YOU MAKE LIFE(夢喰らい)   作:グゥワバス

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2話

 入学式から幾日か経った頃、今日も今日とて私は授業を受けていた。

 

 当たり前といえば当たり前だが、ここは中高一貫校である。

 走ることのエリートとはいえ、学問は必須事項である。

 というか名門だけあってレベルが高い。

 

 まあ、ことこれに関しては本当にほどほどでいいだろう。

 

 

 

 改めてコマ割りを見直してみるとやはり走りに関することが中心である。

 効率よく一般教養科目を学び(詰め込み)、後は全部走ること、的な。

 

 新入生である私たちの授業は自分の適正やらを探らせる系統のコマとライブ(入門)のコマが非常に多い。

 

 特にライブ(入門)の力の入れ方が半端ではない。

 初めのうちは走るより、歌と踊りの方が時間を取っているように思える。

 

 立つかもしれない晴れの舞台で恥だけは掻かせないよう、熱が入っているのだろうか。

 まあ大多数の生徒には無駄になると思いますけどね。あ、バックダンサーもしなきゃいけないから無駄にはならないか。

 

 

 なおこのコマ割り、一般教養科目以外は全て変動制である。

 後に所属するチームやトレーナーの方針で当然鍛え方等異なってくるため、変動部の大半はウマ娘ごとの方針に乗っ取った『自主トレ』となる。

 

 もちろん変動部ならではの専門的学問も充実しており、在学中レース戦線に見切りを付けたウマ娘達が、各々の将来を切り開こうとそこで学びを続けている。

 

 ただしそのほとんどが走りに繋がることであり、私としては「くそかな?」って思ってしまうところではあるのだが。

 ホント、社会が悪いよ社会が。

 

 

 

 

 さて、今日の授業も終わったことだし、ぼちぼち例のトレーナーに仕掛けてみたいと思う。

 ここ数日、サイドテールのウマ娘の後を付け、件のトレーナーのことについて情報を集めていた。

 

 

 チーム「エルナト」のボス。

 7~8人のウマ娘が在籍。

 うち1人は先日入部したサイドテール。補助にサブトレーナーも付いている。

 

 実績は年間を通して重賞に一つ、入賞が絡むウマ娘が出る位。

 過去にG1出走バも出たこともあるらしいが、どのレースかまでは不明。

 

 チームの実力としては中の下で中堅に片足を突っ込んだ程度。

 

 トレーナーの評価も『まあ順調なキャリアでね?目立ちゃしないけど』って感じ。

 ちなみに以前はもう少しウマ娘がいたみたいだけど、どうも一線を退いてるっぽい。

 

 

 (一般的な目線で見たら)練習もそれなりに気合が入っているし、チーム仲もそれなり。ザ普通って感じ。

 あとトレーナーの方針なのか性格なのか、ガツガツ行くような様子でもない。

 

 だからこそ不自然に思う。スカウトをしてまでサイドテールを呼び込んだけど、やってることは何ら変わりのない練習。

 

 外部を警戒して練習を秘匿しているのかと思ったが、数日様子を見てそう言ったわけでもないことも分かった。

 

 おそらくあの時いたどのウマ娘でも良かったのだろう。

 理由はどうあれ結果論、たまたまサイドテールに声が掛かった。

 強引だがここまではいい。

 その先、じゃあなんでこんな底辺に声を掛けた?それが読めない。

 

 

 

「こんにちは、エルナトのトレーナーさん。お時間いただきありがとうございます」

 

「ええこんにちは。どうぞお掛けください」

 

 

 

 だから本人に直接聞くことにした。

 本庁舎棟のトレーナー室に入ると、柔和そうな垂れ目のスーツ姿の男性が出迎えてくれた

 

 チームの話を詳しく聞きたい、というドストレートな名目でアポを取り付けてみたらすんなりオーケーがもらえたので、そこをとっかかりにして話を切り出すこととする。

 

 

 

 

「あの、お時間いただいたのはありがたいのですが、練習とかは見ないで大丈夫なのでしょうか」

 

 

「ある程度の方針を皆には示していますし、サブトレーナーも付いていますから。私がいなくても十分に回ります。

 それにチームに興味を持っていただけた新入生に、もっとチームについて知ってもらいたいという思いもありますしね」

 

「と言うと」

 

