全身が重い。
~のように重いのではなく、実際に重い。
過去、あいつが私に『ぶっ壊れるわよ』と忠告してくれた全身に負荷を掛けての練習。
常日頃から負荷が掛かるようインナー等を身に着けているお陰か、日常生活に支障はないが、暗くなってからのTとの練習時には非常にきつい負荷となる。
「こなくそぉぉおおおおお!!」
イメージするのはあいつの背中。
絶望的にまで速い深紫の後ろ姿。
追い込んでも追い込んでも届かない。
追い付いたと思ったら嘲笑うかのような加速。
況してや私はこんなきつい状況。
あきらめ「られっかぁぁぁぁあああああ」
簡単に諦めることができてたら、こんなきつい練習することは無かっただろう。
でも生憎、私は非常に諦めが悪い。
スマートに負けを認めるより這ってでも勝利に拘るタイプなのだ。
この程度の実力差や身体の負荷など諦める理由にならない。
「あなたの限界はここではありません。さあ、もっと追い込みましょうか」
はは、何が軽めの調整だ。
あんな
それでもTの言う通り私の限界はここではない。
足をもっと回せ、酸素を取り込め、エネルギーを燃やし続けろ。
あいつの前を走れるなら、限界なんて何度だって超えてやる。
「おっとストップです。今日は軽めの調整なので」
「はぁ、はぁ。まだ、追い着いてすら、ないわ」
「水を差して悪いのですが、今度の相手はナイトさんでも同世代の方でもありません。あなたの後輩達です。
ですから、今日はそれを含めて軽めだったのです」
……ああ、先走り過ぎた。いつも相手は
次の相手をしっかり見据えないといけなかったのだ。
そもそも
次のレースを落としたら元も子もないのだ。
「そう、ね。
ふぅ。うん、イメージを変えるわ」
「よろしい。では、1,000mもう一本。これで最後です」
上等!
「こんにちはー。ってサイドテール、またー!?」
「……あによ。昼寝もトレーニングの一つなのよ」
昼もまだ早い時間。
昼ご飯を食堂で食べ終え、午後のトレーニングに備え少し仮眠を取っていたころに喧しいやつがやって来た。
こっちは午前中の授業(詰め込み)でパンク寸前なんだ。
だからもうちょい休ませろ。
「あんまり寝すぎても意味ないんだからもういいでしょー!」
うるせぇ、小学生。
というか学校はどうした学校は。義務教育舐めんな。
「ああ、寝るなー!」
「あーた、学校はどうしたのよ」
「もう。課外授業の名目でこっち来てるって言ったでしょ!
Tが動いてくれて午後はこっち来れるようになったって」
ああ、そうだ。あのT無駄に手が回り過ぎて困る。
この時期にテイオーの通う学校で新たに覚えることは無いのだ。加えてテイオー自身も成績優秀なため、簡単に午後の外出時間を得られることができたんだった。
ネイチャはもちろんだけど、ターボのやつも成績、いいんだよね。でなきゃここに来れないし。
うん、意外だ。いがいだ……い、が…「起きろー!」
「ああもう鬱陶しい!
分かった、起きるわよ、もう」
「にしし、始めからそうすればいいのだよ。ん、んー?(笑)」
こ、このどぐされ小坊がぁ。
調子暮れて……いや。相手は義務教育をまだ3年残してる幼体だ。
ここは冷静に大人の貫録を見せつけてやろう。
「ふ、ふふふ。その程度の煽りでわたサイドテールさんを怒らせたら大したものですよ」
「声震えてんじゃん(失笑)」
「武者震いだごらぁあああ!!」
大人の貫録などどうせ後で身に着く。今は目先のクソガキに鉄拳だごらぁ。
テイオーと私の突発的な追いかけっこが始まった。
さて、学園内を駆ける私達だが、何故だろう。最近は何故か生暖かい視線を感じる。
……そこ、逃げ切る方に人参3本とか賭けてんじゃないわよ。『今日もがんばれよー』とか、いつもやってるわけじゃないわよ、多分。
にゃろーも素走っこいがこちとら義務教育を卒業した身。年季が違うのだよ、年季が。
「ぬははは!
