--に憧れる小さなウマ娘の視点
泣きそうな表情で言われたのがきっかけでした。
私の中で明確に走る理由ができたのは。
小さな頃から走ることが大好きでした。
ウマ娘としてはそんな大きくない方だし、地元の学校でも足が速い方では無かったけど、外でずーっと走り続けることが大好きでした。
通学路、学校近辺、学区外。学校が終わったら夕方までずーっと走り続けて。
そして、走り終わった後はいっぱいお夕飯を食べました。体はいつまで経っても大きくならなかったけれど。
最初の転機が訪れたのは4年生の頃。
走ることが大好きだった私のために、両親がモンゴル旅行に連れて行ってくれました。
何故モンゴル?と当時の私は思ったけど、徐々に拓けてくる景色を見て私は興奮を覚えました。
見渡す限りの大平原。
その中には何人かのウマ娘の姿も見られました。
ここに来て初めて私は旅行の目的を確信しました。家族には感謝しかありません。
観光客用のベースキャンプゲルがいくつか用意されており、そのうちの一つに私たち家族が宿泊する手筈のようでした。
チェックインの手続きをしている間に、走りに行く荷物を確認します。
スマホとドリンクと携帯食料とおやつを入れたショルダーバックを肩に掛け、蹄鉄の入ったシューズに履き替えます。
最後に家族から十分注意を受けて、平原の先に見える平行線に向かい足を踏み出しました。
そこから先は至福のひと時です。
どこまで走っても終わりなんて無いのですから好きに気ままに走れます。
右に左に、踊りながら、大きな声で歌いながら。
全力で、力を抜いて、スキップをしながら。
疲れたらその場で仰向けに倒れ込み空を眺めます。
ぼーっとしながら持ってきたおやつをちょこっとだけ摘まんだりもしました。
走って、疲れて、食べて、眠って。
休んだらまた気の向くままに走り出す。
レースが盛んになる前のウマ娘さんは、こう、楽しんでいたのかなって思いました。
次の転機は5年生の時です。
モンゴル旅行を経て更に走ることが大好きになった私は、新しい世界を走ってみたいという思いを抱き始めます。
ここで初めて、レースというものに興味を示しました。
見てる分には正直何が楽しいのかな?と思っていましたが、モンゴルでの経験を経て走る事への楽しさを他にも見出したいという欲求が高まり、それならばと思い足を伸ばしてみようと思いました。
両親は、内向的な私が積極的にやりたいことを話してくれたのが嬉しかったみたいで、次のお休みの日には早速門別にあるレース場に連れて行ってくれました。
なんで門別?とも思いましたが、ここのレース場は今のように地方が盛んになる前から集客に熱心で、当時としては珍しい飛び入りでレース出走を受け付けてくれる場所でもあったから、と後になって知りました。
本格的なレース場で走るのであれば、その地方のトレセンに登録をするなりもしくは、特別なイベントで事前予約、抽選なりを潜り抜けるなりしないと出走することはできません。
そんな事など当然知る由が無かった私は、未知の世界に踏み出す期待と不安で胸がいっぱいでした。
学校のジャージの上から職員さんに手渡されたゼッケンを着けて、ゲートに収まります。
ここでも職員さんに優しく教えてもらいながらゲート入りをしたと思いますが、緊張して頭は真っ白です。
結局、右も左も分らないままゲートが開き、驚愕と同時に足を踏み出し
--あの平原で感じた感覚を私は覚えました。
レース場は普段走ってる場所と比べるとそれは広い所ですが、モンゴルの大平原と比べたらそこは圧倒的に奥行きを感じない場所です。にもかかわらず、あの感覚を感じたのです。
緊張も混乱も一切無くなりました。
何でだろう、と思った矢先に感じたのは、一緒に走っているウマ娘達の存在感でした。
<何番と何番の子はスタートに失敗したっぽいかな。後ろの何番の子は凄い興奮してるっぽいかも。
あ、前を走っている何番の子はフォームとてもきれい。レース経験者かな>
刹那刹那でそんな情報が頭で整理されていきます。
結局レース自体は真ん中よりちょっと下位のパッとしない順位でゴールをしましたが、
モンゴルで味わったものとは同じ感覚を私は感じたのでした。
この感覚は、何だろう?
