--とある記者の視点
誰かこのレースの結末を想像できた者はいたのだろうか。
少なくとも私は予想できなかったし、誰しもが別の結末を想定していたと思う。
シンボリルドルフとマルゼンスキーの2強時代
日本ダービーで決着が着くのか?
お堅い大大手も、ゴシップネタしか追わない三流出版社でさえも、この2人の決着を疑わなかった。
確かにゴールドシップという不確定要素も現れたりもしたが、大方の予想は2強の決着がどう着くのかというのが世間でも、業界でも話のネタであった。
そう、過去形だ。
全ては今日水泡に帰した。
今、私がレンズ越しに覗いているのは、ダービーの栄光を勝ち取った、全く異なるウマ娘の雄姿である。
いや、当の本人にとってそれは栄光と言えるのだろうか。
少なくとも、天に向かって中指を立てるようなウマ娘にとって、ダービーの栄光とはそれほど大したものではないのかもしれない。
浴びてるのは歓声ではなく怒号。
それを聞いて尚、そのウマ娘が笑顔を絶やす様子は一切ない。
観客の姿を面白がってすらいる。
「こんな写真、どう使えって言うのよ……」
トゥインクルの名に恥じぬ、輝きを放つウマ娘達が大好きだ。
世間にもっと、ウマ娘達の輝きを知ってもらいたい。
勝っても。例え負けても、その娘達が放つ輝きを忘れないでいてほしい。
綺麗事だというのは分かっているが、少なくともウマ娘の善性を信じて、私はこの仕事を続けている。
そういった点で言えば、レンズ越しの彼女は眩しい位に輝いているのだろう。
しかし何故だろう。直感的な部分でこのウマ娘のことが好きになれないでいる。
いや、単純に言ってしまえば個人的には好きではないのだ。
先人たちが築き上げたダービーの栄光を、なぜこんな形で汚す必要があるのか。
同時に、職業人としての血も騒ぐ。
ああいう形でなぜ、大衆を煽るのか、と。
いずれにしてもインタビューをしないことには始まらない。
私は重い足取りでウィナーズ・サークルに足を運んだ。
--とある老婆の視点
私の目も曇りましたね。
あそこまでの悪意を持ってレースに臨む娘がいたことを把握していなかったとは。
平和な時代に染まり過ぎました。
いや、平和な時代だからこそ、あんな娘が現れてしまったことについて原因を追究しないといけないわね。
「理事長、あの娘は、一体」
「たづな、情報を集めて頂戴。
報道機関への連絡事項に担当トレーナーへの聴聞。それとレース偏重へ世論を導いた協会への対応も考えなくてはね。
はあ、のんびり隠居後の生活を考えていたけれどそうも言ってられないわ」
「……何もなければご勇退を勧めることもできましたが、特大の嵐が来てしまいましたからね。
申し訳ありませんが引き続きのご尽力をお願いいたします」
「『新しい風』のことね。老体には堪えるわ、まったく」
思い返されるのは部屋に招いた時のあの娘達の一幕。
レースの結果に思いを馳せるというよりは、隣のあいつに負けたくないという単純な闘争本能の応酬。
騒がしかったけど純粋な気持ちの応酬がどれほど美しい事か。
疲れ切った私にはとても眩しく見えたわ。ええ。
でも、どうも見落としがあったみたいね。
いや、眩しさに呆けてしまっていたとも言えるわ。
あの娘、キュウセイナイトだけは冷め切った眼差しをしていたもの。
単純にあの場の空気について行けないだけでは無く、何か別のことを考えていたのかしら。
そうだとしたら、それはきっと明るい話題ではないことは確かね。
--とあるウマ娘の視点
勝った。マルゼンスキーに勝った。マルゼンスキーに勝った!!
リベンジに1年以上掛かった。1着でも無く4着だけど。あいつの自滅めいたところもあるけど。
でも、勝ちは勝ちだ!
それなのに、私の心は一向に晴れることが無い。
今、私が見ている光景が、自身の小さな勝利を祝福するものではないからだと思う。
人目を憚らず大泣きするマルゼンスキー
膝に手を置いて俯いた様子で息を切らしているゴールドシップ
ターフに膝を着き、固く手を握りしめ、歯ぎしりが聞こえてきそうなくらい顔を歪めたシンボリルドルフ
そして……天に向かってツバを吐くキュウセイナイト
幸せな娘なんて誰もいない。
他の娘達も同様に、だ。
チラと掲示板に目を移す。
1着の横に記されたタイムはレコードと書かれている。
そりゃそうだ、あれだけ速ければそうなる。
況してや当代最強の2人を圧倒的に突き放しての記録ときたら、うっわ、エグ過ぎ。
観客席からも『帰れ!』『帰れ!』の大合唱である。
何を思っての行為かしれないが、そりゃ見せつけるようにあんなことをしちゃお客さんもお怒りになるだろう。
--ホント、私の小さな勝利にケチを付けてくれちゃって。
まったく……ああ、それと、聞いておきたいこともあった。
ったく、こっちはレース後で疲れてるって言うのに、まだニコニコと中指なんて立てちゃって。
「おい!キュウセイナイト!!」
……お、気付いてくれた。って、なんであんたらもこっち振りむくのよ!!
