「ってことがあったからとりあえずトレーナーの部屋に来たわけ。
ゴールドシップはワンちゃんいればと思ったけど」
「そりゃあ部室には入り辛いわな。後ゴルシはどこにいるかは知らん」
結局あの後こっそりと去って巨漢Tのトレーナー室に足を運んでみた。
ゴールドシップはいなかったがとりあえずTはいたので、サイレンススズカが喧嘩を買ったことだけは伝えておいた。
案の定Tは頭を抱え困った表情をしていたが、まあ腹を括るしかないだろう。
「ぶっちゃけサイレンススズカってどうなの?
私はよく知らないんだけど、あいつが喧嘩売りに行く位だからそれなりにやるのかなーとは思ってるんだけど」
「潜在能力で言えばナリタブライアンに劣らない。順調に成長すればゴルシやルドルフらとタメ張る位か下手したら飲み込むくらいには力を持った娘だよ」
「ふーん。あいつがその程度で目を付けるとは思わないんだけど。何か他に特徴は無いの?」
「……スズカは
「お薬でも決めちゃってる?」
「バカ抜かせ。
表現はあれだけどアスリート風に言うとゾーンに入るとか、そんな類のものだ」
「それでオカルトね。合点が言ったわ」
「ち、俺の証言は裏付けかよ。バカっぽい割に抜け目ないのな」
「伊達に揉まれてきた世代じゃないのよ。
それとゴールドシップにはよろしく伝えておいてね。首洗って待ってろってね」
「わーったよ。ああ、それと」
「あによ?」
「阪神大賞典おめっとさん。経緯はどうあれお前、ホント強くなったよ」
「うん」
「だからまあなんだ。そのー、な。ケガには十分注意するように」
「はいはい。あんたも腹括りなさいよ」
「わーってるよ。ったく、苦しい連戦になるなー畜生」
こんなもんでいいだろう。サイレンススズカのことも、ゴールドシップのことも。
後はレースで結果が分かるだろうし。
さて、いい加減戻らないと後輩達に怒られちゃうだろうからささっと戻るかな。
デスクで頭を掻きながら思考に更けいったTを尻目にトレーナー室を後にした。
「サイドテール、遅いよ!」
まあこうなるか。後輩達の冷たい視線に晒されるわけですわ。
ただお客さんは殆ど引いたみたいで、見れば皆屋台の奥で寛いでいるようであった。
「ごめんごめん、ちょっと冷やかし行ってたら思いの外時間食っちゃってね。
ターボ、ネイチャ、後代わるから遊び行っていいわよ」
「僕は?」
「あんたは取材で結構時間取られてたんだから、もう少し貢献なさいな」
「ぶー。僕だって遊び行きたいよー」
「冗談よ、あんたも行って楽しんで来なさい」
「そう来なくっちゃ!ターボ、ネイチャ、行こ行こ」
「そうね。じゃ、お言葉に甘えて行ってきます」
「ターボ、キャラメルキャロット食べたい!」
楽しそうにしながら人込み消えていった3人を見送り、私とTは一息つく。
特にTには負担をかけて申し訳ないが、そこは担当ウマ娘のためと踏ん張ってもらいたい。と言うか流石に私一人で回すのは厳しいかな。
救いは昼も過ぎて大分経つし人足がまばらってこと。
あれ、割と楽かも。なんて思った頃合いだった。
「あ、あの。
ストロベリーホイップ3つとバナナオレンジジャム2つお願いします」
「あいよー。ってあんたライスじゃん。
なに。これ1人で食べるの?」
「こ、こんにちは。ライス結構食べるの好きだから全然平気です」
ターボと同じ位小柄なウマ娘、ライスシャワーがご来店された。
レースの時の差すような殺気とは打って変わり、今日はのほほんとした様子である。
「今日はあんた1人なの?」
「いえ、さっき別の方と合流して……あ、来ました。オグリさーん!」
「え、オグリ?」
「はい、食べ歩き仲間です」
「店主。とりあえずあなたのおすすめを上位3つを10枚ずつ」
「1人5限だバカヤロウ」
オグリキャップ。タマモクロスと同世代で特待生枠の1人。
その実力はタマモクロスと同等かそれ以上とまで言われているが、ウマ娘としての強さ以上にコイツには有名な特徴がある。
尋常じゃなく食べるやつ。
日はく食堂の予算にはオグリ専用の枠が設けられているとか。そういうレベルの噂が立つ位食うのだ。