「恥ずかしながら、チームの実情としてはまだ零細の域を出ていませんでしてね。

 有望な新入生を囲いたいって思いもあるんですよ。惰性で来られる生徒より少しでも興味を持った生徒を引っ張り込みたいっていう、俗な気持ちです」

 

 

 

 たはは…と小さく笑いながらトレーナーは頭を掻いて話を続ける。

 

 

 

「小規模なチームですので、『腰掛け』として入ろうとする娘も結構いるんです。

 そういう娘はまたすぐ転々として、結局長続きしないんですよ。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、すぐ出ていくでは、うちにはデメリットしかありませんしね。

 

 必然、あなたのように少しでも興味を持った娘を説き伏せて囲った方がチームにとっても好ましい刺激になりますし、何よりその娘のために継続して指導できます。尤も、自分より優秀なトレーナーはごまんといますがね。

 

 と、これだとほぼ勧誘ですね。

 いやぁ、トレーナーの性分でして。チームについてですよね」

 

 

 

 それからはチーム『エルナト』の歴史、というには浅すぎか。昔話をしてもらった。

 内容は公に公開されているものから、トレーナーしか知りえない情報まで結構多岐に渡ったが、まあ何のとりとめもない話だから割愛しよう。

 

 

 にしても困った。

 実際に話をしても善性が強いトレーナー、としか見えない。

 もう呼称は博愛主義トレーナーでいいんじゃないかな。ホント困った……善人の仮面に綻びが全く見られないから。

 

 

 こいつは絶対に何か隠している。

 こいつと同じようにニュータイプ的な発言をするのは癪だが、相手の悪意に私はかなり敏感である。

 異能の一歩手前まで来てると言ってもいい。

 

 

 こいつは私を欺こうとしている。ビンビンとそれを感じるのだ。

 しかしこのまま話し続けても埒が明かない。

 

 だから私から切り出すことにした。

 

 

 

「このチームを辞めた娘についてなんですけど、だいたいどういう理由で辞めていくんですか」

 

「結局本人の熱意とうちの方針が嚙み合わず「そうではなくて」

 

「そうではなくて、このチームで頑張っていたウマ娘達が、です。

 

 私、直接このチームを辞めた先輩方に話を伺ったんですけど、皆さん結局「自分の才能に限界を感じた」的なことしか言わないんです。本当にそうなんですか?」

 

 

「……そう言ったことを聞き出すのはあまり褒められたことではないんですがね。

 まあ、あの娘達があなたに話したことは嘘ではないみたいなので、肯定しておきましょう。

 

 そうです。言い換えると自分の才能の底が見えてしまったのです。

 そこに行きつくまでの要因は多々ありますが、結論はみんな同じです」

 

「では何故、あのサイドテールの娘を勧誘したんですか。

 言い方は悪いですが、一着の娘以外実力はどっこいどっこいだったはずです」

 

「理由はお話ししたはずですよ。君もその場にいましたしね」

 

「疑問なんです。

 トレーナーが勧誘したウマ娘って、結局はある一定数は走ることを止める。

 つまり引退しちゃうじゃないですか。

 

 情熱的な勧誘をしたあのウマ娘であっても、そこそこの確率で引退するリスクがある。

 それなのにふわっとした勧誘方針を変えようとしない。

 同じことを繰り返す恐れがあるのに」

 

「手厳しいですね。

 でも、方針がぶれてちゃここでトレーナー何てやってられませんよ」

 

「ではそのふわっとした勧誘方針を教えていただけませんか?」

 

「方針として言うなら、『私から見て頑張っているウマ娘』としか言い様がないですね。

 あなたから見たら、『引退させてしまうウマ娘を一定数出してしまうロクデナシ』と見えてしまうようですが。

 否定したいところではあるのですが、間違っていないことですのでね。悪い大人ですよ、私は」

 

 

 

 あっけらかんとした表情。

 ああ、こいつは善人の皮を被った何かだ。確信して言える。

 

 

 但しここまで踏み込んでもその皮が剝がれない。

 断定できる所作が全く見られないのだ。

 

 つまるところ言ってることは全て真実なのだ。

 それでもなお私を欺こうとする悪意を感じる。

 

 

--都合の悪いことを話していないな。

 

 

 

 もうこれ以上正攻法でつつくのは限界だ。

 そうなれば次は邪法をもって揺さ振ることとした。

 

