レースで負けたライスですが、本選に出場と言う事はとても目出度い事だそうです。
況してや門別から本選に出るウマ娘が現れることは今まで無かったとのことで、かなりの期待がライスには掛けられていました。
ですが浮かれている余裕なんてありません。
『全国には私より速い娘が、まあ数えられる程度にはいます。
特に同級生の2人にはリベンジを果たさなきゃいけません』
レース後にブルボンさんが教えてくれました。
動画で見たことがあるから分かりますが、確かにあの2人は桁が違います。
尤もライスは先ずブルボンさんにリベンジを果たさなきゃいけません。
本戦は東京競馬場で8月中旬に行われます。
例年トゥインクルシリーズが一段落付き、サマードリームトロフィーが終わった後にルーキーチャレンジの本戦が行われるのです。
それまでの期間、ライスはブルボンさんと一緒に合宿を行う事になりました。
これは大会後にブルボンさんから提案されたことでした。
札幌のルキセンは中央直轄という事もあり練習設備が非常に充実しており、何より芝のトラックでトレーニングが可能なのです。
門別でもできないことは無いですが、どうせなら強力なライバルと走れた方が身にもなるだろうということで、私の札幌合宿が始まったのでした。
ちなみに練習はブルボンさんのお父様がライスのことも一緒に見てくれます。
門別では一人のトレーナーがたくさんのウマ娘の面倒を見ますが、この合宿の間はブルボンさんのお父さんが付きっきりで練習を見てくれ、細かいところまで指導いただき、とてもためになりました。
ちなみに、お父様を独占できないブルボンさんがむくれていて、とっても可愛かったです。ブルボンさんはお父様が大好き。
時間は流れていよいよ本選の2日前。
合宿時から変わら無い3人で東京の会場に向かいます。
新千歳空港から東京までは飛行機での移動なのですが終始ブルボンさんがプルプル震えてお父様(もちろんブルボンさんの)の手を終始ニギニギしていた様子がとても印象的でした。
普段は表情が読めず機械的なところがありますが、一緒にいるととても可愛らしい仕草をよく見せてくれるので、その度にライスは悶えていました。強くて可愛いとか反則です。
羽田に着き、そこからは府中を目指します。
実はこの日、トレセン学園の練習場を使わせてもらえる事になっていました。
練習場に集まったウマ娘さん達は、自分の憧れのウマ娘さんたちに会えるかもとワクワクした様子で辺りを見渡していましたが、正直ライスはあまり興味がありませんでした。
同世代ならまだしも、上の代のウマ娘さんの事など当時のライスは全く縁が無い話だと思っていたのです。
当時のライスにとって中央で走るなんて全く埒外の考えでした。
それ以上に、明後日の本戦で走るウマ娘さん達の走りの方がよっぽど気になりました。
注目すべきはブルボンさんに土を着けた2人。
サイレンススズカさんとナリタブライアンさん。
1つ下の学年だと海外で活動しているエルコンドルパサーさんとグラスワンダーさん。
ブルボンさんから1つ下だと言われて思わず2度見してしまいました。
後は大会最年少のトウカイテイオーさん。
背丈は私と変わら無いのに2つも年下と言われた時は何だか遣る瀬無くなりました。
--ゾクッ
とても。とっても冷たい視線を感じました。
視線を追ってみると、観客席に1人のウマ娘さんがこちらを見てニヤニヤしています。
ああ、あの人はライスでも知っています。
この年のダービーウマ娘さんであり、歴史上最強のウマ娘さんでもあり、そして最悪と言われているウマ娘さん。
こちらの視線に気付いたのか、遠くの方からツカツカとライスたちの方に向かって来ます。
途中、ブルボンさんとお父様もその様子に気が着いたようで、強張った表情でその様子を見つめていました。
『あんた、私を見つけたでしょう?ああ、変な因縁とかじゃないから。
私、視線とかに敏感だからさ、分かるんだよね。
それで、あんな遠くから珍しいと思ってね。ちょっと興味湧いたから声かけてみただけ。他意は無いよ。