当然、うちの屋台でそんな健啖家を真っ向からおもてなしできるわけがない。
早々に見切りを付けさせてもらった。
「オグリさん、素人の屋台じゃそんな注文受け入れられませんて」
「なんだろライス。君はいつも私に向かって棘のあるような物言いをするね。
次のレースでも捻ってやろうか、おおん?」
「ひ、ひぃっ!」
「む、喧嘩は良くないぞ」
「元はあんたがきっかけな訳だけど。
ほら、ライスと同じもの用意したからお会計」
「ありがとう! ライス、この人いい人だ」
「どうしよう。オグリさんがちょろ過ぎてライス、とても不安です」
「あんたも割と腹黒いわね」
普段弱弱しく見える雰囲気がフェイクにしか見えなくなってきたわ。
と言うかまともに相手してても疲れるし、さっさと次に行ってもらおう。
「あ、言い忘れてましたけどライス、次の天皇賞では絶対にサイドテイルさんに負けませんから」
……へぇ、言うねぇ。
「宣戦布告です。
タマモクロスさんもオグリさんもサイドテイルさんの世代もぜーんぶ飲み込んでやります!」
「よく言った。お礼に阪神と同じよう返り討ちにしてあげる」
「ま、負けません」
「ライス、私は天皇賞には出ないぞ」
「え、そうなんですか」
「ああ。次は宝塚記念を予定しているんだ」
それはまた、タイムリーな話題。
「オグリキャップだっけ。あんた運がいいわ。次の宝塚は間違いなく
「! それは、あいつが来るって事でいいのか」
「ええ、確かな情報よ。腹括っときなさい」
「ありがとう。やっぱりいい人だ」
「サイドテイルさん、それって本当?」
「間違いないわよ。わたし、どうでもいいウソはつかないタイプなの」
「うん。ならライスも先輩達倒してあの人に挑戦状叩きつけなくちゃ」
「やっぱあんたら大好きだわ」
--夕方
「「「「おつかれさまー!!!!」」」」
春の感謝祭は盛況のうちに終わり今はこうして部室で打ち上げを行っている。
なお、先輩ら2人も手伝ってくれた事もあり、新旧世代入り乱れての打ち上げである。
ちなみにジェネレーションギャップってワードを放ったら先輩らから肘鉄が飛んできたので言葉遣いには注意しようと思う。
「基本こんな感じでこのパイセンらは入り浸りに来るから、部室の戸締りはしっかりとね」
「よよよ、先輩Bや。ミドル後輩はいつの間にかこんなにも生意気に成長してしまって、わしゃぁ悲しゅうて悲しゅうて」
「誠にのぉ。レースに負けてベソ掻いていたころが懐かしいでごわすなぁ、先輩Aよ」
「あ、それ知ってる!
マルゼンスキーに負けた時でしょ!」
「テイオー、その話詳しく」
「色ボケ
それとテイオーとネイチャは後で屋上」
「いやだわぁテイオーさん。脅されちゃったわぁ私達」
「陰湿な後輩いびり。暴力的可愛がり。
やだ、僕たちの先輩って体罰も辞さない旧態勢とした人種?」
「(コイツら、逞しくなってやがる)……ターボ、こっち来なさい」
「戦略的撤退!」
「残念、大先輩’sからは逃げられない」
「へぇー、あなたがターボちゃん。何だろう、そそられる可愛さがあるというか」
「なんでさー!!」
カオスである。
ターボは先輩らから可愛がられ、テイオーとネイチャは私に追いかけ回され、Tは苦笑いでその光景を見ている。
結局テイオーとネイチャも私が捕獲して簀巻きにし、部室内逆さ宙吊りの刑で執行してやった。
流石のパイセンも私の手際の良さにドン引きしていたため、念のための弁明として「Tが教えてくれた(無理やり教えてもらったんだけど)」と言ったら物凄い冷たい視線でTを睨みつけていた。Tは超慌てていた。ウケる。
まあ教えてもらった私も私だけど、何故Tがそんな技術を持っていたのかは謎である。Tの闇は深い。
兎にも角にもアルコールが入っているわけでも無いのに我がカノープスの打ち上げは中々にカオスな状況で展開されていた。
それはお祭り気分と言うのもあったと思うし、後輩らは入学して初めてのイベントと言う事で浮かれていたところもあったと思うし、先輩らは何だかんだで心配してくれてたんだろうと思うしで、色々と思うところが爆発しちゃってるのかなーとは思うけど。うん、楽しいからいいや。