 

 

トレーナーさん、正直に答えてほしい

 

 

 

 悪意には悪意を。口元を吊り上げねっとりとした悪意をトレーナーにぶつけた。

 

 

「(雰囲気が変わった?)君、いったい」

 

「特殊な事情で私はこと悪意にはクソほど敏感でね。

 あなたが事実を言ってるということは良く分かるんだけど、何か私を欺こうとしてる匂いがプンプンするんだよ。

 

 だからさ、教えてよトレーナー。

 博愛主義染みた胸の内にある本心ってやつをさ」

 

 

 

 虚を疲れた表情をしたトレーナーであったがすぐに表情を取り繕う。

 この辺は流石としか言いようがない。だてに世間で揉まれてはいないようだ。

 

 しばしの沈黙、後、トレーナーの小さなため息が部屋に零れる。

 笑顔の私と対照的に、トレーナーの表情は険しいもの。

 

 目を瞑り、米神に人差し指を当て、トントンとリズムを刻む。

 

 シラを切られても別に構わない。

 もう胸に一物何か抱えているということは分かったのだから。

 

 やがて思考から戻ってきたトレーナーが再び口を開いた。

 

 

 

「正直君が雰囲気を変えず流れのままに追及をしてきたら、私は『いい人』のまま終わらせていました。

 でも君は何か確信を持って私に追及をしている。

 

 だからこそ、そのおどろおどろしい感情を発露して問いかけた。

 おそらくここで私が否定しても、他の手段で素性を探りに行くぞと、いう意味を込めて」

 

 

「そこまで深くは考えていないです。

 ただまあ人から本心を聞き出すんだから、自分のことも表現してておかないと。

 フェアじゃないでしょう?」

 

「それは、そうですね。

 ……少しは君の素顔を拝見できましたかね」

 

「触り位は」

 

 

 

 「よろしい」と一言。

 ここでトレーナーさんにも笑顔が戻った。

 ただその笑顔は最初に見せたものとは全く違う、狂気を滲ませるものだった。

 

 なるほどなるほど。

 その狂気がどう表の顔に繋がるのか、解説を聞いてみましょう。

 

 

 

「簡潔に言いますと私は怠け者です。

 おいしい食事と適度な睡眠と穏やかな日常。

 これらをコスパよく享受したい。それ故の現在のチーム運営です。

 

 そこそこの成績を残せるだけのそこそこの指導。

 そして対象となるウマ娘はあなたがおっしゃるようにどのウマ娘もそう変わりはありません。

 よほど劣っていないのであればそれで十分です。

 

 

 そもそも不思議なんですよね。

 ここのトレーナーは自分の教え子に高い目標を設定し、実現目指してお互いに多大な労力を割く。     

 ほんの一握りしか実現させることのできない茨の道であると分かっていてなお、です。

 

 ええ、私はそんな面倒な栄光には全く興味が湧きませんね。

 だから適当に口八丁でウマ娘を勧誘してチームを回しているわけです

 

 

 が、当然溢れてしまう娘も出ます。才能に劣るウマ娘です。

 

 私の選別眼なんてものはほとんど機能しておりませんから大ハズレを引くこともあります。

 故にそう言うときは責任を果たします。

 

 最初にあなたが話した引退した娘ですね。

 何度も相談に乗り、ゆっくり現実を直視してもらい、別の道をサポートする。

 

 幸いにしてここはレベルの高い学術機関でもありますから、いくらでも他の道をお示しできます。

 自分の限界を超えて足を速くするという難題よりずっと労力がかからず、教え子たちの将来のためにもなる。

 ええ、コスパがとってもいいですよ」

 

 

 

 割り切っている。

 いや、そんな葛藤すら無い。

 

 こいつはウマ娘を自分の生活の糧ぐらいにしか思っていない。

 夢だの栄光だのに全く惹かれている様子が見られない。

 それでいて、実力の劣るウマ娘に現実を直視させ、後腐れ無く引退へ導く手腕があるのだから、まあ有能である。

 

 その後のアフターサポートなど、トレーナーとしてはできて当たり前。

 本当に難しいのは『走る事』への執着に折り合いを付けさせることだから。

 

 

 なるほど、天下の中央のトレーナーとしては異質である。

 栄光ではなく、常に現実だけを見据えているのだから。

 

