YOU MAKE LIFE(夢喰らい)   作:グゥワバス

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8話

--不屈の皇帝と呼ばれたウマ娘の視点

 

 

 

「負けたか」

 

 

 

 完敗だった。

 特に最後の下りに入ってからは先頭の3人には追い着けるビジョンが浮かばなかった。

 言うなればどこか違う感覚で走っている。そんな様相。

 サイドテイルが抜け出した時に強く実感した。

 

 何かが違う、と。

 

 

 互いに全力だったはずだ。あそこまで切羽詰まった表情だったのだから。

 演技などできる余地はない。

 

 ともすれば、あそこからの伸びは何を原動力としたものなのか。

 もしくはそれが私に足りないものなのか。答えは依然として分からないままである。

 

 

 

「だからどうした」

 

 

 

 今更その程度の事で折れる理由とはならない。

 慣れることは無いが幾度となく辛酸を舐めてきたのだ。精神的に参る要素でも何でもない。

 

 仮にお前達がどんなに力を着けようが、私はその力を上回るような練習を重ねるだけである。

 

 

 忘れるな。

 私はあいつから多くの敗戦を経て今の実力築き上げてきた。

 誰よりも負け続けて立ち上がって来た自負がある。

 この程度の障害で折れる程、軟なトレーニングを積んだ覚えはない。

 

 

 今回も敗れこそした。

 しかしながら、あいつに対抗し得る力の片鱗を見せてもらった。

 なればそれすらも飲み込んで己の糧とするまで。

 

 自身の弱さに屈することは無い。

 自身の可能性を信じる。

 

 栄光を掴み取るまで、私は決して諦めない。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--スーパーカーと呼ばれているウマ娘の視点

 

 

 

 私にとって誤算だったのはライスちゃんの存在と、彼女の存在。

 リミットを振り切ったような走りをするのは私だけでは無かったのだ。

 

 

 そもそも私がこの走りに手を出したのは今年から。

 彼女が見せた阪神での急加速に目を付けた事がきっかけだった。

 

 

 あのレースを直接見ていたから分かる。

 最後のタマモクロスちゃんを千切った加速は、真っ当に鍛えて身に付く物では無いと言う事に。

 

 何せあの加速は、ダービーで味わったあいつの走りにそっくりだったのだから。

 

 

 すぐにお花ちゃんに連絡を取ってあの走りをものにしたいと相談したけど、案の定難色を示した。

 そもそも掛かる負担が大きすぎる。況してや私のように癖のあるフォームだと尚更だ、と。

 

 

 しかし、私に取ってもようやく見えた光明だったから、がっつり食い下がった。

 それこそこの事を『ルドルフに告げるわよ』と半ば脅すようにして。

 その時の花ちゃんと来たら、プっつーんして大分お怒りの様子だったわ。

 私だけではなくルドルフにも危険な練習を勧めようとしていたのだから、それは怒るのも当然よね。

 

 

 結局、腹を括った私の様子に『本当にあなた達の世代は……』と最後は折れてくれたけど。

 

 

 そこからはお花ちゃん全面監督の下、秘密裏に練習を見てもらった。

 どうにも身体のマネジメントが相当困難らしく、多分彼女は相当な無茶をしているんだと言う事も併せて理解させられた。

 

『選手生命を危機に晒すような練習を見せる事は容認できない』と、お花ちゃんとしては今でも不本意らしい。

 これ以上私のような大バカ者を増やさないためにも、ルドルフを始めチームの皆には絶対にバレないよう今も細心の注意を払って練習に臨んでいる。

 

 

 しかし、それでいて尚、天皇賞はライスちゃんと彼女には届かなかった。

 

 

 きっと2人は更に先へと足を踏み込んでいる。

 特に彼女の方は、相当な無理をしていると思われる。

 

 

 彼女も言っていたけど、本当ライスちゃんが羨ましい。あの娘の走りに無理は見られ無かったもの。

 小さな身体とは裏腹に最高のフィジカルを持った、ああいうのを本物の『怪物』と言うのね。

 

 

 

 そしてそのずっと延長上の先にいるのがあいつ。

 お花ちゃんが言っていたっけ。

 

 『あれのフィジカルは『怪物』と評する事すら生温い。『バグ』そのものよ』って。

 

 

 一体全体、どうしてあなたは『バグ』ったのかしら。

 ……そう言えばゴールドシップも同じように表現していたわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--シャドーロールのウマ娘の視点

 

 

 

 クソッ!何が三冠ウマ娘だ!!