宴は盛り上がり、先輩’sは『ガハハ』と乙女にあるまじき笑い声を上げながらネイチャとテイオーを可愛がり始め、2人から助けを請うような目線に晒された頃合い。最後のお客様がお見えになられた。
「相変わらず賑やかな部室ですね」
「あれ、来たんだチーフT。ぶっちゃけ来るとは思わなかったんだけど」
「折角のお誘いですからね。当然向かいますよ」
「あいつは?」
「『格好着かないからパス』とのことです」
「でしょうね。私も巨漢Tの行った時そう思ったし」
単なる思い付きである。
巨漢Tの部室に堂々と乗り込もうと思ったらあいつがいてコソコソと帰る羽目になった時、ふと思ったのだ。
『あいつ、呼べば来るんじゃね?』と。
すぐ我に返って『イヤイヤ、無いな』と考え直したがチーフT通せばワンチャンあるんじゃね?と思い速攻でチーフTにメッセージを送ったのだ。
返事は早くに返ってきたが『検討します』だけだったので正直来ないもんだと思っていたけど、来たわ。
「あー、チーフT!」
「このー、私ら捨ててアルデバラン作りやがってー」
「捨てたなんてとんでもない。
受験勉強時に泣き着いてきて最後まで付き合って上げた仲じゃないですか。
それよりお二人が脇に抱えている可愛らしいお嬢さん方は?」
「「後輩の後輩」」
「なるほど、新入生ですか」
相変わらず感情の読めない笑顔である。
いや、私らのことを思ってくれてるのは何となく分かるのだけど胡散臭いというか何というか。
これなら南坂Tの方がずっと分かりやすい。
今だってずっと私の方をむすっとした表情で見てきてくれてるし。
「どうして先輩を?」
「いや、思い付き。正直来るとは思わなかったけど」
「あなたという人は、たまにこう突拍子もないことをするんですから。
……まあいいです。今日は目出度い日なのであまりとやかく言いません。
それとナイトさんへの言伝でもお願いするんでしょう?」
「す、鋭い」
「何年付き合ってると思うんですか。ほら、さっさと可愛い後輩達を紹介して上げなさいな」
「Tは?」
「喧嘩になりそうなので行きませ「まあ無理やり連れて行くけど」
『離してください!』なんて駄々をこねてるけど無理やりぶち込んだ。
折角の機会なんだから感情のままぶちまければいいのだ。
「ターボさんにネイチャさんにテイオーさんですか。
改めてチーム『アルデバラン』のTです。カノープスの前身でもある『エルナト』の元チーフTでもあります」
「『アルデバラン』って、あの最強のウマ娘の」
「そうですよ。加えるなら
「んー?ネイチャ、アルデバランってなんだ?」
「おバカ!最強のウマ娘の所属チームよ!」
「何、最強だと!
だったらターボが倒す!」
ターボとネイチャは相変わらずブレない。
先輩に抱えられながら漫才してるんだもの。
ただちょっとテイオーは何故かむすーってしてると言うか、チーフTに微妙に敵対的と言うか。そんな雰囲気を醸し出している。
なんだろ、接触したことあんのかな?
「ふーん。それで『アルデバラン』のトレーナさん。なんで僕たちに友好的なのさ。
結局は僕たちとはレースで争う敵同士になるわけじゃん。それともまだまだ敵として認識していないとか?」
「いえいえ。レース方面で言えばあなた方はいずれは脅威となると思うので油断するつもりはありませんよ。
とは言えそれ以上にあなた方は教え子たちの後輩ですからね。プライベートで敵対するつもりなんて毛頭ありませんよ」
「……あっそ」
「テイオー、あんまり冷たくあしらわないでよ。
なんだかんだでいずれはあんた達の助けにもなってくれる人だと思うからさ。ね、南坂T」
「ええ。非常に不服ですが私に相談しにくいことがあれば先輩を頼ることも考えてみてください。
別の視野が見えることもあります」
「南坂T。ぼく、前任のTの
「あること無い事いくらでも教えますよ」
がっちりとした熱い握手。何故かTとテイオーの絆が深まっていた。
南坂TはともかくテイオーがチーフTを嫌う理由が全く分からない。初対面のはずなんだけどなー。
「いやぁ、嫌われてしまいました」
「笑顔で言われても」
「コラー、チーフT!
