季節は秋。スポーツと食欲の秋。
大会のうっ憤を晴らすが如く走り込み、動いた分だけたっぷり食べる。
夏の消化不足を補うが如く練習に没頭します。
身体こそそんなに成長しませんが、タイムは右肩上がりに伸び実力的な成長期を迎えていました。
また、普段は門別で練習をしていましたが、休みの日には札幌のルキセンでブルボンさんと一緒に練習を行うようになりました。
目標としていた大きな大会も終わり、この時期からいよいよ進路の話が本格化してきます。
ブルボンさんはもちろん中央のトレセン学園の入学を希望しているようでした。
ライスはと言うと、正直地元で力を着けてから中央に挑むという形を考えていました。
去年までなあなあで走っていた時期と比べたら、大分真剣に考えるようになったと思います。
自分の力だけで先ずは地元でしっかり走り込みたいと思ったのです。
本音で言えばブルボンさんと一緒に中央で高め合いたいと思っていましたが、ずっと一緒に練習するだけではいつまで経っても追い着くことができないとも思ったのです。
それに、今の私の実力は伸び盛りとはいえ正直安定感に欠けます。
故に地方でもう一年しっかり実力を着けてから、クラシック戦線に臨むという方向で進路を考えていました。
だから、ブルボンさんと走れる時間も後半年しかありません。
未だに後塵を拝み続けていますが、どうにか卒業までに一度は肩を並べておきたいと思っていました。
思っていたのですが……この時期のブルボンさんも驚異的な成長を見せていました。
ライス以上に悔しい思いをしていたのですから、熱が入るのも無理ありません。
体力に自信があるライスでもブルボンさんとの練習では着いて行くのがやっとでした。
『ライスシャワー。あなたの成長に驚嘆しています』
ライスも必死でした。
追っても追っても届かない背中に何度も手を伸ばし続けて。
届いた、と思ったらするりと先に行ってしまうのです。
ライスがブルボンさんに勝つには勝負所を見極めて『差す』と言う方法以外思いつきません。
我武者羅に追いかけて、最後の一踏ん張りで一歩でも相手より前に出るという泥臭い戦法でありますが、体力に自信があるライスにこの戦法は思いの外しっくり来るのです。
門別で走る際は上級生を相手にしても引けを取らないのですが、ブルボンさんには一度も勝てた試しはありませんでした。
『ライスさんは中央を目指さないのですか?』
ブルボンさんとの練習を終えてファミレスでご馳走になっている時に話を振られたことがあります。
自分の実力に自信が持てない事、地力をつけてから挑もうとしている事、ブルボンさんに関する事。
この時初めてブルボンさんに自分の考えを打ち明けました。
ブルボンさんは自分を目標にされていると聞いて、何だかとても恥ずかしそうな表情をしていましたが、それでも最後には合点がいったと笑顔でライスの考えに賛同してくれました。
『それではライスは私のライバルと言う事ですね。
……何故でしょう、言葉にするとギラギラと言った感情が湧いて出てきます』
ブルボンさんがライスを認めてくれた事がとても嬉しかったです。
今はまだ一度もブルボンさんに勝てた試しは無いけれど、2年後のクラシックの大舞台ではきっと、大きくなったライスと一緒に--
--あっ
--ブルボン!!
あの日あの時あの場所で。
日にちが、時間が、ライスとブルボンさんの走る位置が少しでもずれていれば、こんな結末を迎えることは無かったのかもしれません。
多分それは本当に些細な凹凸だったんだと思います。
普通なら気に留めることもないような、そんな程度のものだったのかもしれません。
ライスの横を、フワッと宙に浮いたブルボンさんが通り過ぎたんです。
ドサドサッと、倒れ込む音が聞こえました。
一瞬の静寂後、ブルボンさんのお父様の叫び声と、事態を把握した関係者の掛け声響き渡りました。
そこから先の事はあまり思い出したくありません。
足を止め、ゆっくりと振り返ると、転がった跡がくっきり残ったターフと、その先に倒れ込んでいるブルボンさんが--
多分両親に連れられて、私はお家に帰ったんだと思います。
病院で念のため検査を受け、異常が無いことが分かって、自宅に戻って。
呆然としていた私ですが、家に戻って来て漸く事態を飲み込む事ができたのです。
--ブルボンさん、ブルボンさんは大丈夫なの!!?