今日も捕獲してしまった私の才能が恐ろしい」
「むー、はなせぇぇぇぇ」
校舎のどっかしろの廊下でテイオーを捕獲。
逃げないように脇で抱えすたこらと来た道を戻る。そんな矢先だった。
「何やら騒々しいな」
「げぇ、生徒会」
「君に吐き気を催されるような事をした覚えは無いのだがね。
それより廊下の張り紙が君達には見えなかったのかな」
生徒会の次期会長候補、シンボリルドルフ。
私の同期かつ多分同世代で
しまったなー、ここは生徒会室の近くだったかー。調子こき過ぎてしまったようだ。
どうするかな。こいつ、話長そうなんだよなー。
「うるさくしてごめんなさい、はんせいしてます、もうしません。……じゃっ」
「待ちたまえ。とりあえず小さな後輩もいるんだ。茶ぐらい出すから来い」
「お菓子もね。和菓子希望」
「付け合わせのものしかないわ、戯けめ」なんて言いながら生徒会室に誘導された。
決して食べ物に連れたわけでは無い。運動直後で何か食べたかったとかそういうわけでは断じて無い。
「うっわ、まじ!テイオー見て見て、この部屋冷蔵庫あるわよ。冷暖房完備で……私たちの学費の使い道の闇がここに凝縮されてるわ」
「ばかもの、全部自費だ!学園の予算など食うか!
……ほら、
「まじか、あんたマジか」
く、くっそくだらねぇ!
こいつ、とんでもない飛び道具持ってたわ。普段が普段だけに弾けると性も無くなるのか。
いずれ現れるかも知れないコイツの相方は相当苦労するわね。
テイオー、あんたも無理に笑う必要は無いわよ。
「
いいか、くれぐれも無
「ちゃーしばく前にあんたをしばくわよ」
だからウキウキした様子でこっちを見るのは止めれくださいお願いします。
「中央って、愉快なところなんだね」
「あれを基準にしないで」
普段はお堅いやつなんだけどね。
ただここまで弾けてるのを見たことが無いから私も驚いている。というか半分は呆れている。
それに
「サイドテール、他の役員はどうしたのかな」
「さぁ、外出でもしてるんじゃないのかしら」
私ら以外役員が見当たらない。というか学園でもこいつ以外の生徒会って聞いたことが無いんだよね。
「ああ、生徒会と言っても今や私一人しかいないからな。
すまないが人手が足りないんだ。運ぶの手伝ってくれないか?」
「あ、僕が行くよー」
お茶を入れたルドルフが気になっていたことを教えてくれた。
ってか、それなら実質会長じゃんコイツ。
テイオーがお菓子を、ルドルフがお茶を持って来てくれてもてなしを受ける。
もらったお茶を啜り一緒に出されたバームクーヘンを一口いただくと、中々。和と洋の調和を感じる味わい深さである。
和菓子希望と言ったが、これはこれで美味しい。
一緒に食べてるテイオーも至極ご満悦そうな顔をしている。
そんな様子をルドルフは温かい目を向けて眺めていた。
「生徒会と言っても今や殆ど活動実態なんて乏しいものさ。
特に私らの代はレースに躍起になっているからな。なり手が殆どいない」
「あんたはどうなのよ」
「私か?私はそうだな。
好きなんだよ、こう、みんなの手助けを間接的に出来るってことが。
別に偽善だって構いはしない。みんなが。いや、少しでも周りが幸福を感じてもらえれば嬉しいかな」
「それでレースに負けてたら元も子もないけどね」
「ははは、違いない。尤も、負けた言い訳にするつもりはないがね」
要するに面倒(本人はそう思ってないけど)事を抱えた上で『私TUEEEEE!』をやってやんよ。負けても言い訳なんてするわけないじゃん。ってことだ、こいつが言ってるのは。
深読みしすぎかもしれないけど、私の直感は割と当たるのだ。
やっぱりいい子ちゃんは違うわ、考えていることが。
隣のテイオーなんか『たはぁー!』なんて擬音が付きそうなくらいキラキラしたお目目をしていらっしゃること。
で、捻くれた私の表情と比較して『たはぁ』とため息は吐くまでワンセット。
テイオーの頬を軽く抓んで引っ張ってやった。
「これか、この顔か」
「
「ははは、仲がいいな君たちは」
「ま、悪くは無いと思うけど。こんな感じで弄ってんのよ」
「お互いに、かい?」
「ちがわい! 私は遊んでやってんのよ!」
「え、僕、そんな感じで遊ばれてるだけなの?
