東京府中市。日本で最も大きいトレセン学園がある街。
全国からより選りのウマ娘たちが集まり、最高の環境で自分たちの才能を磨き上げることができる場所。その、イベントホールの壇上では、学園理事長の挨拶が行われていた。
「--長くも短い学園生活の中で、一度もレースを勝つことができないウマ娘がいる。
けれどそれは決して珍しいことではない。寧ろここでは全く、当たり前のことです。
だからこそ、最後まで自分と向き合って、自分が将来進む道を模索し続けてください」
結構な御年だそうだが、それを感じさせない凛々しいお婆さんだ。
多分本心なのだろう。厳しさの中に、けれどもやるせなさがどことなく感じられる。
『心が折れても、決して諦めないでほしい。
ここでの青春はかけがえなの無いものかもしれないが、人生はその先もずっと続くから。
だから今ある一瞬だけではなく、長い将来も見据えて己の幸せを掴み取って欲しい』
なんて副音声が私には聞こえてくる。妄想かもしれないが。
でもごめん。
私は進んでこいつらに絶望を与えるよ。
今、ここにいる誰もが自分の才能を疑っていない連中ばかりだ。もちろん私も含めて。
そんなウマ娘たちが持つ絶対の自信を捻じ伏せることができたらどれだけ快感か。
--だからもう一度。
ごめんね、理事長のお婆ちゃん。
長く切実な挨拶も終わり、式も大詰めを迎えた頃だろうか。
入学者の代表挨拶がいつの間にか始まっていた。
……うん、明らかに纏ってる空気が違う。
ほんの少し前まで、同じランドセルを背負っていたやつとは思えない。
確か名前はシンボリルドルフ。
すごく、すごーく、よく聞いた名前。同年代のネームドを調べてたら、必ず上がっていた。
名家の生まれで、見目も麗しく、性格もよろしい。
そして何より才能にクソほど溢れている。
かのシンザンご老公も「こいつはモノが違う」とおっしゃられていたっけ。
正直、こいつをレースで絶望させることは不可能に近い。
こういうやつは何度叩いたって這い上がってくる。
だからこそこいつは、ここぞというレースで何度も差し〇して、実力を見せつけて、何度だって折ってやろう、と思っている。
さて、長かった入学式もようやく終わり、休憩を挟んだ後はいよいよ待ちに待った模擬レースの時間だ。
ここで言う模擬レースとは、学園主催で行っている園内レースのこと。
特に4月のこの時期新入生が走る模擬レースは、才能溢れる有望なウマ娘をスカウトする絶好の機会である。
当然新入生にとっても、自分を売る絶好の機会とも言える。
有名トレーナーやチームに目を着けてもらうためのチャンスでもあるのだ。
尤も有力トレーナーやチームは、すでに本命ウマ娘に内諾を得てたり与えてたりするものではあるが。
ちなみに私が出走するレースはさっきの新入生代表が出るレース……ではなく、その次の注目株が出るレースである。
確かマルゼンスキーといったはずだ。
例年ならコイツも無茶苦茶注目される位の実力者ではあるのだが、いかんせん代表が目立ち過ぎる。
見立てでは代表とそんなに実力差は無いはずなのだが、思いの外あまり注目はされていない。
まあどっかしら目を付けてるトレーナーは絶対にいると思うけど。
なお、代表のレースは他の新入生達が多数希望して出走しようとしていたため、抽選制となった模様。
その抽選には当然代表も混じっていたという言うオチ付きである。
ぼちぼち出走時刻となるため、アナウンスに従いゲートに向かう。
何ともまあピリピリした空気だこと。人生がかかってるといってもあながち間違えでは無いから分かるっちゃ分かるけど、ホント、反吐が出るね。
っと、ちょっと感情が漏れた。平常心平常心。
このレースの目的はつよつよウマ娘の実力を肌で感じること。
圧勝も善戦もせず、ただ流されるがままにモブに塗れて敗北をする。
決して実力を悟らせてはいけない。それが私の勝利条件である。
プレッシャーを受けて緊張に震える素振りを見せる。
大げさになり過ぎず、目立たないように。
だけどこいつは緊張して強張ってるんだな、と思われる程度に身体を震えさせる。
そうだ、モブに塗れろ。
--学園内レース場 5R 芝1500m 良
力は手抜き。演技は全力。
圧倒的スピードで瞬く間にトップに躍り出るつよつよウマ娘。
そして予定調和の如くどんどん離されるモブ、モブ、&モブ、そして私。
生温い、だけど必死な表情を作る。
