「チームを抜けようと思うのよ」
翌日の出来事である。
ダービーを終え、今後の方針についてチーフTの部屋で話始しめようとした時分、突然サイドテールが部屋に入り込んで来た。
というかこいつは私に負の感情を持っていないのだろうか?
いや、持ってはいるんだけど、あまりにもあっさりした悪意で、拍子抜けしてしまうのだ。ねっとり、しっとりしてないって言うか。
顔を合わせずらいとか、悔しさで咽び泣くとか無いのかねこいつには。
そしてそんなコイツをチーフTは好ましく思っている。
日はく「素直なウマ娘は見ていて面白いです」とかなんとか。
ただの猪突猛進娘なだけな気がするんだけどね。不器用だしこいつ。
数舜面食らった顔をしていたチーフTだったがすぐに持ち直し、私が掛けているソファーの隣に誘導した。
「理由を伺っても」
「こいつと同じ練習してちゃ、こいつをぶち抜けない」
「練習なら私が別メニューで考えることもできますが」
ちょっとだけ驚いた。
引き留めようとしてるのだ、チーフTは。
「それもいいかと思ったけど、効率の問題。
ナイトと私の練習を見てくれるのはいい。だけど割かれる時間が単純に半分になる。
その分ナイトが強くなる時間も失われる」
「一人で強くなるには限界があり……ませんね、ナイトさんには」
「そ。聞いたらこいつ、私と同じように個人連してるみたいだし。
多分そこでも差が付いちゃったんだと思う。
同じとこで練習してても追い着きゃしないと思ったからこその移籍よ」
「あなたはナイトさんに追い着こうとしてるんですか?」
「?何当たり前のこと聞いてるの」
これだ。このバ鹿は自然体で言ってのけてるのだ。
あれだけ力の差を示しても愚直に前に進もうとする。
「あんた、私に追い着くつもりなの」
「だから何当たり前のこと言ってんのよ。当然じゃないのそんなこと。
んでもって、あんたをぶち抜く」
「私はこれから世界に君臨するウマ娘になるんだよ」
「じゃああんたをぶち抜いた時、私が世界1位ね」
大言壮語。ただの妄言だ。
いいや、私の方はそうじゃない。
7月中には間違いなく世界に喧嘩を売ることになる。
そこで相手を圧倒的にぶちのめして、私が世界に
「無理ね」
「かもね。
今日明日にいきなり強くなるわけでもないし。
仮に強くなったところで、あんたはもっとその先に行ってるかもしれないしね。
でも、諦める理由にはならないわ」
「言ってろ」
「好きにさせてもらうわ。
で、チームよチーム。チーフT、どっかないの紹介できるとこ。
この際あんたでもいいわ。なんか案無い?」
「ったくあんたは。チーフT、サブTのとこに案内したら」
「はあ?だからあんたと同じチームじゃ「チームが分裂するのよ」はぁあああ!?」
どうもチーフTが画策していたらしい。
初めから私がとんでもないことをしでかすことを想定して手を打ってたようだ。
表向きは私の問題行動への遺憾の意。
裏では「私が抑えに入ります」的なことを言って、うまい具合に世間のヘイトをこちら側に移してチームを分かつんだとか。
ちなみにサブTらは今関係者にその申請手続きをしに行ってるらしい。
「明日の記事は『エルナト、空中分解』ね」
「あ、でもそれならあんたと別れられるからありね」
「私もこっそりサイドテイルさんに指導できますね」
「おい」
「それはいらないわ。敵の助けは請わない主義なの」
「そうですか。残念です。
ですが何かありましたら連絡はいつでもどうぞ。お待ちしてます。
あ、南坂君によろしく言っておいてください」
「分かったわ。じゃ、私は用が済んだから帰るわ」
やることやったらとっとと出ていいてしまった。
私が言うのもなんだが、嵐みたいなやつである。
それとチーフTがサイドテールに甘すぎる問題。
どうにも締まらないね。
「甘すぎじゃない?」
「期待の裏返しです。
さて、では気を取り直してあなたの話に戻りましょう」
私の今後についてである。
当然だが今朝の記事はどこもかしこも私がしでかした事について大きく取り扱われていた。
「敢えて注目を集めた、ということでよろしいんですかね」
「言動に嘘は無いけどね。
単純なことよ。『こんな奴がトゥインクルのトップかよ』って思わせたかった。
今後仮に私が干されようが『でもあいつの方が記録上、速いんだよな』って思わせられればそれはそれで目論見通り。
干されても、ダービーの栄光に私という汚点が、最高の記録の上に最低の記憶を伴って燦然と輝き続けるわけだしね。
ちなみに干されなかったら、さらにレースに出まくって泥を塗り続ける。それだけだよ」
「もったいない。どうせなら世界も巻き込んじゃいましょうよ」
「そうそれ。昨日会見で突然言われたもんだから私もびっくりしちゃったわよ。完全に頭から抜けてたもの」
「私はあなたの走りを観てからずっと考えていましたけどね。
正直、目じゃないかと。」
「知ってる。
確かブレイクルだっけ?