……サイドテールと遊ぶの、グスッ、本気で、楽しいのに、ヒック」
……なんだよルドルフ。
言いたいことがあるならはっきり言え。そんな養豚場の豚を見る目は止めれ。
というか
「ルドルフ、よく見ろ。ウソ泣きだコイツ」
「ヒック、ひどいよサイドテール、グスッ、……クフッ」
こ、このがきゃぁ、完全に遊んでやがる。
「会長~」なんて言ってルドルフに抱き着いて笑いもごまかしている。
ルドもルドで満更でもない表情だから
「で、寸劇は終わったわけ?」
「ふふふ、君からその言葉を聞けるなんて、感慨深いもんだね」
「ああ、ダービー前の一幕の時ね。なんとなくあんたの気分を理解したわ」
「懐かしいね、あの一幕は。
……君はあの時から成長したのかな」
「そうねぇ。とりあえずその答え合わせは天・春でしてあげるわ」
「できるのかい?」
「やるわよ。
あんたこそどうなのよ。あんな腑抜けた様子はもう見せないでしょうね」
「君と違って何度も挑んでいるからね。
俯いている暇すらないさ。
でもそうだね。……ふふ。なら改めて問おうか。
『すまないが君は誰だい。私の間に割って入るなら、レースで実力を示してからにしてほしい』」
懐かしい。
今も、ちょっと昔も。心身共に成長はしたけど根っこは変わらない。
いつだって私達はギラギラしている。
「言うわね。ま、否定できないとこでもあるけどね。
疑問なら今度の阪神大賞典を観てなさいな。私の名前が燦然と輝くはずよ」
ルドルフの前で高らかに宣言した様子を、テイオーはじっと見つめていた。
--『皇帝』と呼ばれつつあるウマ娘の視点
初めて存在を認知したのはスプリングステークスの時。
マルゼンに噛みつく愚か者という認識だったが、レースでは最後まで食らいつく様子が印象的だった。
また、レース後の一幕をトレーナーから聞いて、中々骨のあるウマ娘だとも思った。
次の邂逅は皐月賞の時だった。
初めて彼女と一緒のレースを共にすることとなったのだが、この時の私は視野が狭く、マルゼン以外の娘達をあまり意識していなかった。
そのためか、彼女『サイドテイル』の印象はあまり残っていない。
最後の掲示板に表示された名前を見て『ああ、マルゼンに噛みついてた』という印象をようやく思い出したのが本音だ。
そして最後がダービー直前のあの一幕。
あれは忘れもしない。マルゼン以外に。それもレース外の盤外戦……とも言えないような全くの感情論での口論。
結局あの時の私は、皐月賞と同じようにマルゼンだけしか目に映っていなかったのだが、振り返るとあのやり取りが私に周りのウマ娘達を認知させてくれた。
小バ鹿にしたような寸劇染みた。というか寸劇そのものだったなあれは。
今でもあの時の情景は怒りと一緒に思い出せるが、怒り以上に心地よさを感じてしまうのだ。
マルゼンを抜きにして純粋に。
そうだな、彼女風に言うと『全員をぶち抜く』という思いになったのは。1着云々よりここにいるウマ娘達より速くありたいと。
だからシービー先輩にも『強者の在り方』なんてことを聞きに行ったのかもしれない。
単純に『こいつらを圧倒したい』と、あの時は正直皐月賞以上に燃えていた。
--でも折れた。あいつとの差を知って。
レース前までは自惚れでもなんでもなく、私は誰よりも負ける気がしなかった。それ位仕上がりは完璧だった。
それでも負けた。全力を出してなお、後塵すら拝めないほどの大差を着けられて。
屈辱なんてものじゃない。あいつの中では勝負の枠組みにすら入っていない。
私達はあいつにとってただの踏み台でしか無かったのだろう。
結果がそれを優に物語っていた。
マルゼンスキーは涙で。
ゴールドシップは下を向き。
私は膝を着き。
あの時、あのターフに立っていた誰もが前を向くことができなかった。
--彼女以外は
『おい!----!』
信じられなかった。あれだけの大差を着けられて。
向こう十年。下手したら今後ずっと抜かれることが無いであろうレコードを見てなお。
彼女は立ち上が--否、折れてすらいなかった。
それでいてダービー前の一幕と変わら無い様子であいつに噛みつく彼女。
時にあいつは彼女との才能の差をはっきりと告げる。
結果を出した本人からスパッと言われたのだ。
しかし、それでいてなお、彼女に堪えた様子は全く見られなかったのだ。
結局あいつも、次いで彼女もその場を去ったが、その後私達はもう一度掲示板を見直した。
誰もが絶句した。
これを見てなお、彼女は挑み続けるのか、と。
それでも、ゴール直後に見た時より絶望は感じなかった。
--隣に、前を向き続ける同期がいたから。
それに、いつまでもこのままだと、次彼女に会った時にまた小バ鹿にされてしまう。
そう考えると不思議と、前を向き直すことができた。
各々がどういった思いを抱いていたかは分からない。
けど、あの時駆けたあいつ以外の17人は、今もあいつの背中を諦めてはいない。
途中、何人かは引退してしまったが、それでいてなおレースの世界に携わっているということも耳にしている。
挑み続けるのは、彼女だけではないのだ。
そして現在。
『すまないが君は誰だい。私の間に割って入るなら、レースで実力を示してからにしてほしい』
ちょっとした強がりだ。
あのレースを共にした17人が、彼女の名前を忘れるなんてことはあり得ないのだから。