だからそっちの2人もそう力まないで。流石に練習中の、それも入学前の後輩にちょっかい掛けたりはしないよ。
悪名高いからってそこまでじゃないよ--自分が走るレース以外ではね。
ああ、また調子こいた。ごめんごめん。
結局はそこの小っちゃいのに言いたいことがあっただけよ。
もう一度、私の興味を惹くことがあったら一緒に走ってあげる。ただそれだけ』
それだけ言うとその人はさっさと立ち去って行きました。
喋った感じはどこにでもいそうなウマ娘さんでしたが、遠くからこちらの様子を見ていた時の視線は、相当の悪意に満ちたものでした。
トレセン学園での練習は、ダービーウマ娘さんと遭遇したという事でとても印象深い体験となりました。
本選当日。
夏の日差しが照り、まだまだ夏の終わりが見えない炎天下。
ライスは初めて東京競バ場のターフに降り立ちました。
幾千もの名勝負が行われた、歴史ある空気をどことなく感じます。
観客席は殆どが空席かと思いきや、一応一般公開もされているため、応援の人以外にも全くの外部からの観戦者らしき人もチラホラ見えました。何でも未来のスターウマ娘の卵を見に来てるんだとか何とか。
そんな事とは露知らず、ゲート入り前にライスは今日の出走者の状態を念入りに確認していました。
テイオーさん、絶好調
グラスワンダーさん、キレキレ
そしてサイレンススズカさん、どこか覇気がありません
ブルボンさんとは別ブロックなので今日はご一緒できませんが、それでも私のブロックにはブルボンさん以上の実力者であるスズカさんがいます。
表情は真剣そうに見えますが、何故か闘志らしきものが見えない。いつの日かのライスに似たような雰囲気をしています。
周りが見えていない、そんな感じです。
勝機があるのでは。と思いましたが、レースが始まったらその思いは覆されました。
--ルーキーチャレンジ(本選Aブロック)
東京 左 芝 1,600m 良
映像で見るのと実際に走るとではまるで違うは速さの体感に圧倒されました。
ブルボンさんがスタートから最後までその背中を眺めることしかできなかった理由が良く分かります。
その爆発力はブルボンさんの上を行っていました。
ほぼ向正面の端からスタート。直線にして最初のコーナーまで500mと少し。
どんなにライスが足の回転を上げてもその差が縮まらず、離されていくばかり。
ライスよりも先行してグラスさん、テイオーさんも何とか食い下がろうとしますがそれでも追い着けません。
『自分だけの世界を走っている』
そう思えてしまう位、圧倒的な逃走劇を見せ付けられます。
それならば後半勝負、と思っても速度が落ちているようには思えず、そればかりか更にスピードが上がっていくのです。
2位以下を圧倒して堂々の1位。
同世代のトップクラスは格が違いました。
サイレンススズカ 1着
トウカイテイオー 2着(7バ身)
グラスワンダー 3着(アタマ)
…
…
ライスシャワー 圏外
ブルボンさんはブロックを2位で勝ち抜き、決勝ラウンドまで駒を進めましたが、それでもブライアンサンとスズカさんの後塵を拝むという形になってしまいました。
--ルーキーチャレンジ(本選・決勝ラウンド)
ナリタブライアン 1着
サイレンススズカ 2着(1バ身)
ミホノブルボン 3着(4バ身)
エルコンドルパサー 4着(1バ身)
グラスワンダー 5着(ハナ)
圧倒的に速かったスズカさんを最後の最後で捲るブライアンさんの追い込みが印象的でした。
本家の追い込みは文字通りレベルが違います。
1つ下の世代の2人もブルボンさんと競るぐらいの実力者ですし、枠内こそ外しましたがテイオーさんも4つ巴の争いに最後まで絡み、僅かな差でグラスさんにリベンジを許していました。
ダービーウマ娘の先輩との邂逅を得て
同世代、下の世代が鎬を削る姿を見て
この夏、ライスの中で何か変わりつつありました。
こうして胸の中の熱さを燻らせたまま、ライスの夏は幕を閉じたのです。