「加えて凱旋門も2連覇中です」
「怪物じゃん。私がいなければ」
「ですので両方いただこうかと。
そしてあなたがおっしゃったように、世界に
次年度以降、この2タイトルはずーっと抑えるんです。それこそ、旅行の片手間に」
「どうしよう、またテンション上がってきちゃった。
凄く待ち遠しい」
「海外旅行がですか?」
「もちろん」
「それでは、私も諸々の手続きに移りたいと思いますね」
「終わってるくせに」
「ふふふ、正解です」
そう言ってチーフTは、自分のパスポートを私に見せた。
さて、ウマ娘における世界情勢について整理しようと思う。
チーフTの話によると、どのウマ娘も高い水準で実力が拮抗しており、毎年タイトル保持者が変わるのが今までの世界情勢であった。
が、ここ数年はある一人のウマ娘が先の2タイトルを始め、出るG1レースのタイトルを独占し続けているとのことである。
それが『ブレイク・ル』。
繋げて『ブレイクル』と呼ぶらしい。
確か『Break.R』という綴りで『ブレイクル』だったと思う。
ブレイクは破壊といった意味合いから。
『R』は後に世間から意味が付け加えられたものみたいで、レボリューションから来ているんだとか。
それほどに既存の世界水準をぶっ壊したウマ娘なんだという。
現在も世界の有名どころのG1を所かまわず奪っていくもんだから、無茶苦茶目の敵にされているっぽい。
救いは彼女がそれなりに礼節を弁えているところであろうか。
流石は紳士の国出身、と言ったところである。
私自身もそいつのレース映像を何度か観たが、確かに速いようには見える。
速いようには見えるのだが、あくまで常識の範囲内だ。
正直、映像で見たものが全てだとしたら、Tの言う通り目じゃないね。
他のレースにも目を通したけど、これの強さは先行からの終盤の末脚。いわゆる王道的強さである。
加えてサシの勝負は負けたことが無いと見た。
最後にぶち抜きに掛かる時なんか、とってもいい笑顔をしている。
まるで『自分はまだまだ余裕だぞ(笑)』と煽っているような顔なのだ。
これは、ぜひ泣かせてやりたいと思ったね。
世界的に有名なウマ娘、極東の無名ウマ娘に敗れる的な。
「というところです。ナイトさん、これが世界です」
「世界ちょろすぎワロタ」
「芝の状態も加味したいところではありますが、前走などを入れてしまうと目標レースへの
「チーフT。私はあくまで『旅行』がメインなわけ。
前走とかはいらない。レースはついで。
どんなに事前に舐められようが、その分勝った時に与える衝撃は計り知れないわけよ。
だったらとことん、こっちも舐めてかかろう」
「用心に越したことは無いのですがね。
まあ、あなたの記録が記録だから、舐めてかかっても余裕は十分あるでしょう」
「決まりだね。目標は『
さて、世界中のウマ娘に絶望を振り撒きに行きますか」
--世界が震撼した日
7月下旬。
英国アスコット競馬場はレースを控え、少しだけ騒然としていた。
極東から小さな体つきのウマ娘が迷い込んだのだ。
いや、通常のウマ娘として見れば一般そこそこより多少上等と言われる体つきではあるのだが、如何せんここは世界最高峰の舞台。周囲のウマ娘と比べると明らかに一回り小さい。
驚くことに、これでもレースの出走者であるらしい。
聞くところによると参加できる年齢もつい最近迎えたばかりというのだから、もう笑い話である。
権威あるこのレースに、極東の名も知らぬ小ウマ娘が出走するのだから。
ちなみに、ブックメーカーでは密かに、この極東のウマ娘がレースをキャンセルするか否か賭けになったという話もあったようだ。
さて、現地では気を利かせたブレイクルが
『君のような可愛い女の子はあちらへお戻り。私と話せたことを思い出にするんだよ(笑)』と挑発の意味を込めて観客席へ案内しようとしたみたいではあるが
『ありがとう。でも私、迷子じゃなくて旅行に来ただけだから。レースが終わったらすぐ帰るね』
と通訳を介して返されたものだから、もう大爆笑である。
ブレイクルも一緒に笑っていたが、しかし他のウマ娘達は全く笑っていない様子がとても対照的だった。
『ブレイクルはいけ好かないやつだけど、それ以上にあんな小娘と一緒に走るという方が、あの時は頭にキていた』と出走者の一人が後に語ってくれた。
少なくとも観戦者やレース出走者は、この時までずっとこのウマ娘は箔付けか何か、それとも思い出作りで走るものかと思っていた。
英URAに至っては、本気で日本のURAが懲罰的意味合いでこのレースを使ったのか、と尋ねる寸前まで話が上がっていたようであった。
確かに日本のダービーを制したようだが、目立つ実績はそれだけである。
収得賞金的にもギリギリの出走ラインで、数年前までなら弾かれているところ。
しかし、ここ数年はブレイクルが台頭し、常にこのレースをローテに組み入れているためゲート割れが起き、それが出走を可能とさせていた。
日本のURAが我々を怒らせてまで、いちウマ娘を律する。何てことはあるのだろうか。
……いやいや、無いない。やはり箔付けか何かだろう。
英URAはそう結論付けていた。
実のところ、英URAの予想と、観客・出走者の予想は概ね当たっていた。
『箔付け』と『思い出』の部分である。本気でこの理由も孕んでいたのだ。
では他に何の理由が?