 何が渇きを満たして欲しいだ!

 

 そんな上からものを言えるほど、私は強くなんて無い。

 

 

 

「よう、後輩。くっそほどに惨敗だったな」

 

「ゴールドシップか。先輩、今の私は虫の居所が悪いんだ。その喧嘩、すぐにでも買うぞ」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 

 

 突然絡んで来た先輩--ゴールドシップに私はオラ着くも、躊躇いなく放たれたゴールドシップの一撃をもらう。

 

 ま、マジか。

 いきなり腹パンとかこいつ頭がおかし過ぎる。

 

 うずくまった私の首根っこを文字通り引き摺りながら、どこかに連れて行かれた。

 

 

 クソが。レースでも負けて吹っ掛けた喧嘩でもあっさりやられて……ああ、ったく、何をやってんだ私は。

 カッとなっていた頭が急激に冷めていく。少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 

 

 

「おら、落ち着いたなら手前で歩け」

 

「っち。いきなり喧嘩吹っ掛けたのは悪かったよ」 

 

 

 

 虫の居所が悪いと言え外聞がよろしくなかった。そこは謝る。

 何より相手が悪すぎた。ゴールドシップなんてトップクラスに喧嘩を吹っ掛けてはいけない奴だろう。

 吹っ掛けた報復に、何をされるか想像すらつかない。

 

 ここまで片手で私を引き摺る力だけ見ても、物理的に喧嘩を売ってはいけないと言う事が十分分かる。

 

 

 

「で、目的は」

 

「コメ」

 

「なんだ、飯でも一緒に食べようって……ライスシャワーの控室じゃないか」

 

 

 

 結局着いた先はライスシャワーの控室。

 『コメってライスの事か』と言うツッコミを飲み込んでその部屋に入ると、当然ライスシャワーがいるわけで、しかしゴールドシップは特に気にした様子もなく切り出した。

 

 

 

「よう、2着。同期のあれは強かったか?」

 

「……突然何ですか、ゴールドシップさん。と、ブライアンさん」

 

「私は巻き込まれ事故だ」

 

 

 

 怪訝そうな表情でゴールドシップと私を見るライスシャワー。

 あまり絡みが無い奴が突然やって来たらそれは驚くだろう。

 

 それでもゴールドシップから何か感じ取ったのか、無理やり追い出そうとすることはしなかった。

 

 と言うかライスのトレーナーも特に動じた様子が見られない。

 ライスもチラとトレーナーを覗き見ていたようで、動じない様子を察してか仕方なくと言った表情で口を開き始めた。

 

 

 

「……正直ライスにとってサイドテイルさんは最後まで目障りでした。それこそ、最後のひと伸びまで」

 

「にしてはすっきりした表情してんじゃん」

 

「ある程度私の因縁は飲み込めましたから。結局、よそ見してる暇なんて無いって折り合いが着いたので」

 

「そっか。そんなお前に朗報だ。私らと『チーム』を作らないか?」

 

 

 

 は?『チーム』?私らと?

 私の頭は再度混乱した。

 

 

 

「どういう事です?」

 

「シンプルに。今日はいない、同期のあいつをぶっ倒すための練習を行うことを目的とした、チームを作らないかってこと」

 

「チーム間で共同という形を取っても良いのでは。わざわざチームにする意図が見えません」

 

「所属チーム員各々が効率よく練習をする事が目的。特に、無茶な練習も通せるようにするためのな。

 現在のチームでは容認されないような練習も行えるようにする。

 

 但し、所属する奴には皆現チームのトレーナーから承諾をもらって移籍してもらう」

 

「……チームの責任者は」

 

「私だよ」

 

 

 

 驚いた表情でライスシャワーは自身のトレーナーを見ていた。

 今の話を聞いていると

 

 1あいつを倒すことを目的とした練習をするチームを作る

 2そこでは多少無茶な練習もできる。但し移籍はチームTから承諾を得てないとダメ。

 3責任者はライスシャワーのT

 