特に私より着順の良い2人はあっち向いててどうぞ。
「なに、今私最高に気持ちいんだけど。
こいつらにNDKかましてやって最高に気持ちいんだけど!!」
「やかましいわ!いずれあんたもぶち抜く!!
そんなことよりもあんた、練習では手ぇ抜いてたの!!」
「……ねぇサイドテール、私のタイム見た?
向こう数年どころか今後抜かれることのないレコードを叩き出したわけなんだけど」
「ぁあん!?見たわよ、エグ過ぎて芝も生えないわ!」
「だったら何か思うところとか」
「だからそんなことよりも、あんた、練習の時は手ぇ抜いてたのって聞いてるのよ!」
「……練習で手を抜くはずないじゃん。じゃなければ強い肉体を作れないし」
「同じだけの練習をしてると思ったけど、私はあんたに追い付くどころか圧倒的に離されていたわ。
隠れて練習してるとかは?」
「当たり前じゃん」
「私もしてるわ」
「……じゃ、才能の差じゃない?」
「他は。あんた話してる時、煙に巻く事あるじゃない。そういう時って大概まだ話してないことがあるって知ってるのよ」
「そんなカマに引っかからるわけ「チーフT情報よ、舐めんな」
「ちっ、……常に服の中から体に負荷かけてんのよ。
いい、こればっかりはあんたも真似するんじゃないわよ。ぶっ壊れるわよ」
「ふーん……もう無いみたいね。分かったわ」
なるほど。なんか重しみたいなやつを付けて生活して練習とかもこなしているのね。
そりゃ日常から差も出るわけだ。理由は分かった。
「ったくなんなんだよコイツ、調子狂うわ。
ねえサイドテール。言っとくけど私はまだまだ
それこそ、もっとぶっ壊れた具合でね」
「うっさい!あんたの性格の悪さなんて今更知ったこっちゃないわよ!
こっちはせっかくのマルゼンスキー打倒の祝杯を上げようってしてたのに、水差してくれちゃって
……んががががああああああああああああああ!!あー、悔しい」
何よりも、私がマルゼンスキーにNDKをしたかったのにいいいいいい!!
でもまあいいわ。
今日の勝利はナイトが勝たせてくれたようなもの。というかまさにその通りなんだけど。
とにかく、このままじゃこいつに勝てないのは分かった。
だったらやることは一つしか無いっしょ。
--うん、考えますか、チームの移籍
同じ練習してちゃ絶対追い付くことなんて出来やしないし。
いっちょやりますか!!
……ついでにこんな腑抜けどもに負けっぱなしって言うのも性に合わないしね。
だから今日のところは弄らないでおいてやる、マルゼンスキー。
--とあるトレーナーの視点
面白い、実に面白い。
まさに予想通りの展開です。
さらには全方面に喧嘩を売って、どうするつもりなのでしょう?
いや、今後がとても楽しみでもあります。
おそらく私を含めて上から呼び出しをいただくとは思いますが、だからどうした、という話になるでしょう。
彼女、別にレース出れなくても困りそうにありませんし、なんだったら……ええ、それもありですね。
いやいや、
「チーフT……あなた、知っていましたね」
「南坂君、それに君達も。……ええ、私はあの娘の本当の実力を知っておりましたよ」
「ではなぜ!?」
「あの娘が口止めをお願いしたからです」
「なら、ならどうしてあんなことをしている!
間違った方向に進まないように導くのも大人の俺たちの役目だろうが!!」
「おや、あなたは臨時のはずでしたが……まあいいです。
ええ、あなたの言う通りなのかもしれませんね。ですがそれは私の教育方針とは違います。
私は彼女の思いを知ったからこそああなることも予想できました。
そしてだからこそああなることが間違っているとは思わない。
彼女なりの
……さて、ここから先は彼女の担当をすると覚悟を決めた私の領分です。
これ以上何か私にモノ申したいというのなら、どうぞナイトさんと話し合ってください」
「ああそうかよ、確かにお前の言う通りでもあるな。声を荒げて悪かったな。
だがよ、最後まで
……行ってくれましたか。
「当然です。
……さあ、君達。先輩として、後輩たちに付き合っていただいた中で色々感じ入る部分はあるかと思います。
そのうえであなた達はどうしたいですか?