『命に別状は無いそうだ。だが、その、ケガの具合が酷いらしくてな。
その後の詳しい話はあっちの親御さんからまだ来ていないんだ』
『とりあえずライス、今日はもう休みましょう。
あなたも精神的に参っているはずよ』
お父さんもお母さんも声を濁していました。
多分それはこれ以上私に負担を掛けないようにした優しさだったのでしょう。
この時続報を聞いていたら、多分私は完全に潰れてしまっていたと思います。
翌日早朝の事です。ライスがその事を知ったのは。
ブルボンさんのお父様が玄関で頭を下げていたのです。
『大切な娘さんを危険な目に合わせてしまい、大変申し訳ありません』
『頭を上げてください!結果としてライスは無事でしたのでとやかくいう事はありません。
それ以上にあなたの娘さんの事です!容態はどうなのですか?』
『……昨日お話しした通り、命に別状はありません。
今後の頑張り次第で、日常で生活するに支障が無いレベルまで戻るかどうかと。
ただ、ただ……』
--選手として走ることは諦めてくださいと、そこははっきりと告げられました
ブルボンさんのお父様は泣いていました。
ライスの両親も言葉を失っていました。
私は、昨日の病院に向かって走り出していました。
あり得ない、そんな訳ない。
あんなにきれいなフォームで走る人なんだ。
それでいてとても速い人なんだ。
しかも最近もっと速くなってきて、春には中央での活躍を期待される人なんだ。
何よりライスの、ライスの目標なんだ!
『ライスちゃん、ね。
ご両親とあの人から連絡が来てたわ。あまり考え無しで走らないでね。危ないわ、本当』
おばさま、心配かけてごめんなさい。
その事は後でいくらでも謝ります。
それよりブルボンさんは。
『こっちよ。さっきあなたが来るって言ったら急に慌てちゃって』
ありがとうございます。
では、お会いしても。
『ええ、構わないわ』
息を整えながら私はブルボンさんの病室に入りました。
そこはドラマで見るような心電図の機械も、口を覆うようなマスクも特にありません。
ただ所々に巻かれた包帯と、足を固定しているギブスがとても痛々しく見えました。
『ライス、ですか』
私から言葉は出ませんでした。
それでもブルボンさんに直接聞かないといけないと思ったからここまで来ました。
--もうレースに出れないって、本当ですか。
『ライス、あなた……ええそうです。
ウマ娘としてレースを駆け抜けることはまず無理だとはっきり告げられました』
ならどうして、どうしてそんな平然としていられるのですか?
『平然ともしてませんし、昨日その事を言われた時はガンガン泣きましたし、当分誰構わず辛く当たることもあると思います。
それでも最後はあなたが無事だと知って。どうしても、心の底では安堵してしまうんです』
バカですか?
自分がもう走れないって言われているのに、どうして他人の。ライスの心配なんか。
『友達ですから。それでは理由になりませんか?』
もう駄目でした。
昨日からごちゃごちゃになっている感情が爆発して、ライスの目からは涙が止まりませんでした。
『私は昨日十分泣きましたし、それでも足りない分は今あなたが泣いてくれています』
痩せ我慢だ。
普段の無表情がすでに崩れている。
誰の目で見てもブルボンさんの顔は泣き出しそうな程に歪んでいます。
それでも。
それでもどうしてか、希望を抱いているかのようにも見えました。
『ライス、さん。私に夢を見せてくれませんか?
私を追い駆けたウマ娘は世界一のウマ娘だったんだって。
私がそう言える位、最高のウマ娘になってくれませんか』
世界一の。最高のウマ娘。
この日、ライスは友達から夢を託されました。