かったるい、だけど疲れてる振りをする。
くそめんどい、だけど意識して汗を出す。
しょうもないレースではあるが、つよつよウマ娘の実力を体験するという意味ではすごくいい機会だ。
必死になってモブと一緒に頑張って走る。
意味合いは違うんだけど、頑張ってるといった意味ではモブ達と一緒だ。
ベクトルは違うが。
何とか最終コーナーを曲がり終えた頃、つよつよウマ娘がゴールした様子が見られた。
私は決して最後まで気を抜くこと無く、ゴール後にも意図して絶望した表情を作った。
才能が違い過ぎる
こいつに勝てるビジョンが浮かばない、的な。
あ、周囲のウマ娘も私と似たり寄ったりの表情です。
こんな感じで模擬レースが終わったわけだけど、ぶっちゃけてしまうと模擬レースは年間を通してずっと開催されている。
但し5月以降のレースは競走バの振り分けが中等部か高等部と言うざっくりしたものとなり、観客は圧倒的に外部からの客が多くなるが。
理由は、地方のトレセン関係者のスカウトが本格化するからだ。
現実が見えてきたウマ娘が地方のスカウトを受け、そっちで活躍するって話はよく聞く話である。
もちろん、地方での実績を引っ提げて、中央に殴り込み!ってケースも存在するが、サクセスストーリとなるのは圧倒的に前者が多い。
世知辛い世の中である。
つよつよウマ娘が取材を受けている傍ら、私らモブは肩を落としてターフを去っていく。
今回は模擬レースなのでウイニングライブは無い。
と言うか入学ほやほやの新入生にライブは無理。
何人かはめげずに周りを見回して声をかけてもらうのは待っているようだが、あそこまで大差負けで無様晒したら誰も声はかけないだろう。
レース後の動画も後で配信されるし、他のレースを生で見る意味は無いかな。
ちゃっちゃっと引き上げて一休みしますか。
「きみ、そこのきみ」
穏やかそうな男性の声。振り向くと声音どおりの穏やかそうな男が声をかけていた。
……私の隣のサイドテールのウマ娘に。
マジか、さっきのレースに何か目を見張るものがあったのか。
つよつよウマ娘以外何も無いでしょう。
当然私だけでなく、他のウマ娘達も耳を傾ける。
「な、何?」
「いや、急にすまない。ちょっと君の時間をいただきたい。
ああ、新手のナンパとかではない。はいこれ、トレーナ証」
「……もしかして、スカウト?
こんな無様晒した私に」
「そうです。スカウトです。
そしてそれを言葉にできた“君だからこそ”やはり声を掛けて良かったと思いました」
あんな無様なレースでも何か目を引くものがあったとは。
こいつの目は節穴か何かかな。
私の心境なんか当然知らないだろうし、仮に知っていたとしても、絶対に私がいないことを確認してからスカウトを試みるだろう。
はん、三流もいいところだ。
「さっきのレースを単純に解説すると、始めは誰もが自分の勝利を信じていた。
だけど嵳が大きくなるにつれて絶望を感じた。
こいつには絶対勝てないと。
つまりは挫折です。
だけど、そんな状況下において君だけは前を見続けていた。
挫折感を味わっている状況で、です」
「そ、そんなこと!」
「『そんな前向きなこと、思って走れたわけがない』
世間一般的に見たらそうたかもしれない。
だけどね、私たちトレーナーは“そうじゃない何か”を感じ取る人種なんです。
そうして君は私に声を掛けられて、自分で自分を『無様』と言葉にしたでしょう。
私がスカウトだと思ってなお、自分を下げて。
だけどね、私には続けてこうとも聞こえた。『次は負けたくない』と。
これから先、どこまで伸びるか分からない。
差は離される一方かもしれない。
それでもなお、君には前を向き続ける気概がある。
だからこそ、君を私のチームに招待したい」
きな臭い。わざわざここでモブを勧誘するメリットよ。
私の中でこのモブどもには身体的にも精神的にも目を見張るものなど何もない。
仮に私が能力を重視するトレーナーだとしたら、切り捨てる。
そうじゃない何かを見てる?
へぇ、天下の中央トレがオカルト傾倒ですか。
しかしささくれた私の感情とは裏腹に、この場がなんかいい話だなー、的な感じでまとまっており、雰囲気が明らかにいい方に変わっている。
「あたしだって」「次は負けない」とか、前向きな発言がチラホラ。
これだから流されやすいモブは。
当然私も周囲に合わせて一念発起している振りを続けるわけなのだが、胡散臭さが拭われることは決して無かった。