具体的に言うとこのまま私の指導を仰ぐか、南坂君
起こり得ることとして、私と行動を共にすると、先ずひどいバッシングに会います。この点は申し訳なく思います。
南坂君と行動を共にするならケンカ別れという形をとり、引き続き南坂君はもちろん、私の指導も接触は減りますが仰ぐことは可能です。
ヘイトは全て私らに集まりますが、これは私もナイトさんも覚悟、同意のうえであります。
最後に「2番目の選択肢」
「……どう考えてもその案で考えているんでしょ。そしてそれがナイトのためにもなるって」
「だったら先輩として、後輩の花道を彩るのは当然のことっしょ!」
「……ええ、そうですね。やはりあなた達は優秀な教え子です。
では、頼みましたよ。南坂君」
「あなたは!!いつもいつもそうやって勝手に!!!
ええ、分かります、分かりますよ!そうすることが一番正しいって!!
でもこの子たちが……先輩が目を付けて、必死に付いてきてくれたこの子達があまりにも……」
「私にそうやって怒ってくれるあなただからこそ、お願いできるのです」
あはは、ホント、こっちのおもちゃはこっちのおもちゃで、扱いがとても大変です。
動きが悪い時から丁寧に面倒見て、並の状態まで持ってって……たまに動かなくなったときは、別の用途を考えて、アフターケアをして。
最後まで動いてくれたら、また別のおもちゃを面倒見て……
私にはこの娘達が生活の糧にしか見えない。
走る欲求を駄々漏れにし、今を必死に走って、走り終えた後のことなんて何も考えちゃいない。
トレーナーなんてその娘らを食い物にしてるだけに過ぎない。
だから私は効率良く利用して、美味しいご飯を食べて……自分の責任を果たすために、
昔から考え過ぎだって言われました。
ええ、今のこのウマ娘達が輝いて見えるご時世に、私の考えは悲観的すぎる覚えはあります。
ですが、一度輝きの外に目を向けると。私が見たものというのは……いや、そういう思考だから悲観的だなんて言われるんですよね。
なに、一生の別れというわけでは無いのです。普通に今まで通り、練習はあれですけど、学園内で話す機会なんていつでもあります。
だから……だから、泣き止んでもらえませんかね、3人とも。
何より、これから私はナイトさんをより美味しい食い物にしてしまう、悪い大人なんですから。
『トレーナーさん、正直に答えてほしい』
『博愛主義染みた胸の内にある、本心ってやつをさ』
怠け者、美味しいごはん、コスパのいい生活、快楽主義者。
何よりも、あなたの胸の内にある悪意は、私が抱えている悪意と似通ったものでしたから。
『走る欲という本能に縛られ、世界が作り出したバ場という檻で飼い殺しにされている』
ホント、穿った見方ですよね。
--小さなウマ娘の話
皐月賞で見たシンボリルドルフさん。
すっごく、すっごーく速かった!!
だから今度は、ダービーでその姿を見よう!
そう思ったんだけど
「帰れ!」「帰れ!」「帰れ!」
なんか、怖い。
あそこの黒っぽい人とか、どうして笑っているんだろう。
「んががががああああああああああ!!」
あれ、なんだかサイドテールのウマ娘さんがすっごく大きい声を出したと思ったら大股で歩いてターフからいなくなっちゃった。
何だったんだろう、と思ったけどいつの間にか「帰れ!」っていう人もいなくなってた。
後でパパとママに聞いたらその人は『サイドテール』ってウマ娘って教えてくれた。
どんな人?って聞いたらライブで泣いてた人だよ。って教えてくれた。
泣いてたウイニングライブの映像を見たら、ホントに泣きながら笑ってライブしてる人だったから思わず笑っちゃった。
でも、負けたって言ってもマルゼンスキーさんにって言うんだからしょうがないじゃん。
そう思ってレースも観たら、やっぱり大きく離されて負けちゃってたからやっぱりなー、って思っちゃった。
思っちゃったけど……なんかこの人の走りって、目で追い掛けちゃうんだよね。
パパとママにも聞いてみたら、
「危なっかしく見えるからな」
「テイオーみたいね」
って言ってた。
うん、きっと僕みたいに可愛くて、足が速いから追いかけちゃうんだ。
いや、足は速くなかったかもだけど……でも、僕の足は速くなるから、この人もきっと足が速くなるよね!
「は!だったら僕がこの人を速くしてあげればいいんだ!!
パパ、ママー、僕ね、トレセン学園入ってこの人の足チョー速くしてあげるんだ!!」
「あっはっはー、そうだなそうしてあげるといいな。
でもなー、テイオー。この人はダービに出ることができる人だから、ひょっとしたらテイオーに教えてもらわなくてももっと速くなってるんじゃないかな?」
「むうううう。パパのいじわるー!!
だったら、僕がもーっと速くなればいいんだもーん」
「そうね、テイオーちゃんがもっと速くなればいいのよねー」
「そうだもーん」
そうそう。
そしたら、僕の方が可愛くて足が速いよーってからかってあげよーっと。
ニシシー、楽しみだなー。