいがみ合っている方があなた達の世代はしっくりしますね。
ええ、ええ、よろしい。
互いに意識しあうのは大いに結構です。改めてあなた達の激闘を期待しています」
「面白くない結果になると思いますが」
「言うじゃない、ルドルフ」
「上等よ。まとめてほえ面かかせてやるわ」
「ゴルシちゃんも、その喧嘩買ったぜ」
ほかの娘達も続々着火。
その様子を見た理事長はとても嬉しそうで、逆に私は冷めた目で見ていた。
……悪いけどそんなに面白いことにはならないと思うよ。
--ダービーが来る