日本の皆さんならもうお分かりだろう。
答えは『絶望を振り撒くため』である。
レース運びはいつも通りだった。
我こそはという者が先頭に立ち、ブレイクルが悠々とその後ろに付き、虎視眈々と後方から下剋上を狙う者達がいる。
その極東のウマ娘はブレイクルの隣で走っていた。
--やはり思い出作りか
出走者、観客、ブレイクルすらもそう思った。
結局途中でブレイクルと接触することがあり、哀れ小娘は弾かれて後方に呑まれていく。
予想した通りの展開で、結局すぐに意識は先頭集団らに目が戻った。
十数秒後、おかしな事が起きた。
あの極東のウマ娘がブレイクルの隣に戻って来たのだ。
この時すでにレースは中盤に差し掛かり、いよいよブレイクルが仕掛け始めるか、
と言ったところであった。
ブレイクルも今度は本気で潰しに掛かったようだが、今度は全然びくともしない。
それどころか逆に当たり返されて、だけど何とか踏みとどまっていた。
あんまりひどいと失格にされるが、多少の接触は良くあることなのだ。
況してや世界最強と言われたウマ娘。
極東の小娘の当たり程度に負けたくなかった、と後に語っている。
尤もそれも加減されたものと聞き、呆然としてしまっていたのだが、これは余談である。
ブレイクルが切れて、いよいよ本気で前を奪いに行ったのが最終コーナー手前。
だが、依然として極東のウマ娘は着いて来ていた。
つまりはそれ以外の猛者たちを後方に置き去りにしていたのだ。
この頃になると会場は歓声以上に、どよめきが大きくなっていた。
なんせブレイクルだけではなく、全くお呼びでない小娘が紛れていたのだから。
最後の直線。
先頭を走るブレイクル。併走する極東のウマ娘。
ブレイクルはグングン伸びて来るも、全く差が着かない。
アスコット競馬場の直線はどれも長い。
漂ってきた名勝負の匂いに観客はついに歓声を上げた。
しかし瞬間に勝負はあっさり着いた。
「飽きた」
ブレイクルは確かに聞こえたという。
後の映像でも口元が動いている様子が確認できている。
瞬間、極東のウマ娘がさらに伸びたのだ。
先までの接戦が何だったのかという位にあっさり。
そこからは特筆して語ることは無い。
誰が見てもこいつには追い着かない。
そう思わせられるくらいの独走を見せ付けられてしまったのだから。
大差をつけてのゴール。
極東のウマ娘が快挙をやってのけた。
それも半端な相手ではない。
歴史上最強とも言われるウマ娘に、年端もいかないウマ娘が勝利を収めたのだ。
ウマ娘は早熟と言われ、成長が非常に早いと言うのは皆さんの知るところであるが、それでもまだまだ成長の余地がある未完のウマ娘が、それをやってのけたのだ。
全盛期と言っても過言ではない、最強のウマ娘相手に、だ。
この時はまだ新しいヒーローの誕生に会場は浮かれていた。
「本気?出すわけないじゃん。だらだら走るのも途中で飽きたし。
最初に弾かれたの?演出に決まってんじゃんあんなの。
選手へのリスペクト?私よりくっそ遅い連中の何を尊重しろと」
直後の勝者へのインタビューを抜粋した内容である。
通訳の居心地の悪さは想像を絶するだろう。
思えば最初からこの極東のウマ娘の態度は一貫していたのだ。
レース後の歓喜だって微塵も感じられなかった。
「言ったでしょ、旅行のついでだって
日本だとぼちぼち夏休みなのよ。そう、バケーション。
ちょうどこの時期だし、そうね。来年もまた来ようかしら」
ランナーではない。
トラベラーである。
いや、Touristと言った方がしっくりくるであろう。
つまるところ世界は、英国は、極東の観光客に負けたのだ。
この日ほど我々が、狂気を、憎しみを、悔しさを覚えた日は無いであろう。
ただ結局、最後には必ず遣る瀬無さが襲うのだ。
--数値に記された最高の記録(レコード)が、最低の記憶と相まって燦然と輝いている
--そう、我々が見ていた夢は食べられてしまったのだ。
誰かが言った。夢喰らい、と。