当時の地方トレセンは、まだ今のような活気がありませんでした。
先を目指す意識が高い娘は、中央所管の札幌か函館を足掛かりに中央を目指すのが主流です。
中央を目指すには大分遅れている段階で、地方で本格的に走るにしても遅い位だそうでしたがそこは地方。どんなに遅くても登録は受け付けてくれます。
今も昔も地方はなるべく広くウマ娘を囲いたい思惑があるみたいで、あの手この手で門徒を叩いてくれたウマ娘を留めようとします。
さて、私は晴れて門別トレセンのルーキークラス生として門徒を叩いたわけですが、正直この時点では学校の放課後に習い事を始めたレベルでしかありません。
普段近所を走っているだけの私が、門別のレース場でも走ることができるようになった。ただそれだけです。
で、あの感覚はと言うと、レース場で走り続けていく内に研ぎ澄まされていく……ものでは無く、寧ろ薄れつつありました。
学園の先生は『この世界で何年も走っている子達と張り合うんだから十分だよ』と言いますが、そうじゃないんです。
あの感覚が何なのかを知りたいんです。
今にして思えば相当思い上がっていたと思います。
当時の私はとにかく自分本位で求道的で、一緒に走る子を競う相手として見ていない、とても失礼なウマ娘でした。
気持では迷走を繰り返していた私でしたが、結果だけはいいものが残ります。
来る日も来る日も走りに没頭していたためか、周囲より体力だけは身に着いていたようで、6年生を迎える頃には門別ルーキー*1の一番上のクラスを走るまでに至りました。
『あ、綺麗なフォームの人』
新たに4月を迎え、門別ルーキーで初めて最上位のレースに出走する日。
1年前の初レースで一緒だったきれいなフォームの人がゲート前で佇んでいました。
私と違ってその風貌は大人びていて、キリッとした目つきがとても印象的です。
--ドクンッ、と心臓が高鳴りました
ああ、これです、この感覚です。
大平原を自由に駆け回っていた時。
初めてのレースで感じた時。
そしてこの日。
共通していることは、気持ちが高揚している時だと確信しました。
そして、このきれいなフォームの人には私を高揚させる
<凄く、速い人だ>
これしかあり得えません。
--門別(右) ダ 1,000m 重
スタートと同時に、きれいなフォームの人は前を行きます。
その走りはとてもスマートで無駄がありません。
<ここで離されたらもう追い着けない>
感覚がそう告げているので喰らい付くように後を追います。
さて、この人の後ろを走っていて分かったことがありました。
それは、自分の走りの無駄の多さです。
前を走るきれいなフォームの人が最小限のロスで走って見えるのに対し、私の走りは身体能力任せで余分な力が入っています。
<力押しで着いて行ける?いや、この人全然余裕ある>
第1コ-ナーに入ると3、4バ身と離れ、そのまま最後のコーナーに入ると更に差が広がっていきます。
結局その差が詰まることは無く、きれいなフォームの人はそのまま1着でゴールしました。
なあなあでレースを走っていた1年間を振り返ります。
レースなんてどうでもいい。充実した走りができればそれでいい。
自分本位に1年間甘い考えで走った結果です。落第点もいい所です。
『……この感覚は、私をより速く走るために導いてくれるものだったんだね』
草原で。
初めてのレースで。
そして、
気持ちが昂る度、無意識の内に私は速く走ろうとしていた。
きれいなフォームの人が本能的に速い人だと直感したからこそ、この人より速く走るべく、あの感覚に至ったと言う事だと思います。
--きっと、私は誰よりも速く走りたいんだろう
ウマ娘としてそれを自覚してしまったらもう止まりません。
心が折れるまで走り続けるだけです。
不安や心配事はいくらでも湧いてきますが、それでも行けるとこまで行って見たい。
1年の期間を得て、漸く私のレース人生が始まりました。
『あ、あの!お名前を。お名前を教えてくれませんか?』
『……ミホノブルボンと申します。あなたは』
--ライスです。ライスシャワーって言います。