 

 

「持ってくとこに持ってくと大分問題になる発言だと思いますが」

 

「誰も信じませんよ。

 それに録音をしている様子も見られませんし。

 

 さて、ここまで私の本音の方の方針を話したわけですから、今度は君の目的を聞いてもよろしいですか。

 あ、チームに入るなら歓迎しますよ」

 

 

 

 いい性格してる。

 

 でもまあ、これなら少なくとも私の害にはならない。

 始めこそトレーナーの弱みを握りチームを乗っ取り、私自身の目的を果たそうとしたけど、このトレーナーの性根は怠け者。

 善人の皮を被った接触最低限コスパ重視人間。

 自身で言っていたが、無駄なことに労力を割かない人間だ。

 

 だからこそ、私の目的を知っても止めることをしないだろう。

 すでに私のことを警戒しているとは思うが、だからこそ邪魔はしてこないはず。

 その労力すら惜しむと思うし。

 

 

 

「チームに入るのはレースに出場するためだけ。それ以外に理由は無いです。

 そのためにトレーナーの弱味を探っていたわけですが、まあそれは不要となりました。

 

 問題は私がチームに入った後。クラシック頃からですが間違いなく荒れます。

 話を続けても」

 

「ここで終わったら寧ろあなたを積極的に排除せざるを得ない状況なのですが」

 

「それはこちらも面倒なので。

 簡単に言いますと、私が思う要所要所のレースを荒らします。その手始めが『ダービー』」

 

「ダービーが通過点ですか。大きく出ましたね。

 それで、大望は?」

 

 

 

トゥインクル・シリーズに私という汚点を残すこと

 

 

 

「それはまた、抽象的な。

 つまるところ大きなレースで悪目立ちした上で勝利を攫っていくということですか?」

 

「理解が早くて助かります」

 

 

 

 目の前のトレーナーは信じられないものを見ている表情をしていた。

 それはそうだろう。何の実績もない新入生がマイナス方面に突っ切った宣誓をしているのだから。

 

 

 

「トレーナー、私はね。『走る事』ってのが大嫌いなんですよ。

 とりわけ『トゥインクル・シリーズ』なんてその象徴じゃないですか。滅んでしまえとすら思っています。

 

 時折この世界が歪にすら思えてくるんですよ。

 世界全体でウマ娘が走る事を助長してるようにしか見えない、そんな風に。

 

 可笑しいですよね。外見は殆ど普通の人間と変わらないのに身体能力は人間を凌駕している。

 だけどその能力を全て『ただただ走る事』に全振りしてしまう。自分の本能を満たそうとするために。

 

 

 もっと走ること以外に目を向けてみろよ!本能に抗ってみろよ!!

 ……私にはウマ娘という生き物が、ただの愛玩動物と同じ生き物にしか見えないんですよ。

 

 

 だからですかね。

 『走る事』の象徴である『トゥインクル・シリーズ』に汚点を残すことで一度その価値観をぶっ壊したいんです。

 

 別に他のウマ娘のためではありません。他ならぬ、私自身のために」

 

 

 

 胸の内をさらけ出した。ここまで人に語ったのは生まれて初めてだ。

 施設の友人にもぶちまけたことは無い。だって、絶対に理解は得られないと分かっているから、話すだけ無駄だ。

 

 でもこのトレーナーなら別に構わない。

 

 

 

「走る欲という本能に縛られ、世界が作り出したバ場という檻で飼い殺にされている。

 なんともまあ穿った見方ですね。

 

 ですが間違ってはいません。世界はそのように回っていますから。

 そんな視点を持ってしまったあなたに哀れみすら感じますが、残念ながら私にはそれを変え得る方法も実力も無い。自分が食べるだけで精一杯ですからね」

 

 

 

 きっとこのトレーナーさんならそう言うと「ただですね」

 

 

 

「私、快楽主義者でもあるんですよ。

 面白そうなことにもやっぱり興味を持ってしまう性でして。

 

 全面的には難しいですができ得る範囲で協力はしますよ。

 今日からあなたのトレーナーです」

 

 

 

 思わぬ誤算だった。

 不干渉を貫いてもらおうと思ったが、消極的ながら手助けもいただけるとは幸先がいい。

 狂気じみたトレーナーの笑顔に、私も笑顔で返した。

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