 という事が分かった。

 そしてライスシャワーのTはその事をすでに容認していると言う事も。

 

 

 

「メリットがあるから受けたんだよ。

 君たちの前で言う事では無いと思うが、来てくれるウマ娘達の走りをライス君に反映させることができる。

 これが私たち陣営が受けられる最大のメリットだ。

 私としては責任を追及された所で失うものなどあまり無いからね。

 

 例えば今来てるゴールドシップ君とナリタブライアン君の走りを練習段階から間近で見せてもらう事ができる。

 それだけでも私にとっては十分のメリットだよ」

 

「トレーナーさん。私が、容認するとでも」

 

「するさ」

 

 

 

 しばしの睨み合い。

 沈黙が控室内に走る。

 

 私としては当然答えが出ていたし、ライスシャワーの結論も結局は分かり切ったものだった。

 

 

 

「トレーナーさんはずるいです」

 

「すまないね。確実にライス君が断らない方向で行こうと思ってね」

 

 

 

 トレーナーに根回しを済ませた段階で決まっていたのだ。

 

 

 

 

「と言うわけだブライアン。お前も参加でいいな」

 

「いいだろう、踊らされてやる。但しあいつを倒すのは私だぞ」

 

「そんなもん、早い者勝ちに決まってるじゃねーか」

 

 

 

 果たしてこいつは何手先を読んでチーム設立について動き出したのか。

 改めて先輩の代の執念深さを思い知った。

 

 恐らく、他のメンバーにもある程度目星は着けているのだろう。

 

 

 

「一応補足で説明しておくぞ。チームを作ると言ったが、

 合わなかったら抜けてもらって構わないし、無茶な練習だって強要しない。

 

 活動期間は先ずは年内いっぱいを想定している。当然、有馬を意識しての事だ

 だから所属Tとは喧嘩別れでは無く、つまり戻る事もあり得ること等を良く説得して移籍は検討するようにな。

 

 最後にチーム名だが--」

 

 

 

--チーム名は『シリウス』

 光り輝けるかそのまま焼け焦げちまうかは、各自自己責任でお願いするぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--過去の夢を見た小さなウマ娘の視点

 

 

 

 あの人を追い抜いた時、ブルボンさんの幻想に打ち勝ったと思った。

 あの人に最後競り負けた時、あり得たかもしれない未来を夢想した。

 

 

 

 ブルボンさんがケガを負わずトレセン学園に入園して、世代の強豪と鎬を削って、順当に成長して、今日この日を迎えたとしていたら……そんな風に思えたレースだった。

 

 

 札幌で相まみえた時。

 あの背中に追い着いたと思ったら最後のひと伸びを見せられた。

 

 

 今日の一週目のスタンド前の直線は、あの日のレースを思い起こすものだった。

 だからなのか、私はあの人が仕掛けるタイミングが手に取るように分かったのだ。

 

 <直線抜けて、コーナ直前で来るよ>

 

 ここでライスは、あの日の背中を追い越すことができた。

 これで終わりだと思った。

 

 

 

 二週目の直線では、あの人が追い駆けて来るのが分かった。

 

 <来てる、来てるよ!>

 

 ああ、私はまだ、夢の続きを見ているんだ。

 そうだよね。ブルボンさんもきっと、負けっぱなしってわけにはいかなかったと思うの。

 

 <抜かれちゃう、抜かれちゃうよ!>

 

 ホント、最後は勝って締めたかったけど、やっぱりあの人は強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、だから目障り。

 ライスが勝ってればきっときれいな思い出として昇華できたのに。

 

 

 

「夢は見れたかな」

 

「はい、収まりの悪い夢でしたが」

 

「違いない」

 

 

 

 いつも以上に穏やかな口調。

 きっとトレーナーさんもライスと同じ視点でレースを見ていたんだと思う。

 でもそれもおしまい。私は本来の夢にもう一度目を向け直します。

 

 でないと、()()()()には一生追い着けませんから。

 

 

 

「さて、改めて出直そうか……お、来たかな」

 

「よう2着。同期のあれは強かったか?」

 

 

 

--ええ、夢に見るくらい、強かったです

 絶対口には出しませんけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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