後輩の後輩に何しただー!」
「んだんだー!」
「十中八九ナイトさん絡みだとは思うんですけどね。
如何せん、影響範囲が広すぎて特定ができません」
「だね。あいつあちこちでヘイト買ってるぽいし」
あははー、と笑いながらあっけらかんと話すチーフT。
私や先輩らは慣れているけどどうやらネイチャには刺激が強かったようだ。
『あ、頭おかしんじゃないの』って信じられないものを見る目でチーフTを見つめていた。
「ネイチャ、チーフTも大概だけどあいつはそれ以上にぶっ飛んでるわよ。
どぎついプレッシャーも嫌がらせも意に介さず圧倒的な実力で捻じ伏せて3倍返しで悪意を振りまくんだから」
「そんな娘だからこそ私も悠然と構えて笑っていられるんですけどね」
「この人やばい。無性にテイオーのところに逃げ出したい」
「だめ、ネイチャは逃さない」
「離せぇターボぉおお!」
宴の時間はまだまだ続く。
ターボを振り切ったと思ったらダブル先輩’sにモフラれるネイチャ。
隙をついてターボの興味が惹くような話をしだすチーフT。と、それを聞く私。
相変わらずコソコソと話を続けているTとテイオー。
そこに先輩’sがネイチャと一緒に割り込んで話題をハチャメチャにして、大声を出し始めて、どうでもいい話題が展開されて、仕舞には私らも合流して、物凄い剣幕でTがチーフTに絡みだして……とにかく楽しい時間が過ぎていったんだと思う。
『思う』というのは私の記憶が途中で途切れていたから。
はっ、となって辺りを見回すと右肩にテイオー。左膝にターボ。ターボに抱き着いてネイチャがスヤスヤと眠っていた。
私は無言でスマホを取り出し、その様子をカメラに収めた。
時刻は午前3時ちょっと。これも一つの思い出だろう。そう思い、私はもう一つの思い出し事を片付ける事にした。
--名無しの先輩ウマ娘達の視点
後輩達をソファーに並べた後の話である。
テール、ターボ、モフ、テイオーの順番に据え置き、元サブTに別れを告げてから私らは外の飲み屋で二次会を行っていた。チーフTの驕りで(強制)
っぽい雰囲気のバーらしき店を見つけたので突撃してみたのだが、どうも私らのような小娘が来店するようなお店では無さそうだったので引き返そうとしたんだけど、チーフTはそのままカウンターに座ってしまった。
仕方なく私らも縮こまりながらTの横に腰を掛けた。
雰囲気も良さげでいつも行くようなお店とは勝手が違うので、流石に申し訳ないと思ったのである。
「全く。あなた達の悪い癖です。もう少し考えて行動しなさい」
「ご、ごめんT」
「あ、あのさ。ここ高そうだけど大丈夫なの?」
「はぁ……大丈夫です。
この店はよく学園内のトレーナー達が利用する店なので問題ありませんよ」
「Tって高給取りなんだ」
「ぱねぇやT」
「ホントに反省しました?」
自分で言うのも何だけど安心した途端に態度が変わるのだから現金なものだと思う。
そう、時にか弱く、時に逞しく。これぞレディの嗜みである。
「またおバカそうな事を考えてますね。
では、まだまだ大人になり切れないあなた達に」
「うっせぇやい。腹黒そうな裏切りTに」
「テイオーに嫌われていた不審者Tに」
「「「乾杯」」」
挨拶代わりに軽口を交わし本日二度目の乾杯。
なんかシャレオツな一杯を口にして改めてTを見る。
何だよコイツ、凄い大人っぽくて、カッコよく見えてしまう。
「……だぁぁああ!
そうだよ、思えば始めも大人っぽい雰囲気のTに呑まれて騙されたんだ!」
「そうそう、意味深な面して『一緒にG1目指しましょう』ってちょろ過ぎだろ私達。
冷静になればハードルが高過ぎただろうに」
「騙したなんて人聞きが悪い。目指すだけ目指したじゃないですか」
「現実と常に向きあいながらね」
「畜生、何度も心を折りに来やがって。あれで反骨精神が芽生えたわ」
こいつ、笑顔で煽ってくるんだもの。
『このタイムでレース(笑)』
『おや、また間食ですか。あ、体重計は片づけておきますね(笑)』
『この学園って文武両道を謳っているはずなんですけどあなた達は例外ですか。いえ、いい意味で言ってるんですよ(大笑)』
他の先輩らは結構いい感じに優しく指導されているのをよく見かけるのに、私らにはこんなだからね。マジで詐欺だ。
あー思い出したら腹立ってきた。
「いやー、あなた達にはホント手を焼きましたよ」
「違うね!この顔は嘘ついてる時の顔だね」
「ダメな子ほどかわいいを体現した私達に何やかんやで親しみを感じてると見た」
「100%の本心なんですけど(真顔)」
「「うわぁぁぁあああああん!!」」
「今も手を焼いますしね。
マスター、さっきよりグレード高い飲み物を2人に」
「「わーい!」」
「笑うところですか?」
宴の時間はもうちょっと続く。
後輩達よりちょっぴり大人な私達の時間はまだ始まったばかりである。
「あ、サイドテールから写メ届いてんじゃん」
「……配置変わってね?」